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多種族ばかりの傭兵団  作者: 竹永
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ジャハーヌとの出会い その14

魔貌の森のけもの道。


エリスは木の太い枝に座る。

『禁忌の業』を無断で使用したことが共同体にばれるのは時間の問題だ。いや、もうばれている可能性もある。追手から逃げ切るために、この闇夜でも火は起こせない。獣や狂霊たちと遭遇しないためにも、木の上で休息を取るのだ。


エリスはこの夜の森に恐怖を感じてはいない。自分が闇に溶ける側だと自覚しているのだ。


暗殺者と狩人は似ている。

どちらも『戦い』はしない。いかに安全に確実に対象を『殺す』か、それだけのために技術を研鑽する。


エリスはその技術の塊だった。

暗殺術が生活の一部ではなく、生活が暗殺術の一部になるように育てられたのだ。


物心つく前から暗殺技術を刷り込まされたエルフをこの世界では『暗殺人形』と呼ぶが、エリスはその数多くいる暗殺人形の一体だった。


暗殺人形は基本的に使い捨てとして扱われる。

とある街の権力者とその一族を殺すために、『禁忌の業』の保菌者となって近づくことを命じられエリスがそのいい例だ。エリスが生まれた意味は、まさにその一族を皆殺しにすることだけにあった。


あったはずだった。


エリスは生きている。

『禁忌の業』に侵されれば、『毒』を投与されない限りは死ぬしかないはずなのに、なぜかエリスは気が付いた時、大衆食堂の皿洗いになっていた。


夜風がエリスの肌を撫でる。


微かな眠気に、エリスは目を閉じた。

もうあの大衆食堂に戻ることはない。自分を拾って母親代わりになってくれたあの女性とももう会うこともないだろう。

寂しさはある。悲しさもある。名残惜しさもある。

だけど、こうしなくてはならない。

こうしなければ、自分も、あの人も共同体の追手に……


『エリス』


声が耳届いたその瞬間、まどろみは吹き飛び、太い木の枝の上という不安定な足場にも関わらず、エリスは身構えた。


エリスは周囲を見渡すが、声の主の気配はない。


『エリス……やっぱり私の姿は見つけられないようね、所詮初心者ね』


またも聞こえた。しかし、やはりどこから聞こえてくるかわからない。


「……誰? 共同体からの追手?」


エリスは闇夜に向かって声をかける。


『そうとも言えるし、違うとも言えるかしら』

「……意味が分からない」

『身内の不始末の後片付けをしに来てるだけよ、ある意味では追手とも言えるけど、ただ共同体からでもあんたが昔所属していた組織からでもないわ』

「身内の不始末……?」

『十年前、あんたを助けたエルフの暗殺者は私のいとこなの、あんたが生きていると知られるとうちのいとこ、ちょっと立場がまずくなるのよね、一応本人は暗殺業から身を引いているみたいだし、いとこの私としては、助けられるのなら助けてあげたいじゃない?』


闇夜から聞こえる声は、雰囲気にそぐわぬ饒舌をみせた。


「私を助けた暗殺者……? 何の話?」

『ああ、そこら辺の事情は知らないのね、だったら別にいいわ』


エリスはこの饒舌な声の正体はわからなかった。しかし、目的は明確に理解できた。自分に生きていられると困るのであれば、それはすなわち自分を殺そうとする『敵』である。


「……」


エリスは目を凝らしてもう一度辺りを見渡す。月明かり以外がないこの闇の森でもエリスの夜目はある程度見えている。


しかし、エリスはその自信の夜目をもってしても、饒舌な敵は見つけられなかった。


『せっかく助けてもらった命なのに、なんでわざわざ無駄にするのか理解できないわね、許可のない『禁忌の業』の使用はご法度だし、普通に処分されるって分かってたはずよね?』


エリスがいくら警戒しても、敵の饒舌は止まらない。まるでエリスの臨戦態勢を気にしていないようだ。


エリスはゆっくりと手を腰にやろうとした。

しかし、風を切ると音とともにエリスの頬を光る何かがかすめる。


後ろの木の幹から乾いたトンという音、そして頬に走るヒリヒリとした痛み。


『動いちゃダメよ、分かってると思うけど、さっきのナイフはわざと外してるからね?』


暗殺者が闇に溶け込む側ならば、より闇と同化できる方が暗殺者として優れている。

エリスが『饒舌な敵』を見つけることができない時点で、二人の力量差は歴然だった。


『で、質問に答えてほしいんだけど、なんで『禁忌の業』を使ったの? あなたのそれ、あなたが『暗殺人形』として使われた時に持たされたものよね?』

「……なんで私のことを知ってるの?」

『あなたのことを知ってるわけじゃないわ、私が知っているのは私のいとこが十年前に暗殺人形を助けたことがあるってことだけ、昨日この街で偶然会った時、聞いてもいないのに昔の思い出を話してくれたのよね、おかげでこんなことやるはめになったんだけど……』

