忌み子の双子に転生した。死にたくないので、兄を育てます
目が覚めたら、赤ちゃんになっていた。
いや、目が覚めたというより、意識がはっきりした、という方が近い。気づいたら俺は、ふかふかの布に包まれて、知らない天井を見上げていた。
手を上げてみる。
ちっちゃい。むちむちしている。しかも勝手にぶんぶん揺れる。
(……ああ、これ、あれだ)
見覚えがある。前世で、姉貴の子ども――甥っ子どもが赤ちゃんだった頃に散々見た手だ。おむつ替えも、ミルクも、寝かしつけも、夜泣き対応も、一通りやらされた。だから分かる。
これは赤ちゃんの手で、しかも俺の手だ。
(転生ってやつか。マジであるんだな)
意外と冷静だった。赤ちゃんの扱いには慣れているし、「まあ、なっちゃったものは仕方ない」くらいの気持ちである。
それより気になるのは、周りだ。
首をよいしょと横に向ける。
天井には細かい彫刻。くるまれているおくるみは、触っただけで上質だと分かるつるつるふわふわの布。ベビーベッドの柵には、きらきら光る小さな石が並んで……。
(え? もしかして、これに付いてるの宝石?)
宝石だった。たぶん。よだれで汚す気満々の赤ちゃんの持ち物に、宝石。
(こんなの勝ち組確定だろ)
思わず拳を握った。握ったつもりだが、実際にはもにゅっとしただけだ。
金持ちの家。ふかふかのベッド。前世はそこそこ社畜だった身としては、この待遇はありがたすぎる。しかも、隣を見れば――
隣に、もう一人赤ちゃんがいた。
淡い金髪。ぱっちりした緑の目。くっきりした二重。白くて、ふっくらしたほっぺ。
……可愛い。
いや、可愛いなんてもんじゃない。美赤ちゃんだ。天使が寝てる。
その天使が、こっちを見て、にこっと笑った。
(かわ……)
そこで気づく。この顔、どこかで見覚えがある。
(俺と、同じ顔だ)
双子だ。俺は双子の片割れに転生したらしい。先に生まれたのがこの天使で、俺は後から生まれた弟。
美形の双子。金持ちの家。人生イージーモード。
――そう思っていた時期が、俺にもありました。
俺は隣の天使に、そっと目を向けた。
『兄よ。どうやら俺は死ぬらしい』
*
話は昨夜にさかのぼる。
夜中にふと目が覚めた。部屋は薄暗くて、ろうそくが一本だけ揺れている。
俺を抱き上げていたのは、この家に長く勤めているらしい、優しそうな年配の使用人だった。ゆらゆらと揺らしてくれる。この揺れ加減、さすがプロだ、と感心していたら。
「……双子なんて、可哀想に」
(ん?)
使用人は、誰もいないと思っているのだろう。ぽつり、ぽつりと続ける。
「忌み子だなんて……こんなに可愛らしいのに。ただでさえ赤ん坊は育ちにくいというのに……」
(いみご?)
聞き慣れない言葉に、赤ちゃんの耳がぴくっとした。
使用人の目から、涙がぽろりと落ちた。俺のほっぺに当たって、あったかい。
「せめて五つになるまでは、たくさん可愛がってさしあげましょうね。……兄を生かすために……」
(…………)
(…………は?)
兄を、生かすために。
俺の頭の中で、パズルのピースがカチカチとはまっていく。
双子は忌み子。赤ん坊は育ちにくい。五つになるまで。兄を生かすために。
つまり――双子の片方は、兄を生かすために犠牲になる。弟の俺は、五歳で――
(俺、死ぬの!?)
「ふぎゃあああああ!」
「あらあら、どうしましたー? よしよし、いい子ですねぇ」
思わず泣いた。使用人が慌ててあやしてくれる。優しい。優しいけど、その優しさが今は怖い。
*
というわけで、現在に至る。
言ったところで、赤ちゃんの俺が喋れるわけもない。ただの現実逃避のつぶやきだった。
『おとうと、しぬ?』
(……ん?)
今の、誰の声だ?
