ジャハーヌとの出会い その3
やはりペンテはかなり調子を崩している。
ビルギッドの討伐報酬を受け取り、「ドラゴンの前足亭」に来た時、一足先にきていたペンテの様子を見て、そう確信した。
ペンテが肉盛りを二皿しか食べていない。三皿目に肉が残っている状態で、手が止まってしまっている。
「おい、ペンテ、大丈夫か?」
「……あん?」
「全然食べてないじゃないか、遠慮せず食べろよ」
「……おう」
俺に促され、ペンテは三皿目の肉を一掴みにして、口には運ぶ。
やっと三皿目が空になった。
「お代わりするだろ?」
俺がペンテの返事を聞く前に看板娘の一人に声をかけようとしたが、いつまでもペンテの返事が来ない事を不審に思って、彼女の方を振り返った。
「……」
ペンテは黙りこくっている。
「え、ペンテ?」
「……」
「マジか……?」
ペンテがお代わりの返事をしない……だと?
ペンテは仕事が終われば必ずこの店で腹いっぱい飯を食う。それがペンテにとっての『報酬』なのだ。ペンテが三皿程度で腹いっぱいになるとは今までの経験上ありえない。
そのありえないことが目の前で起こってしまっている。
「ペンテは、今日はもう休もう、それで明日の仕事はなしだ」
ここで俺は確信した。
ペンテは本格的に体調を崩している。
毎日討伐関係の仕事を入れていたが、その疲れが出たのかもしれない。
ペンテの無尽蔵な体力で俺の感覚も麻痺していたのは事実だ。ペンテが女の子であることには変わりないし、ここら辺でゆっくり休ませる時が来たと考えよう。
「とりあえず体調が戻るまでは様子見だ」
「……別に俺は平気だ」
「平気なものか、休め」
「……仕事は入れてねえのか?」
「仕事は入っている」
団結成して以来、『依頼達成の報告と同時にその場で新しい仕事を入れる』、これがパターン化している。ペンテもそのことはわかっているのだ。
「てめえ一人じゃ何も出来ねえだろうが」
「安心しろ、明日のやつは合同依頼を申し込んだ」
「合同……?」
「他の傭兵団との合同依頼だ、最悪俺一人でもなんとかなる」
「……」
本当に幸いなことに、俺がどんな依頼を受けようか考えている時、別の傭兵団の団長から声をかけられ、そのまま合同依頼をやることにしたのだ。
「他の傭兵団ってどれだ?」
「『暁の獅子』だ、リチャードのところだよ」
まあ、俺に声をかける傭兵団長なんて、あのワーライオしかない。世間話のつもりでこちらの事情を話すと、それならば、と誘ってくれたのだ。
「……あのうざってえ犬か……」
「どちらかといえば猫だな」
獅子顔なんだから、おそらくは猫科だろう。この世界の生物の系統分類はよくわからんけど。
「……ちっ」
ペンテは忌々しそうに舌打ちした。
「というわけで、お前は休んで大丈夫だ」
「……俺も行く」
「いや、無理するな……」
「行くっつってんだろうが!」
ドンッ!
