ジャハーヌとの出会い その2
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翌日
ペンテは不機嫌だ。
朝起きた時からムスッとした表情を浮かべたままで、腹ごしらえに寄った『ドラゴンの前足亭』でも、いつもの八割くらいしか食べなかったし、食べ終わった後もその表情を崩さなかった。
これは異常事態である。
ペンテはどんなに不機嫌でも、飯を食えば機嫌が直るという少女だった。にもかかわらず、飯を食った後も不機嫌が続いているのだ。
「体調が悪いのか」と聞いてもみても「うるせえ」とイラつかれながら返される。ペンテも女なんだし、不機嫌な日があるのはわかるが……これから殺し合いをするのだ。体調が悪ければキャンセルをする必要がある。
「本当に大丈夫なのか?」
「……ちっ」
『ドラゴンの前足亭』を出て、ギルドの用意してくれた馬車まで向かう。その道すがらペンテに聞いてみても、こちらを向いて舌打ちするだけだ。
「ペンテシレイア、ちゃんと答えてくれて、お前は戦えるのか?」
俺の真剣な問いに、ペンテは面倒くさそうにこちらを睨む。
「狂霊一体くらいぶっ殺せる、分かったんなら話しかけんな」
「分かった」
俺は口をつぐんだ。
これ以上、問いかければ、恐らく物理的に黙らされるだろう。ペンテの剣呑な不機嫌オーラはいつ爆発してもおかしくないところまで膨れ上がった。
俺とペンテはギルドに用意された馬車に乗る。
馬車は走りだした。果たして今回討伐、上手くいくだろうが。最悪のケースを想定しておく必要もありそうだ。
『音無しの森』
風の流れがほとんどなく、鳥や獣の類が少ないことから、そんな名前がついたらしい。
森にまだ入っていないが、すでにほのかに焦げるにおいが漂っていた。
「ここからは歩きだ」
「……」
俺はギルドから支給された森の地図を片手に言う。
ペンテは相変わらず、相変わらず不機嫌そうな顔をしたままだ。
「あと、ここからはこれを身につけろ」
「……なんだこれ」
「防火布だ、これを纏っておけば、奴からの炎の攻撃を防げる……かもしれない」
「……」
ペンテは俺から渡された防火布を面倒くさそうにマントのようにして羽織る。俺も同じように羽織った。さらに覆面を被るように顔に布を巻く。少々息苦しいし、視界も悪くなるが背に腹は代えられない。
ペンテは覆面用に渡した布を持ったままである。
「ペンテ、覆面もしとけ」
「……案内しろ」
どうやら、つける気はないらしい。
……まあいいか、敵を見つけた後でもつけられるだろう。
「行くぞ、こっちだ」
「……」
俺は歩き出す。ペンテも大剣を肩に担ぎながら後に続いた。
狂霊憑き魔法使いビルギッドの目撃例は、だいたい一か所に絞られている。生前、ビルギッドが根城していた場所で、かつて伐採所であった開けた場所だ。
そこに近づくたびに、焦げるにおいが濃くなっている。きっとビルギッドが今も元気に自分の周りを燻して回っているのだろう。
まだ少しその地点に距離があるが、ペンテが唐突に止まって剣を下した。
「どうした?」
「……なにか見てやがるな」
ペンテは「戦闘」に関して恐ろしく鋭い勘を発揮するのだ。コイツが臨戦態勢を取った時は、まず間違いなく戦闘が発生する。
なのでペンテの言葉に、俺も身構えた……もっとも俺は戦闘なんて出来ないから、ペンテの後ろに隠れるだけだが。
ペンテは辺りを見渡す。周りは雑木林で視界は悪い。奇襲される可能性もある。
「……ちっ!」
ペンテは大きく舌打ちして、剣を担ぐと、また歩き出した。
「どうした、ペンテ?」
「出てきやがらねえ、こっちを見てるだけだ」
ペンテは忌々しそうに言う。
「例の狂霊憑きの魔法使いか」
「……ちげえよ、狂霊憑きがこんなにうまく気配を消せるわけがねえ、同じエルフだろうがな、あいつらはコソコソすることしかできねえ奴らだ」
不機嫌なせいで虫の居所が悪いペンテは、吐き捨てるように言うと、ズンズンと歩いて行く。
コソコソするエルフ……おそらくは『暗殺者』だろう。
闇夜に乗じて対象者を殺す殺し屋。この世界ではいわゆる『専門家』や『技術職』として認識されている。それこそ自己紹介で暗殺者と名乗るやつすらいる程だ。
『鍛治技能』に特化した鍛冶屋、『魔法技能』に特化した魔法使いなどと同じく、『殺しの技能』に特化した者として扱われる、と説明すれば分かりやすいだろうか。
