ジャハーヌとの出会い その4
翌日
今日もペンテの調子は戻らなかった。
いや、訂正する。
ペンテの調子は昨日よりも悪化していた。
なんと、朝食で立ち寄った『ドラゴンの前足亭』で肉盛りを一皿しか食べなかったのだ。
俺は改めてペンテに今日は休むように申し渡したが、この少女は俺の言うことを聞かない事に定評がある。俺が何を言っても舌打ちと睨みで返答するだけだ。
「今回の仕事は現地でリチャードの団と集合する」
なので仕方なく、こうしてペンテを連れていく羽目になった。
俺の説明にも、ペンテは答えない。これはいつもの事なのだが、今回は明らかに不機嫌分が加味されている。
しかし、ここまで調子を崩しているのに、なぜペンテは休もうとしないのだろうか。仕事が大切だから……なんてことはないだろう。コイツにそんな勤勉精神はない。
だとすれば、オーク種(戦闘種族)ということで自分が狩るべき獲物を横取りされるのを嫌った、とか……これはなかなかありえそうな説だ。荒くれ者の傭兵は数多くいるが、ペンテシレイア程の血を好んでいる傭兵はいるまい。
俺はペンテの方を見た。
ペンテは荷台の床を睨みつけている。
……まあ、結局のところ、俺がペンテの気持ちを推し量るなど、無駄な努力だ。こいつの気持ちを理解できる日が来るとはとても思えない。
「それでまあ……今日の標的は狂霊憑きじゃない」
「……」
俺は気を取り直して話を続けた。
「ゴブリン種が徒党を組んで村を荒している」
「……」
「それを退治するのが今回の仕事だ」
「……」
ペンテが全くの無反応で、説明のし甲斐がないが、とにかくそれが今回の仕事だ。
ゴブリン種は体格の小さな種族で大人でも身長は俺の胸くらいしかない。性格も醜悪なものが多く、法律や規則といったルールに対して鈍感だ。ただ仲間意識が異常に強く、徒党を組んだ時の厄介さは並の傭兵団に太刀打ちできないレベルになる、らしい。
俺もまだ直接ゴブリン種と出会ったことがなく、全てはギルドとリチャードからの伝聞情報である。ただ、この二人が物事を誇張して俺に伝えるとは思えないし、伝聞情報といえど、その情報の真偽については疑う余地はないだろう。
「そういえば、昨日暗殺者に狙われたが……ペンテは暗殺者が誰か心当たりはあるか?」
これ以上依頼の話をしても無駄だと判断し、俺は話を変えた。
「ねえよ」
「本当か?」
こいつの素行の悪さならば、どこぞのエルフ種に恨みを買われている可能性は十分に考えられる。
「誰だろうと関係ねえな、殺しに来た雑魚のエルフはぶっ殺せばいいだけだ」
「……」
相変わらずの発想だ。
しかし、実際、相手の正体がわからなければこちらとしても手の打ちようがない。戦闘力ならばペンテの方が分があるようだし、ペンテの言うとおり返り討ちに出来れば確かに問題はない。
「……」
「……」
それから俺たちは、特に会話をすることもなく、ただ黙って馬車に揺られた。
馬車に揺られること数十分、目的の村に到着した。
被害にあっている村は主に人間種で構成された村で、異種族を見慣れてしまった俺にとっては、逆に違和感を抱いてしまった。
街のように賑わっているところでは、多種多様な種族で入り乱れている。しかし、このような生活様式を共にする共同体だと、単一の種族である場合が多いのかもしれない。
すでにリチャードたちは先に到着していたようで、村の代表者らしき人物と話をしていた。
「リチャード」
獅子面がこちらを向く。
「おお、アヤト」
「待たせたな」
「構わんさ、おおよその話はギルドで聞いた通りだ……おや、その少女もきたのか」
リチャードが俺の隣にいるペンテに目を向けた。
「……まあな」
昨日の段階で、リチャードには「ペンテは来れない」ということは伝えていたのだ。というか、もともとペンテ抜きを前提とした合同依頼なのである。
「ふむ、戦力が増える分には問題ないな、よろしく頼むぞ」
リチャードがペンテに拳を向けた。
しかし、ペンテは差し出されたその拳に自身の拳を当てようとせず、睨むことで返す。
リチャードはため息をついて拳を下した。
「……相変わらずね」
「え?」
リチャードのそばに立っていたフードを被った人物が呟く。
「おっと、君は初めてだったな、この子は私の団の団員だ」
リチャードがフードを下した。
青い目、白い肌、金色の髪……そして長い耳。
