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作中主人公が異性装について述べていますが、飽くまで主人公の私見で、個人の嗜好に対して非難の意図はございません。

個人的には男装はとてもおいしいと思っています。

 「終わったな」

 背後からかけられたその声は、しかし全く聞き覚えのない低い男のもので。魔物は魔王の死と共に全て消え去ったはずだが、果たして新たな敵の手勢かと、勇者はばっと背後を振り返り、そして絶句する。

 勇者の予想と外れてそこにあったのはドレスを身に纏い蜂蜜色の髪をした麗しい顔立ち、しかしその持ち主の肩幅や体つきはれっきとした――男だった。

 年の頃は勇者と同じくらいだろうか。その秀麗な顔立ちにはドレスが全く似合わないでもなかったが、男としての体格がどうしても違和感を抱かせる。違和感を抱かせるというか、ドレス自体のサイズも合っておらずぱっつんぱっつんになっているのに勇者は顔を顰めた。はっきりいえば、見苦しい。

「変態……」

「……好きでこんな恰好をしてるわけじゃない」

 思わず勇者が声をあげると、男もまた露骨に顔を顰めた。それにまた勇者は腹を立てる。

男が女装を好きでしていようが好きでしている訳では無かろうが、そんなことはどうでもいい。大切なのは、勇者の中では女装は、特に似合う女装はどうしてこの人は女ではないのか、と一度期待させられてから突き落とされるのでいい印象はないということだ。特に例えば女にしか見えないような化け方をする男だと尚更だ。男と分かったときのあの落胆。期待を返せと言いたくなるのだ。

 その辺りで勇者は男の身に纏うドレスが先程まで勇者と共闘してくれていた美女が纏っていたそれであること、そしてその美女の姿が見えないことに気がついた。

 そして男と姿をくらました美女が男女の違いがあるせいかそっくりとはいわないまでもよく似た顔立ち、例えばそう、美女を男にしたらこんな顔立ちになるのではないかといった――……。

 とても嫌な予感が勇者の胸に浮かんだ。口に出せばすぐさまにでも事実になりそうな予感に勇者は口を開かなかったが、男は勇者のそんな複雑な心境を汲んでくれやしなかったらしい。覚悟を決めたのか、男の声は諦め交じりだった。

「まぁ気づいているだろうが、さっきの女は俺だ。ここの署名に書かれた俺の名前。ほら、男の名前だろ?」

 だろ、と契約書を示しつつ言われても、勇者は文字が読めないので肯定も否定も出来ないのだが。それを言えば男はそこに書かれた名前を口にした。なるほど、確かに男が紡いだ名前は男性につけられるそれだ。勇者でも聞いたことがあるくらい有名な人物にも同じ名があった。ということは、この男は本当にあの美女なのだ。

 この世に神などいないのに違いない、と勇者は思った。いたらこんな残酷な結末を勇者に用意したりはしなかっただろう。欲しいと思った美女が実は男というのはどういうことだ。というかどこにそんな需要があったのだ。

 心中で嘆く勇者は、今までの人生で一番ではないかと思うほどに落ち込んでいた。

「魔王を倒すためにここに来たのはいいが、攫われた娘の一人を人質にされ捕まり、ついでに美醜の区別もつかないくせに、娘達と似たような顔立ちだからということで女にされて軟禁されていたんだ」

 魔王が死んで呪いが解けたらしいな、と締めくくって男は己の手を開いて閉じて、と繰り返している。男に戻ったことで、少し体に違和感があるのかもしれない。

 尋ねてもいないのに滔々と身の上を語ってくれた男をぎろりと睨みつけてから、勇者はぷいとそっぽを向いた。美女であったときには大好きだっただけに、男に戻ってしまったので憎しみもひとしおだった。

 は、と不意に勇者はその言葉から男の素性を思い描いてしまった。魔王を倒すためにやってきた若い男で、先程の魔王との戦いを見るに専門は魔術。しかも聞いた名前が名前である。となれば該当する人物はただ一人だといくら男に興味のない彼女でも流石に気がついた。

 その正体にぞっとし、勇者は思わず口にした。

「やっぱり返品とかは、」

「非常に残念なことに契約したからな。俺はちゃんと後悔しないか、って聞いたぞ?」

 おずおずと手を挙げ尋ねてみるが、彼は『非常に』の部分に強勢を置きつつ自身でも嫌そうな顔で勇者の言葉を暗に否定する。男からも不本意ながら、というニュアンスがはっきり読み取れたが、男よりも勇者の方が残念な気持ちでいっぱいだった。ぶっちゃけ心が折れそうだ。ハーレムが作りたかったのだ。逆ハーレムが作りたかったわけではない。男なんていらない。

「いやでも、あなた身内いるじゃないですか」

「魔王を倒さないことには女のままだったんだぞ? 父上に息子です、と名乗ろうにも城にまず入れないだろうし、身内がいないに等しいってことだろ。契約が結べたんだから多分それで間違ってない」

 話しているうちに最早開き直ってきたのだか、男はどこか楽しそうな様子さえ見せ始めた。いや、もしかしたら勇者が文字を読めないから知らないだけで、契約を無理やり結ばされる相手を気の毒に思った国王達によって、変な魔法が契約の中に織り込まれていたのかもしれない。例えば、契約を結んだ者は無条件に勇者に好意を抱く、だなんて恐ろしい魔法だとか。考えるだけでもおぞましいことこの上ないが。

「今は元に戻ったけど、契約はもう発動してしまったし? 一緒にいるしかないだろ?」

そんなことさえ言い出す男に、勇者は悲鳴じみた声を上げた。

「だからって私は王子なんかいりませんっっ!」

 男が口にした名前は、死んだとされている第一王子のそれと同じだった。

次回最終話です。

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