ペンテがテーブルを叩く。テーブルの上に置かれた皿、数センチジャンプした。
ペンテの声とテーブルを叩いた音で、周りの客が一瞬黙り、こちらを見る、しかし、すぐにまたいつもの喧騒に戻った。
「……わかった、着いてくるんだな、明日も早いぞ?」
俺はこの聞かん坊に対して早々に白旗を上げた。
「……」
熱望するから連れて行ってやることにしたのに、ペンテはブスっとしたままである。
俺はため息をつくしかなかった。
結局、ペンテは肉盛りを三皿しか食べずに店を出た。
これは医者に診てもらった方が良いかもしれない……ただ、医者に診てもらうにしても、この世界の医療技術がどこまでものかがわからないので、あてにし過ぎるのも良くなさそうだが。
この世界の文明的に考えて、西洋の中~近世レベルだと思うが……いや、しかし、ここは地球とは違う異世界、医療分野が大いに進んでいる可能性もある。それこそ『魔法で治せる』とかがあるかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、急にペンテが立ち止った。
「どうした?」
「……誰かが見てやがるな」
俺は辺りを見渡す。日はすっかり落ち、月明かりに照らされる街に人通りは全くない。
「……エルフか?」
「多分な」
ペンテは担いでいた大剣を下して臨戦態勢に入った。
そのこちらを見ているやつに敵意を感じ取ったのだろう。
しかし、これはまさに今日の依頼の時と同じ展開だ。誰かが俺たちを狙っている。結局あの魔女っ娘ダークエルフの狙いは謎だったが、またあのダークエルフが、俺たちをつけ狙いに来た可能性はなくもない。
「ビルギッドを討伐した時に襲ってきたダークエルフかな?」
「違えな」
「え?」
ペンテは俺の考えを即答で否定した。
「どういうことだ? 違うのか?」
「違う、あいつよりも明らかに気配を隠すのが下手だ」
ペンテが大剣を振るった。
ガキンッ
金属音とともに地面何かが転がる。
月明かりに照らされ、それが小さな矢だとわかった。
どうやらその暗殺者に攻撃されたようだ。
こんな闇夜の中で狙われる恐怖心は少なからずあったが、それでも俺は平静は保てている。
なにせ、こんな闇夜の中で飛来する矢を正確に薙ぎ払うペンテの方が明らかに暗殺者よりも格上だ。
ペンテは大剣を振りかぶって……そのままブン投げた。
大剣は一直線に放置された屋台に向かって飛んでいき、命中する。
大剣が当たった衝撃で屋台は崩れ、そこから一つの影が飛び出した。
『影』は全身を黒い衣装に包み、顔も黒い覆面で隠している。ただ、月明かりに照らされ、右腕の先の地面に赤いポツポツが出来ていた。
どうやらペンテの大剣投擲で負った怪我らしい。
影はこちらに背を向け、走り出す。まさに「襲撃に失敗した暗殺者の逃走」だ。
「逃がさねえよ」
「待て、ペンテシレイア」
影を追おうとするペンテがビタリと止まった。
「あれはひとまず放っておけ、それよりも大剣を回収してズラかるぞ」
「……なんでだよ?」
「あの暗殺者、逃げるのが早すぎる気がする、もしかしたら俺たちに後を追わせて罠にはめるつもりなのかもしれない」
「そんなもん関係ねえ」
「あと、お前の体調が万全じゃない、その状態で深追いするのはやっぱり危険だ」
「そんなもん関係ねえ」
「……それと屋台を壊して結構大きな音が鳴った、じきに人が集まってくるかもしれない」
「そんなもん関係ねえ」
「関係ある、あの屋台の持ち主から被害を訴えられたら面倒なことになる」
最後のやつには反論しておく。
もし責任を問われた時、「暗殺者に襲われたから」が通じるとは思えない。むしろ「面倒なオークがまた面倒を起こした」と思われるのが落ちだろう。憲兵どもに突き出されるのはごめんだ。
それに先の二つの理由も、決して無視できない理由だ。ただでさえペンテはからめ手に弱いのだし、この状況で無理に襲撃者を追うのはどう考えても得策ではない。
「ほら、行くぞ」
「……」
ペンテは何も言わない。こちらを睨みつけるだけだ。
もともと『説得』には耳を貸さない少女だ。こちらがいくら理詰めしても大して意味がないのは分かっている。
それならば、強引に言うことを聞かせるまでだ。
「……行くぞ、ペンテシレイア」
「……ちっ」
俺はペンテの手を引っ張った。
この舌打ちもいい加減聞き飽きた。
大剣を回収したペンテを連れ、俺たちはホームに戻った。




