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あれから時刻はどれぐらい過ぎただろうか。体感だと1時間くらいに経っている気がする。何が言いたいかというと、ラビの掃除はかなりのスローテンポのまま続いていた。あまりに時間をかけ過ぎてイノリお姉ちゃんが欠伸を8回もこぼしたほどだ。正直、ラビの掃除振りを見るよりイノリお姉ちゃんの欠伸の方が見ていたかもしれない。それぐらいまでに退屈だった。
「終わったんだよ!」
額に一滴の汗を流しながらラビは退屈な時間の終わりを告げる。
「お疲れさまでした。特に問題なくこなせましたね」
「ふぅ、疲れたんだよ」
イロハさんのチェックが終わり、ラビは額の汗を腕で拭って充実した疲労感に浸りながら「やりきったぜ!」と言いたげな目でこちらを見てくる。
それを見て俺は(イノリお姉ちゃんも)逆に「やっと終わったか……」と思わずため息をこぼした。
「仕事はまだまだございます。次は昼食の準備です」
やり切った顔をしているラビにイロハさんは休憩を許さない。どうやら次は料理をするみたいだけ大丈夫かな? 何気なく窓から空を見上げる。太陽は高い位置で昇り続けていた。
「もうお昼になっていたんですね」
「お腹空いた……………………………」
「それでは手早く作ってしまいましょうか」
「ご主人様に、お、おいしいのを作るんだよ!」
体感ではなく実時間だったかも……。そう思いながら、ピカピカになった部屋を後にして俺はイロハさん達に着いて行って厨房へと向かうのだった。
◇◇◇
厨房に入ると朝にラビが割った皿の欠片の一つもなく、綺麗に磨かれた床が出迎えてくれる。かなり綺麗に磨かれているな。うっすらと自分の顔が映っているぐらいだ。クロハさんが掃除したのかな? だとしたらむしろこっちの仕事の方が見てみたかった。ラビの掃除見学は無駄な時間だったと再確認して項垂れていると、床の一部に白と黒の色彩の中心にピンクが映り込んでいるに気づく。もしかして……これって。
「イロハ………………ピンク」
「ピンク? 何のことでしょうか?」
イノリお姉ちゃんもどうやら気づいてしまったようだ。そうぼんやりとだが下着の色が映し出されてしまっているのだ。その事実にイロハさんはどうやら気づいてない様子。知らぬが仏と言うし、こういうのは誤魔化すに限る。
「い、イロハさんの髪の色がピンクで綺麗だってことじゃないですか!」
「違う………………パンt」
「あぁ! イノリお姉ちゃんはお昼にパンが食べたいんですねっ!」
イノリお姉ちゃんがパンツと言う直前に被せるように昼食にパンを希望する。あまりに食い気味なのでイロハさんもはてなを浮かべながら首を傾げている。考えちゃ駄目です! 大人しくパンツ、じゃなかったパンを用意してください!
「よくわかりませんがお昼はパンがご所望なのですね」
「はい! そうです! そうなんです!」
「私…………………別に」
「ご主人様のために美味しいパンを作るんだよ!」
イノリお姉ちゃんの否定を上塗りするように、ラビのやる気に満ち溢れながらパンを作る宣言をする。しかし今から作り始めたらどれだけかかるのだろう。そんな俺の疑問を解消するようにイロハさんの口が開く。
「ラビット様。残念ながらそのような時間はありませんので、今回はこちらのパンを使います」
朝の時の残りと思われる食パンをイロハさんはいつの間にか取り出していた。そういえば朝もパンだし昼もパンか。まあ、この世界にはお米は無いようだし(今まで一度も食事に出たことがないだけで、もしかしたらあるかもしれないが)そんな風に考えるのも今更な気もするけどな。
「むぅ、イロハの言う通りなんだよ。ご主人様、また今度作るんだよ」
「あはは……楽しみにしてるね」
パンツを隠すだけでパンを作ってもらう話になっちゃったよ。ちなみに実物は全然隠せていない。気まずて逸らした視線の先に薄い緑が見えたからだ。ごめんなさい、もう床は見ません。
「それでイロハ! そのパンを使って何を作るの?」
ラビは何気なくイロハさんに質問する。
「そうですね……。サンドイッチでは朝と同じになりますし芸がありませんからね。フレンチトーストなどいかがでしょうか?」
「フレンチトースト……………………食べたい」
「私もそれで構いませんよ」
「ラビもなんだよ!」
特に断る理由もなかったし、なによりイノリお姉ちゃんが賛同してくれたので俺もそれに乗っかる。
「かしこまりました。それでは早速一緒に作っていきましょうか」
イロハさんはラビの方を向きながら言う。どうやらラビも調理をするようだ。
「は、はいなんだよ!」
ラビの返事を確認するとイロハさんは調理の準備を始める。
「ラビット様、まずはこちらのトレーに食パンを並べてもらえますか」
「了解なんだよ!」
ラビは指につけている指輪を一旦ポケットに仕舞った後、イロハさんの指示に従い、既にサンドイッチ用にカット済みのパンを銀色のトレーに乗せていく。
「出来たんだよ!」
「では次はタマゴをこちらのボウルに割ってください」
イロハさんはラビに卵を手渡す。はたしてラビはタマゴをちゃんと割ることが出来るのだろうか?
