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 出迎えを受けて、俺は階段を駆け上がる。

 行き先はイノリお姉ちゃんの部屋。

 目的は「ただいま」と魔具を贈るため。


「ご主人様ー! 走ると危ないんだよ!」


 言いながらラビは俺を追い越し―――、数歩戻って並走しだす。

 走ると危ないじゃなかったのか……?

 まあ、そんな事はどうでもいいか。それよりイノリお姉ちゃんだ!

 へとへとの身体を鞭打つように廊下を走る。


「あと……少し!」


 走りながら若干息切れが混じる。

 横腹も僅かに痛い。

 けれども早く届けたいから、喜ぶイノリお姉ちゃんを見たいから、気にせず進んだ。

 タッタタッタと静かな廊下に音が響く。あと少し、あと数メートル。

 そして―――扉の前にたどり着いた。


 トン…トントン


 息を整えながら扉をノックする。

 すると扉の向こうから声が返ってきた。


「どうぞ」

「はぁはぁ……失礼します」


 ドアノブに手を掛けながら深呼吸。

 すーはー……、すーはー……、よし!

 意を決して扉を開ける。

 そして部屋の中に入っていった。



 ~お屋敷・イノリの部屋~


「ただいま戻りました!」

「おかえり……………………」

「おかえりなさいませ、アリスお嬢様」


 部屋に入ると、イノリお姉ちゃんは変わらず読書をしていた。

 その横でイロハさんがティーカップにお茶を入れている。

 俺も後で一杯貰おうかな。

 なんて思っていると、ラビが「ただいまなんだよ!」と続いて部屋に入りイロハさんの元へお茶をせがみに行った。


「私にもお茶を入れて欲しいんだよ」

「ラビ、これはイノリお嬢様のですから我慢してください」

「いい………………あげる」

「よろしいのですか」

「うん……………………」

「ありがとうなんだよ!」


 ラビは飛びつくようにティーカップを掴み、一気に飲み干した。

 それを見てイロハさんは「代わりのカップとおかわりを持ってきます」と部屋を出て行く。


「私も行くんだよ!」


 おかわりに反応したのか、ラビはイロハさんの後ろを着いて行った。

 部屋に残されたのは俺とイノリお姉ちゃんだけ。

 喧騒は止み、静けさが部屋を包み込む。


「イノリお姉ちゃん」

「うん……………………」


 イノリお姉ちゃんは読んでいた本をパタンと閉じ、こちらへ向き直る。

 そういえば、イノリお姉ちゃんと二人っきりになるのは初めてだな。

 いや、ダイニングルームで一度だけあったか。

 確か……あの時はお互いに本を読んでいったけ。

『アリスと不思議な冒険』俺がここに居るきっかけを作ってくれた不思議な本。

 あれがなければ俺はここには居ないだろう。そう考えると感慨深いな。

 と、今はそんなことを思い出している場合じゃない。

 この本を、魔具を、イノリお姉ちゃんに―――。


「約束通り、魔具を見つけました。受け取ってください!」


 ……今思えばあれは約束なんかじゃなかったな。

『必ず見つけて見せる』と、俺が一方的にイノリお姉ちゃんに宣言しただけだ。

 完全に自己満足。けど、イノリお姉ちゃんに喜んで欲しい気持ちに嘘は無い。

 あの日のイノリお姉ちゃんの優しさに報いたくてここまで頑張ってきた。

『はずれ』の犯人を捜して、アジーン遺跡を探検して、今がある。

 だから、俺は精一杯の気持ちを込めて、緑革の本をイノリお姉ちゃんの前に差し出す。


「……………………」


 それをイノリお姉ちゃんは受け取り―――微笑んだ。


「ありがとう………………アリス」

「本当に………………嬉しい」

「よ、よかったです………あれ」


 イノリお姉ちゃんの顔を見て―――涙が出てきた。

 おかしいな……止まらない、なんで…涙が出るんだろう?


「ご、ごめんなさい! なぜだか急に……っぅ、ぅ…」

「アリス………………頑張った」


 泣きじゃくる俺をイノリお姉ちゃんは抱きしめる。

 ほ、本当にどうしてしまったのだろう。

 こんな気持ち……初めてで…分からない。

 ―――溢れてくる。気持ちが、涙が、止まらない。


「いえ、私は…………」


 多分一人じゃ何も出来なかった。こうして魔具は渡せなかった。

 俺はほとんど何もしていない。みんなの力を借りただけだ。

 クロハさんやシロハさん。ラビやワズディンさん、みんなのお陰なのに。

 けど……だけどっ…嬉しいって気持ちが止まらない。止まらないよ……。


「これ大切にする……………………」

「私の宝物………………………アリスに感謝」


 王冠を渡した時のような優しい声音が俺を包み込む。

 そうか……イノリお姉ちゃんは『頑張った』と俺を認めてくれる人なんだ。

 社畜時代はいくら頑張ってもそんな風に言ってくれる人は居なかった。

 与えられるのは叱責と仕事だけ。褒められることなど一度もなかった。

 けどイノリお姉ちゃんは慈しみや優しさをくれる。

 そして、俺を思いやり、気持ちを汲み取り、抱きしめてくれた。


「イノリお姉ちゃん……大好きです。私を拾ってくれて、ありがとう」


 そこからは無我夢中で俺からも抱きしめていた。

 感情のままに、胸を占める気持ちのままに身を任せた。

 大好きです。本当に大好きです。

 私を、俺を、『受け入れてくれてありがとう』


 部屋には号哭が響き渡る。だけども、ちっとも悲しくはなかった―――。


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