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Losers Life  作者: ハンニバル
3/4

蚊帳の外

 背中にとても気持ちのいい柔らかな感触を感じる。

 夢心地でゆっくりと目を開ければ、茶色の高級そうな壁時計が飛び込んできた。金色の針がちくたくと時を刻んでいる。時刻は夜か朝かはわからないが、5;00を指していた。

 時計の秒針がちょうど一周したのにあわせて身体を起こした。


 室内はやたら高級感で満たされていた。

 価値などはわからないが、壁にかかる鹿の剥製も、縦横2メートルほどの絵画も、自分が寝ていたやたら装飾された金色のベッドも高級なものにしか見えない。

 恐らくだが、あの街で意識を失ったところでこの部屋に運び込まれたのだろう。

 

(だとすれば、ここは誰の部屋だ・・・?)

 立ち上がり、室内を歩き回る。

 本当に、不必要なほどの高級感が溢れる部屋だった。

 思わず泊まったことのない高級ホテルのスイートルームを連想した。


「起きているか?」


 ぼんやりと室内を眺めていたところで、急に勢いよくドアが開かれた。

 黒いローブ服を身に纏った男が、無表情で立っている。

 俺はとりあえず返事を返した。


「・・・起きてます」

「セフィーラ様がお前を呼んでいる。立てるのならば私について来い」

「は、はぁ」


 男は用件だけを告げ、先に部屋を出て行く。


 こうしていても仕方がないので男に付いていくことにした。

 身体は信じられないほど回復していたので、歩くのに支障はなかった。

 前を歩く早歩きの男に追いつき、タイミングを見計らって話しかける。


「あの、ここはどこですか?」

「フィランシア王国直属、王国魔法省だ」

「ふむふむ・・それで、セフィーラ様ってだれです?」

「会えば分かる。黙って歩くことだな」


 男は冷淡に俺の言葉に受け答えた。

 ‘話したくない’という気持ちがにじみ出ている。これ以上話しても気まずいだけだし、それ以上口を開かなかった。

 

 長い長い廊下をただ無言で歩く。

 時折すれ違う人間が訝しげにこちらを見るし、正直居心地の悪い場所でしかなかったが、ここが魔法省だと言われれば確かに違和感は感じない。

 すれ違う人間が皆ローブ服なのはここが魔法省だからなのだろう。

 男が床に描かれた青い円のなかで立ち止まった。

 

「何をしている。早く来い」

「あ、はい」


 青い円の中に身体が収まると同時に、身体から感覚が消えた。

 下を見ると脚から徐々に胴体へと自分の肉体が消滅している。


「う・・うわ!何だ?!」

「騒ぐな。ただのワープ装置だ」

 隣の男がそういった瞬間、視界が真っ暗になった。

 そしてすぐに視界が開かれる。


「・・・・・・」

「ワープは終わりだ。行くぞ」


 開かれた視界の先にはまた長く続く薄暗い廊下が見えた。

 しかし、先ほど歩いた廊下とは異なって壁が青い。

 これはやはり自分がワープしたのだと認識せざるを得なかった。

 

「この廊下の先の部屋でセフィーラ様が待っている。部屋に入るときは失礼のないように」

「はいはい・・」


 視線が20メートルほど先にある青い扉を捉えた。

 それから男は歩き始め、俺も男の横を歩いた。


* * *


「失礼します」

 俺は扉をノックした男に続いて部屋に入った。

 部屋に入ると、ツヤを放った黒い巨大な執務机に肘を乗せてこちらを見て微笑んでいる女性が目に入った。

 

「例の青年を連れてきました」

 男が正面の机にいる人物に向かい一礼する。


「ご苦労様です」

 まるで鈴を転がしたような透明な声が室内に響いた。

 続けて声の主が俺の前まで歩いて、右手を差し出した。

 

