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午前4時。アリスは突然の寝苦しさから目覚める。
クロハさんのに抱き枕のように抱きしめられ、頭が胸の谷間に挟まれていたからだった。
「……クロハさん。それは反則」
身体を逸らすようにして拘束を解く。
正直もう少しこの感触を堪能したかったが、寝込みを襲っているような感じがして気が引けたので「煩悩退散!」と自分を一喝して堪えた。
「寝起きでこの光景と感触は刺激が強すぎる……」
お陰ですっかり目が冴えてしまった。
寝直すのは色んな意味で無理そうだと思いながら体を起こしカーテンに手を掛ける。
「……綺麗だな」
外を見るとキラキラと輝きを放つルベリア湖と昇りかけの朝日が目の前に広がる。
普段こんな時間に起きることなんてないから初めて見た。
早起きは三文の徳と言うがその通りだなとしみじみ思う。
「お早いお目覚めですね」
声の方に振り向くとクロハさんがベットから身体を起こしていた。
日射しで起こしてしまっただろうか?
「すみません! すぐに閉めますね!」
「いえ、構いませんよ。綺麗ですよね」
そう言いながら俺の隣に来て一緒に朝日を眺める。
「クロハさん、起こしてしまいましたか?」
「いえ、普段からこのぐらいに起きてますので気にしないでください」
そういうと俺の隣を離れて、クローゼットの方へ向かう。
どうやら着替えるようだ。
気まずいのでそのまま朝日を眺め続けた。
「アリスお嬢様、すみませんが朝食の準備などがありますので、失礼させてもらいますね」
振り返ると普段通りのメイド服姿のクロハさんだった。
こんな時間から仕事だなんて大変だな。
「は、はい!」
俺がそう答えるとクロハさんは部屋を出ていく。
俺はどうしよう。目も大分冴えてるしね直すのは無理そうだ。
「それにしてもメイドも大変だなー」
なんとなく社畜時代を思い出す。
俺は逆にこんな時間まで働いてることもあったけ。
あの時はひどかったなー。
「それに比べたら今がどれだけ恵まれているか……」
思わずつぶやく。
働かなくて良いし毎日が自由。
食事に困ることもないし、お世話をしてくれる人たちもいる。
本当に俺なんかがこんな幸せを享受していていいのだろうか。
「今思えばこの身体のお陰だよな……」
しみじみそう思う。
男だった頃の姿だったらどうなっていただろうか?
少なくともここには居なかっただろう。
「あの子は……どうなってしまっただろうか?」
今更ながらに考える。
『お兄ちゃんは……私が必ず守るから…だから…待っててね』
俺をお兄ちゃんと呼んでいた少女は最後にこう言ったのだ。
「待っててね……か」
あの時と同じ声音が俺を苛む。
あれから一週間以上が経過した。
だけどあの子が俺の前に姿を現すことはない。
「やっぱり俺が……」
やっぱり俺が乗っ取ってしまったのだろうか―――。
何もかもが、俺をお兄ちゃんと呼んでいた少女と瓜二つなことから考えてしまう。
「このままでいいのだろうか……」
恩人の身体を良いように使って媚を売る。こんな勝手が許されるのだろうか?
色々考えてしまう。けれど答えが分からない、けど罪悪感は確かにある。
「この葛藤をどうすればいいのだろう?」
どうすれば贖えるのだろう。
会いたい。あの子に会いたい。
会って謝りたい。助けてもらった時のお礼が言いたい。
そう思うと身体が震え、感情が爆発しそうになる。
「勝手なことをしてごめんさい……」
「俺なんかの為に……身を挺して助けてくれてありがとう……」
部屋の鏡の前に立って、あの子に謝罪するように呟く。
けれど虚しいだけだった。泣き顔の少女が映るだけだった。
「もう一度会いたいよ……」
心の底からそう思う。
もう一度会いたい。今度は俺があの子の為に出来ることをしたい。
だけどどうやって?
そこで一つの仮説が思い浮かぶ。
「俺があの子を乗っ取ってしまったというなら、あの子は今俺の身体でどこかにいるんじゃ…」
自分で考えておいてなんだが随分と都合がいい仮説だと思う。
だけど、もしそうだとしたらまた会える可能性がある。
「今度は俺があの子を―――」
探し出せるだろうか? いいや探すんだ! 例えどんな手段を使ってでも!!
決意したように再び鏡を見る。
すると映し出された少女の顔はやる気に満ちていた。
「ご主人様ぁあああーー!!!」
鏡の前で惚けていると廊下の方からラビの大声が聞こえる
どうやら俺を探しているようだ。
こんな泣き顔を見られたらまずい。
俺は必死に涙を拭い平静を装う。
「何処にいるのーーー!!! ご主人様ぁーー!!!」
足跡と共に段々こちらに近づいてるのを感じる。
このまま探させるのもあれだし部屋を出るか。
そう思いながら扉を開けると廊下を走るラビと目が合う。
「ご主人様! 見つけたんだよ!」
そう言いながらラビは俺の体に飛び込んでくる。
「い、たた」
「起きたら居なくなってるからびっくりしたんだよ!」
嬉しそうに抱き着きながら居なくなったことを抗議してくる。
よっぽど心配していたのだろう離してくれない。
「私は起きたらラビがいてびっくりしたよ!」
「……ラビを捨てたと思ったんだよ……」
そもそも付きまとわれているだけで捨てるも何もないような気がするが……。まあ、心配かけたことには違いないよな。
「ごめんね。心配かけたね」
「もう居なくなったら……やだなんだよ……」
「もう大丈夫だよ」
安心させるため頭をそっと撫でる。
すると抱きしめる力が緩まり、次第に笑顔になる。
「とにかく無事でよかったんだよ!」
「おおげさだな……」
「大袈裟じゃないんだよ! ご主人様はお風呂で気を失っていたんだよ!」
そういえばそうだった。
それで居なくなったから尚更心配していたのか……。
ちなみに「もう大丈夫だよ」は慰めるために適当に言ったのだが、体調は「もう大丈夫だよ」と言う意味で受け取ったようだ。
「こ、この通り大丈夫だから!」
立ち上がって適当に体を動かす。
これでなんともないとわかるだろう。
「そういえばイノリお姉ちゃんは? あれだけ大声で探していたし起きていたんじゃ?」
「イノリなら後ろにいるんだよ」
「後ろ?」
「アリス………………………おはよう」
振り向くと眠たそうなイノリお姉ちゃんが後ろに立っていた
い、いつのまに!
「お、おはようございます! イノリお姉ちゃん!」
「うん……………………」
俺が挨拶を返すと、イノリお姉ちゃんは頷きながら俺の寝間着の袖を掴んで引っ張る。
「あ、あの……」
「部屋に戻って…………………寝る」
「ずるいんだよ! ラビも一緒に寝るんだよ!」
そう言ってラビは反対側の袖を掴む。
そして二人は俺の部屋の方へ引っ張るように向かっていく。
「あの……私もう眠たくないです」
「一緒に横になる…………………」
「ラビも一緒になんだよ!」
俺の意志は関係ないようで、この後自室でめちゃくちゃ寝させられるのだった。
「狭いです!!」




