ジャハーヌとの出会い その10
『ドラゴンの前足亭』に戻ると、まだ暁の獅子のメンバーが飲み食いしている最中だった。
「お、また来たのか兄ちゃん」
グスタフが真っ先にこちらに気が付いた。
ワーライオ種はその見た目通り、鼻が利くのかもしれない。
「アヤト、ジェーンから話は聞いたぞ、こちらも手を貸そう」
「……私はもう何もしないからね」
続いてリチャードとジェーン。
他の団員たちも俺に向かって手を振ったり、杯を掲げたりしている。
なぜか俺は暁の獅子の間で人気者になっているようだ。あの恥も外聞も捨てた公開土下座が受けたか。
「ありがたいが、自分で何とかするさ、解決の糸口は見つけられたからな」
「ほう……」
「じゃあ、何でここに来たのよ?」
頬杖をしながら聞いてくるジェーン。
そんなの決まっている。その糸口に会いに来たのだ。
俺は食堂を見渡した。
たくさんの種族でごった返すこの食堂でも、あの恰好は目立つはずだ。
果たして、俺は目的のダークエルフを見つけた。
「魔女っ娘」という言葉がピッタリ似合う格好をしたあのダークエルフは、つばの広い帽子をテーブルの上において、つまらなそうにピクルスを齧っていた。
俺はそのテーブルの元まで行くと、
「この席に座っていいか?」
空いている席に腰を掛ける。
ダークエルフはつまらない表情をそのままこちらに向け、また皿の上にあるピクルスを一つ摘み、齧った。
「ナンパ? 悪いけどそういう気分じゃないのよね、他所にいってくれる?」
「あいにくとナンパじゃないんだ」
「え?」
「俺の顔に見覚えはないか?」
「ふっ、だからナンパじゃない、しかもどれだけ古臭い口説き文句……」
そこでダークエルフの言葉が止まった。
俺を見る丸眼鏡の奥にある目が細くなる。
「……あのオークの連れ?」
「そうだ、覚えててくれてよかった」
ダークエルフは大きくため息をついた。
「本当に最悪だわ……で、ご用件は? 今さらあの時の復讐?」
「違うさ、むしろそっちには同情してるんだ」
「……同情?」
「知らなかったんだろう? ギルドの依頼を妨害してたって」
ダークエルフはジッとこちらを見る。
その目は、いぶかしげだ。自分の事情を知っている俺を怪しんでいるのだろう。
「実はさっき、ギルドで色々と聞いてきたんだ」
「私の事を? 何で?」
「実は、エルフの暗殺者を雇いたいと思っていたんだ」
「……ふーん、なに? それは上手く騙せそうと思ったから?」
「……」
どうやら、このダークエルフは、自分が『依頼主』に良い様に使われていたことに腹が立っているようだ。
俺は皿のピクルスを一つ掴んで齧った。
酢がかなり良く効いている。これは単体で食べるよりも酒の肴にするのがいいだろう。
「……ちょっといいか?」
俺は手を上げて店員を呼びとめた。
ウエイトレスの格好のリザードマン、この店の看板娘の一人がこちらにくる。
「はい、ご注文ですか?」
「酒をくれるか?」
ハスキーボイスの看板娘に注文すると、すぐに酒のボトルとコップを二つ持ってきた。
「酒?」
「嫌なことがあったら酒を飲んで憂さを晴らすものだろう? このピクルスは酒に合いそうだし」
「なに? あんたも飲むわけ?」
「もちろんだ、それにこれは俺の奢りだ、他人の金で飲む酒は一段と美味いぞ、ここの店は行きつけでな、酒も美味いやつがおいてあるぞ」
「……ふーん……」
おそらく、このままこちらの話を切りだしても、断られる可能性があった。
幸いここは酒も出してくれる大衆食堂だ。気前よく振る舞って、ご機嫌を覗いつつ、こちらの話を切りだすのだ。
「あ、ちなみに聞くんだが、酒は飲めるよな? ダークエルフ種は見た目の年齢が分かりにくいんだ」
エルフ種とダークエルフ種の特徴だ。二十代の手前位で肉体的な成長(老化)が急激に鈍化する。聞くところに寄れば、百歳を過ぎてもまだ二十代に見えるエルフ種もいるらしい。
目の前にいる魔女っ娘ダークエルフは、見た目は俺とそう変わらないように見える。この世界では酒は二十歳から、なんてルール存在しないが、それでも若ければ飲まない方が良いだろう。
「……安心しなさい、あんたの倍は生きてるから」