「……聞いてもいない事を話すのはあなたも一緒」


ここまでくると饒舌というよりかはただのおしゃべりである。

生き死にが関わる緊迫した状況……なはずだが、おしゃべりな暗殺者のせいでいまいち空気が軽い。


『とりあえず私の質問に答えてちょうだい、その間は殺さないでおいてあげる』


生殺与奪の権利はこちらにあるとはっきり宣言され、さすがエリスはムッときた。

しかし、彼我の力量差は誰よりもエリス本人がよくわかっているし、それにエリスにとって、むしろこれはチャンスになりえる。

向こうは明確に油断をしているのだ。いつでも殺せるから今は殺さない、など暗殺者としてありえないセリフである。この油断こそ、この『おしゃべりな暗殺者』を返り討ちにするきっかけとなるだろう。


「……あのオークは食い逃げをしたの、私のお母さんの食堂で」

『その話を聞いたわ、でもそれだけで『禁忌』に手をだすわけないわよね?」

「その時、あいつは暴れてお母さんを殴った」

『それで?』

「それが理由」

『は?』

「『禁忌』を使った理由はそれ」

『……はあ? たったそれだけ?』

「闇討ちも何度か仕掛けたことはあるけど、オーク相手だし、私では無理だったから……だから『禁忌』に手を出したの」

『……』

「無駄に頑丈なオークでも、『禁忌』なら絶対に殺せると思ったから」

『……理解できないわね』


おしゃべりな暗殺者は呆れかえっている。エリスは顔を見ずともその声色から理解できた。


『たかだかそんな事のために処分される道を選んだの? それとも逃げ切れると思った?』

「私もなんでそこまでしてオークを殺そうとしたかはわからない、でもお母さんが殴られたのを見た瞬間に殺すことを決意した」

『……やっぱり暗殺人形って駄目ね、考え方が根本的におかしいわ』


生活が暗殺の一部になった状態で育てられたエリスにとって、怒りから殺意の感情をいだけば、それにブレーキをかける理性は存在しない。

むしろ理性的に「どう殺すか」を考える。


「私はどうなってもいい、でもあのオークは殺すと決めた」

『『禁忌の業』を使ったらオークだけじゃなくて、連れのあの人間種も死ぬわよ?」

「死んでもいいと思ったら、むしろ死ぬべきだと思った」

『……どういう意味? あの人間種も食い逃げをしたの?』

「あの男のせいでオークが頻繁に店に来るようになった、そしてお母さんもあの男を気に入っている」

『……』


エリスは嫉妬という感情を知らない。

『暗殺人形』の教育は幼いエルフの感受性を鈍化させ、一人のサイコパスを造り上げるのだ。


『やっぱりあんたは十年前に死ぬべきだったわね、ラグナも妙な慈悲を見せたわ、あいつ頭良いくせに馬鹿なのよ』

「……」

『雑談は終わり、さようなら』


わずかな殺気を感じ、エリスは木から飛び降りる。

結局、エリスはおしゃべりな暗殺者の隙を見つけ出すことはできなかった。出来なかった以上、後は全力で逃げるしかない。


木から降りても、おしゃべりな暗殺者からの攻撃はない。エリスはしめたものだと思い、そのまま走りだそうとした。


しかし、足が動かなかった。


どさりとエリスは倒れる。


どういうことだと、エリスは起き上がろうとするが、それもかなわない。全身の力が抜けていく。

血の匂いが鼻をかすめる。

エリスはそこで気が付いた。自分の胸に、一本の短剣が刺さっていることに。


もとより逃げることなど不可能だった。「生殺与奪を握られる」ということは文字通り「いつでも必ず殺せる」ということなのだ。

つまりは、『さようなら』と宣言されれば、その胸に短剣が突き刺さるのは当然なのである。


『あんたの事は共同体には内緒にしておいてあげる、勘違いしないでよね、あんたのためじゃないわ、うちのバカいとこがあんた助けようとしたから、その意図を組んだ私からのせめてもの慈悲よ、まあせいぜい狂霊に見つからずにこの森の糧になるのを祈ることね、そういえばこの森には大きな熊がいるらしいけど……』


おしゃべりな暗殺者は、倒れ伏して動かないエリスに対しても、その『減らない口ぶり』を発揮し続けた。



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