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忌み子の双子に転生した。死にたくないので、兄を育てます

作者: くみの
掲載日:2026/10/01

目が覚めたら、赤ちゃんになっていた。


いや、目が覚めたというより、意識がはっきりした、という方が近い。気づいたら俺は、ふかふかの布に包まれて、知らない天井を見上げていた。


手を上げてみる。


ちっちゃい。むちむちしている。しかも勝手にぶんぶん揺れる。


(……ああ、これ、あれだ)


見覚えがある。前世で、姉貴の子ども――甥っ子どもが赤ちゃんだった頃に散々見た手だ。おむつ替えも、ミルクも、寝かしつけも、夜泣き対応も、一通りやらされた。だから分かる。


これは赤ちゃんの手で、しかも俺の手だ。


(転生ってやつか。マジであるんだな)


意外と冷静だった。赤ちゃんの扱いには慣れているし、「まあ、なっちゃったものは仕方ない」くらいの気持ちである。


それより気になるのは、周りだ。


首をよいしょと横に向ける。


天井には細かい彫刻。くるまれているおくるみは、触っただけで上質だと分かるつるつるふわふわの布。ベビーベッドの柵には、きらきら光る小さな石が並んで……。


(え? もしかして、これに付いてるの宝石?)


宝石だった。たぶん。よだれで汚す気満々の赤ちゃんの持ち物に、宝石。


(こんなの勝ち組確定だろ)


思わず拳を握った。握ったつもりだが、実際にはもにゅっとしただけだ。


金持ちの家。ふかふかのベッド。前世はそこそこ社畜だった身としては、この待遇はありがたすぎる。しかも、隣を見れば――


隣に、もう一人赤ちゃんがいた。


淡い金髪。ぱっちりした緑の目。くっきりした二重。白くて、ふっくらしたほっぺ。


……可愛い。


いや、可愛いなんてもんじゃない。美赤ちゃんだ。天使が寝てる。


その天使が、こっちを見て、にこっと笑った。


(かわ……)


そこで気づく。この顔、どこかで見覚えがある。


(俺と、同じ顔だ)


双子だ。俺は双子の片割れに転生したらしい。先に生まれたのがこの天使で、俺は後から生まれた弟。


美形の双子。金持ちの家。人生イージーモード。


――そう思っていた時期が、俺にもありました。


俺は隣の天使に、そっと目を向けた。


『兄よ。どうやら俺は死ぬらしい』


*


話は昨夜にさかのぼる。


夜中にふと目が覚めた。部屋は薄暗くて、ろうそくが一本だけ揺れている。


俺を抱き上げていたのは、この家に長く勤めているらしい、優しそうな年配の使用人だった。ゆらゆらと揺らしてくれる。この揺れ加減、さすがプロだ、と感心していたら。


「……双子なんて、可哀想に」


(ん?)


使用人は、誰もいないと思っているのだろう。ぽつり、ぽつりと続ける。


「忌み子だなんて……こんなに可愛らしいのに。ただでさえ赤ん坊は育ちにくいというのに……」


(いみご?)


聞き慣れない言葉に、赤ちゃんの耳がぴくっとした。


使用人の目から、涙がぽろりと落ちた。俺のほっぺに当たって、あったかい。


「せめて五つになるまでは、たくさん可愛がってさしあげましょうね。……兄を生かすために……」


(…………)


(…………は?)


兄を、生かすために。


俺の頭の中で、パズルのピースがカチカチとはまっていく。


双子は忌み子。赤ん坊は育ちにくい。五つになるまで。兄を生かすために。


つまり――双子の片方は、兄を生かすために犠牲になる。弟の俺は、五歳で――


(俺、死ぬの!?)


「ふぎゃあああああ!」


「あらあら、どうしましたー? よしよし、いい子ですねぇ」


思わず泣いた。使用人が慌ててあやしてくれる。優しい。優しいけど、その優しさが今は怖い。


*


というわけで、現在に至る。


言ったところで、赤ちゃんの俺が喋れるわけもない。ただの現実逃避のつぶやきだった。


『おとうと、しぬ?』


(……ん?)


今の、誰の声だ?


