第1章 第4話 "日常と変化"
「うわぁ・・・変わってないね、この部屋は」
「よく考えたら、小さいころから模様替えなんてしたことなかったものね・・・めんどうだし」
ミーアの部屋へ一歩踏み込むなり、私の心は一気に幼い頃に逆戻りしたような気分になった。
仲良くなったのは確か・・・私が9歳くらいのころだったから実質8年間、ミーアは模様替えをしていないんだ・・・
ミーア・・・ものぐさだからなぁ
「あなたもそこまでまめな性格じゃないでしょうに・・・それに、逆戻りっていうか体になじんだだけなんじゃないの?心が」
「失礼だよ! 私だってちゃんと成長してる・・・よ・・・?」
自信が持てな過ぎて、語尾が情けないほどに小さくなっちゃう・・・
というか、私口にしてないのになんでそこまでわかるんだろ・・・ミーア
「幼いころからの付き合いだもの それに、もともとあなたってわかりやすかったし」
「・・・お願いしますミーア様 悲しくなるから心の声と会話しないでくださいできるだけスルーしてください・・・!」
ある意味、ミーアはヴァンさんよりたちが悪いかもしれない・・・!!!
この子にはいまいち容赦という概念がないのだから・・・って、あんまり考えちゃうと、またバレるね。
「そう? わかった・・・それじゃあ、ある程度までは許してあげる」
「ある程度・・・? ミーアのある程度は、まだ怖いなぁ」
不意に、ぞくりと背筋が凍る。
おかしい、ミーアは容赦してくれると言った。
ミーアは嘘だけはつかないのだからこの気配はおかしい・・・。
「・・・どうしたの? そんなにきょろきょろとあたりを見渡して」
「え、あ・・・うん、気のせい・・・かな? なんでもないや」
気のせいだよね? うん、そうに違いない。
だってミーアは全然気にしてないみたいだし、きっとなんか勘違いだったんだ。
ミーアだって気づいてないし、今はもうあの嫌な感じはしない・・・なのに、なんでだろう?
すごく嫌な予感がするよ・・・。
「そうだ・・・ねえ、クーア ところで・・・できた?」
「え、え? 何が?」
あれ・・・また寒気が・・・!!?
「それはもちろん・・・」
ぬぅっと、ミーアの手が伸びてくる。
がしっと私の右腕をつかむと、万力のような力で締め付けてきた。
「こ・い・び・と」
私の本能が悟る、これはマズいと。
とっさに左手でミーアの右手をつかみ、引きはがしにかかる。
よし、私とミーアなら確実に私のほうが力が・・・
「残念でした・・・ほーら」
左手を持ち上げたせいで空いてしまった私のわき腹めがけ、ミーアが空いていた右手をすべり込ませてくる・・・マ、マズ・・・!!?
「ひっ・・・!!?」
ああぁ・・・もう、ダメ・・・!!!
「あははははははははっ! ちょ、まっ、あひっ、ひひひっ!!!」
わき腹はダメだってばー! そこは、弱・・・
「じゃあ、ここにしてあげる・・・」
しまった・・・つい笑っちゃって力が・・・
って、そこは・・・!!?
「左手っ! あはっ、あひぃっ! ちょっ、どこ触って・・・!!?」
「嫌だったら、話して? そしたらやめてあげる」
くっ、それなら嘘をつけば・・・!