フードを被っていた人物は、典型的なエルフの特徴を兼ね揃えていた少女だった。
「名前はジョーン、霊話士でもあるが……今回の以来ではあまり関係ないな」
霊話士。狂霊と対話できる能力があるとギルドから認められた者だ。個人の技能というよりかは種族特性によるところが大きく、霊話士の多くがエルフ種である。そもそもほとんどの種族は狂霊の声すら聞くことができない。
ちなみにペンテも狂霊の声が聞こえるらしいが、あいつはそもそもコミュニケーション能力が限りなく0なので霊話士以前の問題である。
一応、俺も狂霊の声が聞こえるのだが、まあ、それはどうでもいいだろう。
「そちらはショーンだけ……じゃないよな?」
「いや、あと二人連れてきている、一人は今はゴブリンのアジトの監視、もう一人は……」
リチャードは村の一つの家に向かって顎でしゃくった。
どうやらそこにいるらしい。
「ちなみに、もう退治プランまで考えているのか?」
「ああ、こちらで勝手にやらせてもらっている」
「すまないな、こっちは何もしてないのに何から何まで……」
「気にするな、先輩傭兵団としての模範を見せたいだけさ」
リチャードがウィンクをする。
このままでは暁の獅子に完全に寄生している立場だ。それは困る。リチャードは気にするなとは言うが、たださえこのワーライオには今まで世話になっているのだ。これ以上借りを作ると返済が出来なくなるかもしれない。
「ゴブリンの規模は?」
「事前情報のとおり、ゴブリン達の数はおおよそ30、そしておそらく『一族』だ」
「……一族」
先述したとおり、ゴブリンの特徴として、その仲間意識の高さが挙げられる。特に血のつながりのある『一族』の結束の高さは、敵対者にとっての脅威度が増す、らしい。
「一族って、かなり厄介そうじゃないか? しかもこっちは6人しかいないし……」
数の上でもこちらが不利だ。しかも6人のうち、一人(俺)は確実な戦力外だし、もう一人は調子を崩しているときている。
「問題はないさ、私もジョーンも、そして後の2人もゴブリン如きには後れを取らない」
「それならいいが……それで退治するための作戦はどんなものなんだ?」
「ゴブリン達は自然に出来た洞窟をアジト代わりにしているようだ、そこに乗り込む」
作戦という程のものではない。単純明快な力押しだ。
「それは……危険じゃないか? 相手の本拠地に乗り込むわけだろう?」
「多数と戦う時は狭い場所の方が有利だ、洞窟の幅を考えれば、アンドラスと私が立ちふさがれば、後ろ回り込まれることはあるまい」
「アンドラス?」
「私の仲間のミノタウロス種だ、あの家にいる」
先ほど顎でしゃくった家にいるのが『アンドラス』というわけだ。
ミノタウロス種は筋骨隆々で頭部が牛となっている種族である。個人の戦闘力はかなり高く、相応の知性も兼ね揃えているところから護衛役の求人を良く見かける。
リチャードとミノタウロスの巨体で立ちふさがれば、確かに自然洞窟ならば塞げてしまうだろう。
「私とアンドラスで洞窟を進みながらゴブリンを討伐し、討ち漏らしや逃げ出すものは洞窟の外で待機しているグスタフで処理する、作戦の全容はそんなものだ」
「グスタフ?」
「私の弟だ、今はゴブリンのアジトで監視している」
リチャードに弟がいるとは驚きだ。ワーライオは見た目が怖いし、兄貴と同じく温厚なやつだと良いのだが。
「それだと……俺たちの出番はあまりなさそうかな?」
自分に出来ることを探すために聞いてみたが、明らかに俺たちがいないことを前提としたプランである。
俺はペンテの方を横目で見た。
彼女は静かに、そして不機嫌そうにしたまま黙っている。
てっきり、ペンテが無理やりついてきた理由は「戦い」からだと思ったが、なぜか戦わない事に不満を持っていないらしい。
やはりオーク種の気持ちはわからん。
「いや、君達にもちゃんと働いてもらおう、ジョーンとともにこの村の護衛だ」
「護衛?」
「念のためにこの村にも護衛を残しておく、ジョーンもゴブリン相手ならば囲まれでもしない限り大丈夫だ、それに……そちらの少女もいるしな」
確かに体調を崩しているが、ペンテならばゴブリンに後れを取ることはあるまい。
というか、働いていてもらうと言われたが、そんなに重要な役目ではなさそうだ。明らかに必要最低限のものだし。
多分、リチャードが非戦闘員用の俺のために用意してくれた役割だろう。何か何まで本当に世話をかけている。