頭の中に直接、舌足らずな声が響いた。


隣を見る。兄が、大きな緑の目でじっと俺を見ている。


『おとうと、しぬ?』


(兄か!? 兄なのか!?)


『あにい、だよ』


(聞こえてる! 完全に聞こえてる!)


いや、待て。俺は今、日本語で考えている。前世の言葉だ。それが通じるってことは。


『まさか、兄も転生者か!?』


『てん、せい?』


兄は、こてん、と首をかしげた。


『てん、せい?』


……繰り返しただけだ。意味は分かっていない顔をしている。


(ただの赤子なのに、俺の言葉を聞き取って、しかも復唱した? うちの兄、天才では?)


とりあえず、大事なことを伝えておこう。


『兄よ、聞いてくれ。俺は、五歳になったら、たぶん殺される』


『…………』


兄の緑の目が、みるみる潤んだ。


『おとうと、しぬ……?』


「いやぁぁぁーーー!」


『うわ、兄! 待て、泣くな! 落ち着け!』


泣き叫ぶ兄を抱き上げ、宥めようとする。だが、俺にできるのは兄にしがみつくことだけ。さすが赤子、無力。


『大丈夫だ! まだ死なない! 今すぐじゃない!』


「いやぁぁぁーーー!」


聞いちゃいない。使用人がぱたぱたと駆けてきて、兄を抱き上げた。


「あらあら、どうしました? 怖い夢でも見ましたかー?」


腕の中で、兄はまだひくひくしている。俺は柵の向こうから、そっとその姿を眺めた。


(ごめん、兄。……でも)


兄は、俺が死ぬと聞いて、本気で泣いた。


その事実が、なんだか胸の奥にじんわり来る。


(俺、この子と一緒にいたいな……)


*


その夜。


泣き疲れた兄がすやすや寝ている間、俺は真剣に考えた。


(俺は死ぬ。理由は、双子の弟だから。理不尽すぎるだろ)


だが、赤ちゃんの俺には、抗議も家出もできない。できるのは、寝ることと、泣くことと、笑うことだけ。


(……いや、待てよ)


言葉を理解した。復唱した。俺の危機に本気で泣いた。


(兄はマジで天才なのでは?)


しかも美赤ちゃん。しかも先に生まれた跡取り。


(天才で、美赤ちゃんで、跡取り。こんな最強の兄に守ってもらえれば、俺、助かるんじゃないか?)


前世では、守る側ばかりだった。甥っ子たちを守って、姉貴を助けて、会社では上司の尻拭いをして。たまには、守られる側になってもいいんじゃないだろうか。


翌朝、俺は兄に向き直った。


『兄よ。なぜ俺たち赤ちゃんが可愛いか、わかるか?』


兄は首をかしげた。ふにゃ、と傾く。かわいい。


『守りたい! 育てたい! と思わせるための、生存戦略だ!』


『せいぞん、せんりゃく?』


『そうだ。可愛いは武器なんだ。見ていろ』


ちょうどいいタイミングで、使用人が入ってきた。


俺は全力を出した。


にぱぁ、と満面の笑み。両手をぱたぱた。足をばたばた。とどめに、「あー、うー」と甘い声。


「うわー、どうしましたー。可愛いですー♡」


使用人がとろけた。目じりが下がりきっている。


(ちょろい)


ほくそ笑む俺を、兄が尊敬の目で見ていた。


『おとうと、すごい……』


『だろう?』


(ちょっと罪悪感はあるが、生き残るためだ)


俺は、真面目な顔を作った。


『兄よ。俺を守ってくれないか』


『おとうと、しぬ?』


兄の目が、またうるうるし始める。


『ああ、大丈夫! 大丈夫だ! 死なないように俺を守ってくれ!』


危ない。また泣かせるところだった。


兄は、しばらく俺をじっと見つめた。それから、ちいさなちいさな手を伸ばして、俺の手をぎゅっと握った。


『おとうと、……わかった』


(うっ)


やばい、ちょっと泣きそう。


俺は、握られた手を握り返して決意した。


(甥っ子どもで鍛えられた俺ならできる。兄を育てて、生き残ろう)


*


ある日、気づいた。


(兄には通じているが、このテレパシー、他の人にもダダ漏れの可能性は?)