「初めまして。フィランシア王国第3代女王兼王国魔法省責任者、セフィーラ・リオ・フィランシアと申します」

「あ、どうも」

 差し出された右手を慌てて握り返す。

 右手を通じて感じる柔らかな感触が気持ちよくてずっと握っていたい気分だった。


「どうぞこちらにお座りください」

「失礼」


 指示されたどおり、黒い革張りのソファに腰を下ろす。

 人生で座ったソファの中でもっとも座り心地が良かったことは言うまでもない。

 対面のソファにセフィーラが座り、手を組みながら俺の目をじっと見つめている。


(こうしてみると・・・ありえないほど綺麗だな)


 雪のような白いシミ一つない顔。長く伸びた青い髪が艶やかな輝きを放ち、彼女の周りだけがやけに明るく感じた。

 俺が凝視し続けていると、セフィーラは柔らかく微笑んで口を開いた。


「何か顔についていますか?」

「え?い、いや何も」

「そうですか。・・・それでは、まずお名前を聞いてもいいですか?あとは、出身地も」

「あっ・・・えー・・っと・・・・」


 聞かれたところで答えに詰まってしまった。

 出身地を尋ねられたところで地名も知らない俺が答えようもない。東京といったところでこの人に通じないだろう。

 

「名前は・・・リョウ。出身地は・・わからないんですけど」

「・・?わからないというのは?」

「いやぁ、実は記憶喪失で名前しか覚えていなくて・・・」


 とっさに思いつき、苦し紛れについた嘘が「記憶喪失」だった。

 セフィーラは一瞬驚いた顔をして、またすぐに俺の目をじっと見てくる。白い顔の中にある宝石のような水色の瞳に、思わず吸い込まれそうになった。

 内心ハラハラしながら俺も真剣な顔で見つめ返すと、セフィーラが口を開いた。


「本当に何も分からないんですか?」

「ああ。何も覚えていないし、わからない」

「・・・・そうでしたか。それは困りました」

「困る、というのは?」

「それに答える前に、一つ確かめさせてください」


 セフィーラはそういうと、一枚の紙をテーブルの上に置いた。

 丸い円が太く書かれ、中には魔方陣のようなものが描かれている。


「この円の中に右手を置いてください」

「はい」


 言われたとおり右手を円の中に置くと、突如円が光り始める。

 驚いて手を離そうとすると、セフィーラが「大丈夫です」と手を押さえつけた。

 光は次第に弱まり、完全に収まったところでようやくセフィーラの手が離れた。


「間違いありませんね。やはりそうでしたか。・・・レンシさん」

「はい」


 レンシと呼ばれた先ほどまで一緒に歩いていた長身の男が返事をする。

 セフィーラはレンシに耳打ちで何かを伝えると、円の書かれた紙を手渡した。


「お願いします」

「了解しました。大至急、行って参ります」


 レンシは紙を持って早歩きで部屋を退出した。

 セフィーラが俺のほうへと向き直り、柔らかな笑顔で微笑んだ。


「すいません、どたばたとして」

「どうかしたんですか?」

「とんでもない出来事が起こりました」

「えと、大丈夫なんですか?とんでもないこと、というのは・・・」

「ふふ、先ほどかざした手をご覧ください」


 言われたとおりに右手に視線を向ける。

 男にしては白い肌色だったいつも通りの俺の手が、ほのかに透明な光を帯びている。

 光は徐々に弱まり、やがていつもの右手に戻った。


「あなたの魔力の色を調べていたのです。調べた結果、あなたの魔力は『白』と確定しました」

「はぁ。それはなんていうか、良かった?」

「もちろんです。ここ数百年は生まれてすらいないこんな希少な魔力を持った人物がここに存在することが、どれほど素晴らしいことか」


 セフィーラはやや興奮したように話している。

 彼女の言葉から察するに、俺は数百年に一度の逸材ということになるのだろうか。

 しかし当然俺としては希少な魔力を持っていることに大して感動もないし、それがどれほど凄いのかもわからない。

 そんな俺の様子を察してか、セフィーラが話題を切り替えた。


「ところで、リョウさんは今後どうなさるおつもりでしょうか?」

「え?ああ、ええと・・・」


 まったくといって良いほど考えていなかった。

 のたれ死ぬのはまっぴらごめんだが、これといった方針もない。ほんと、どうなさるおつもりなんだよ俺は。

 しばらく考えていると、セフィーラが思わぬ助け舟を出してきた。


「あの、もしよろしければ、学園に籍を置いてみてはいかがですか?」

「が、学園?」

「ええ、オルフェイス魔法学園といいます。将来の蒼英兵(そうえいへい)を養う、重要な教育機関です」


 ソウエイヘイ?オルフェイス?

