ジャハーヌとの出会い その1
生き抜きがてらに書いていたら興が乗ってしまった作品
ペンテシレイアが四体目のリザードマン種……狂霊憑きの兵士の首を飛ばして殺した。
まあ、殺した、という表現はあまり正しくない。もともと死体に憑りついた狂霊憑きなのだから、元の身体はすでに死んでいるわけだし。
今回の依頼は、きちんと埋葬されなかった死体に憑りついた狂霊を討伐することだ。
狂霊というのは植物を除く生物に種族生死問わず憑りついて暴れまわる。この世界では死体に狂霊が憑りついても大丈夫なように、死体はきちんと土葬することが常識なのだが……争い事が絶えないこのご時世、死体がその辺に転がっていることも珍しくない。今回はまさに、戦に敗れ、敗走途中で力尽き兵士たちに狂霊が憑いて討伐案件となっている。
ちなみに死んでいる狂霊憑きを討伐する方法は、首を切り落とすことが一番確実だと言われている。
「狂霊は五体満足の身体に憑きたがる」……この世界の一般常識とされ、事実首を刎ねられたり、四肢を欠損すると狂霊は祓われる場合が多い。ギルドが公表している狂霊憑きの文献を読む限り、首なし死体に憑りついた狂霊は今までに数例しかないそうだ。
ペンテは満足げに四つの首の髪を掴み、俺に見せつけてきた。
「……ペンテ、いちいち俺に見せなくてもいいぞ」
「ふんっ」
ペンテは鼻を鳴らす。
おそらく、彼女的には獲物を見せびらかすことで自分の力を誇示しているつもりなのだろう。飼い猫とかが飼い主に対してネズミを持ってくるやつだ。
この「力を誇示する」という行為を、ペンテはよくやる。それがオーク種の特徴なのかはよくわからない。そもそも街でペンテ以外のオーク種に会ったことがないしな。
「今日は赤牙の猪の肉盛り八皿だぞ!」
ペンテが鼻息を荒くしながら宣言した。
『ドラゴンの前足亭』名物肉盛り皿。何の動物の肉盛りなのかはその日によるが、どんな肉でもペンテは喜んで食べる。
「八皿? そんなものでいいのか?」
俺があっさりと了承の返事をだすと、ペンテが眉をひそめた。
「……もっと食べても大丈夫なのか?」
ペンテ的にはご褒美として「無茶なお願いをしている」つもりだったのだろう。だが、その程度は懐具合を考慮してもつつましやかなお願いだ。
「今日の飯代に使っていいのは5000エルまでにしておく、肉盛りは一皿500エルだ、さあ何皿食べたい?」
「……」
ペンテはむっとした顔をして言葉に詰まった。
彼女は計算ができない。一桁までの加減算程度なら感覚でわかるが、二桁になると途端に長いシンキングタイムを必要とし、乗除算に至っては頭がパンクしてしまうのだ。今もペンテの頭の中には数字がグルグルと渦を巻いているに違いない。
一応、俺も意地悪をしたくてこんな聞き方をしているわけじゃない。せめてこのくらいの加減乗除は覚えてもらいたい、というお節介焼いているつもりなのだ。
「ペンテ、こう考えろ、500と500を足すと1000だよな?」
「……」
「この段階で、肉盛り2皿が1000エルで食えるわけだ」
「……」
「さらに1000と1000を足すと2000だ」
「……」
「つまり、肉盛り2皿を2回分、合計4皿で2000エルになる」
「……」
「さらにもう二皿分足すと3000エルになるわけだ」
「……」
「合計で5000エルになるまでこの計算を繰り返していくと……」
「あー! うるせえ! 面倒くせえ! とにかくたくさん食わせろ!」
ペンテは大声を上げて考えることを放棄した。
なるべくわかりやすく教えようとしたが失敗してしまった。飯に関することならペンテでも興味を持ってくれるかと思ったがそれも中々難しいようだ。
ペンテは肩をいからせながら、街までズンズンと歩いて行く。
俺は肩をすくめながら、街までトボトボと歩いて行った。
「お肉盛りお待たせしました」
「ありがとう」
肉盛りを持ってきたこの店の「6人の看板娘」の1人であるエルフの女性にお礼を言って、俺は店内を見渡した。
『ドラゴンの前足亭』は今日も大盛況だ。俺とペンテのテーブルの周り以外は。
