ジャハーヌとの出会い その5
空き家のベッドの上でペンテは雑魚寝している。
俺はペンテが目をつぶっているのを確認して、家を出た。
孤竜の街と違って、日が落ちると辺りは真っ暗になる。外に出ることもなく、村の家々から灯りが漏れないからだろう。
そのまま村から出た。
辺りを見渡す。
木々の間からぼやけた光が漏れていた。
俺はそこに向かう。
木々を少しかき分けてみると、誰もいない。
ただ、たき火がそのまま放置されていた。
「火事になったらどうするんだ」
「ならないわよ」
真後ろから声をかけられ、とっさに振りかえろうとして……できなかった。
俺の腕がひねられたからだ。
「ちょっ、いきなり何するんだ……!?」
「それはこっちのセリフ、何の用?」
俺の腕をひねりあげているジョーンから敵意を感じる。
ペンテと一緒にいるから俺もまとめて敵と認識されているのか?
「……ちょっと話をしようかと……」
「私の方からはあなたたちと話すことはないけど?」
「今は俺一人だ、警戒しないでくれ」
「あなたの方が得体が知れなくていけすかないわね」
「なんだそりゃ……」
「上手くリチャードに取り入ってるみたいだけど、あなた何者? それにオークと仲良くやるなんてまともじゃないわよ」
正直に「別の世界から来た人間種です」と言って通じるかはわからない。
いや、多分通じないだろうな。
「俺がまともじゃないのは自分が一番よくわかっている、だけどこれだけは信じてほしいんだが、別にお前を襲いに来たとか、そんなんじゃない、だからとりあえずこの腕は放してくれないか?」
「……」
「というか、こんなことしなくてもお前だったら速攻で俺を殺せるだろ?」
ジョーンの戦闘力はわからないが、ゴブリンを圧倒できるのであれば俺よりも強いのは確定だ。明らかに荒事にもなれている感じだし。
「……」
ジョーンが俺の腕を放した。
ジョーンの目を見ると、まだこちらを怪しんでいる目をしている。どうやら、話は聞くが、まだ信用はしてくれないようだ。
「それで、何か用?」
「俺はこのせ……孤竜の街にきてまだ日が浅い、だからペンテが色々なトラブルを起こしたのは知っているが、具体的にどんなことをやらかしたのかは知らない」
「……」
「ペンテはお前に何をしたんだ? そのことが知りたかった」
「……そんなこと知ってどうするの?」
「謝りに来た、あいつ代わりに」
「……なにそれ」
ジョーンが呆れたように言うと、たき火の前に座った。
俺もその隣に座る。
「実は今、謝罪行脚の真っ最中でな、孤竜の街でもいろんな店をまわっているところなんだ」
「……あなた物好きね、あんなののために頭を下げるなんて信じられないわ」
「団長である以上、団員の面倒を見るのは義務だからな」
「……」
「で、何があったんだ? 補償できることであれば、可能な限りさせてもらうけど」
「……補償? はっ」
ジョーンが鼻で笑った。
「しなくていいわよ、いつか返させてもらうだけだし」
「返す、とは?」
「やり返すのよ、あいつに殴られてから、私は三日もご飯もまともに食べられなかったの」
ジョーンは自分の顎をトントンとたたく。
「……」
「私がアイツを殴るのは無理だから、私なりのやり方でやり返させてもらうけどね」
なるほど、飯の恨み……とはいうまいが、これはかなり深そうな恨みだ。ペンテが何でジョーンを殴ったかは知らないが、どうせお得意の癇癪だろう。
「それは悪かったな、ジョーン」
「別にあなたも謝らなくてもいいわよ、あなただろうが、アイツだろうが、謝られたところで許すつもりはないわけだし」
「……そうだろうな、お前の立場に立って考えてみたが、とても許すような気持ちにはなれない」
こんな風に恨みを持っている連中がまだまだゴロゴロいると思う。全く、謝罪行脚も楽じゃない。
「許すつもりはないのはわかった、そしてこれ以上ジョーンから恨みを買わないためにも、アイツには好き勝手させない、粗相を起こしそうになったら俺が止める」
「出来るの? 人間種のあなたがオーク種のアイツを止められる?」
「止めるさ、それをやるのが団長の仕事だ」
止められなければ俺達の傭兵団は破滅するだけだ。
「それで……そっちの恨みが晴れた後でいいんだが、その時はこっちの謝罪を受け入れてくれ」
「……そうね、それなら謝罪でも何でも受け入れてあげるわ」
ベストはジョーンの復讐を止める事だったが、そもそもジョーンは俺に対しても不信感を持っている。俺が何かを言ったところで説得には応じないだろう。
謝罪を受け入れる条件を提示して、それを受け入れてもらっただけでも上々の成果だと思わなければなるまい。
「話はこれで終わり? それならもう戻りなさい」