ダークエルフは、つまらなそうな顔をしながらも、コップを持ってこちらに傾けた。俺からの提案を、とりあえず受けようと思ったようだ。
「遠慮せずにいってくれ、なんだったらお代わりもしてくれていいからな」
「ふーん……」
ダークエルフはコップの酒を一気に飲み干した。
「つまりね、私はすごくすごく腹が立ってるわけ、あのクソゴブリンじゃなくて私自身に、なんであのチビの口車に乗ったのか自分でもわからないわ、本当に馬鹿。こんなんだから若造って馬鹿にされるんだわ、でもやっぱり一番悪いのは私を騙したあのクソゴブリンよ、とにかくあの小汚い醜悪な種族は根絶やしにすべきね、その方がこの世界のためだわ」
酒を入れてから十分ほど経った。
俺は先ほどから一言も言葉を発していない。このテーブルは、完全に女暗殺者の独壇場となっていた。
このダークエルフの舌は良くまわる。それが元の性格なのか、酒がいい具合に入ったせいなのかはわからない。
「私もちょっとは不思議には思っていたわ、行くとこ行くとこにあんたみたいのがいるんだもん、さすがにおかしいなって思ってあんたらから話を聞こうと思ったら、いきなりあんたの連れのオークから攻撃されるのよ、どうなってるのアレ? あ、そういえばあの連れはどうしたの? さすがに子供だから連れてこなかったわけ?」
ちょうどペンテの話が出た。
ダークエルフの機嫌も先ほどよりはいいだろうし、ここら辺で話しをさせてもらうか……
「実は……」
「まあ、別にあの子の話はいいわ、それよりも聞いて、あんたたちから逃げた後、雇い主のゴブリンのところに行ったわけ、それで問い詰めたのよ、どういうことなのって、そしたらあいつ全部言ったわ、ギルドの縄張りにちょっかい出すために私を利用したって! ふざけた話よね、あいつがケンタウロス種に守られてなかったら、あの場で殺してたわ」
「……」
話し時ではなかったようだ。というか、この長話を中断する隙間がない。もしかして、このダークエルフは口から先に生まれてきたタイプか。
「ムカついたからあのマフィア連中とは縁を切ってきたけど、そのあとがねー、もうすっかりギルドからも私の悪名は広まってたし……あ、もしかしてあんたも私の事をギルドに通報してた?」
「いや、俺は……」
「やっちゃったものは仕方ないし、時間も戻らないからいいんだけどね、問題はこれからどうするかよ! 得体のしれない依頼主に使われる暗殺業はしばらく止めて、傭兵として食べて行こうと思ったんだけどね……はあ……」
ダークエルフは大きくため息をついた。
「ていうか、あんたさっきから全然飲んでないじゃない、なんで私だけ飲んでるのよ」
「ああ、すまん飲むから……」
「まさか、あんた私を酔わせてなんかするつもりじゃないでしょうね?」
「そんなわけないだろう……」
「どうかしらねえ、だって古臭いナンパみたいな話しかけ方してたし……」
確かに魔女っ娘ダークエルフは器量は良いほうだ。だがこんな切羽詰った状況でナンパなんかするわけない。
「ほら、飲みなさい」
「……わかった」
まったく酒なんて飲んでいる場合ではないんだが……とりあえず、コイツのご機嫌をうかがうためにも、俺は酒に口を付けた。
「どうせ田舎娘よ、私は」
「そんなことないさ」
「本当に? じゃあ、どこら辺が田舎臭くないか言ってみなさないよ」
「……あー……」
俺は頭をかいた。
酒を飲み始めてから二十分ほどが経つ。ダークエルフの顔は、始めの頃より明らかに血色がよくなってきている。さらにただただ喋り続けていたのが、いつの間にか面倒くさく俺に絡むようになってきた。
どうやら本格的に酔っ払ってきているようだ。
「さあ早く言ってみなさいよ、どこが田舎臭くないの?」
「それは……センスだな」
「センス?」
「……服装のセンス」
しどろもどろになった俺は、女暗殺者の一番目立つ部分をとりあえず挙げてみた。
正直、この世界のファッションセンスなんて全く分からんが、少なくとも魔女っ娘の格好をしている女にセンスがないわけがない。
『奇抜』という言葉は時として褒め言葉にもなるのだ。
「もっと具体的に言ってみなさい」
「なかなか……オシャレだな、そのフリルとか」
「あんたねえ……」
「お、おう……」
女暗殺者の声色が変わる。
これは褒めるところを間違えたか……?