頭の中に直接、舌足らずな声が響いた。
隣を見る。兄が、大きな緑の目でじっと俺を見ている。
『おとうと、しぬ?』
(兄か!? 兄なのか!?)
『あにい、だよ』
(聞こえてる! 完全に聞こえてる!)
いや、待て。俺は今、日本語で考えている。前世の言葉だ。それが通じるってことは。
『まさか、兄も転生者か!?』
『てん、せい?』
兄は、こてん、と首をかしげた。
『てん、せい?』
……繰り返しただけだ。意味は分かっていない顔をしている。
(ただの赤子なのに、俺の言葉を聞き取って、しかも復唱した? うちの兄、天才では?)
とりあえず、大事なことを伝えておこう。
『兄よ、聞いてくれ。俺は、五歳になったら、たぶん殺される』
『…………』
兄の緑の目が、みるみる潤んだ。
『おとうと、しぬ……?』
「いやぁぁぁーーー!」
『うわ、兄! 待て、泣くな! 落ち着け!』
泣き叫ぶ兄を抱き上げ、宥めようとする。だが、俺にできるのは兄にしがみつくことだけ。さすが赤子、無力。
『大丈夫だ! まだ死なない! 今すぐじゃない!』
「いやぁぁぁーーー!」
聞いちゃいない。使用人がぱたぱたと駆けてきて、兄を抱き上げた。
「あらあら、どうしました? 怖い夢でも見ましたかー?」
腕の中で、兄はまだひくひくしている。俺は柵の向こうから、そっとその姿を眺めた。
(ごめん、兄。……でも)
兄は、俺が死ぬと聞いて、本気で泣いた。
その事実が、なんだか胸の奥にじんわり来る。
(俺、この子と一緒にいたいな……)
*
その夜。
泣き疲れた兄がすやすや寝ている間、俺は真剣に考えた。
(俺は死ぬ。理由は、双子の弟だから。理不尽すぎるだろ)
だが、赤ちゃんの俺には、抗議も家出もできない。できるのは、寝ることと、泣くことと、笑うことだけ。
(……いや、待てよ)
言葉を理解した。復唱した。俺の危機に本気で泣いた。
(兄はマジで天才なのでは?)
しかも美赤ちゃん。しかも先に生まれた跡取り。
(天才で、美赤ちゃんで、跡取り。こんな最強の兄に守ってもらえれば、俺、助かるんじゃないか?)
前世では、守る側ばかりだった。甥っ子たちを守って、姉貴を助けて、会社では上司の尻拭いをして。たまには、守られる側になってもいいんじゃないだろうか。
翌朝、俺は兄に向き直った。
『兄よ。なぜ俺たち赤ちゃんが可愛いか、わかるか?』
兄は首をかしげた。ふにゃ、と傾く。かわいい。
『守りたい! 育てたい! と思わせるための、生存戦略だ!』
『せいぞん、せんりゃく?』
『そうだ。可愛いは武器なんだ。見ていろ』
ちょうどいいタイミングで、使用人が入ってきた。
俺は全力を出した。
にぱぁ、と満面の笑み。両手をぱたぱた。足をばたばた。とどめに、「あー、うー」と甘い声。
「うわー、どうしましたー。可愛いですー♡」
使用人がとろけた。目じりが下がりきっている。
(ちょろい)
ほくそ笑む俺を、兄が尊敬の目で見ていた。
『おとうと、すごい……』
『だろう?』
(ちょっと罪悪感はあるが、生き残るためだ)
俺は、真面目な顔を作った。
『兄よ。俺を守ってくれないか』
『おとうと、しぬ?』
兄の目が、またうるうるし始める。
『ああ、大丈夫! 大丈夫だ! 死なないように俺を守ってくれ!』
危ない。また泣かせるところだった。
兄は、しばらく俺をじっと見つめた。それから、ちいさなちいさな手を伸ばして、俺の手をぎゅっと握った。
『おとうと、……わかった』
(うっ)
やばい、ちょっと泣きそう。
俺は、握られた手を握り返して決意した。
(甥っ子どもで鍛えられた俺ならできる。兄を育てて、生き残ろう)
*
ある日、気づいた。
(兄には通じているが、このテレパシー、他の人にもダダ漏れの可能性は?)
