第1章 第8話 "ネロ"
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ネロも、私も、どっちも一言も話さない。
でも、わかるんだ。
ネロは、全身全霊をかけて私を守ろうとしてくれてる。
言葉はなくても、私のことをすごく心配してくれてる。
なんだろうね、これ。
色んなことがあって、今も非日常の中にいるからかな?
ネロの思ってることが、手に取るようにわかる気がするよ。
「・・・・・ねえ、ネロ」
「・・・・・・」
やっぱり、何も話さない、か。
わかってたし、それでいいと思う。
「ゆっくりで、いいんだからね」
だから、私がネロに言えるのはこれだけなんだと思う。
だって私には、ネロが何を悩んでいるのかわからないんだから。
ミーアが、いじめられていることには一切触れずに友達になることから始めてくれたように
私も、ただネロのそばにいることから始めてみよう。
「・・・僕は、両親の顔を知らないんだ」
・・・・・・うん。
言葉なんていらなさそうだから、ただ黙って私はうなずく。
「僕を育ててくれたのは、蒼の戦団・・・ギルドだった そこでは、今君が見たことが日常だったよ」
そうだよね・・・この世界では、私の知らないところで人が死んでる。
飢餓や病気だけじゃない、そこには殺人だって含まれていることに気づいていたはずだ。
ただ、眼をそらしていただけで。
「だから、僕には日常が・・・君たちの日常というものがわからない だから、今回みたいなことが時々ある・・・いや、あったんだ」
そういって、ネロは腰に下げていた剣を持ち上げた。
「ねえ、クーア この剣を・・・いや、剣を握る僕を、怖いと思う?」
・・・・・うん、本気でネロは悩んでるんだね
でも、自分じゃ直せてない・・・たぶん、ヴァンさんでも直してあげられないんだね。
だったら・・・
「怖い、と思う ネロに限らず、ヴァンさんも、私をさらおうとした人たちも」
本当のコト、言わなきゃ・・・だよね
「私の日常には、武器を握る人はいないから 人を故意に傷つける人も・・・殺す、人も」
「・・・そう、だよね」
「でもね、怖いだけじゃあないんだよ?」
ネロの手を、そっと握ってあげる。
すごく冷え切ってて、震えてて・・・なんだか、可愛い
こんな時に不謹慎かもしれないけど、今のネロは・・・子供とか、子犬とか、そんなもののように見えてしまう。
「ネロは、確かに私を助けてくれた 確かに怖かったよ・・・今だって、正直、いっぱいいっぱい」
油断すると、私の手にも震えが来ちゃうくらいにね
「だけど・・・・・うれしかった 守ってくれて、ありがとう・・・ネロ」
「・・・クーア?」
ダメだな、私
ネロを励ますときくらい・・・しっかりしてようって思ってたのに・・・
ミーがいつも言ってた
『男の子って、いつまでたっても子供よね』って。
だから、同い年な私だけど・・・こんなときくらい、お母さんみたいにしてあげようって思ってたのに・・・
「ごめっ・・・ごめん、ね・・・な、んか・・もう・・・我慢、できなくて・・・っ」
涙が、今更出てきちゃったよ・・・
「わた、し・・・ネロの、おかあさんみたいに・・・なって、あげたかったのにっ・・・ック」
「・・・ありがとう、クーア」
ネロは、握ったままの私の手ごと、手を肩に添えてくれた。
その手はさっきまでと違って、少しだけど・・・あったかい。
「本当に・・・ありがとう」
「私こそ・・・あり、がとう・・・っ」
なんだか無性に泣けてきてしまって
結局そのまま、しばらく泣き続けてしまった。
その間、ネロがどうしてたのかは見えなかったけど・・・たぶん、一緒に泣いていてくれたんじゃないかって、思う。
「・・・ヴァンさん、遅いね?」
「そうだね・・・いくらなんでも、少し遅い気がする」
ひとしきり泣いた後、またお互いに無言になっていたけど・・・ちょっと、気になった。
ヴァンさんが行ってしまってから、かれこれ30分・・・いくらなんでも、遅すぎないかな?
「行ってみよう・・・歩けるかい、クーア?」
「うん・・・なんとか、大丈夫みたい」
まだちょっとふらふらするし、頭の中の整理は終わってないけど・・・行ってみよう。
ネロが差し伸べてくれた手につかまって立ち上がると、ネロはその手を少し強く握ってくれた。
「ここからは、僕が全力で守る だから、安心してついてきてほしい」
「・・・うん、任せるよ ネロ」
信じてる・・・うん、お願いします。
そうして、ネロと一緒に走り出してから5分ほど経った。
「・・・おかしい、このあたりのはず・・・」
「ネロ! クーア!」
大きな声を張り上げて、こちらに向かってくるのは・・・ヴァンさん?
どうしたんだろう・・・あの人らしくもなく、焦ってる・・・?
「沖合の船に・・・逃がしました・・・!!!」
・・・・・え?
それ・・・じゃあ・・・・・・・・!!?
「ミーは・・・・・・?」
「未だあの船の中に・・・はやく、船を手配しなければ・・・」
ふと左に目をやれば、すさまじいスピードでここから離れていく船が一隻。
ヴァンさんが、何か焦った様子で言っているけど
ネロが、何かを必死に訴えているけど
今の私には・・・何も、届かない
何を言ってるのか、わからないよ?
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ネロの剣を奪い取り、頭上に構える。
体からあふれ出る力が、剣に収束していくのを感じる・・・!!!
「なッ!!? なんて大きさなんだ!?」
「まさか・・・クーア、あなたは・・・!!?」
投げつけてやれば、なんて思ってたけど、これはちょうどいい
このまま・・・
「ぶった切ってやる・・・ッ!!!」
思い切り、振り下ろすために、両腕に力を振り絞って・・・!!!
「いけません!!!」
バチッ、というすさまじい音。すさまじい水しぶき。誰かの激しい息遣い。
すべてが過ぎ去って、眼を開けば・・・
「なん、で・・・・・・ッ!!?」
ヴァンさんの剣が、私の剣を斜めに弾いていた・・・?
「なんで!? どうしてよぉッ!!?」
「落ち着きなさい!!! あなたは、何をしようとしたのかわかっているのですか!!?」
パン、と
頬を強く張られたんだ・・・
ほっぺたが、ピリピリ痛い・・・
「・・・あなたは・・・! 友達ごと、船を海の藻屑へと変えてしまうところだったんですよ・・・!!?」
ヴァンさんの声が・・・どこか、遠い・・・
なんだか・・・悲しい、のに・・・ね、む・・・・・・・・・・・