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「では、そなたが魔王を倒し、この国に平和を齎してくれるというのか」
魔法と魔物の跋扈する、とある国のとある城。その謁見の間にて。
豪奢な椅子に腰かけて此方を見降ろしてくるこの国の国王に、勇者は勇者の出来る限り最大の敬意を込めて礼を取った。田舎の育ちの勇者だからそれは不躾ではない程度のもので決して洗練されてはいなかったが、その場にいる誰もそれ以上を要求しはしなかった。現在の問題はそれどころではなかったからだ。
国王の目線が勇者をしっかと見据える。この国の王として、勇者に無茶な難題を強いていることを分かっていながら頼みごとをするのだとその苦悶に満ちた表情が雄弁に物語っている。息子を一人亡くしたばかりの国王には、同じ年頃の勇者を見るのも少し辛いのかもしれない。だからこそ、勇者もその辺りを慮ってその期待に応えるとばかり、凛々しい表情と共に微笑すら浮かべて見せた。
その頼もしい様に、勇者なら魔王を倒せるのではないか、という思いがその場にいる人々の中に浮かび、皆勇者に期待の眼差しを向ける。長らく絶望的な知らせばかりが届いていた彼らにとって、これは暫く聞かなかった嬉しい事態なのだ。
「はい、陛下」
彼らの期待通りに紡がれた言葉に、わぁ、と広間に歓声が湧いた。と、勇者が手をあげた。その行動に部屋はすぐに静寂を取り戻す。勇者が何を進言するのか、と周囲が見守る中、勇者は口を開き、その鈴を転がすような声を発する。
「その代わり、私が見事魔王を討ち取った暁には頂戴したいものがございます」
「勿論、褒美は取らす。そう告知しただろう? して、何が欲しいのだ」
この国は今、魔王率いる魔王軍によって危機に瀕している。村は襲われ、多くの罪なきうら若い娘達が連れ攫われた。国民は皆魔王に怯える日々を送っている状態だ。
そんなこの国を救うべく立ちあがったものがいなかったわけではない。それどころか格闘家、剣士、魔術師、懸賞金稼ぎ、挙句の果てには魔力が国一とまで言われる第一王子、と今まで多くの腕に覚えのある人間がこの国を守るべく魔王城へと赴いた。だが、その誰もが二度と帰ってこなかったのだ。
そんな事態では次に立つ人間がなかなか現れないのも当然のことだ。誰だって自分の身が可愛い。
だから、王は掲示を出した。せめて王子の遺留品を持ち帰るのでもいい。それを成し遂げた暁には褒美を、と。そしてそれに応えたのが今王の目前にいる勇者だったのだ。どころか魔王の討伐にも挑戦するのだという。
そういうわけで、女だてらに剣に覚えがあり勇者として立ちたい、と王城に訪れた勇者に皆この上なく感謝していた。だから、多少の無茶な望みであっても勇者がやる気になってくれるのならば国王は権力で以て叶えるつもりだった。
国王からの促しの言葉に、勇者はふわりと笑みを浮かべる。ありふれた茶色の髪に同色の瞳とごくごく平凡な容姿を持つ勇者のそれは特別美しいわけではなかったが、笑いが絶えて久しいこの国で長らく見ていなかった紛れもない笑顔に愛嬌のある顔立ちも相俟って誰もが勇者に見惚れた。
「魔王のハーレムを」
それも勇者が言葉を発するまでだったが。
放たれた勇者の言葉の内容は理解しがたく、その場にいる勇者以外の全員が自身の耳を疑った。その場にいる皆が呆然とする中で、いち早く我に返った宰相は、おずおずと勇者に聞き返した。
「……勇者殿、その、……今何と……?」
果たしてその言葉に込められた意味が分かったのか分からなかったのか。とにもかくにも勇者は満面の笑みを浮かべたまま言葉を続けたが、懸命にも今度は誰もその笑みに見惚れるなどということはなかった。
「魔王のハーレムを、と。ほら、女性達を攫っているあれ、絶対ハーレムを作っているのに違いないでしょう。そんな暴力に任せてハーレムを作るだなんて羨ましい! 男のくせに生意気な! ですから、にっくき魔王を倒した暁には是非私にそのハーレムをお願いします」
鼻息荒く語る勇者の真剣さと気迫は語調からも伝わってきていたし見ても取れたが、その場にいる誰にも残念ながら理解できなかった。にやにやと何を想像しているのか想像に難くない勇者の顔には、千年の恋も一瞬で冷めるだろう。
宰相も最早何と口にしたものか分からなくなったのだろう。とりあえず一言だけ気になっていることを勇者に投げかけた。
「……私には貴方は女性に見えるのですが……」
「ええ、女ですけど」
「……美少年を侍らせたいとかではなく……?」
「男に興味はありません。その代わり美幼女から美女まで若い女性ならば何でも」
何もおかしなことなどないとばかり言い切る勇者に、とうとう宰相はかける言葉をなくしたらしく黙りこんでしまった。勿論他の人間とて勇者に投げかける言葉を探せる訳もなく。ただ。
ああ、この国は終わったな。
全員がそう思ったのは言うまでもなかった。
のんびり更新していくつもりです。宜しくお願いします。