俺の傭兵団は悪い意味で他の傭兵団や街の住人から注目されている……というか、警戒されている。街のお店に入った瞬間に憲兵を呼ばれることも少なくなかった。ペンテの悪名はこの街に轟いており、そこかしこに恨みを買っているのだ。
「ペンテ、見ろ」
「あむう?」
テーブルに肉盛りの皿が置かれた瞬間に肉を貪り始めたペンテを一旦止める。
「今、このテーブルには何枚皿がある?」
「……じゅうまひ」
口に肉を入れているせいで聞き取りにくいが、「じゅうまい」と言ったようだ。
「そうだ、十枚だな、つまりさっきのクイズの正解は十枚なわけだ」
俺の言葉が終わる前に、ペンテは肉を食べるのを再開した。
ペンテに算数を教えるのはかなり難しいことになりそうだ。
「こちらもどうぞ」
「うん?」
先ほどの看板娘が、もう一皿持ってきた。
皿の上にはくし切りされたリンゴが乗っている。
「頼んでないぞ、間違えじゃないのか?」
「サービスです、頑張ってる二人にって」
エルフの看板娘がニコリと笑う。
「そうなのか? ありがとう」
「……なんだ? それも食っていいのか?」
「らしいぞ、お前もお礼を言え」
嫌われものと自覚していたが、まさかこんなサービスを貰えるとは。世の中捨てたものじゃない。まあ、ここのおかみさんのご厚意だろう。ここのおかみさんは俺達……というか、ペンテシレイアを気にかけているし。
しかし、ペンテは看板娘にお礼も言わず、リンゴをバクバクと食べ始める。
……まったく、こいつは本当に……
「……悪いな、こういうやつなんだ、本当に感謝はしているから……」
「いえ、いいですよ……リンゴ、美味しいですか?」
看板娘がペンテに話しかけた。
しかし、ペンテは看板娘を一瞥しただけで、すぐにリンゴを貪る作業を再開する。
「……本当に申し訳ない」
「……いえ、大丈夫です」
さすがに看板娘は不機嫌になったのか、少し顔をしかめてカウンターに戻っていった。
「おいペンテ、お礼は言え、あと話しかけられたら返事はしろ」
「ふるへえ、ふってるほひにはなひはへるな」
うるせえ、食ってる時に話しかけるな、かな……
はあ、ため息をつく。算数以前にこの性格を何とかしなくてはいけない気がする。
ペンテは基本的に他種を見下している。自分よりも弱い奴の意見など聞く価値がないと豪語しているのだ。だが、なぜか俺の言うことは聞く。いや、5割くらいは無視されるけど、それでも聞いてくれる方だ。
こんな性格だから、街中の謝罪行脚も当然上手くいっていない。こいつは他人に迷惑をかけたことに対して、何がいけないのかを理解していないのだ。
「……おい、俺の分のリンゴは?」
「あん?」
「お前、一人で全部食ったのか……」
サービスで運ばれてきたリンゴの皿の上には何も置かれていなかった。
どうやら俺が考え事をしている間にペンテが全部食べてしまったようだ。もはや呆れる事しかできない。
「……とりあえず、明日の仕事の確認をしとくから、そのままでいいから聞いてくれ」
俺は気を取り直して話を続けた。
基本的に仕事……ギルドからの依頼は毎日受注しているのだ。ペンテの体力は上限というものが無くなっているようで、連日の狂霊憑き退治の仕事も疲れることなく……いや、むしろやればやるほど元気になっている気がする。
むしろ基本的に付添としてそばにいるだけの俺の方が疲れているくらいだ
「明日も狂霊付きの討伐だ、今回はちょっと大物だぞ」
「ふほひのは?」
「……すまん、ペンテ、やっぱり口の中に物がなくなってから喋ってくれ」
ペンテはゴクンと飲み込んだ。
「そいつは強いのか?」
「ああ、そこら辺は……」
ペンテが仕事を受ける基準は、報酬の額ではなく仕事の中身で選ぶ。それも賞金首や狂霊憑きの討伐、果し合いの代行などだ。『殺し合いを前提』とするものを好む。本人曰く、「とにかく強い奴と戦える依頼をよこせ」だそうだ。
この戦闘狂っぷりは、ペンテの性格というより、オークの種族特性らしい。リチャードが色々と教えてくれた。
