うきうきドアマット王女の嫁入り
※動物虐待の話が出てくるので苦手な人は注意して下さい。
「おまえの嫁入り先がみつかったぞ。ブルーノ・オルロック公爵だ」
父である国王が、ニヤニヤしながら言ってきた。
珍しく呼び出したと思ったら、そういうことかー。
政略と厄介払いの一石二鳥だものね。嫁入りできる年齢になるのを待ってたんだろうなあ。
それを聞いていた、正妻の子である兄や姉たちがささやきあう。
「ブルーノってあの…見た目があれな…」
「しかも人間嫌いらしいから、ろくな扱いをされないだろうね」
「アリアにはお似合いだわ」
そう言ってクスクス笑いながら、
「おめでとう。幸せになってね」
と心にもないことを言った。
公爵の噂は聞いたことがある。仕事はできるが、外見があまりにも無骨なのと、人間嫌いで誰の紹介も受け付けないので、結婚相手が決まらないと。
でも私にとっては、相手先がどうだろうと関係なかった。
この家を出て違う場所に行けるだけで、嬉しくてしょうがなかった。
だって、私の前世は…。
◇◇◇
私の母は、男爵令嬢だったが、この王宮で侍女として働いていた。
そして国王に見初められ、側室として召し抱えられて私を産んだ。
「妾の子」として正妻やその子供たちには疎ましがられた。食事は別室だったし、差別もされていた。
しかし、政略として使えるようにだと思うが、それなりに王女としての教育や環境を与えられたのはありがたかった。
でもそれも、10歳の時に、母が病気で亡くなるまでのことで、その後はメイド以下の扱いになった。
やってることはメイドと一緒だが、休みや給金がない。
普通の令嬢なら絶望する状況かもしれない。
しかし、メイドとして四つん這いになって床を磨いていた時、「あれ? この感じ」と既視感を覚えた。そして、私は前世を思い出したのである。
私の前世は犬だった。
しかも、飼育放棄されていた。1日中狭い檻の中にいて、ほえないように口を縛られ、1日1回、安いドッグフードと水を与えられるだけだった。それさえも忘れられることがあったので、いつでも飢えていた。
夏の暑い日も、冬の寒い日も、簡易な屋根があるだけの吹きさらしの中で生きていた。
ほとんど動けないので、足はうまく動かなくなり、皮膚病で毛もあちこちはげた。
雪の降る朝、私は誰にも看取られないまま冷たくなった。
その前世に比べたら! 今の生活がどれほど幸せか!
暑さも寒さも、室内だし、着るもので防げている!
柔らかいベッドで眠れる!
声を出したい時に出せるうえに、言葉が通じる!
部屋の外に出られる! 庭も好きなだけ歩ける!
おなかがすいたら食事もできる! しかも、いろんな種類の、違う味のものが食べられる!
前世に気づいた時に、「そういえば」と思い当たることがあった。
私が子供の時、庭で散歩をしていると、兄が桶の水をかけてきた。
今思うとそれは嫌がらせなのだが、私は「水遊びしてくれるの!? 嬉しい! もっとかけて!」と大喜びしたのだ。兄は二度と水をかけてこなくなったので、寂しかった。
姉に「ポーチを返してほしいの? ほら取りに行きなさい!」と遠くに投げられたこともある。私は大喜びで取りに行って姉の元に戻り、「楽しい! もう1回投げて!」と言った。
姉も二度と投げてくれなくなった。
あれが嬉しかったのも、犬の前世があったからなのだろう。子犬の時だけは、そうやって遊んでもらっていたから。成犬となって、汚い雑種として扱われ出してからは皆無だったけど。
屋敷のあちこちの匂いが嗅ぎたくて、くんかくんかしてると止められるが、それ以外は自由!
もう毎日が嬉しくて楽しくて幸せだった。その上、今度は違う場所にお嫁に行くのだ!
今までと違う匂いが嗅げる! 新しい場所をお散歩できる! 嬉しくてしょうがない!
