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扉の前でノックをすると「どうぞ」とイロハさんの声が聞こえる。
クロハさんとシロハさんは好きにしろ的なことを言っていたけれども、イロハさんは何て言うだろう?
やっぱり勝手に連れてきたし怒られるのかな……。
そんなことを思いながら扉を開け、イノリお姉ちゃんの部屋の中に入る。
~イノリの部屋~
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませアリスお嬢様……と、どちら様でしょう?」
「だれ…………………?」
扉を開けると二人の怪訝な目線にさらされる。
まあ、当然か。いきなり見知らぬ少女がいるんだ。
しかも俺に抱き着いたままだし。
さて、なんて言おうか?
そう考えているとラビは自己紹介を勝手に始める。
「私はラビットなんだよ! ご主人様の………、とにかくずっと着いていくんだよ!」
俺のなんなんだろう。
本人もわかんないみたいで誤魔化しているし。
俺としては付きまとわれているだけなんだが。
どうしよう。説明してくださいと言わんばかりに二人ともこっちを見てる。
「えーっとですね。実は……」
なんて伝えたらいいのか分からないので取り敢えず今までの経緯を説明する。
ラビが『はずれ』を宝箱に入れていた犯人であること。
スライムの死骸を宝箱に入れる冒険者達のせいで『はずれ』を入れ始めたこと。
アジーン遺跡で追い詰めたらなぜだか付きまとわれて今に至ること。
まあ、大雑把ではあるが簡潔に伝えた。
「『はずれ』の犯人………………………」
「なるほど事情は大体わかりました」
話を聞き終わるとそれぞれ複雑な顔をする。
それもそうだろう。だって俺の話した内容は――
いきなり部屋を訪れて「犯人を捕まえましたけど犯行に至るまでの動機が可哀そうで許したら懐かれました」と言っているようなものだ。
正確には、可哀そうではなく同情。
許したのではなく責めないだけ。
懐かれたのではなく付きまとわれている。
ということなのだが、説明するにあったのニュアンス的に正確には伝わらなかった。
「この子……………………かわいい」
「お嬢様、妹にするとかはもう無しですよ」
「イロハ…………………わかってる」
さすがに俺の時のように妹にするとは言い出さないようだ。
それもそうだよな『はずれ』の犯人だし。
むしろその場で「お前が犯人か!!」と怒っていいくらいだ。
まあ、そんな風に怒るイノリお姉ちゃんは想像できないけど……。
「イノリお姉ちゃん、ラビをどうしますか?」
いちおイノリお姉ちゃんに訊ねる。
この屋敷の主だし最終的決定権はイノリお姉ちゃんになるだろう。
個人的にはどうなってしまっても構わないのだが、見捨てるのは後味が悪い。
出来ればひどい目に遭わせるとかはやめて欲しいところだ。
まあ、考えるまでもなくそんなことはしないだろうが。
たまに、というか大体は考えていることが解らないからな…。
「アリスが決めていい…………………………」
「い、良いんですか?」
「アリスが拾ったから………‥…………………アリスが決める」
どうやらラビの命は俺の一言にかかっているようだ。
この場で「死んで詫びてください!」と言えばホントに殺されてしまうのだろうか。
まあ、ちょっと思っただけで実際には言わないが。
社長とかはこんな気持ちだったのだろうか?
多分違うだろう。言い切れないのは俺が社畜だったからかな? ハハ!
……笑えないな。むしろ人の生死が掛かっているのに笑ってる場合か。
「ラビはどうしたいですか? 私は責めないとは言いましたけど怒ってない訳ではないんですよ」
「あ、謝りたいんだよ! 本当にごめんなさい!!」
「私にだけじゃなくてイノリお姉ちゃんにもです!」
「本当にごめんなさいなんだよ!」
ラビはイノリお姉ちゃんの方を向いて頭を下げて謝る。
それを見て驚いている。俺のほうを見てだが。
「アリスが怒ってる………………………」
「意外ね……」
イノリお姉ちゃんは無表情を崩して驚いた顔をイロハさんは口調が素の時に崩れている。
そんなに驚くことだろうか。ちょっと叱っただけだぞ?
アジーン遺跡でのことを思い出す。
そういえばあの時もみんな驚いていたな。
男っぽくなってしまっていただろうか?