オーク種と言うのは、三度の飯のよりも殺し合いが好きな好戦的な種族で、その戦闘力も、一対一ならば、殆どの種族では歯が立たないらしい。なんでもどこぞの国で行われる闘技大会では、オークは出場禁止だとか。理由は当然、出場したら絶対優勝してしまうからだそうで。
「多分強いぞ、死んだ奴じゃなくて生きた奴に憑りついたタイプで……しかも魔法使いだ」
『魔法使い』という言葉にペンテが大きく反応した。
皿に乗っている肉をわしづかみにすると、一気に頬張る。目を見開き、鼻の穴が大きくなった。明らかに興奮している。
『魔法使い』
自在に火を灯し、自在に雷を落とし、自在に風を操り、自在に氷を作る……不可能を可能にする魔の法を敷く業。それが魔法だ。この世界にきてその存在だけは聞いていたが、実際に見たことはない。
単純に、体の一部でも焼かれれば戦闘不能に陥るだろうし、風で目くらましでもされれば、それだけでやられたい放題だろう。氷で凍傷になれば武器も持てなくなる。そして雷は撃たれれば即死だ。
いくらペンテでもそんな「魔法使い」と戦えるのか……受注する時は、少々迷った。
しかし、ギルドの受付で魔法について詳しい説明を聞いて決心をつけることがついた。
いわく、『魔法』というのは扱いがかなり難しいらしい。俺がイメージする魔法使いは自由自在に炎やらなんやらを繰り出すものだが、実際のところ、そんな魔法使いは宮廷やギルドお抱えの『エリート』ぐらいなもので、大部分の魔法使いの魔法は、命中精度や威力がかなり不安定なものなのだそうだ。
……つまり、ギルドに討伐依頼が来るような狂霊憑きの場末の魔法使い程度では、むしろ戦闘種族であるオークの側が有利になるらしい。
「名前はビルギッド……こいつに狂霊が憑いて森を荒しまくっている、独り身で身寄りもないから、ぶっ殺しても問題ないそうだ」
「ぶっ殺しても問題ない」という言葉にペンテがニヤリと笑う。
「……で、そいつの種族は? エルフか?」
「エルフの男だ」
「ふん、エルフか」
ペンテは鼻で笑った。
ペンテは他種族を見下す。特に筋力のない種族を。俺のような人間種や、エルフ種、ゴブリン種なんかは露骨に見下している。
「アイツらは剣も持てない貧弱な奴らだ、俺だったら簡単にぶっ殺してやるぜ」
「いや、剣くらいは持てるだろう」
ビルギッドが剣を持っているかは知らないが、エルフは剣も持てない程の貧弱な種族ではない。実際、エルフの傭兵で剣を腰にさしている者も見かけたことがある。
「あいつらは普通の剣を持てねえよ、いつもちっこい剣を持ってるからな」
「……短剣のことか?」
「それを持ってコソコソしてやがるんだ、前にも夜に俺の後をつけてきた奴がいたから、ぶっ飛ばしてやったぜ」
多分、それは夜襲を仕掛けようとしたのだろう。ペンテの嫌われぶりを考えれば闇討ちくらいあってもおかしくはない。
ただ、ペンテの戦闘力の前には、そんな奇襲すらも無意味だったようだ。おそらくペンテを倒すには、無知を利用した謀殺か、単純にペンテの戦闘力を上回る戦力を動員した圧殺以外ないだろう。
「なんにせよ雑魚だ、俺の敵じゃねえな」
「あんまり油断するなよ、魔法使いと戦ったことは?」
「ある、炎をまき散らす野郎がいたから、後ろからぶった斬ってやった」
「後ろからか……正攻法で戦ったわけじゃないのか」
「あん?」
俺の言葉に、ペンテがピクリと反応した。
「てめえ、俺が真正面からじゃ戦えねえって言いたいのか?」
どうやら「正攻法ではない」という部分がお気に召さなかったらしい。
「いや、そんな風には言ってないぞ」
「言ってるだろうが、舐めてんのか……」
先ほどから興奮状態だったせいか、ペンテの火がつく速度が速い気がする。
「ペンテ、落ち着け……」
「ぶっ殺す」
「……待て、俺は殺すな」
オークの殺害予告に対して、俺から出たとっさの言葉は、命乞いにすらなっていなかった。
「違えよ、そいつをぶっ殺すんだよ」
「そいつ? ……ああ、ビルギッドを、だな?」
「そいつを真正面からぶっ殺す、見てろよ、二度と俺に見くびれないようにしてやる」