「そうよ! あんたわかってるじゃない!」
……よかった、正解を引いたみたいだ。
全くひやひやさせて。こっちは機嫌を損ねない様に気を使ってやっているというのに。
「私ね、前々から思ってたのよ、なんで暗殺者というのは何の装飾もない服を着なきゃいけないのかって」
そりゃ目立たたないためだろうよ。
「実はこれね、私が自分で編んだのよ」
「それは……すごいな」
「ふふん、ここよ、ここのスカートのフリルとか気に入っているわ」
ダークエルフが立ち上がって、スカートを見せつけるようにしてクルリと回った。
「ああ……すごくきれい、だな、うん、きれいだ」
綺麗だとは思う。
別に俺の琴線に触れる程ではないが、とりあえず嘘は言っていない。お世辞は言っているつもりだけど。
「ふふん、もっと褒めていいのよ?」
よほど自慢の一品なのだろう。まだまだ褒めてほしいらしい。
「きれいだな……あー、すごくきれいだ」
「……それ以外ないわけ?」
さすがに同じ褒め言葉を何度も言うのは逆効果だったようだ。ダークエルフが少し顔をしかめた。
参ったな……女性の褒め言葉のレパートリーなんて「綺麗」と「可愛い」以外持ち合わせていないぞ。こんなことなら前の世界でもっとナンパとか女遊びとかをしておけばよかった。
「……待て、俺が綺麗だと言ったのは、服だけじゃない」
「え?」
「つまり……服というのは、着られてこそ意味があると思うんだ」
「……ふーん、それで?」
「つまり……服とその服を着ている本人が……綺麗だっていう意味でな? ……言ったわけだ」
我ながら苦しい褒め言葉だ。語彙のレパートリーがないのであれば、応用技で褒めるしかないと思ったが、あまり効果はなさそうか……?
「なにそれ、あんたまさか本気で私の事を口説いてるの? 悪いけど、私にそんな気はないわよ、うふふ……」
口ぶりとは裏腹に、ダークエルフはニンマリとしながら笑っている。
今の適当な言い訳で機嫌が直るのか……もしやこのダークエルフ、かなりチョロいのでは?
まあ、酒のせいで気分が高揚しているというのもあるのだろうが、しかし、今のこの良い雰囲気を利用しない手はない。いつまでも飲んでいるわけにもいかないし、話を前に進めよう。
「どんどん飲んでくれ……あ、そういえば、そっちの名前を聞いていなかったな」
「あら、そうだったわね、私もあんたの名前知らなかったわ」
「俺はアイアアヤトだ」
「ふーん? 変な名前ね」
「よく言われる、アヤトって呼んでくれ、そっちは?」
「私はジャハーヌよ、ジャハーヌ・ダアク」
「よし、ジャハーヌ、改めて乾杯だ」
「乾杯、アヤト」
コップを当てる。
ジャハーヌはコップの酒を一気飲みした。
コップをテーブルに置くジャハーヌの顔は満足そうだ。数十分前までしていたつまらなそうな顔とは正反対だ。
よし、切りだすのならば今だろう。
「……ところで、ジャハーヌ、ちょっと相談があるんだ」
「うん? なに?」
「実はな……俺は暗殺者を探していたんだ」
「ああ、さっきも言ってたわね、暗殺者を雇いたいって」
「そうだ、事情を話すと長くなるが、とにかく暗殺者の協力を得たい」
「それで?」
「俺の目の前には暗殺者がいる」
「そうね」
「ジャハーヌ、俺の力を貸してくれ」
「……」
決まった。これは断られる雰囲気ではあるまい。
「どうしようかしらね……」
「え?」
しかし、ジャハーヌからの返事はあまり良くなかった。
これは予想外だ。ここまで盛り上がっていながら断られるのか?