(俺のチートという可能性もある)
(見習い使用人なら誤魔化せるか?)
しっかりと見つめながら、大きな声で言うように――
『ミルク、下さい!!』
「あううーう!!」
兄が、きょとんと俺を見た。
『みるく?』
『兄よ。すまない、今は検証中だ』
思わず声も出てしまったが、見習いは理解した様子はない。
『兄よ。俺の真似をしてくれるか?』
両手を上げてみた。
『こう?』
ニコニコと両手を上げる兄。かわいい。
「あらあら、バンザーイですかー。可愛いです♡」
やはり、このテレパシーは兄と俺しか繋がっていないらしい。
(……これは俺たちの武器になる)
*
それからの日々は、あっという間だった。
寝返りは、俺の方が先にできそうだった。実際、ころんと回れそうな気配はあった。
だが、ここで俺はぐっとこらえた。
(俺が先にやったら、兄の立つ瀬がない。兄は俺の守護者だ。ここは兄を立てるべきだ)
だから、兄が寝返りをうつまで、俺はわざとうつぶせに近い体勢で、うーんうーんと唸っているふりをした。
兄が、ころん、と回った。
『さすが兄!』
『えへへ』
兄が得意げに笑う。かわいい。
その後で、俺も「兄ちゃんの真似っこです」という顔で、ころんと回ってみせた。
「まあ、二人とも! なんて賢いの!」
母が両手を合わせて感激した。父がすかさず駆けつけて、二人まとめて抱き上げる。
「うちの子は天才か!」
(いえ、兄だけです。俺はただの真似っこです)
そう思いながらも、ほっぺにキスされて悪い気はしなかった。
使用人たちも、日に日にメロメロになっていった。
「今日も可愛いわねぇ」
「見て、二人でお手々つないでる」
「片時も離れないのよ、この子たち」
俺が生存戦略で愛想を振りまき、兄が天然でその十倍の破壊力を発揮するので、屋敷の空気は常にほわほわしていた。
*
ある日。
俺には、ずっと気になっていることがあった。
兄とのテレパシーは、俺が日本語で送っている。兄はそれを受け取って、こっちの言葉に変えて返してくれている……と思う。
だが、兄が口に出した言葉は、ちゃんとこの世界の言葉になっているのか?
もし兄がうっかり、俺の日本語をそのまま口にしていたら。
(この世界の誰にも通じない謎の言語を喋る赤ちゃん。忌み子どころか、呪われた子扱いされかねない)
検証が必要だ。
ちょうど母が、部屋に入ってきた。今だ。
『兄よ、いまだ! ママ、と』
「まま」
「…………え?」
母の動きが止まった。
「今、ママって……」
「まま!」
兄が元気にもう一度言った。
「マ、マ……ママって言った! この子が! 今!」
母が涙ぐんで兄を抱きしめた。感極まって、俺にも頬ずりしてくる。ぐりぐり。
(よかったー、日本語じゃなかった)
母の胸の中で、俺は心の底から安堵した。ちゃんとこの国の言葉として、「まま」が出ている。
『兄、ありがとう。完璧だ』
『えへへ』
母の腕の中で、兄がにっこり笑う。その笑顔が眩しくて、俺は生き延びる決意をまた新たにした。
(この子を、ちゃんと育てよう)
*
言葉を覚えるのは、兄の方が先だった。
……というのは、対外的な話である。
実際には、俺が絵本を開き、兄に読んで聞かせていた。前世の知識がある俺は、周りの会話からこの世界の言葉を覚えるのも早かった。文字も、少しずつ読めるようになった。
『いいか、兄。これは「り」と読む。「りんご」の「り」だ』
「り、ん、ご」
『そう! さすが兄!』
『りんご、おいしい』
『おいしいな!』
兄は覚えが早かった。というより、覚えるのが好きなのだろう。俺が読めば読むほど、目をきらきらさせて聞いている。
ある日、いつものように絵本を広げて二人でこっそり練習していたら、父が部屋に入ってきた。
