第1章 第1話 "クーア・ネスティ"
この小説は、一人称視点で進んでいきます。 誰が中心人物になるかは各話ごと異なることもありますが、基本的にはわかるように書いているつもりです。 わかりづらいときには前書きで中心人物を書くよう努力しますが、前書きに記述もなく誰の視点なのかわかりにくいときは、それは仕様だと思っていただけると幸いです。
「いってきまーす!」
穏やかで温かい日差しの中、わたくしクーア・ネスティは駆け出した。
右手には私の背にはちょっとばかり不釣り合いな買い物籠、左手にはお母さん直筆のメモを握り大通りへと通じる路地を、私は全力で駆け抜けていく。
「おや、クーアちゃん おはよう 今日もいい天気だねぇ」
「おはようございます、おばあちゃん! ホント、いい天気ですね!」
いつも通り穏やかに声をかけてくれるのが、路地の角に住むおばあちゃん
子供のころからほとんど毎朝挨拶を交わしている。
角に差し掛かった路地、おばあちゃんの目の前でくるりと身をひるがえす。
他のみんなと違うせいで、かつてはコンプレックス、今はちょっとした自慢の私の白い髪がスカートに合わせてふわりと浮きあがる。
そのまま大通りの入り口に差し掛かったあたりで、私は左手に握ったメモに改めて目を落とした。
「えーっと・・・ニンジンにジャガイモにトマト・・・また野菜料理かなぁ・・・」
ちなみに、私はあまり野菜が好きではない。
子供じゃないのでもちろん残すようなまねはしない、しないが好きかどうかと聞かれれば嫌いと答えるレベルだ。
「あ、でも豚肉ってことは・・・わかった、煮物「危ない!!!」えっ?」
大声に気づいてメモから顔を上げると、そこには人影
まずい・・・この距離じゃよけられない・・・!
「キャッ・・・!」
「くっ!」
ドン、と目の前の人にぶつかった感触 そして後ろに倒れていく感覚 そして、手を握られる感触
訪れるであろう痛みに備えて、目をギュッとつぶっていたのにいつまでたっても痛みが来ない
不審に思って目を開けると、そこには・・・
「大丈夫だった?」
・・・さわやかな、男の子の笑顔があった。
「・・・・・・・・・」
「え、あの・・・本当に、大丈夫・・・だった?」
はっ、いけない あまりの出来事に処理落ちしてたみたい
「あ、ひゃい! だ、大丈夫でしゅ!」
「え?」
くぅううううう! なんでここで噛むかなぁ!?
「いえ、あの 大丈夫です こちらこそすみませんでした!」
「いや、僕のほうこそ・・・ちょっと考え事をしてて、気づかなかったんだ」
一通りのやり取りを終えて、ふと気づく
私、この人に、いわゆる『お姫様抱っこ』されてる・・・!!?
「す、すみません! 重かったですよね! すぐおりますから!」
この人がしゃがみこんでてくれてよかった
おかげで左手を地面にあて、それを軸にくるりと地面めがけて飛び降りることができた。
「いや、そんなこと・・・いうほど、重くなかったよ?」
「はっ、お世辞ですね!? お世辞なんですね!!? 私、このあたりのどの同い年の子より重いんですから!」
自分で言ってて悲しくなるが、テンパった私の頭は私のトップシークレットをぺらぺらとしゃべってしまっていた。
「いや、本当に・・・全然、重くなかったよ それより、怪我はない?」
言われて、あちこち動かしつつ体の調子を確認してみる・・・どうやら、右足首を挫いてるみたいだ
けど・・・
「ちょっと右足が痛いですけど、このくらいだいじょ・・・アツツ・・・」
「無理は禁物だよ その荷物・・・買い物の途中かな?」
「あ、はい・・・ちょっと、お母さんに頼まれてまして」
すると、彼は私の手からスッと買い物袋を奪い取った。
「せめてものお詫びに、荷物持ちくらいさせてもらえないかな?」
「いえ、そんな! 本当に大丈夫ですから!」
「いや、僕もこの町のこと案内してもらいたいし・・・もし、君が良ければだけど」
う、上手い・・・これだと断りにくいなぁ・・・ま、いいか
荷物持ちっていっても、どうせこの人一人でもてる量じゃないだろうし・・・
「わかりました、それじゃあ・・・お言葉に甘えさせていただきます えーっと・・・」
「あ、僕の名前はネロ 君の名前は?」
「私はクーア クーア・ネスティです よろしくお願いします、ネロさん」
ぺこり、と頭を下げる。 この辺、お母さんたちにしつけられたせいか癖になってしまっている。
どう見ても同い年くらいだから、ちょっと他人行儀だったかなとも思うけどね。
「敬語はやめてくれるとうれしいかな あんまり・・・慣れてないんだ まあ、年下の子と接すること自体慣れてはないんだけど・・・」
あ、やっぱり・・・って、え? 年下の子?
「あの・・・ネロ・・・さん?の年って?」
「17だよ?」
「あの、同い年・・・なんだけどなぁ・・・」
ああ・・・やっぱりか
「え、ええ!!? 僕、てっきりまだ12くらいかと・・・」
そう、わたくしクーアにはあまたのコンプレックスがある
そのどれもが結局は『外見年齢が低い』につながるのだが・・・
まず第一に背が低い 同い年の・・・いくら男のとはいえ・・・ネロと比べても頭二つ分くらい低い
そして雰囲気が幼いらしい これはまあ・・・日頃の行いが悪いのだが
そして・・・最大の欠点は・・・胸だ。
「こんななりでも、立派に17歳なんです・・・!」
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
とても気まずい沈黙が訪れる。
うぅ・・・コンプレックスのことで落ち込んでるのもそうなんだけど、こういう気まずい雰囲気というのもどうにも得意じゃない。
よし、ここはひとつ・・・
「・・・ネロ」
「え?」
「君のこと、ネロって呼び捨てにさせて? そうすれば、勘違いしないでくれるよね?」
「あ・・・うん、もちろん! よろしく頼むよ、クーア」
今まで浮かべていた人当たりの良い笑顔とはちょっと違う・・・もっとこう男の子っていうか、言い方は失礼だけど年下の子が浮かべるような無邪気な笑顔でネロは右手を差し出してくる。
手の向き方的にこれは・・・
「ありがとうございます・・・それじゃあ、ちょっと恥ずかしいですけど・・・」
エスコート、よろしくお願いします
そんな言葉を込めた上目使いをしつつ、私はネロの手に自分の手を重ねた。
「・・・あっ!!?」
「どうか・・・しました?」
「う、ううん・・・な、なんでもない! あはは、そうなんでもないさ!」
顔を真っ赤にしつつちょっと焦ったような様子で、ちょっとぎこちないながらも無理のないスピードで歩き出したネロの右斜め後ろを、私はちょっと小走りになりながらも追いかけて市場を目指した。