ペンテは、残っている皿の肉を全て頬張ると、名残惜しそうに手についたタレをペロペロと舐めとる。
勇ましい事を言っておきながら、そのみみっちい行動に俺はつい吹き出してしまった。
「てめえ、笑ったな!?」
テーブルに拳が落ちて、皿が浮き上がる。
それからペンテをなだめるのにもう二皿分の肉を要した。
飯を食べ終え、俺たちはホームに戻った。
寂れた旧市街にある、外装が崩れかけの一軒家。それが俺たちの本拠地だ。
ペンテが寝床に使っていた空き家をそのまま利用させてもらっている。もちろんペンテはこの空き家の使用許可などとっていなかったので、俺が後日ギルドと交渉してきちんと使用許可をもらった。
もともと二足歩行種族用の家で、作りは一般的な階建ての家だ。一階はリビングとキッチン、中庭と井戸がある。そのまま二階にいくと、部屋が三つ。もちろん俺とペンテの部屋は別々だ。二人で住むには充分な大きさだが、逆に大きすぎて掃除の手が回らない、という問題もある。リビングは埃っぽいし、キッチンはほとんど使ったことがない。ベッドだけはギリギリで寝られる体裁だけ整えている、という状況だ。
腹も一杯で明日への楽しみが出来たペンテは、意気揚々とそのまま部屋に向かう。
「ペンテ、寝る前に沐浴をしたらどうだ?」
「うん?」
二階に上がる足を止め、ペンテは自分の腕の匂いを嗅いだ。
そのまま無言に階段を戻ると、井戸のある中庭に向かった。
ペンテはガサツな少女だが、衛生観念は人並みにある。
いや、垢だらけの顔をしている傭兵が多いこの世界だと、むしろ綺麗好きに分類されるだろう。
俺はペンテの次に沐浴するべく、リビングのソファにどっかり座って待つ。
順番を待っている間、明日の予定を脳内で再確認する。
まずギルドが用意してくれる馬車に乗り、狂霊憑き魔法使いのビルギッドがいる『音無しの森』に向かう。ビルギッドが使う魔法は火。もともと大した素質のない魔法使いだったが、狂霊に憑かれておかげでさらに魔法の精度が落ち、森を燻して回るはた迷惑な存在になったらしい。
そんな炎の魔法使い対策として、ギルドから支給された支援アイテムは『防火布』。素材や手触りは布だが、火蜥蜴の血液を染み込ませているおかげで、熱を伝えにくい不燃性の高い布なのだそうだ。
これを覆面のようにして顔に巻きつければ熱気で顔面をやられることはないし。マントとして身につければ魔法使いの『火付け』から身を守ることができる。
ただ、注意すべきは、この布は『燃えにくい』のであって、『燃えない』ではない点だ。今回のような狂霊憑き魔法使いならばまだしも、正気を保ちつつこちらに害意のある魔法使いの炎に対しては気休め程度にしかならないらしい。
まあ、こうして対策もとってるし、何よりもペンテならば不覚を取ることはないだろう。
考えるエネルギーを全て筋肉を動かすエネルギーに使っているあの少女ならば、対面した瞬間にビルギッドを唐竹割りにしても不思議はない。
唯一気になるのはムキになって「正面から正攻法で戦う」と宣言していることだが……基本的に戦うことに関しては、ペンテは自分の意見を曲げない。俺が何を言ったところで無駄だろう。
ビタ、ビタ、ビタ
足音が聞こえる。
沐浴を終えたペンテが戻ってきたのだろう。沐浴を終えると、アイツはいつもろくに身体も拭かずにこの家を歩き回る。
俺は足音の方を見た。
ペンテがリビングまで来る。裸で。
それを確認して、すぐに顔を背けた。
沐浴をした後のペンテは、ろくに身体を拭かないし、服だって体の水分が蒸発するまで着ようとしないのだ。男の俺がいる前でも平気で裸のまま闊歩する。もしかしたら、単純に俺を男だと認識していないのかもしれない。
まあ、俺がペンテを力ずくでどうこうはできないし、ペンテが完全に俺の事を舐めているのは事実だろう。
「明日は早いぞ」
ペンテを見ないまま、とりあえず、声だけかけておく。
「おう」
ペンテは短く返事をして、階段昇って行く。
俺は立ち上がり、中庭に向かった。




