表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さくっと短編集

かの日の契りを

作者: 観月

 清太郎さま、お元気でいらっしゃいますでしょうか?

 南方の戦地とは、どのようなところなのでしょう。

清太郎さまが無事で、お元気でいらっしゃるとよいのですが……。

 そうして、もうすぐにもこの戦いに日本国が勝ちまして、喜久乃の元へ帰ってきてくださると、よいのに。

 喜久乃は今も、待ち続けております。これからも、ずっと待ち続けたい。

 でも、清太郎さま。もう喜久乃は、お約束を守れそうもないのです。

 この体は、情けないほどに思うようになりません。最近では自分の力で立ち上がることもままならないのです。

 一人で立ち上がることが出来なければ、空襲警報が鳴りましても、防空壕まで歩くことも出来ません。そこで、今日から喜久乃は防空壕の中で一人で寝ているのです。

 目を開いても暗闇しか見えません。

 ときどき、おなかがよじれるほどに咳が出て、骨までばらばらになってしまうのではないかと思うのです。

 お医者様に見て頂いても、お薬もなく、もう少しの辛抱だからと言われるのですが、喜久乃はもう少しも生きていくことは出来ないように思います。

 清太郎さまとは、ほんの数日の夫婦でございました。

 結納を交わした直後に召集令状が来て、慌てて夫婦になりましたね。思い返すと少し笑ってしまいます。家族だけの小さな祝言でございました。伸二郎叔父が「高砂」を謡ってくださったこと、今では懐かしいような気さえします。

 生きていたかった。生きてもう一度あなたに触れて頂きたかった……。

「ずっと待っているから……」

 かの日、契りおきました約束を果たせないこと、どうか許してくださいね……。


 ※


 すぐ近くで着弾したらしい。

 日本とは違う、照りつける太陽が心を蝕む。

 もう、心身ともに麻痺しているのだろう、銃声がどこか遠くに感じる。

 塹壕の中から銃を構える。

 隣の男は、死んだのか?

 仰向けに倒れたまま、動かない。

 今まで生きていることの方が奇跡なんじゃないか。

 直接戦闘で傷ついた者もいる。飢え、痩せ衰えていく者もいる。

 マラリア、下痢。傷口から、そして眼球から、体力のないものは蛆に食はれ、まるで朽ちるように死んでいく。小さくしぼんで、死んでいく。

 敵兵と戦って、勇敢に死んでいければ幸運だ。

「ちくしょう……」

 土壁に背を預けて心の中でつぶやく。

 ちくしょう、ちくしょう。そう思っているうちは死なないのではないかと思う。根拠などないのに。

 その時だった。

 死んでいるのかと思っていた隣の男が、くわっと目を見開いた。

「たい……ちょう!」

 空を見つめる男に「なんだ?」と、問うた。

「妻が、迎えに来ているのですが、自分はもう帰ってもよろしいでしょうか!」

 隣を見ると、男はものすごい形相で空を睨んでいる。

「許す! 帰れ!」

 俺はそう言ってやった。

 一瞬、男の口元が笑むように緩み、そして、ぎらぎらと見開かれた瞳から力が消えた。


<了>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 御無沙汰しております。 以前、ひどい童話を読んで頂いた者です。 何が凄いって、たった1,154文字で鮮明な情景を提供してくれたこと! 戦時中だからこそ成立する純愛、素敵な作品でした。
2017/06/16 06:54 退会済み
管理
[良い点] 私は戦中派ではないけれど、どちらの視点の話しもリアル感がすごいです。 [一言] 悲しいけれど、これも二人には幸せなのでしょう。南方戦線は、餓死者が多かったそうです。
[一言] 切ない、本当にその一言に尽きます。 自分の祖父の弟も、東南アジアのとある島で戦死してお骨もかえってきませんでした。仏間に飾ってあるまだ幼さの抜けない顔をみるたびにどんな気持ちだったのだろうと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