「なにか問題があったか? もしかして、もう他に雇い主が見つかってるとかか?」
「そういうわけじゃないんだけどね……」
値踏みするようにこちらを見るジャハーヌ。
「言っておくが、報酬はきちんと払うぞ」
正直暗殺者を雇う相場とかはわからないけど、依頼するのは『暗殺』ではないわけだし、そこまで高額の報酬は要求されまい。
「それは当たり前でしょ」
「じゃあ何が不満なんだ? もしかして仕事の内容か? 安心してくれ、別にギルドの依頼を横取りしろとか、そういう話じゃない……ちなみに誰かを暗殺してくれとかそういうのでもないぞ」
「あら、暗殺者なのに暗殺を頼まないわけ?」
「ああ、だが暗殺者にしか頼めない仕事なんだ」
「ふーん」
ジャハーヌは考える仕草をしている。
どうした、なぜこんな乗り気じゃないんだ。
「……まあ、仕事自体は受けてあげてもいいんだけどねえ」
「そうなのか? じゃあ、何が不満なんだ?」
「もっとこう……あってもいいんじゃない?」
「なにが?」
「だから……もうあんたはそういうところで鈍いわね、さっきみたいにもっと私の事を盛り立てなさいよ」
「……」
どうやらジャハーヌは俺のあの「おべっかトーク」が気に入ったらしい。もっともっと自分の事を褒めてチヤホヤしろと言っている。
「ジャハーヌは……えーと……とっても綺麗で可愛いな」
俺の言葉にジャハーヌが満足げに頷く。
「まるで……黒い真珠のような……そんなきれいな肌をしているな」
「黒い真珠?」
「俺の国にある最高級の宝石だ」
「へえ、最高級……」
当然日本に『黒い真珠』なんて宝石は存在しない。
だがどうせ確かめようのないことだし、適当に言ったって問題ないだろう。
幸い宝石に例えるのは効果抜群だったようだ。
ジャハーヌは露骨にニヤニヤしている。
「暗殺者の腕もいいし魔法も使える、本当にすごいダークエルフだ」
「ふむふむ」
「……えーと、一緒に酒を飲めて光栄だ、また俺と一緒に酒を飲んでくれるか?」
「そうね、考えてあげるわ」
何が「考えてあげるわ」だ。きっかけは俺でもこの状況は作りだしたのはお前自身だろうが。
「美しい宝石のようなジャハーヌ、今日出会えためぐり合わせは幸運としかいないな……あー……この続きはまた別の機会にでもどうだ?」
いい加減そろそろギブアップだ。俺自身も酒の勢いに任せて頑張って言葉を紡いだが、これ以上言うと口がちぎれてしまいそうだ。
「……ふむ、まあいいでしょう」
ジャハーヌは、仕方ない、という顔をしながら頷いた。
なんとか満足していただけたらしい。
「えっとそれで、仕事の依頼をしていいか?」
「いいわよ、どんなことをしてほしいわけ?」
「『禁忌の業』って知っているよな?」
「……」
俺の言葉に、ジャハーヌの顔から表情が消えた。
今でこの場を包んでいた温かい空気が一気に冷めていくのが分かる。
「……逆に聞くわ、何であんたがそれを知ってるの?」
ジャハーヌは声を潜め、その目を鋭くした。口調も尋問調である。
「俺の仲間がその禁忌の業に侵されている、そいつを救うためにお前の力を借りたい」
俺もジャハーヌに合わせて声を潜めて答えた。
「……」
「禁忌の業を使ったエルフの暗殺者を突き止め、そいつから禁忌を殺す『毒』を手に入れる、お前がその『毒』を持っていれば、申し分ないんだが……」
「……悪いけど、『毒』は持ってないわ、というか毒の存在まで知ってるのね」
「教えてもらったんだ」
俺は暁の獅子たちの方を見る。
ちょうどジェーンもこちらを見ていたようで、彼女と目が合うと、すぐに目を逸らされた。
「……あのエルフから聞いたわけね」
「ああ……」
「……まったく、おしゃべりなエルフね……」
ジャハーヌは軽く舌打ちしてジェーンを睨んでいる。