「決行は今日の日の入りだ、日の出までには事は済むだろう」
「ああ」
「ジョーン、後は頼むぞ」
「……ふん」
ジョーンは鼻を鳴らした。
どうやら、このエルフの女性は虫の居所が悪いらしい。
リチャードが小声で俺に耳打ちした。
「……すまんな、あの少女が来ないものと思ってジョーンを連れてきしまった」
「……どういうことだ?」
「……ジョーンはあの少女と多少の因縁があるのだ」
それは厄介だ。そういえば以前、ペンテが暁の獅子に牙を剥いた、と言ってたがそれの事かもしれない。
「アンドラス! 行くぞ!」
リチャードが家に向かって声をかける。
家の中から鋼の鎧を着こんだ巨体が出てきた。
あれがアンドラスらしい。
巨漢のリチャードよりもさらにデカい。身長は3mに近いのではないだろうか。手には大きな鎌を持っており、その鎌は刃渡りだけでペンテの身長くらいある気がする。
顔を全部覆い隠しているフルフェイスの兜が、こちらを見た。
背中に寒気が走る。
生物が本能的に持ち合わせる恐怖心、それをはっきりと自覚した瞬間だった。
仲間だと分かっているのに、なぜかアンドラスがその鎌をこちら側に投げてくるような予感がしたのだ。
当然、あの大鎌の刃に当たれば俺の身体は真っ二つになるだろう。
俺はとっさに身構えた。身構えたところで何もできないのはわかっているが、やはりこれも本能が原因の防衛行動なのだと思う。
しかし、こちらの心配は杞憂に終わった。
アンドラスはすぐにリチャードの方を向くと、そのままリチャードともに歩き去っていったのだから。
「……ふう」
いらない緊張をしてしまった。
大きく息を吐いて横を見ると、ペンテが背中に背負っている剣の柄に手をかけている。
「……おい、ペンテ」
「……」
俺が声をかけても、ペンテはあの巨体の鎧の背中をじっと睨んだままだ。
「ペンテ、何をしてるんだ、止めろ」
「……あの野郎」
「アンドラスだろう? あいつは味方だ」
またペンテの悪い癖が出た。
ペンテは『強い者』と戦いたがる悪癖がある。アンドラスは俺から見ても確実に『強い者』だ。
おそらくアンドラスのあの殺気は俺ではなく、剣の柄に手をかけていたペンテに向けたものに違いない。誰だってこちらを見ながら剣の柄に手をかける奴がいれば、警戒するに決まっている。
「本当に止めろ、リチャードの団員を襲うのはシャレにならないぞ」
どれだけ俺がリチャードに世話になっていると思っているのだ。それだけはなんとしても阻止しなければならない。
「あの野郎……殺してたかもしれねえ」
「……だから、本当に止めろって、絶対にリチャードの団員を殺すなよ」
「ちげえよ」
「何が違うんだ?」
「……『お前を』殺してたかもしれねえ、あのデカいのが」
「……は?」
ペンテの言い分では、まるで本当にアンドラスを殺そうとしていたようじゃないか。
あの俺の感じ取った死の直感は、柄を握ったペンテの警戒ではなく……いや、まさか……
「……ペンテ、お前、俺が殺されそうだから抜刀しようとしたのか」
「……あん?」
ペンテはこちらを一睨みしてから剣の柄から手を離した。
ペンテの言い分が正しければ、まずアンドロスが殺意を発揮し、それに反応してペンテが抜刀しようとした、ということだろう。
まさか、ペンテが俺のためそんなことをしてくれるとは思わなかった。
「……おい、休ませろ」
「あ、えっと……」
ペンテがぶっきら棒に言う。
休むといっても、この村に休憩できる施設があるかどうか……
「……よろしければあの家をお使いください、空き家ですので」
「ああ、ありがとうございます」
村の代表者の男性が、アンドラスが入っていた家に向かって指をさす。
「ペンテ、あの家に……」
俺が言い終わる前にペンテは歩き出していた。
「……変なやつばっかり」
フードのエルフ、ジョーンのつぶやきが聞こえる。
「それは、俺たちの事か?」
「……それにアンドラスも」
ジョーンは吐き捨てるように言うと、村の外に出ていく。
「どこに行くんだ? 俺たちはこの村を……」
「アイツと同じ家にいるなんてまっぴらゴメンよ、外で待っていた方がマシ」
協調性のかけらもないが、リチャード曰く、ペンテとの軋轢があるらしいし、これも仕方のない事かもしれない。
俺は肩をすくめると、村から提供されている空き家に向かった。