「ああ、そうさせてもらおう、邪魔したな……」
俺は立ちあがって、そこでふととある疑問が思い浮かんだ
「帰る前に一つだけいいか? ペンテの事じゃないんだが……」
「なに?」
「あのアンドラスってやつのことだ」
「……今度はそっち?」
ジョーンが不快気な顔をする。
「何でそんな嫌そうなんだ? 同じ団の仲間なんだろう?」
「あのミノタウロスを仲間だと思ってる奴なんかいないわ……うちの団長以外わね」
そういえば、確かにジョーンはアンドラスに対して『変な奴』と言っていた。
「ペンテはあのミノタウロスが俺を殺そうとしたって言ってたんだが……俺は少なくともあのミノタウロスとは初対面だ、何か殺されるようなことをしでかした覚えがない……それともあれもペンテがらみか?」
「違うわよ、あいつはあのオークが抜けた後に入ってきた、うちの団の一番の新顔」
「じゃあなんで……」
「知らないわ、あいつは何を考えているかさっぱりわからないもの、話したこともないし」
「コミュニケーションがとれないわけか」
「というか何もしゃべらないのよ、うちの団長がどこかから拾ってきたけど……団長の言うことは聞くみたいだけどね」
リチャードは俺やペンテのような行き場のない連中を勧誘して団員にしている。アンドラスもその口だろう。
「……うちの団にもいたわよ、アンドラスと対面して『殺されるかと思った』って言い出すやつ」
「……どういうことだ?」
「知らないわ、実際に殺そうとしたんじゃない?」
「仲間なのにか?」
「だから、誰もあいつのことは仲間だと思ってないし、向こうもこっちのことを仲間だとは思ってないわよ、団長が拾ってきたから同じ団にいるけど、それだけ」
リチャード本人は慕われているようだが、『暁の獅子』の団員同士の仲はあまりよくないようだ。リチャードがいなくなればすぐに崩壊するだろうな。
「明らかにあのミノタウロスはまともじゃない……私から見れば、あのオークの娘と同じくらいやばいやつよ」
「……なるほど、よくわかったよ」
アンドラスというのは、かなり危険なミノタウロスらしい。今後、関わり合いにならないことを望む。
「もういい? いい加減帰って」
ジョーンが鬱陶しそうにシッシと追い払う動作をする。
「長々と悪かったな……」
俺も帰ろうとした、のだが、気になるものが一瞬見えた。
「……ジョーン」
「まだ何かあるの? いい加減にしてほしいんだけど」
「その腕、どうした?」
「え?」
長袖のローブを着こんでいるせいで気づかなかったが、ジョーンが手を払う動作をしたとき、その袖がめくれ、包帯の巻いた右腕が露出したのだ。
「これ? ……別になんでもないわよ」
「……」
傭兵になれば怪我と隣り合わせだ。腕に怪我をすることもあるだろう。
しかし、これは……
「包帯は新しいな、最近巻いたのか?」
「……だったら何よ?」
「……昨日、もしくは今日巻いたんじゃないか?」
「……だから、だったら何んだっていうの?」
……あまりにも出来すぎている。
俺は昨夜のことを思い出していた。あの、謎のエルフに襲撃された時のことだ。
あの『暗殺者紛いのエルフ』は『ペンテに襲いかかろうとした』が、大剣を投擲され、『右腕に怪我』を負った。
そして、俺の目の前にいるジョーンは、『ペンテに恨み』を持ち、『右腕に怪我』を負っている『エルフ』だ。
見過ごすにしては、出来すぎている共通点の連鎖。
そういえばジョーンは言っていた。「私がアイツを殴るのは無理だから、私なりのやり方でやり返させてもらうけどね」と
つまり、正面から戦いを挑むのではなく、暗殺という方法でペンテを押そうとしたのではないか?
「ジョーン、昨夜どこで何をしていた?」
「なんでそんなことをあなたに言わなければならないの?」
「……」
言いたくないのか、言えないのかわからないが、こいつが襲撃犯である可能性は0ではない。
「実は昨日……」
ザッ、ザッ……
俺が追及の一手を繰り出そうとしたとき、足音が聞こえてきた。
その足音はこちらに向かっている。
思わず身構えたが、すぐにその姿を見て警戒を解いた。
「おや、ジョーンにアヤト、わざわざ出迎えに村の外に出てきてくれていたのか?」
見知った顔のワーライオ。そのワーライオと似ているが、一回り小さいワーライオ。そして二体に比べて頭一つデカい全身鎧づくめ。
「作戦は成功した、もう村がゴブリンの脅威にさらされることはないだろう」
「そう、ご苦労様、団長」
「……リチャード、お疲れ」
絶妙なタイミングでリチャードたちが帰還してしまった。おかげで完全に問い詰めるタイミングを外した。俺は心の中のモヤモヤが解消できないまま、リチャードとともに村に戻ることになった。