ジェーンはこちらの空気を察したようで席を立った。明らかにジャハーヌの視線から逃げている。
「……あれ、もしかしていろいろとまずかったか?」
「なんのため『禁忌』なんて言葉がついてると思ってるのよ、本当に最近の若い子は……」
ジェーンもジャハーヌも見た目の年齢はそう変わらなそうに見えるが、やはりそこは不老長寿のエルフ種。多分、結構年が離れているのだろう。
「この話はあまりしないことね、あんた殺されるかもしれないわよ」
「……誰にだ? お前にか?」
聞いといてなんだが、もし頷かれたら速攻で逃げなくてはならない。
というかジェーンのやつ、こんなにヤバい話なら俺にあっさり話すなよ。
「私以外の暗殺者にね」
ジャハーヌは肩をすくめて答えた。
俺もホッと胸をなでおろす。
「……『禁忌の業』っていうのは、その存在自体がタブーとされてるの、噂で聞いた程度なら見逃されるだろうけど、実態まで知っているようだと……知り過ぎね」
「……誰にも言わないぞ」
「そんなのは当たり前、でもあんたさっき簡単に口走っていたでしょ」
「それは事情を知らなかっただけだ、今後は絶対に言わない、本当に」
俺だって命は惜しい。ジャハーヌのトーンから考えても「殺される」というのが誇張表現ではないということがわかる。
「だがジャハーヌ、俺だって知りたくて知ったわけじゃない、さっきも言ったが、身内が『禁忌の業』に侵されているんだ、だから……」
「わかるわ、そいつを助けたいんでしょ……助けてあげる」
「本当か!? ありがとう!」
ジャハーヌは察しよくこちらの依頼を了承した。
「……多分、身内の不始末だからね、それくらいやるわ」
「不始末?」
「聞かないで」
自分で気になる単語を口から滑らせておいてそれはないだろう。
しかし、ジャハーヌの目つきが険しいところをみると本当に聞いてはいけないことらしい。
俺は両手を挙げて聞かない事をアピールした。
「……それで、犯人の目星はついてるわけ?」
「いや、全く……そもそも犯人捜しを手伝ってもらうために暗殺者を雇おうとしていたわけだしな、餅は餅屋ってやつだ」
「モチ?」
この世界に餅はないか。いや、あるかもしれないが、ジャハーヌが知らないだけかもしれない。
「俺の国のことわざで、その道の事は専門家に任せろって意味だ」
「そう……まあ、任せられるわ、私としてもやらなきゃいけない事だしね」
「なんだか急にやる気になったように見えるんだが」
特に『禁忌の業』が絡んでいるとわかった瞬間に、態度が一変した気がする。
「そこら辺は深く聞かない事ね、こっちは協力してあげるって言ってあげてるんだから、あんたはそれで充分でしょ?」
俺は大きく頷いた。
もちろんそうである。俺としてはペンテが治ればそれでいい。
「ただ、本当に何の情報もないってのは困るわね、私、この街に来たばっかりだし、この街にどれくらいの暗殺者がいるのかすら把握していないし」
「ギルドの話なら、暗殺者の共同体があるんだろ? そこから情報とかもらえないのか?」
「……さっきも言ったけど、この街に来たばっかりなのよ、まだこの街の共同体への挨拶も済ませてないし、そこから情報を仕入れるのは時間がかかるわね」
「暗殺者の業界は閉鎖的だって聞いたが、身内にも閉鎖的なのか?」
「当たり前じゃない、社交的な暗殺者なんていないわよ」
俺の目の前にいる暗殺者は結構社交的に見えるが……これは言わないでおこう。
「とりあえず情報を集める事かしらね……ちなみに、禁忌に侵されているのは、あのオーク?」
「そうだ、ペンテシレイアっていう名前なんだ」
「まあ別に名前はどうでもいいけど、その子が禁忌に侵されているって判断する根拠はなんだったの?」
「背中に黒い斑点が出た、ジェーンが言うにはそれが証しだって」