謝罪に満足したのか、俺の叱り姿が良かったのか色よい言葉が返ってくる。
「謝罪を受け入れる…………………………」
「それよりこの子…………………………おもしろい」
どうやらイノリお姉ちゃんはラビが気に入ったようだ。
俺には気に入る要素は分からなかったが。
訂正、かわいいは、少しは思っていたかもしれない。
まあ、それぐらいだろう。気に入る要素だなんて。
「この子………………………いもう」
「イノリお嬢様、先ほど妹にするのは無しとご自身でお認めしましたよね?」
「む……………………だったらメイド」
ラビの預かり知らないところで話がどんどん決まっていく。
ラビだって帰る家もあるだろうに……。
「ですがイノリお嬢様、アリスお嬢様の時と違ってこの方にも家族が――」
「私に家族はいないんだよ。だから問題ないんだよ」
ラビはあっけらかんと衝撃の事実を告げる。
「ラビ? それってどういう――」
「ラビは昔から独りなんだよ」
ラビは自分の生い立ちを話してくれる。
ラビのパパとママは冒険者だった。
だから二人は家にいるよりも遺跡にいることが多かった。
ラビはいつも独りで家に取り残されて過ごしていた。
雨の日も風の日も冬の日も基本的には独りだった。
お金も無い。食べ物も無い。そんな日の方が多かった。
だが、嬉しいこともあった。両親が遺跡から帰ってきたときだ。
パパは自慢げに遺跡でのことを語ってくれる。
私も着いていきたいと言うと危ないから駄目と止められるけど。
ママは温かいご飯を作ってくれる。
私はママが作ってくれるスープが大好きだ。
けど楽しい時間は短かい。
夜が明けると幾何のお金と食べ物を置いて両親は消えるように居なくなる。
長い時は半年以上。短い時で半月だ。
私にはそれは当然の日常だった。
疑問にも思わなかったし、それが当然だと両親に言われていた。
だがそんな日常も終わりを告げる。
私が10歳になったときだろうか?
ある日私の元に知らない女の人が訪れた。
その人はパパとママが遺跡で死んだという。
私はついにその時が来てしまったかと思った。
いつか死ぬかもしれない。そう両親に聞かされていたから驚かなかった。
そんな私を女の人は可哀そうに見ていたがどうしてかわからなかった。
そんなことより私はピンチだった。
両親が帰ってこないと言う事はお金も渡されないし、食料も無い。
そんな困っている私に女の人は指輪を渡してくれた。
なんでも両親の唯一の遺品らしい。
私は受け取った。
ある時見知らぬ男が私の家を訪ねてきた。
家を売って欲しいと言う。
私は断った。他に行く当てがなかったからだ。
けれど男は諦めなかった。
次の日大金を私の前に持ってきてこういった。
「この金があればおいしいご飯が食べられるぞ」
私は男の言葉が魅力的に感じた。
もう3日は何も食べていなかった。
最後に食事をしたのは指輪を渡してきた女の人が置いていった食料だけだ。
私はお腹が減っていたので仕方なく売り渡した。
お金を得て腹は満たされたが帰るべき場所がなくなった。
私はその日から宿屋に泊まることにした。
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月。
遂にわたしのお金は底をつきかけていた。
私はだから遺跡に潜ることにした。
両親のようにお金が稼げると思ったからだった。
遺跡に入って初日。私は死にかけた。
スライムに追いかけられ死ぬかと思った。
だがつけていた指輪が光ってスライムを溶かした。
のちに知ったが両親が残してくれたのは魔具だった。
私はその力で遺跡を探索し始めた。
スライムを倒して死骸を集めて街で売る。
そういう生活を2年続けた。
ある時遺跡から帰る私に宿屋の店主は言った。
「ギルドには入っているのか?」
言葉の意味がわからなかったので詳しく聞いた。
その頃からだった私はギルドに所属し始めた。
生活の質はどんどん上がった。
心にゆとりも持てるようになってきた。
私は有頂天になっていた。
これが冒険者。両親が遺跡にのめり込むのがわかった気がした。
夢中で遺跡に通った。夢中でモンスタ達を倒した。
お金もたくさん。美味しい料理もたくさん。
私は幸せだった。幸せ。幸せ。幸せ。
その頃には過去など振り返らなくなった。
今思い出していて「こんなこともあったな」としか思えない。
その程度の過去の話。
ラビはそう語った―――




