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1.1 デス・リベンジ

「……ここは……つっ……」


男が目を覚ますと、そこは光に満たされた白亜の世界だった。

鈍い痛みが頭部を走り、思わず額を押さえる。瞬きを繰り返しながら、男は次第に光に目を慣らしていく。

やがて視界が開けると、そこには床も天井も境界もなく、ただ無限の白だけが広がっていた。


「――ようやく、お目覚めかいユウト君?」


軽い調子の高い声が、頭上から降ってくる。

男ーーユウトは反射的に顔を上げた。

白いジャケットを無造作にはだけさせた痩身の男が立っている。q

純白の革靴が、意味もなく床を鳴らした。


「あなたは……?」


状況が掴めないまま、ユウトは素直に尋ねた。


「俺? いくつか世界を管理してる立場っていうか。君の世界の言い方に合わせるなら――“神”ってやつかな」


「神様……」


その言葉を口にした瞬間、ユウトの胸がざわつく。 だが恐怖ではなく、現実感のなさに対する戸惑いだった。


「もしかして……俺、死んだんですか?」


「そうそう。正解」


神は軽く頷く。


「通学途中、トラックに突っ込まれて即死。


まあ、よくあるケースだね」


「……」


ユウトは言葉を失ったが、神の口調に疑問を挟むことはなかった。 ただ、言われた事実を受け止めようとする。


「……俺は、これからどうなるんですか?」


「あー、それね」


神は指を鳴らす。


「君はこれから、元いた世界とは別の世界に転生する。エクスペンタブディアという異世界だ。 異世界。剣と魔法。モンスターあり。王道だ」


「異世界転生……」


聞き覚えのある言葉だった。 ユウトの胸に、自然と期待が芽生える。


「今すごく流行ってるしね。 だから転生特典も付く」


「特典……」


「そう。 伝説の武器、チート能力、ハーレム、最初から最強――好きなのを選べばいい」


ユウトは目を瞬かせた。


「俺が……選ばれたんですか?」


「うん。 だから、君の理想を言ってみ?」


神の態度に違和感を覚える余裕は、ユウトにはなかった。胸の奥にあった憧れが、自然と前に出る。


「……俺…聖剣を使う勇者になって、異世界で無双したいです!」


勢いよく、まっすぐな願いだった。


「――聖剣」


神は一瞬だけ黙り、次の瞬間、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。鼻で小さく笑い、口元を手で隠す。


「……はは。いいね、うん。実に“分かってる”」


「ほ、本当ですか!」


「もちろん。 勇者ユウト。君に聖剣を授けよう」


大仰な身振りとともに、神は宣言する。


「その剣は山を断ち、龍を穿ち、邪なものを一撃で滅ぼす――映えるだろ?」


「……!」


ユウトの視界が光に包まれる。 期待と高揚だけが、意識を満たしていった。

暗転。意識は、そこで途切れた。


神は、光の消えた空間で独り言のように呟いた。


「……いやぁ、やっぱ王道は強い。次は酒場スタートで、三分くらいで鼻折らせとくか」


白い世界に、笑い声だけが残った。



ユウトが再び目を覚ますと、そこには中世の面影を残す村の情景が広がっていた。 降り始めた夜のとばりが家々を深い藍色に染め、窓からは夕食の団らんを思わせる温かな光が漏れ出している。鼻腔をくすぐるのは、薪の煙に混じったスープや焼き立てのパンの匂い。そのあまりに鮮やかな「異世界の生活臭」に、ユウトは自分が転生したのだという実感を噛みしめ、深く、長く呼吸をした。


ふと意識を向けると、遠くからざわめくような喧騒が届いていることに気づいた。夜気の中にわずかなアルコールの香りが混じっている。 「……酒場、か。あるいは冒険者ギルドかな」 ユウトは期待に胸を膨らませ、音のする方へと歩みを進めた。

やがて足元の未舗装の土道は、硬い石畳へと変わる。暗がりの中からぬっと現れたのは、一つの古びた木製看板だった。 『チシャ猫亭』――。 彫り込まれたその屋号の上で、口角をいやらしく吊り上げた猫の紋様が、店内の明かりに照らされて不気味に、だが誘うように浮かび上がっている。