「そーゆー悪いことを考える子は、もっとキツイお仕置きが必要かしら・・・?」
「ごめんなさいごめんなさい、どうかこれ以上は勘弁してください・・・!」
ダメだ・・・どうやら私の未来は笑い死にか、コイバナの暴露かの二択に迫られてしまったみたいだ・・・
我ながら、どういう状況だと突っ込みたくなるよ・・・
ミーアに、後ろから羽交い絞めにされているかのような格好のまま、仕方なしに私は心の内を語り始めた。
「恋人・・・なんてまだいないよ まだ、好きとか愛してるだとかなんて、よくわかんないし」
「・・・いっつも、それよね 何か、普段と違うことはないの?」
違うこと・・・かぁ そういえば・・・・・・
「そういえば、ネロっていう男の子と出会ったよ 昨日の晩から家に泊まってるんだ」
「ああ、いつもの宿無しのための宿? ネロ・・・男の子かぁ 珍しいんじゃない?」
そう、私たちの住むこの大陸には面白いものなんて何もない。
15ないし16を迎えた子供のほとんどは、外の大陸へと出て行ってしまう。
外は刺激に満ち溢れているから、こんな退屈なところに閉じこもってなどいられない、なんて聞いたこともあったっけ
「傭兵・・・だって言ってた 剣も持ってたし、私よりも力持ちだった 優しかったし・・・」
「惚れた?」
「・・・わかんない 格好いいなぁとは思ったし、いい人だなぁっても思った けど、まだよくわかんないよ」
なんとなく、それについて考えるのが嫌になって外に目を向ける。
いつもと変わらない穏やかな青空と、船乗りたちの活気に満ちた声が思考を中断させる。
「この話はもうやめよ? まだ・・・たぶん、早いんだよ、私には」
「クーったら・・・まあ、いいわ この話はおしまい・・・」
ふわり、と 視界の端を茶色い束がかすめる。
窓から吹き込んできた風が、ミーアの髪を大きくたなびかせる。
「・・・ミー」
白い髪に紅い眼。他のみんなと違う私は、幼いころはいつもいじめの的だった。
友達はこの髪を見ては老人だとけなし、眼を見ては化けモノだと言った。
実際、私も不気味だと思った。 だって、お父さんやお母さん、それにアリアはこんなじゃなかったから。
でも・・・ミーアだけは違ったんだ。
『綺麗な髪と眼ね? 羨ましいわ・・・ねえ、あなたのこと気に入っちゃった お友達になってくれない?』
これが、ミーアが私に向けて発した第一声。
突拍子もない話だよね 髪の色と眼の色だけで私に興味を持って、あまつさえ初めて会った化けモノに友達になろうだなんて。
でも、救われた。
『私、ミーア みんなはミーって呼ぶわ あなたは・・・クーア? それじゃあ、クーって呼ぶわ』
「・・・・・私たち、いつまでたっても『クー』と『ミー』なんだね」
「そうね、癖になっちゃってる。 でも、いつかは変わるわ」
浮き上がった髪をそっと抑え、いつも眠たげな眼をうっすらと細める。
なんだか、それだけで私とミーの間の距離が開いたような気がして・・・胸が痛い。
こんなに近くにいるのに、くっついている肌からは、ぬくもりすら感じられているのに。
いつも一緒だったミー。
幼い頃から毎日のように一緒に遊び、悩みを相談し合ったミー。
でも、その距離は確実に変わりつつあるのかもしれない。
「いつか、私もあなたも結婚する。決して共有することのできない時間をお互いに持つ日が来る。・・・いつかは『ミーア』と『クーア』になるかもしれない。」
ミーの言葉が、胸に刺さる。
息苦しくなって、無意識にミーの右手を強く握りしめてしまう。
「でも、変わらないものだってあるわ・・・そうでしょう、クーア?」
・・・うん、わかってる。
たとえ呼び方が変わろうと、共有できる時間がほとんどなくなろうと、私たちの関係は終わったりはしない。
わかってる・・・ハズなのに・・・。
「私、何度も同じようなことを繰り返してるね」
「これで43回目 でも、いいんじゃない? あなたなりの答えが、見つかる日までは聞いてあげる」
やんわりと、ミーアの手が、体が、ぬくもりが私から離れていく。
「ここからも、いつも通り 言っておくけど、容赦はしないわよ?」
「・・・ねえ、それはもうやめようよ 見つけるの結構大変なんだから!」
ひらりと、開け放たれた窓からミーアが飛び降りる。
スカートなのに・・・! もうお互い年頃のはずなのに・・・!
「子供っぽいあなたに付き合ってあげてるのよ! またね!」
そんな叫び声を残し、ミーアはどこかへ走り去っていったようだ。
幼いころは喧嘩の、成長してからは湿っぽい話の締めくくりには、彼女はいつもどこかへと走って行ってしまう。
全くミーったら・・・!!!
面倒なはずなのに、嫌なはずなのに、どこか心がわくわくしてしまう。
「・・・そうだ、ゆっくり・・・だよね!」
未だ答えが見つからない暗いもやもやにひと時の別れを告げ、どこかへ走り去った幼馴染を追いかけるべく立ち上がった。
次くらいから、物語に変化が生じる予定です。
まだ正直全然面白くないと思いますが、もう少しお付き合いください