 なにそれおいしいの?と聞きたくなるような横文字ばかりで正直勘弁してほしい。

 

「ええと、ソウエイヘイとはなんでしょう?」

「あ、すいません。リョウさんは記憶喪失であるとおっしゃってましたね。一から説明する必要がありました。・・・・うーん・・・」


 手を組んでうんうん唸って話す内容をまとめているらしい。

 しばらくその様子を眺めていると、突然部屋のドアが勢いよく開いた。


「失礼します」


 入ってきたのは女の子だった。

 スラリと長身で長い銀色の髪を結んだポニーテールで、全体的に凛とした印象だった。


「あらルシアじゃない。どうかしたの?」

「いや、この時間に呼び出したのはセフィーラ様ですけど」

「ああ、そうだったわね」

「しっかりしてくださいよ・・・あら」


 セフィーラと一言二言交わして、銀髪の子は俺に気づいたようだった。

 

「生きてたのね。運がいいこと」

「えーと、どこかで会ったかな?」

「あなたは命の恩人も覚えていないのかしら。助けなきゃよかったわ」


 露骨にがっかりした表情をされてしまった。

 口ぶりから察するにこの人はおそらく、あの時俺を助けた人物に間違いない。

 ぽかんとした顔を引き締めて、目の前の女の子にお礼を言った。

 

「あの時助けてくれた人か。本当にありがとう」

「ふん、最初から気づくべきね」

「ローブで顔が隠れてたからなぁ」


 そもそも一目見たらこんな人をまともに見れば絶対に忘れるわけがない。

 銀髪なんて生まれて初めてお目にかかったわけだし、何よりものすごく美人だし。

 

「ああそう。それで、ご用件とは何でしょうか」

「そうねぇ・・・あ、そうだわ!」


 首をかしげていたセフィーラが何かを思いついたように手を叩いた。


「実はこの人の教育係をお願いしようと思って呼んだのよ」


 セフィーラがニコニコして俺を指差しながらそう言った。

 女の子はまたしても露骨に嫌そうな顔をしている。・・・俺がそんなに嫌なのだろうか。


「・・・・・・いや、他をあたってください」

「だーめ」

「なんで私なんです?!」

「適任だから」


 女の子が嫌がるも、セフィーラは取り付く島がない。


「この人の名前はリョウっていうんだけど、記憶喪失なんですって」

「記憶喪失・・・」

「それで一からいろいろと説明しなければいけなかったのだけど、ちょうどいいタイミングであなたが来たのよ」

「つまり、私に説明からその他もろもろまで丸投げする気ですか」

「うん♪」


 とびっきりの笑顔でセフィーラは返事をした。

 大抵の男はこれを見たらどんなお願いでも聞いてしまうと思ってしまうほど、その笑顔は魅力的だった。


「・・・・はぁ、わかりましたよ。それで、何をしたらいいのでしょう」

「ちょっと来なさい」

「はい」


 セフィーラが女の子を呼び、耳元で小さな声で何かを呟いた。

 会話の内容は聞こえないが、女の子は驚きの表情を浮かべている。

 1分ほどのやり取りがあった後、女の子は離れた。


「・・・・ね。わかった?」

「は、はい。わかりました・・・」

「それじゃ、後はよろしくお願いするわね」


 ニコニコとセフィーラは女の子に向かって手を振った。

 

 完全に蚊帳の外であった俺にできたことといえば、自分の安全を祈ることくらいであった。

 

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