隣の席の御影君が『永遠の16歳』だということを、きっと私だけが知っている。
隣の席の御影くんは、人の輪から外れている。
それは、周りから腫れ物扱いされてるとかそういう意味じゃない。
「御影ぇ。なぁ、宿題みせてー!」
「まずは挨拶だろ。おはよう」
「おはよ! 宿題見せて!」
「ダメ。ギリギリまで自力な」
「ええー」
時には、クラスメイトを明るく諭しながら。
「御影君、委員会のことで相談があるんだけど……」
「おっけー、どうしたの?」
時には、内外問わず相談に乗りながら。
「御影君また表彰だってー!」
「えっまた!? すごいねぇ」
時には、表彰なんかもされたりしちゃって。
ご覧の通り人望が厚くなんでもできる人気者の彼のことを、『人の輪から外れている』なんて分かりづらい言葉で表してしまうのもおかしな話かもしれない。
永遠の16歳。クラスの誰も知らない、私だけが知っている真実。彼は人が通るはずの『輪廻の輪』から外れている。
まずは私が『クラスメイトが輪廻の輪から外れている』だなんてとんでもない話に、どうして至ってしまったのかという話からはじめようと思う。
《それではおやすみなさい。本日のお相手は、御影透真がお勤めしました》
スマホの向こうから聞き覚えのある声がした時、見知った名前が聞こえた時、バッと画面に目を向けてその顔を見た時、電撃が走った。
それは、同じクラスの男の子が配信をしていてびっくりした〜とかそういう簡単な話ではない。
高校を卒業して専門へ。専門職へ就職もせず、一般企業へと就職を決めて早数年。
大学を卒業した同級生が、新卒として社会へ輩出され出して、少し経った冬頃。
「えっ私高校一年生じゃなかったんだ」
本当にあった怖い話。社会人である。
お昼休みとかにたまたまおすすめに流れてきて、この結論に至らなくてよかった〜〜〜。
こんな独り言、社会的死で間違いない。
自認も20代半ばであり実年齢も20代半ばな私、橘華恋は、VTuberなんてイマドキの文化には触れたこともない一般通過オタクであった。
夢というのは、ふとした時に思い返すものである。
総フォロワー数50万人越え。
世間で人気も人気とされる数字を獲得している彼は、兼ねてより私の夢に登場していたクラスメイトだったのである。
言ってしまえばただの夢。
たまたま昔みた何かが脳内に残っていて、それが深層心理で夢に出てきていただけ。
そもそも、『隣の席の御影透真』なんて存在しないのかもしれない。
でも確かに私は、生徒代表で入学式でスピーチを担当した御影君をみたし、授業で百点満点の回答を披露して褒められる御影君をみたし、国語の授業でちょっと噛んじゃって恥ずかしそうにして言い直す御影君をみた。
真面目に聞いているように見えてたまにノートの隅に落書きをしていたり、なんでもできるパーフェクトタイプに見えて、家庭科の調理実習のチョコのカップケーキをちょっと焦がしてしまい、ちょっと悲しそうにしていたのも知ってる。
「締めが”みた”とか”知ってる”なのヤバいな。うわぁ、二次創作に飢えたオタクすぎる……」と頭を抱えたところで、そういえば卒業……なんなら言ってしまえばクラス替えのシーンにすら至ったことがないことに気がつく。思えばそうなってもおかしくない春は、何回も過ごしてきたのに。
「あれ? 御影君と過ごしてきたのは、ずっと1年生だけだ」
夢の中でも、なのか夢の中だから……なのか。
ちなみに『念の為』なんて言って実家から卒業アルバムを送って貰って確認すれば、当たり前のようにそこに『御影透真』の名前はどこにも無かった。
「結婚、ねぇ...」
スマホからは彼が「いつか結婚したい」と言っているシーンが流れている。
(初めて配信を見たその日から、気づけばアーカイブを追うようになり、私はもう『同級生の御影君』より『VTuberの御影君』の方が随分好ましく思うようになってしまっていた。立派な1リスナーというわけだ。)
そうか、彼は結婚したいのか。
永遠の16歳の彼が結婚だなんて、変な話だ。
だって彼が結婚するには、まずは輪廻の輪に還る必要がある。
「いや、こんなに『VTuberの御影透真』にガチになってる私がおかしいのかもしれな……おかしいんだけど……!」
VTuberの結婚談義に対しての感想が『まずお前は倫理の輪に帰る必要がある』なのは、どう考えてもおかしな所に位置している。誰なんだ、私は。
少し久しぶりにみた、その日の夢はいつもと状況が違った。
いつもならただ御影くんを眺める隣の席のクラスメイトのひとりだったのに、今日はなんと放課後、ふたりで一緒に棒付きのアイスを食べていたのだ。
ソーダ味のそれと、うるさいくらいのセミの音。靴を脱いでズボンの裾捲りをした御影君が、お店のご好意で用意されたタライの水に足をつけている、パシャパシャという音が耳に届く。うーん、夏だ。
「御影君は結婚とかしたいなって思う?」
『いや、脈絡もなく重めの恋バナ。会話下手か』とも思ったが夢なんだからいいか。現実では、結構タイムリーな話題だし。
「ねぇ、どう?」
「あるよ、結婚願望」
「おお」
『何その反応、それくらい俺にもあるよ』と笑う御影君のご尊顔はとても整っていて、美男子揃いの男性VTuber業界でもトップクラスで『かっこいい』とされる部類だろう。
「永遠の16歳なのに、変なの」
「永遠の16歳?」
ぼーっと顔面を拝んでいたら思っていたことがポロリと口から零れ落ちてしまった。
「変、かな?」
「アッいやこれはそうじゃなくて、アレでそれで……」
「”御影透真は人の輪から外れてる”、だっけ?」
ヒュッと喉が鳴る。
厨二病みたいなことを考えていたことを同級生に知られているなんてどうにも、いや、これ夢だから別に知られててもおかしくないのか。焦ることでもないのか!?
なんてうんうんと納得しかけたところで、意味深に微笑みながら、御影君がこちらに向き直り口を開く。
「”僕”(同級生の御影透真)の知らない”僕”(VTuberの御影透真)に奪われるくらいなら、僕はキミと歳を重ねたいと思ったんだ。それでも、変かな?」
御影君の影が変に歪んで眩む。なんだろう、おかしなルビがあるように聞こえた。なんだ今の。
夏の暑さに負けて溶けてしまったアイスが、ぼとりと膝に落ちる。
そういえばこのアイス、夢なのにソーダの味がする。落としたアイスが膝を冷やす。冷たい。頬をつねる。痛い。ばちんと頬を叩く。ひりひりする。
「いや、ゆ、夢じゃなかったんかい」
そう零した私の顔はどれだけ引き攣っていたことだろうか。
『やっぱりキミは面白いな』と笑う御影くんの声が、いやに耳に質感を残していた。
急募:この夏からの抜け出し方。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
恋愛ではありますが、いろんな意味でちょっぴり怖い話だったかもしれません。
シルバーウィークのまっただなか。
台風明けで気圧上昇中のせいか、全く眠れなかったので書いてみたかったお話を勢いのままカタカタしました。楽しかったです( ᴗ ᴗ)♩