(俺のチートという可能性もある)


(見習い使用人なら誤魔化せるか?)


しっかりと見つめながら、大きな声で言うように――


『ミルク、下さい!!』


「あううーう!!」


兄が、きょとんと俺を見た。


『みるく?』


『兄よ。すまない、今は検証中だ』


思わず声も出てしまったが、見習いは理解した様子はない。


『兄よ。俺の真似をしてくれるか?』


両手を上げてみた。


『こう?』


ニコニコと両手を上げる兄。かわいい。


「あらあら、バンザーイですかー。可愛いです♡」


やはり、このテレパシーは兄と俺しか繋がっていないらしい。


(……これは俺たちの武器になる)


*


それからの日々は、あっという間だった。


寝返りは、俺の方が先にできそうだった。実際、ころんと回れそうな気配はあった。


だが、ここで俺はぐっとこらえた。


(俺が先にやったら、兄の立つ瀬がない。兄は俺の守護者だ。ここは兄を立てるべきだ)


だから、兄が寝返りをうつまで、俺はわざとうつぶせに近い体勢で、うーんうーんと唸っているふりをした。


兄が、ころん、と回った。


『さすが兄!』


『えへへ』


兄が得意げに笑う。かわいい。


その後で、俺も「兄ちゃんの真似っこです」という顔で、ころんと回ってみせた。


「まあ、二人とも! なんて賢いの!」


母が両手を合わせて感激した。父がすかさず駆けつけて、二人まとめて抱き上げる。


「うちの子は天才か!」


(いえ、兄だけです。俺はただの真似っこです)


そう思いながらも、ほっぺにキスされて悪い気はしなかった。


使用人たちも、日に日にメロメロになっていった。


「今日も可愛いわねぇ」

「見て、二人でお手々つないでる」

「片時も離れないのよ、この子たち」


俺が生存戦略で愛想を振りまき、兄が天然でその十倍の破壊力を発揮するので、屋敷の空気は常にほわほわしていた。


*


ある日。


俺には、ずっと気になっていることがあった。


兄とのテレパシーは、俺が日本語で送っている。兄はそれを受け取って、こっちの言葉に変えて返してくれている……と思う。


だが、兄が口に出した言葉は、ちゃんとこの世界の言葉になっているのか?


もし兄がうっかり、俺の日本語をそのまま口にしていたら。


(この世界の誰にも通じない謎の言語を喋る赤ちゃん。忌み子どころか、呪われた子扱いされかねない)


検証が必要だ。


ちょうど母が、部屋に入ってきた。今だ。


『兄よ、いまだ! ママ、と』


「まま」


「…………え?」


母の動きが止まった。


「今、ママって……」


「まま!」


兄が元気にもう一度言った。


「マ、マ……ママって言った! この子が! 今!」


母が涙ぐんで兄を抱きしめた。感極まって、俺にも頬ずりしてくる。ぐりぐり。


(よかったー、日本語じゃなかった)


母の胸の中で、俺は心の底から安堵した。ちゃんとこの国の言葉として、「まま」が出ている。


『兄、ありがとう。完璧だ』


『えへへ』


母の腕の中で、兄がにっこり笑う。その笑顔が眩しくて、俺は生き延びる決意をまた新たにした。


(この子を、ちゃんと育てよう)


*


言葉を覚えるのは、兄の方が先だった。


……というのは、対外的な話である。


実際には、俺が絵本を開き、兄に読んで聞かせていた。前世の知識がある俺は、周りの会話からこの世界の言葉を覚えるのも早かった。文字も、少しずつ読めるようになった。


『いいか、兄。これは「り」と読む。「りんご」の「り」だ』


「り、ん、ご」


『そう! さすが兄!』


『りんご、おいしい』


『おいしいな!』


兄は覚えが早かった。というより、覚えるのが好きなのだろう。俺が読めば読むほど、目をきらきらさせて聞いている。


ある日、いつものように絵本を広げて二人でこっそり練習していたら、父が部屋に入ってきた。


「…………ん?」


父の視線が、俺たちの手元に注がれる。絵本の文字を、指でなぞりながら読んでいる、二歳の双子。


「今、読んでたのか? 字を?」


やばい、と思った。


だが、兄が満面の笑みで言った。


「りんご!」


「りんごだ! りんごって言った! 字を読んで言った!」


父が絶叫した。


その日のうちに、屋敷中に噂が広まった。


「うちの双子、天才!」


(違う……いや、兄は天才かもしれないが、俺は前世のズルなんだ……)