「…………ん?」
父の視線が、俺たちの手元に注がれる。絵本の文字を、指でなぞりながら読んでいる、二歳の双子。
「今、読んでたのか? 字を?」
やばい、と思った。
だが、兄が満面の笑みで言った。
「りんご!」
「りんごだ! りんごって言った! 字を読んで言った!」
父が絶叫した。
その日のうちに、屋敷中に噂が広まった。
「うちの双子、天才!」
(違う……いや、兄は天才かもしれないが、俺は前世のズルなんだ……)
うしろめたさはあったが、ここで否定する理由もない。俺はひっそりと兄の後ろに隠れて、「兄がすごいんです」という顔をしておいた。
そして、いつからだろう。
『おとうと、きょうは、ぼくがよむ』
兄が絵本を持って、俺の隣に座るようになった。
「むかし、むかし、あるところに……」
たどたどしい声で、ゆっくり、ゆっくり。つっかえながらも、一生懸命に。
俺は横になって、その声を聞いていた。
(兄が、読み聞かせしてくれてる……)
前世の甥っ子に、昔読んでやったことは何度もある。でも、誰かに読んでもらうのは、いつ以来だろう。
兄の声は、あたたかくて、眠くなる。
「……おとうと? ねちゃった?」
(いや、まだ……)
ダメだ、まぶたが重い。
気づいたら、俺の方が寝かしつけられていた。
(おかしいな。俺が兄を育てているはずなんだが)
薄れていく意識の中、兄の小さな手が、俺の頭をなでてくれるのを感じた。
(兄は、ずっと俺のそばにいてくれる。俺も、この子と離れたくない)
そう思った。
たぶん、兄も同じことを思っていたと思う。
*
それから三年。
そして、その日はやってきた。
夕食のあと、父と母が食堂で話していた。俺と兄は、テーブルの下で積み木を並べながら、こっそり耳をそばだてていた。
「もう、五歳か」
「あっという間だったわね」
「神殿には、もう話を通してあるんだ」
「……寂しくなるわねぇ」
「ああ。寂しくなるな」
(…………)
(…………来た)
積み木を持つ手が止まる。
来た。ついに来た。五歳。神殿。寂しくなる。
(「寂しくなる」って言った! 俺がいなくなるって認めた!)
なんて穏やかな声で言うんだ。もっと動揺してくれ。もっと反対してくれ。
『ついにきた!』
『ついにきたな!』
兄も同じ顔をしていた。緑の目が大きく見開かれている。
俺は兄の手をつかんだ。
『兄よ。今こそ俺を守ってくれ!』
兄は、ごくりと喉を鳴らして、力強くうなずいた。
『おとうと、まかせろ!』
かっこいい。
なんてかっこいいんだ、うちの兄は。ちっちゃい体で、ぷるぷる震えながら、それでも俺の前に出ようとしている。
『さくせん、かんがえる』
『頼んだぞ、兄!』
*
作戦を実行するきっかけは、突然やってきた。
「さあ、お兄さまの採寸をしますよー」
使用人が兄を抱き上げた。
「五歳のお祝いに着る衣装を作るんですよ」
そう言って、兄だけが別室へ連れていかれる。
「や!」
兄が、俺の服をつかんだ。
「や! おとうと、いっしょ!」
「お兄さまだけですよ、ちょっとだけですからねー」
「いやぁぁぁーーー!」
「うわぁぁぁん! にいさまぁぁぁ!」
俺も泣いた。
演技ではない。ガチだ。
(俺の衣装は? 俺の分は? まさか用意されてない? もう、そういう扱い!?)
半分は生存の恐怖、半分は兄と離される寂しさだった。
引き離そうとする使用人と、しがみつく兄と俺。
結局、しばらく泣き続ける双子を前に、周りの大人たちは苦笑するしかなかった。
「本当に、どうしてこんなに仲良しなのかしら」
「片時も離れたがらないものねぇ」
「微笑ましいわ」
いや、微笑ましがってる場合じゃないんだ。
(俺の命がかかってるんだ!)