「……黒い斑点、ね……ちなみに、その斑点はいつごろでたの?」
「いつごろあるかはわからない、確認したのはついさっきだ、ただペンテが調子を崩したのは二日くらい前……ちょうどお前に襲われた日からだ、大体その時から食欲がなくなって、顔色も悪くなっていった」
「……なるほどね」
ジャハーヌは口に手を当て、何やら一人で納得している。
「何かわかりそうか?」
「……ええ、だいぶね、まず犯人の暗殺者はエルフ種よ」
「それはわかってる、だからお前に……」
「違うわ、色の事を言っているのよ」
「色? ……肌の色か」
「ええ、ダークエルフ種じゃなくて、エルフ種ね」
この世界で、エルフ種とダークエルフ種は違う存在と認識されている。肌の色以外ほとんど同じにしか見えないが、なぜか区別されているのだ。
「どうしてさっきの情報でそんなことが分かる? ……もしかして『禁忌の業』って、種類があるのか?」
俺が教えた情報は症状だけだ。それだけでどちらの色の種族の仕業が判断できるということはつまり、ダークエルフ種とエルフ種で使っている『禁忌の業』が違う、ということだろう。
「……『禁忌の業』に関して深く聞かないことって約束したわよね?」
「あ、すまん……」
「こっちも必要だからあんたに手を貸して情報も下してるけど……何だったらあんたとそのオークを殺して終わりってことも出来るんだからね」
「……わかった、さっきの忘れてくれ」
「次はないわよ」
ジャハーヌの口元には笑みこそ浮かんでいるが、その目には鋭さがあった。
この警告は本物だ。
俺は口を真一文字に結んだ。
「それで犯人だけど……最近、そのオークに接触したエルフはいる?」
「明確に誰かはわからないが、エルフ種の暗殺者から闇討ちを受けたことはあるぞ、一昨日の事だ」
「その時に傷を負ったとか?」
「いや、そんなことはなかった」
「そう……それなら、それ以外で誰かいない? 具体的に接触したエルフよ」
「接触、か……そうだな……」
「それもここ一週間以内でね」
「一週間以内……」
ちょうど俺とペンテが出会ってからか。俺と出会って以降、ペンテが接触したエルフで、ペンテに恨みを持っていそうなエルフ種といえば……
「……一人いるな」
「誰?」
「キーロとブレストの仲間だ」
「いや、誰よ」
一週間前までペンテはとある傭兵団に利用されていた。俺と傭兵団を結成してから縁を切ったが、その際にちょっとしたトラブル……というか、一方的にペンテがその傭兵団をボコボコにしたのだ。
その時の一味の一人にエルフ種がいた。あの名もなきエルフ種(俺が名前を知らないだけだが……)が暗殺者で犯人である可能性は否定できない。
「俺の知る限りだと、ペンテに恨みを持っているエルフ種で、接触しているのはそいつだと思う」
「そう、それなら『そいつ』に会いに行きましょう、顔はあんたしかわからないんだからあんたが見つけてもらわないと困るわよ」
「……大丈夫だ、すぐ見つけられる」
「へえ? 居所がわかるわけ?」
「というか、この店の常連なんだ、あいつら」
俺は立ち上がって辺りを見渡した。
ほぼ満席の店内。その店の隅で、まるで何かに恐れるようにコソコソと飯を食べている人間種、エルフ種、リザードマン種の三人の男たち。
ペンテにボコボコにされて以来、あいつらはずっとあんな感じだ。
ペンテとニアミスする可能性を恐れるのならこの店に来るのを止めればいいと思うのだが、あいつらはあいつらで問題の多い傭兵団らしく、誰でも受け入れてくれるこの店くらいしか入れる店がないらしい。
「へえ……あのエルフね」
「どうする? 人間種とエルフ種はともかく、あのリザードマン種はオークを殺したことがあるらしいぞ……まあ、ペンテにはボコボコにされたが」