この他種族混在世界において、(ダーク)エルフ種の割合がかなり多い職業でもある。
「警戒しておいた方が良いんじゃないか?」
「コソコソしてる限り何もしてこねえよ、現れたらぶっ殺してやる」
なぜか見ず知らずのエルフ(と思わしき観察者)まで殺害リストに入ってしまった。殺しそうになったら止めに入らなければならないだろう。今のすごく不機嫌なペンテを止めるのはかなり難しいだろうが、止めないとうちの傭兵団がギルドの討伐対象になりかねない。
森の奥に進み、燻された匂いがより強くなったとき、視界が開けた。
例の伐採場だ。そして、フードを目深にかぶった人物がしゃがんでいる。
「おい、狂霊野郎!」
こちらに気付いていないだろう討伐対象をわざわざ声をかけるペンテ。無駄なことこの上ないが昨日宣言していた通り「正面から正攻法」で戦うわけだ。
フードを被った人物は立ちあがってこちらの方を向いた。顔はよくわからないが、人形のような不自然な動きと、姿勢の悪すぎる立ち方……いわゆる『狂霊立ち』をしていることから、コイツが狂霊憑きの魔法使い・ビルギッドで間違いなさそうだ。
「今からぶっ殺すから覚悟しとけ」
ペンテは剣を担いだままスタスタとまっすぐビルギッドのもとに向かう。
一方、ビルギッドは片手をペンテに向ける。
そこで気が付いた。
「おい、ペンテ、お前防火布の覆面をしてな……」
俺が言い終わる前にペンテが地面蹴った。
まだ10m近くあったビルギッドとの距離が一気に縮まる。
ボウゥッ!!
ペンテの近くで爆発のような炎が巻き起こった。ビルギッドの炎の魔法だ。
熱風がこちらまで届き、露出した俺の目にあたる。思わず目を閉じた。軽く目を拭いて、もう一度開けた時、勝敗は決していた。
ペンテが地面でくの字になっているビルギッドを踏みつけていたのだ。
決定的な瞬間は見ていないが、おそらく、突撃した勢いそのままにペンテがビルギッドに蹴りをいれ、そのままビルギッドを倒したのだろう。
「ちっ、雑魚のエルフ野郎が、まだ人間種の方が骨があるぜ」
ペンテがこちらをチラリと見ながら言う。
……どうだろうな、多分、俺もペンテの蹴りをくらったら、ビルギッドと同じようになってしまうと思うが。
ペンテはそのまま担いでいた大剣を地面に突き刺すように下した。
当然、地面と剣の間にはビルギッドの首がある。
狂霊憑きだった魔法使いの首が跳ね跳んだ。
よくやったぞ、ペンテ……俺がオークの少女に労いの言葉をかけようとした時、いきなり首が絞まった。
「……うぅ!?」
何が起きた?
パニックになりかけたが、すぐに自分に起きたかを理解した。
俺の首に腕が巻きつかれている。
「はい、ちょっといいかしら」
俺の耳元で女の声。目だけ動かすと、そこには褐色の肌の長い耳。
ダークエルフだ。
いつの間にか背中に回り込まれ、人質を取られるように後ろから首を絞められている。
「質問がいくつかあるわ、簡潔に答えなさい、一応言っとくけど、こんな風に首を絞めているのは別にあんたのこと殺そうって思ってるわけじゃないから、そのあたり勘違いしちゃダメよ? これはあくまで、あんたたちと私を対等にするためのもの、まあただあんたが私の質問に素直に答えなかったら、ちょっと苦しい思いをするかもしれないけど、その辺りはわかるわよね?」
そのダークエルフに早口でまくしたてられた。簡潔に答えろといいつつ、自分の発言がまったく簡潔じゃない。
「……何やってんだ、てめえ」
ペンテがこちらの様子に気が付いた。殺意の目をこちらに……おそらくだが、俺の首を絞めているダークエルフに向けている。
「質問の一つ目よ、あんたたちはどこから頼まれて、そいつを殺したの?」
ダークエルフがペンテに向かって言うが、ペンテは犬歯をむき出しにしてこちらに早足で向かってきた。
「てめえだな、コソコソ俺たちの事を見てたエルフ野郎は、ぶっ殺してやる」
「……意味わかんないだけど、ちょっとあんたの連れどうなってるの?」
俺はダークエルフの締め上げている腕を必死にタップする。苦しいのもあるが、何よりもペンテを止めなければならない。
「あんたねえ、まずこっちの質問に答えなさいよ、そうすればこいつは解放してあげるわ、質問は二つ、どこから、もしくは誰から頼まれたか、それと報酬を山分けする気はあるかってこ……」
ダークエルフの言葉が終わらぬうちに、目の前まで迫ったペンテが大剣を振り上げた。
……こいつ、まさか俺ごと斬る気か!?