うしろめたさはあったが、ここで否定する理由もない。俺はひっそりと兄の後ろに隠れて、「兄がすごいんです」という顔をしておいた。


そして、いつからだろう。


『おとうと、きょうは、ぼくがよむ』


兄が絵本を持って、俺の隣に座るようになった。


「むかし、むかし、あるところに……」


たどたどしい声で、ゆっくり、ゆっくり。つっかえながらも、一生懸命に。


俺は横になって、その声を聞いていた。


(兄が、読み聞かせしてくれてる……)


前世の甥っ子に、昔読んでやったことは何度もある。でも、誰かに読んでもらうのは、いつ以来だろう。


兄の声は、あたたかくて、眠くなる。


「……おとうと? ねちゃった?」


(いや、まだ……)


ダメだ、まぶたが重い。


気づいたら、俺の方が寝かしつけられていた。


(おかしいな。俺が兄を育てているはずなんだが)


薄れていく意識の中、兄の小さな手が、俺の頭をなでてくれるのを感じた。


(兄は、ずっと俺のそばにいてくれる。俺も、この子と離れたくない)


そう思った。


たぶん、兄も同じことを思っていたと思う。


*


それから三年。


そして、その日はやってきた。


夕食のあと、父と母が食堂で話していた。俺と兄は、テーブルの下で積み木を並べながら、こっそり耳をそばだてていた。


「もう、五歳か」


「あっという間だったわね」


「神殿には、もう話を通してあるんだ」


「……寂しくなるわねぇ」


「ああ。寂しくなるな」


(…………)


(…………来た)


積み木を持つ手が止まる。


来た。ついに来た。五歳。神殿。寂しくなる。


(「寂しくなる」って言った! 俺がいなくなるって認めた!)


なんて穏やかな声で言うんだ。もっと動揺してくれ。もっと反対してくれ。


『ついにきた!』


『ついにきたな!』


兄も同じ顔をしていた。緑の目が大きく見開かれている。


俺は兄の手をつかんだ。


『兄よ。今こそ俺を守ってくれ!』


兄は、ごくりと喉を鳴らして、力強くうなずいた。


『おとうと、まかせろ!』


かっこいい。


なんてかっこいいんだ、うちの兄は。ちっちゃい体で、ぷるぷる震えながら、それでも俺の前に出ようとしている。


『さくせん、かんがえる』


『頼んだぞ、兄!』


*


作戦を実行するきっかけは、突然やってきた。


「さあ、お兄さまの採寸をしますよー」


使用人が兄を抱き上げた。


「五歳のお祝いに着る衣装を作るんですよ」


そう言って、兄だけが別室へ連れていかれる。


「や!」


兄が、俺の服をつかんだ。


「や! おとうと、いっしょ!」


「お兄さまだけですよ、ちょっとだけですからねー」


「いやぁぁぁーーー!」


「うわぁぁぁん! にいさまぁぁぁ!」


俺も泣いた。


演技ではない。ガチだ。


(俺の衣装は? 俺の分は? まさか用意されてない? もう、そういう扱い!?)


半分は生存の恐怖、半分は兄と離される寂しさだった。


引き離そうとする使用人と、しがみつく兄と俺。


結局、しばらく泣き続ける双子を前に、周りの大人たちは苦笑するしかなかった。


「本当に、どうしてこんなに仲良しなのかしら」

「片時も離れたがらないものねぇ」

「微笑ましいわ」


いや、微笑ましがってる場合じゃないんだ。


(俺の命がかかってるんだ!)


