10 ハッピーエンドに影が差す
「ふえぇえぇぇぇ。真樹ちゃん、美咲ちゃん、元気でねええ、ううぅ……」
鼻水をずるずる垂らしながら嗚咽する阿澄に、真樹と美咲は目を見合わせ、くすりと笑う。
「高校生なのに、だらしないですね」
「高校生なのに、泣き虫さんですね」
中学生にそんなことを言われてしまっているのに、阿澄は構わず泣き続け、垂れてきた鼻水を丈のシャツで拭った。丈が頓狂な悲鳴を上げるが、阿澄は気にしない。
魔法の鍵をねだるための日参は必要なくなり、実家の方にも、もう父親が帰ってくるのだという。真樹と美咲は自分たちの家に帰ってくる。二度と会えないわけではないけれど、彼女たちの生活と丈たちの生活は離れている。二人には二人のやることがあるわけで、そうそう会いにくることはないだろう。
二人は、丈や阿澄たちよりも、もっと長い時間を過ごすべき相手がいるわけで。
「二人とも、うちの高校おいでよ。私が面倒見てあげるから!」
「阿澄、お前それいつまで留年する計画だ?」
言った瞬間、「そういう台詞は求めてない!」と向う脛を蹴られた。迷いなく急所を蹴ってくるあたり、幼馴染は容赦がない。
「まあ、一緒に高校は通えないが、気が向いたら会いに来いよ。今度は生タマネギの入ってないカレーを作るから」
「はい。じゃあ、二人とも、末永くお幸せに」
「……。お前たちこそ」
にっと白い歯を見せて笑い、真樹と美咲は背を向けた。その背中が見えなくなるまで、阿澄はぐずぐずに泣き続け、丈のシャツはひどいことになったのは言うまでもない。
「ああ……いい子たちだったねえ。どこぞの白雪さんとは大違い」
「ああ、某灰かぶりとも大違いだった。魔女にもいろいろいるもんだな」
「どうして私たちのまわりをうろちょろしているのが白雪さんなんだろう。あの子たちだったら大歓迎なのに」
「現実ってのはままならないもんだ」
本人がここにいないのをいいことに、二人で言いたい放題である。
二人を見送り終わって、丈は部屋へと帰ることにする。もう実家には用がないので、アパートに直行である。そう言うと、宿題を一緒にやると行って、阿澄がくっついてきた。アパートに向かう道すがら、阿澄はひたすらに、白雪姫と、ヘンゼルとグレーテルの違いについて語った。その話を聞きながら、しかし、丈は半分くらい、別のことを考えていた。
「魔法の鍵は、そんなことに使うものじゃないはずだ。いったい、誰からそんな話を聞いた?」
深夜の白川公園で、二人に尋ねたことを思い出す。真樹と美咲は、口をそろえて答えたのだ。
「『いばら姫の魔女』です」
完結しました




