序 非魔女をとりまくいくつかの問題
魔法は出てきますが、魔法でドンパチはしません。
今までのものと少し毛色が違って、魔法の活躍がとても少ないです。
物語の核心に近づくための前哨戦みたいなものになっています。
桐島丈が家を出て一人暮らしを始めたのは、中学一年の時だ。それまでにも、何度も家を出てやりたいと思ったことがあったが、「お前はまだ子どもだから」と母の御影が言うものだから、思いとどまっていたのだ。中学に上がった瞬間、「もうやってられん」とばかりに、丈は家を飛び出した。飛び出した末に落ち着いたのが、実家から一キロしか離れていないアパートだったのだからお笑いだ。
君は魔女の血を引いているんだろう?――――そうやって一方的な期待を押しつける人間が、嫌いだった。丈は男であり、男に魔女の力が遺伝しないのは、魔女が集まる「魔法特区」の中では常識中の常識である。だが、なまじ御影が天才的な魔女だっただけに、もしかしたら例外があるかも、などと期待する者が多かったのだ。しかし、そういう連中は、すぐに丈を見限った。当時から、母には及ばないものの、すでに強い魔法の力を使いこなしていた姉たちに、連中がすばやく媚を売りだしたのも、当然の成り行きだった。
しかし、思春期特有の自尊心みたいなものに駆られて家を飛び出したことを、少し後悔したこともあった。一年後に、母が亡くなった時のことである。母はまだ若かった。こんなに早く死ぬとは思わなかった。そうと解っていれば、そばにいて孝行の一つもしただろうに。こんな後悔は、もう手遅れなのだが。
母の危篤を聞きつけて実家に駆け付けた丈に、母は魔法の鍵の在処を教えた。魔法の使えない、出来の悪い末っ子に、大事な鍵を託した。そのせいで、丈が方々から狙われるようになることを、母が懸念しなかったのか否か、今となっては聞くこともできない。
そんな具合で、丈は鍵の在処を一人胸に秘めつつ、母の名残を惜しみながら実家に戻って暮らし始め――――ようとしたのだが、母のいなくなった家に残されたのは奔放な姉四人で、ちょっとの間に奔放具合に拍車がかかっていたため、あまりの喧しさに再び家を飛び出したのであった。
そして、魔法の鍵を狙う魔女を幾度となく撃退し続け、現在、高校二年、夏休み――――