そう叫びたいのを、ぐっとこらえた。


*


その夜。


ベッドの中で、兄が真剣な顔で見つめてきた。


『おとうと。ぼく、かんがえた』


『聞かせてくれ』


『おとうとを、つれて、にげる』


『……なるほど』


『ゆうかいして、にげる』


『……ゆうかい?』


『あととりを、ゆうかいした、って、かく』


「あととりって兄のことだが!?」


思わず声が出た。慌てて口を押さえる。


『兄、つまり、自分で自分を誘拐するってことか?』


『うん。ぼく、ゆうかいされた。でも、おとうとといっしょ』


『……なるほど』


論理は破綻しているが、決意だけは堅い。


『おとうとを、かえさない。おとうと、はなれない。それが、ぼくの、ようきゅう』


(要求まで考えてる……)


俺は感動していた。


これが、五歳児の考える作戦か。誘拐犯と人質が同一人物という点を除けば、意外と筋は通っている。


跡取りである兄を返してほしければ、弟を殺すな。これ以上ないほどまっすぐな交渉だ。


『兄、お前は本当に天才だな』


『えへへ』


兄は、ゆっくり紙を広げて、下手くそな文字を書き始めた。


『あととりを ゆうかいした。かえしてほしければ、おとうとを はなれさせるな』


(字が、かわいい……)


俺は、そっと涙をぬぐった。


*


決行は、翌日の夕方。


大人たちの目を盗んで、庭の裏口から、こそっと外へ。目指すのは、屋敷の裏手にある森だ。


森の入り口には、古い物置小屋がある。昔、庭師が使っていたという小屋で、今は誰も近づかない。


「ここなら、見つからない」


「うん」


手をつなぎ、息を切らして、小屋の扉をぎいっと開ける。中には藁と、古い毛布が少しあった。


(とりあえず、寒さはしのげそうだ)


外が、だんだん暗くなってくる。


ホー、ホー、と鳴き声が響く。


ガサガサ、と何かが茂みを揺らす音。


(なんの音だよ……)


俺だって怖い。前世で三十年近く生きていたが、暗い森の物置小屋で夜を明かした経験はない。


そのとき、隣で兄がびくっと震えたのに気づいた。


兄は毛布の端をぎゅっと握って、口を引き結んでいる。目には、涙がたまっていた。


だが、泣かない。


歯を食いしばって、こらえている。


『兄』


『……なに?』


『怖いなら、怖いって言っていいぞ』


『こわく、ない』


嘘だ。全身、ぷるぷるしてる。


『こわく、ないよ。おとうとが、こわがるから』


(……!)


兄は、必死に笑顔を作った。


『ぜったい、まもってあげるからね』


(――こんな幼い子が)


胸の奥がぎゅっとなった。


同い年だろ、と自分にツッコミたくなる。俺だって五歳の体だ。でも中身は三十近い大人。精神年齢なら、俺のほうが圧倒的に上なのに。


(こんな小さな兄に、守ってもらってる)


俺は兄の隣に潜り込んで、ぎゅっと抱きついた。


『兄。ありがとう。俺も、兄を守る』


『うん』


二人でくっついて、毛布をかぶる。


兄の体温が、あったかい。


震えが、少しずつ収まっていく。


(もし、明日殺されるんだとしても)


(兄と一緒に過ごせた五年間は、悪くなかった)


そう思ううちに、まぶたが重くなった。


*


「――いたぞ!」


「小屋の中だ!」


まぶしい光と、たくさんの足音で目が覚めた。


扉が開く。ランタンを掲げた大人たちが、次々と小屋に入ってきた。先頭にいるのは、父と母だ。


(見つかった!)


俺は反射的に兄を抱きしめた。兄も、俺にしがみつく。


二人で身を寄せ合ったまま、震えながら大人たちを見上げた。


「…………」


沈黙が落ちる。


父が、大きく息を吐いた。母は、口元を押さえて涙ぐんでいる。


「なんて、健気な……」


「ああ。こんなに小さな体で、互いをかばい合って……」


使用人たちも、ぐすぐす鼻をすすっている。


(……ん?)


父が、ゆっくり膝をついた。


「すまなかった。怖い思いをさせたな」


(え、なんで謝るんだ)


「この子たちは、離してはいけないな」


「ええ。絶対に」


母が、俺たちをまとめて抱きしめた。


(俺、助かった……?)