「………………」
慎重にタマゴに向き合うラビの姿に思わず手に汗がにじむ。
はたして……どうなる!
トントン
「えい!」
ラビはタマゴに亀裂を入れ手で殻を開ける。
するとタマゴは綺麗に真っ二つに割れ、ボウルの中に黄身と白身が落ちていく。
文句なしで成功だった。
「どうやらちゃんと割れたようですね」
「私、割るのは得意なんだよ!」
ラバは無い胸を自慢げに張りながら笑みを浮かべる。
どうやら本当のようだな。俺はてっきりタマゴより皿を割るのが得意だと思っていた。
タマゴを5個ほど割り入れた後、次の工程をイロハさんに訊ねる。
「次はどうすればいいの?」
「そのボウルにこの牛乳を投入してください」
ラビは瓶に入った牛乳を投入していく。
なんというか料理番組を見ている気分だ。
「今度はそれを混ぜてください」
「ん~! ん~!」
「そうです。混ぜるときに飛ばさないように注意してください」
ラビは泡だて器をがちゃがちゃとスナップを利かせて回し続ける。
なんだろう、眠くなって来るや。
何気なくイノリお姉ちゃんの方を見るとコクコク頭を上下させている。
やっぱり見ているだけだから暇だよな。
「そのぐらいでいいですよ。後は先程並べたパンに流しこんでください」
「よいしょ、これでどうするの?」
「染み込ませるため5分ほど待ちましょう」
見るものすらない暇な五分間がはじまる。
「アリス……………………眠い」
「私もです……」
俺も思わず頭が……。あっ、青だ。(ラビの足元を見て)
俺は急いで顔をあげた。
~5分経過~
「それでは今度はこれを焼いていきます。フライパンにバターをしいて、火はこのぐらいです」
「こうなんだよ?」
ジュ~と焼ける音とバターの香りが立ち込める。
これは期待できるな!
「焦がさないように気を付けてください」
「き、気をつけるんだよ!」
イロハさんのバックアップの元、ラビはドンドン焼いていき皿にフレンチトーストの山が出来る。焼き目も綺麗だ。こうして出来上がったのを見ていたらお腹がすいてきたな。
「美味しそう…………………」
「ですね! 早く食べたいです!」
食欲が睡眠欲に勝利した瞬間だった。なんとなく全て報われた気がする。この退屈な時間はこの瞬間の為にあったんだとすら思える。
「完成なんだよ!」
「上々です。ではクロハとシロハも呼んでお昼にしましょうか」
イロハさんは食器棚から人数分の皿を取り出して「運んでくれますか」とラビに頼む。
「任せるんだよ!」
六枚の皿のタワーを崩さないようによちよちと歩いて運ぶ。もう絶対に失敗しないぞ! という意思が背中からひしひしと伝わってくる。
「お嬢様方も先に席にお座り下さい」
「うん…………………………」
「はい!」
言われた通りダイニングルームに向かう。早く食べたいな!
~ダイニングルーム~
それぞれの席に全員が揃った。目の前にはきっちり人数分の皿が置いてある。床に皿が割れた形跡もない。つまりラビは皿をきちんと運べたのだ。朝と比べればえらい進歩だ。
「おいしそうー!」
「そうですね、ラビット様が作られたのですか?」
「うん! 私が作ったんだよ!」
質問するクロハさんにラビは前のめりで答える。
その姿は自慢したくてたまらない感じだ。
「今回のフレンチトーストは砂糖を入れていないのでお好みでお食べ下さい」
皿の上にはフレンチトーストのほか、メイプルシロップ、ベーコン、レタスが添えられている。俺たちが移動しているうちにイロハさんがささっと用意したのだろう。さすがだ。
「それでは頂きましょうか」
「いただきます…………………」
「いただきます!」
「頂きますー!」
「いただきますなんだよ!」
「頂きますね」
各々が口の中にフレンチトーストを運ぶ。そして口をそろえて言う「おいしい」と。それを聞いてラビはかつてないくらい嬉しそうに微笑む。なんていうかとても幸せそうだ。
「自分で作ったものをおいしいって言ってもらえるのがこんなに嬉しいなんて、私……知らなかったんだよ!」
「そうだよねー! 私もイノリお嬢様やアリスお嬢様が美味しいって言ってくれると、嬉しいー! ってなるよ」
「そうですね。作った甲斐があるというか単純に喜んでもらえるのは何事にも代えがたいですね」
「ラビット様もその気持ちを感じていただけたなら、私は嬉しく思います」
メイドの3人はラビの言葉にそれぞれ共感を示す。
だが俺とイノリお姉ちゃんは基本的に食べる側なのでいまいち共感できない。
言葉としてはわかるけど実感が全然ないと言った感じだ。
「わからないけど………………………わかる」
「私もそんな感じです」
「二人は主ですからね。ある意味これは仕える側だから分かるのかもしれませんね」
そのイロハさんの一言にクロハさんとシロハさんはラビを見て優しく微笑む。
なるほど、初めこそメイドなんてラビには出来そうにないと思っていたが、案外向いているのかもしれないな。
「えへへ」
ラビもそれに応えるように微笑み返す。
これはもう客人扱いじゃなくてメイドで決定かな。
そう思いながら俺たちは美味しいフレンチトーストに舌鼓を打つのだった。