「はっ」
ジャハーヌは鼻で笑うと、肩をすくめた。
「見てわかる雑魚じゃない、あんなの」
「そうなのか?」
「そうよ、まあ行って聞いてみるわ」
「あ、ちょっと待てくれ、俺も行くから」
ジャハーヌはズンズンとあの三人のテーブルのもとに向かう。
俺もその後に続いた。
まず最初にリザードマン種のブレストがこちらに気付いた。
俺と目が合った瞬間にすぐに身構える。
ブレストのその所作で他の二人もこちらに気が付き、睨めつけてきた。
「……お前、あのオークの……」
「なんかようか? 消えろ」
ブレストは凄んでくるが明らかに及び腰だ。目もキョロキョロさせている。多分、ペンテを探しているのだろう。アイツにボコボコにされた記憶がまだ残っていると見える。
まあ、あの傷は一週間くらいじゃ消えないか。
「今日はペンテはいないぜ」
「……」
三人は露骨に安堵したようだった。
ただ、オークの代わりに、今はやる気満々のダークエルフ種がいるが。
「ちょっといいかしら?」
「……なんだてめえ? 失……」
ブレストの言葉が途中で止まる。
ジャハーヌがいつの間にか右手に持っていた短剣の刃の部分が、ブレストの下顎にピタリとくっついているのだ。
「ちょっと黙っててくれる? これ大事なお話をするの、リザードマン種のあんたはお呼びじゃないのよ」
「……」
ミリでも口を動かせば下顎が裂ける。ブレストは物理的に喋れなくなった。
この辺りの動きはさすが暗殺者といえる。音もなく気配もなく短剣を抜くとは。
……いや、感心している場合じゃないな。
「……ジャハーヌ、ずいぶん強引な『聞き方』だな」
「そうかしら? 傭兵の会話なんてこんなものでしょ」
いくら荒事に慣れてる連中同士でも、こんな大衆食堂でいきなり喉元にナイフを突き立てながら話すことはないと思うが。
だが、ジャハーヌの方法はブレストたちにはかなり効いた。先ほどまでの威勢は完全に削がれ、彼らの目には怯えの色がみえる。
ジャハーヌは「見てわかる雑魚」と表現していたが、本当に雑魚なのかもしれない。
「で……あんた、名前は何ていうの?」
ジャハーヌがエルフ種の男に目を向けた。
「お、俺か? 俺はレイブだが……」
「そうレイブ、あんた、出身地は?」
「出身? なんでそんなこと聞くんだ、というかお前何者だ……」
「こちらの質問以外は答えなくていいわよ、レイブ」
「テメエ……」
「仲間の顎が消えるわよ、ついであんたの顎も消してあげようかしら?」
ジャハーヌはいつの間にか持っていた左手の短剣を、レイブの下あごにあてた。
いつの間に抜剣したのか、俺にはまるで見えなかった。多分、目の前の三人も見えていなかっただろう。
「うぐ……」
「で、質問の続きだけど、出身地は?」
「しゅ、出身地だと? 俺はこの街の孤児院育ちだ」
「……それならこの街の暗殺者の共同体に所属してた?」
「し、してねえ! 共同体に入りたいのか? わかった、それなら俺につてがある! 裏道のウルハルトってやつだ、情報屋で暗殺者の知り合いもいる!」
「そのウルハルトってエルフ種?」
「いや、ダークエルフ種だが……」
「あっそ……ちなみに聞くけど、アンタって暗殺者?」
「ち、違う……」
「……そうよね、そうじゃないかと思ったわ」
ジャハーヌは両手の短剣をスマートにしまうと、肩をすくめた。
「アヤト、コイツじゃないわ、他を当たりましょう」
「お、おう……」
いまだに事情を呑み込めず、軽く放心状態のレイブほか二名をよそにジャハーヌは席に戻っていく。
この三人はほとんど交通事故に巻き込まれたようなものだろう……少し可哀想だと思うが、こいつらのやってきたことを考えると、同情してやるほどの気持ちはわかなかった。
俺もジャハーヌの後に続いて席に戻った。