そう叫びたいのを、ぐっとこらえた。
*
その夜。
ベッドの中で、兄が真剣な顔で見つめてきた。
『おとうと。ぼく、かんがえた』
『聞かせてくれ』
『おとうとを、つれて、にげる』
『……なるほど』
『ゆうかいして、にげる』
『……ゆうかい?』
『あととりを、ゆうかいした、って、かく』
「あととりって兄のことだが!?」
思わず声が出た。慌てて口を押さえる。
『兄、つまり、自分で自分を誘拐するってことか?』
『うん。ぼく、ゆうかいされた。でも、おとうとといっしょ』
『……なるほど』
論理は破綻しているが、決意だけは堅い。
『おとうとを、かえさない。おとうと、はなれない。それが、ぼくの、ようきゅう』
(要求まで考えてる……)
俺は感動していた。
これが、五歳児の考える作戦か。誘拐犯と人質が同一人物という点を除けば、意外と筋は通っている。
跡取りである兄を返してほしければ、弟を殺すな。これ以上ないほどまっすぐな交渉だ。
『兄、お前は本当に天才だな』
『えへへ』
兄は、ゆっくり紙を広げて、下手くそな文字を書き始めた。
『あととりを ゆうかいした。かえしてほしければ、おとうとを はなれさせるな』
(字が、かわいい……)
俺は、そっと涙をぬぐった。
*
決行は、翌日の夕方。
大人たちの目を盗んで、庭の裏口から、こそっと外へ。目指すのは、屋敷の裏手にある森だ。
森の入り口には、古い物置小屋がある。昔、庭師が使っていたという小屋で、今は誰も近づかない。
「ここなら、見つからない」
「うん」
手をつなぎ、息を切らして、小屋の扉をぎいっと開ける。中には藁と、古い毛布が少しあった。
(とりあえず、寒さはしのげそうだ)
外が、だんだん暗くなってくる。
ホー、ホー、と鳴き声が響く。
ガサガサ、と何かが茂みを揺らす音。
(なんの音だよ……)
俺だって怖い。前世で三十年近く生きていたが、暗い森の物置小屋で夜を明かした経験はない。
そのとき、隣で兄がびくっと震えたのに気づいた。
兄は毛布の端をぎゅっと握って、口を引き結んでいる。目には、涙がたまっていた。
だが、泣かない。
歯を食いしばって、こらえている。
『兄』
『……なに?』
『怖いなら、怖いって言っていいぞ』
『こわく、ない』
嘘だ。全身、ぷるぷるしてる。
『こわく、ないよ。おとうとが、こわがるから』
(……!)
兄は、必死に笑顔を作った。
『ぜったい、まもってあげるからね』
(――こんな幼い子が)
胸の奥がぎゅっとなった。
同い年だろ、と自分にツッコミたくなる。俺だって五歳の体だ。でも中身は三十近い大人。精神年齢なら、俺のほうが圧倒的に上なのに。
(こんな小さな兄に、守ってもらってる)
俺は兄の隣に潜り込んで、ぎゅっと抱きついた。
『兄。ありがとう。俺も、兄を守る』
『うん』
二人でくっついて、毛布をかぶる。
兄の体温が、あったかい。
震えが、少しずつ収まっていく。
(もし、明日殺されるんだとしても)
(兄と一緒に過ごせた五年間は、悪くなかった)
そう思ううちに、まぶたが重くなった。
*
「――いたぞ!」
「小屋の中だ!」
まぶしい光と、たくさんの足音で目が覚めた。
扉が開く。ランタンを掲げた大人たちが、次々と小屋に入ってきた。先頭にいるのは、父と母だ。
(見つかった!)
俺は反射的に兄を抱きしめた。兄も、俺にしがみつく。
二人で身を寄せ合ったまま、震えながら大人たちを見上げた。
「…………」
沈黙が落ちる。
父が、大きく息を吐いた。母は、口元を押さえて涙ぐんでいる。
「なんて、健気な……」
「ああ。こんなに小さな体で、互いをかばい合って……」
使用人たちも、ぐすぐす鼻をすすっている。
(……ん?)
父が、ゆっくり膝をついた。
「すまなかった。怖い思いをさせたな」
(え、なんで謝るんだ)
「この子たちは、離してはいけないな」
「ええ。絶対に」
母が、俺たちをまとめて抱きしめた。
(俺、助かった……?)