俺が自分の死を自覚した瞬間、背中を思い切り押された。
バランスを崩し、よたよたとペンテのもとに行く。ペンテはダークエルフから解放された俺を優しく抱きしめることもなく、裏拳で殴ってどけた。
殴られるその瞬間、「邪魔だ」とペンテは目で言っていたのが見えた。
俺は頬にジンジンする痛みを抱えながら、その場にへたり込む。
俺の事なんか構いもせず、ペンテは大きく踏み込むとダークエルフに向かって剣を振り下した。しかし、ダークエルフは一歩下がってスレスレでそれを避ける。ペンテはすぐに追撃の横切りを放つが、それをもダークエルフはひらりと避けた。
俺はここでやっと、そのダークエルフをきちんと目視できた。
奇妙な格好をしたダークエルフである。大きな丸眼鏡をかけ、つばの長いとんがり帽子、全体的に黒いがところどころ白いフリルをあしらった服、さらにスカートもミニスカートだ。
俺の頭に「魔女っ娘」という言葉が浮かんだ。
その魔女っ娘ダークエルフの右手には短剣が握られており、中腰で構えを作る。
しかし、あの短剣でペンテの大剣の猛攻をしのげるとは思えない。
ペンテはさらに一歩一歩と距離を詰めながら大剣を振るうが、ダークエルフはそれらの必殺の一撃をすべて紙一重で避けながら、後退している。
かなり身軽なダークエルフだが、このままではジリ貧だ。
手に汗握る攻防……を黙って眺めている場合じゃない、ペンテを止めないといけない。
無法がまかり通るこの世界だが、やりたい放題が許されるほど寛容でもない。基本的に、『ギルドの討伐対象』以外での『殺し』は都市法的にご法度だ。黙って埋めればバレない可能性もあるが、そんな後ろめたいことを抱えたまま今後あの街で生活をする気はない。
それに手荒な真似はしてきたが、あのダークエルフはまず最初にこちらの事情を聞いてきた。おそらく話し合いの余地はあると思う。
「待て、ペンテシレイア!」
俺の呼びかけ、ペンテの動き止まり、こちらを見た。
その瞬間、ダークエルフがペンテに向けて手を伸ばす。
この体勢は先ほど見た。ビルギッドが魔法を放つ予備動作に酷似している。
「魔法……」
俺の呟きがペンテまで聞こえたのだろう。ペンテはこちらを向いたままマントをひるがして、しゃがんだ。
轟音と共に、空中に炎が巻き上がった。
先ほどのビルギッドの比ではない。本物の炎の魔法。ペンテもしゃがんでいなければ巻き込まれていた。防火布程度では到底防げなかっただろう。
炎の熱と光で目がかすんだが、強く瞬きして視力を戻した。
早く体勢を立て直さないと、ダークエルフの追撃がくるかもしれない。俺は焦って立ち上がったが、先ほどのダークエルフは、もうすでにいなくなっていた。どうやらあの魔法はこちらを攻撃するためのもではなく、逃走用の目くらましに使ったものらしい。
「……逃げたのか?」
「逃げられたんだよ」
ペンテが忌々しそうにつぶやくと、地面に向かってつばを吐いた。
「てめえが止めなかったら殺せたのにどうしてくれるんだあ? ああん!?」
ただでさえ不機嫌だったのに、『殺すべき獲物』をみすみす取り逃がしたことで、さらに不機嫌度が増している。ペンテは俺に対して積極的に暴力を振るったことはないが、今回はさすがにボコボコにされるかもしれない。
ビルギッドを殺害し、依頼自体はすでに達成しているのに、それ以降の身内のいざこざで怪我をするのは何とも間抜けな話だ。
ペンテが近づいてくる。
俺は目をつぶり、身構えて、その強烈な前蹴りがくるのを覚悟した……が、いつまで経っても衝撃がこない。というか、足音が俺を通り過ぎた。
「……え?」
俺を通り過ぎたペンテの方を見ると、ビルギッドの頭を持ち上げ、軽く舌打ちする。
どうやら前蹴りの刑は免れたようだ。
「ペンテ」
俺が呼びかけてもペンテは一瞥するだけである。
俺の対しての罰はやらないでおいてくれるようだが、不機嫌は不機嫌のままらしい。
「……帰ろうか」
俺が声をかけても、ペンテに反応はなく、まだ顔をしかめたままだ。