『おとうとと、いっしょじゃなきゃ、いや!』


兄が、テレパシーで叫んで、そのまま声に出した。


「おとうとと、いっしょじゃなきゃ、いや!」


「もちろん!」


父が力強く言った。


「二人とも、うちの子だ!」


――静かな夜の森に、その声が響いた。


俺と兄は、顔を見合わせた。


「やった! たすかったー!」


二人そろって、声に出して叫んだ。


「まあまあ、そんなに喜んで」

「よほど怖かったんだなぁ」


母が笑って、俺たちの頭をなでた。


(よかった……)


(マジで、よかった……)


*


屋敷に戻った俺たちは、温かいミルクと毛布に包まれていた。


窓の外は、もう真っ暗だ。


兄は俺の隣で、すやすや寝息を立て始めている。俺も、うとうとしていた。


食堂の方から、父と母の声がかすかに聞こえてくる。


「――まあ、養子先も俺のいとこの家だし、断っても問題ないだろ」


(………………)


(……ん?)


眠気が、一気に吹き飛んだ。


俺はゆっくりと起き上がった。兄も、ぱちりと目を開けている。


「…………え?」


「養子?」


二人の声が、そろった。


食堂に向かうと、父と母がテーブルでお茶を飲んでいた。


「あら、起きてたの?」


「…………ようし、って」


俺が声を絞り出す。


「ようし?」


「ああ。五歳になったら、弟は養子に出るのが普通だからね。神殿を通して、子どもを大事に育ててくれる家を探すんだ」


父がのんびりと言う。


「うちの場合は、父さんのいとこの家だ」


「…………」


「…………」


「でも、あなたたちがそんなに離れたくないなら、断りましょう。向こうも事情を話せば分かってくれるわ」


母が、にっこり笑って続ける。


「…………」


俺は、ゆっくり兄を見た。兄も、ゆっくり俺を見た。


『……おとうと、しなない?』


『……死なない、みたいだな』


『……ころされない?』


『……殺されない、みたいだな』


『…………』


『…………』


「「ええええええーーーーー!?」」


二人分の絶叫が、屋敷中に響き渡った。


そこへ、使用人が湯気の立つ盆を持って入ってきた。あの夜、俺を抱いて泣いていた、あの人だ。


「まあ、どうなさいました?」


「あの……!」


俺は、かすれた声で聞いた。


「『兄を生かすために』って……」


使用人の顔が、はっとする。それから、すべてを察したような表情になって、目をうるませた。


「……ああ。そんな話を、どこかでお聞きになってしまいましたか」


「昔の話でございます。双子が今よりずっと育ちにくく、片方を守れなかった時代の……。年寄りの、悲しい思い出話です」


使用人は、俺の頭をそっとなでた。


「今のお二人には、関係のないことですよ。だから、もう誰も泣かなくていいんです」


(………………)


(昔の、話……)


俺の壮大な生存戦略。兄の決死の誘拐作戦。森での一夜。


全部、勘違い。


膝から力が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。


(俺、五年間、何をしていたんだ……)


隣で、兄も同じ格好でへたり込んでいる。


だが、その兄が、ふふっと笑った。


『おとうと、いきてる』


『……ああ』


『よかった』


『……ああ、そうだな』


つられて、俺も笑ってしまった。笑いが止まらなくなって、ふたりでけらけら笑い転げた。


両親は不思議そうに首をかしげていたが、そんなことはどうでもいい。


生きてる。


兄と一緒に、これからも。


*


それから、数年後。


草原を、風が揺らしている。


見渡す限りの緑の中に、ひとりの少年が立っていた。


淡い金髪が風になびく。腕を組み、遠くの地平線を凛々しく見つめるその横顔は、美しいという言葉では足りないほどだった。


少年は、静かに口を開いた。


「兄は、ワシが育てた!」


その後ろで。


同じ顔立ちの、もう一人の少年が立っていた。緑色の目を細めて、優しく微笑んでいる。


(師匠面して、今日も弟がかわいい)


風が、ふたりの間を吹き抜けた。


……たぶん、こんな感じで、ずっと続いていくんだろう。


おわり

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