『おとうとと、いっしょじゃなきゃ、いや!』
兄が、テレパシーで叫んで、そのまま声に出した。
「おとうとと、いっしょじゃなきゃ、いや!」
「もちろん!」
父が力強く言った。
「二人とも、うちの子だ!」
――静かな夜の森に、その声が響いた。
俺と兄は、顔を見合わせた。
「やった! たすかったー!」
二人そろって、声に出して叫んだ。
「まあまあ、そんなに喜んで」
「よほど怖かったんだなぁ」
母が笑って、俺たちの頭をなでた。
(よかった……)
(マジで、よかった……)
*
屋敷に戻った俺たちは、温かいミルクと毛布に包まれていた。
窓の外は、もう真っ暗だ。
兄は俺の隣で、すやすや寝息を立て始めている。俺も、うとうとしていた。
食堂の方から、父と母の声がかすかに聞こえてくる。
「――まあ、養子先も俺のいとこの家だし、断っても問題ないだろ」
(………………)
(……ん?)
眠気が、一気に吹き飛んだ。
俺はゆっくりと起き上がった。兄も、ぱちりと目を開けている。
「…………え?」
「養子?」
二人の声が、そろった。
食堂に向かうと、父と母がテーブルでお茶を飲んでいた。
「あら、起きてたの?」
「…………ようし、って」
俺が声を絞り出す。
「ようし?」
「ああ。五歳になったら、弟は養子に出るのが普通だからね。神殿を通して、子どもを大事に育ててくれる家を探すんだ」
父がのんびりと言う。
「うちの場合は、父さんのいとこの家だ」
「…………」
「…………」
「でも、あなたたちがそんなに離れたくないなら、断りましょう。向こうも事情を話せば分かってくれるわ」
母が、にっこり笑って続ける。
「…………」
俺は、ゆっくり兄を見た。兄も、ゆっくり俺を見た。
『……おとうと、しなない?』
『……死なない、みたいだな』
『……ころされない?』
『……殺されない、みたいだな』
『…………』
『…………』
「「ええええええーーーーー!?」」
二人分の絶叫が、屋敷中に響き渡った。
そこへ、使用人が湯気の立つ盆を持って入ってきた。あの夜、俺を抱いて泣いていた、あの人だ。
「まあ、どうなさいました?」
「あの……!」
俺は、かすれた声で聞いた。
「『兄を生かすために』って……」
使用人の顔が、はっとする。それから、すべてを察したような表情になって、目をうるませた。
「……ああ。そんな話を、どこかでお聞きになってしまいましたか」
「昔の話でございます。双子が今よりずっと育ちにくく、片方を守れなかった時代の……。年寄りの、悲しい思い出話です」
使用人は、俺の頭をそっとなでた。
「今のお二人には、関係のないことですよ。だから、もう誰も泣かなくていいんです」
(………………)
(昔の、話……)
俺の壮大な生存戦略。兄の決死の誘拐作戦。森での一夜。
全部、勘違い。
膝から力が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。
(俺、五年間、何をしていたんだ……)
隣で、兄も同じ格好でへたり込んでいる。
だが、その兄が、ふふっと笑った。
『おとうと、いきてる』
『……ああ』
『よかった』
『……ああ、そうだな』
つられて、俺も笑ってしまった。笑いが止まらなくなって、ふたりでけらけら笑い転げた。
両親は不思議そうに首をかしげていたが、そんなことはどうでもいい。
生きてる。
兄と一緒に、これからも。
*
それから、数年後。
草原を、風が揺らしている。
見渡す限りの緑の中に、ひとりの少年が立っていた。
淡い金髪が風になびく。腕を組み、遠くの地平線を凛々しく見つめるその横顔は、美しいという言葉では足りないほどだった。
少年は、静かに口を開いた。
「兄は、ワシが育てた!」
その後ろで。
同じ顔立ちの、もう一人の少年が立っていた。緑色の目を細めて、優しく微笑んでいる。
(師匠面して、今日も弟がかわいい)
風が、ふたりの間を吹き抜けた。
……たぶん、こんな感じで、ずっと続いていくんだろう。
おわり