私は、王女の嫁入りとしてはかなりみすぼらしいが、必要最小限の嫁入り道具を持って、新しい冒険(嫁入り)に出発した。
◇◇◇
公爵様のお屋敷に着くと、従者は馬車とともに王宮に戻ったので、私は単身で乗り込んだ。
出迎えた執事は、私が単身なことに驚いていたが、すぐに部屋に案内してくれて、荷物も運んでくれた。
わー、いい匂い! 優しい匂い! ここ好きー!
「何をしている」
与えられた部屋の壁にはりついてくんかくんかしていると、後ろから声がした。
あわてて
「あっすみません、この部屋がいい匂いだったもので」
と言い訳しながら振り向くと、絶世の美男がいた。
「はわわ」
好みどストライクすぎて言葉も出ない。えっなに? この人が「見た目がアレ」で敬遠されてたの!?
なにそれ信じられない! あの兄が、世間では「国一番の美少年」って噂されてると知ってから、『人の評判はあてにならない』と思っていたけど、この人を無骨だなんて! 人間の目って節穴なの!?
私がぼけっと公爵様に見とれていると、何を思ったのか顔を背けて、
「自分が醜いことは承知しているが、そこまで露骨に驚かれるとさすがに…」
と肩を落とした。
「ええっまさか! あまりに素敵なので見とれていたんです! タイプです! 大好きです!」
「はあ?」
公爵様が本気で『信じられない』という顔をしているので、私は彼の魅力を力説した。
「この毛深さ! 眉毛もヒゲもとても立派です! 若さと健康の象徴! 素晴らしいです!」
「熊みたいだと言われるが…」
「このしゃくれたアゴ! 強靭な噛みつきができるに違いありません! 憧れます!」
「いや、噛みつきができてもいいことはないような…」
「そしてこのどっしりと広がった鼻! 匂いを素早く察知するために最高の形です!」
「鼻がでかすぎると言われていたが…」
「そして太い首とがっしりした体格! 頑丈さの象徴です! 最高峰のオスです!」
「あの…遠回しに悪口を言っているのでは…ないのだな」
私のキラキラした表情で、心から言ってることを察してくれたらしい。
「困ったな…私を愛する必要はないと言いに来たのに…予想外の反応でどうしたらいいか…」
公爵様は、本当に困惑してるようだ。本当に、こんなに素敵なのに、自覚がないなんてどうかしてる!
「あの、私でよければ! ぜひ! ぜひとも! 嫁にしてくださいまし! 私はアリアです! アリアと申します! アリアに清き一票を!」
とにかく逃したくなくて、投票日の前日の立候補者のような鬼気迫る勢いでプロポーズした。
公爵様はちょっと私の勢いに引き気味だったが、
「自己紹介が遅れたな。ブルーノ・オルロックだ。ブルーノと呼んでくれ」
と、困ったように笑って言った。
「人間嫌いと言われているが、女性に怖がられるのであまり人前に出ないようにしているだけで、人と接するのは好きだ。君さえよければ、仲良くしてもらいたい」
「ブルーノ様! ブルーノ様!」
私の尾骨は振れないけども、気持ちの中では史上最高にブンブン振っていた。
「君はいい子だなアリア。よろしくな」
と言ってブルーノ様が頭を優しくなでてくれた。
その途端、涙がぽろっとこぼれた。
「えっ、どうしたの! 触られるの嫌だった?」
ブルーノ様があわてていたが、私は首を振って言った。
「嬉しいんです! こうやっていい子だってなでてもらうの、夢だったから!」
ずっと、憧れていた。檻の外を散歩している犬たち。飼い主に「よーし、いい子だ」と頭をなでられる犬たち。私もいつか生まれ変わったら、愛される犬になりたいと思っていた。こんな形でかなうなんて。
涙が止まらない私に、ブルーノ様がおろおろとうろたえている。そんな優しいブルーノ様を見ながら、(私、がんばっていい子な妻になる。そんでもって、これからもいっぱい、いいこいいこしてもらうんだー!)と心に決めた。
その努力の甲斐があってか、私たちは円満な夫婦生活を送ることができた。
ただ一点、「顔をなめるのはやめてくれ」と言われることだけは不満だ。
8月30日、[日間]コメディー〔文芸〕 - すべて
で1位になってました。ありがとうございます。嬉しいです~~( ;∀;)。