「やっぱりまずは、酒場での情報収集だよな……よしっ!」


ユウトは軽く息を整え、意を決してサルーンドアを勢いよく押し開けた。


夜の闇を切り裂くように、煌々(こうこう)とした光と男たちの野太い笑い声がユウトを包み込んだ。 店内は、革や鉄の防具を纏った老若男女の活気で満ちていた。ジョッキを打ち鳴らす音、肉の焼ける音、そして未来を語る歓談。 「勇者」としての第一歩を踏み出したユウトの目には、そのすべてが黄金色の輝きに満ちて見えていた。


客層は品の悪い連中ばかりが居座っていたが、特に隅の席に座る男の放つ気迫は異様だった。 短く刈り揃えられた頭髪に、手入れされた無骨な髭。年齢は四、五十代といったところか。刻まれた深いしわに反して、その肉体はシャツの上からでも分かるほど筋骨隆々としている。 ユウトは一瞬、キングオークかと身構えたが、すぐに違和感に気づいた。ハゲ男は武具の類を一切持たず、泥に汚れた麻の服を纏い、傍らには使い古されたくわを立てかけていた。 (ただの農夫……? あの体つきで?) 中世の栄養水準ではあり得ないその威容に、ユウトは場違いな圧倒を覚えたが、すぐに思考を切り替えて店主の方へ歩みを進めた。


「すみません。今この街に着いたばかりなんですが、何か大きな事件とかはありませんでしたか?」


店主はグラスを磨く手を止めず、冷淡に言い放った。


「注文だ」


「え?」


「ここは酒場だ。質問の前に、金を落としな」


ユウトはたじろぎながらも、消え入るような声で「ミルク」を注文した。 乱暴に置かれたグラスからミルクが溢れ、カウンターに白い染みを作っていく。


「え、えーと……じゃあ、ミルク」


「はいよ」


店主は拭いていたグラスに、そのまま瓶詰めの牛乳を注いで突き出した。乱暴に置かれた衝撃でミルクが溢れ、年季の入った木製カウンターに白い染みを作っていく。


「……くく、ミルクだとよ。ママが恋しいお年頃か?」「勇者様は飲むもんまで可愛らしいこった」


背後から聞こえる侮蔑混じりの笑い声に、ユウトの頬がカッと熱くなる。だが、ここで悶着を起こすのは得策ではない。彼はもめ事を避けるように肩を縮め、ぬるいミルクを口にした。


「……それで、事件ってのは?」


ユウトは少し声を荒げながら店主に尋ねた。


「あんた、転生者だろ?」


店主の言葉にユウトは目を見開いた。


「え、そうですけど。その口ぶりだと、転生者の存在はこの世界じゃ当たり前なんですか?」


「ああ、珍しくもねえよ。だがな……気を付けるこった。ここ数年、転生者は大した活躍もしないまま、忽然と行方不明になるケースが多発してる。人身売買、盗賊、魔王軍……さらう側の手合いにゃ事欠かねえからな」


「え、でも転生者には自衛のためのスキルがあるはずじゃ……」


「さあてな。スキルや強力な武器がありゃ死なねえってわけじゃねえ。……それに最近じゃ、王都や宗教都市の路地裏は、**『生けるしかばね』**で溢れてるって話だ」


「生ける屍……?」


「脳が溶けた連中さ。あーとかうーとか、赤ん坊みてえな声しか出さず、ただよだれを垂らして『もっと薬をくれ』と虚空を掻いている。……地獄を煮詰めたような光景だぜ」


店主はそう吐き捨てると、隣に座っていた鼻の曲がった男は三枚の金貨をカウンターに素早く滑らせた。店主はそれを汚れた指先で押さえ、薄汚い目配せを交わす。 その合図とともに、店主は入り口の扉に歩み寄り、「準備中」の札を掲げてガチリと鍵をかけた。


「……っ、どういうつもりですか!?」


「なかなかかわいい面してやがる。変態の貴族様に高く売れそうだぜ」


赤鼻の男が下卑た笑みで距離を詰める。ユウトは恐怖を振り払うように叫んだ。


「アイテムボックス!」


虚空に現れたUIをタップし、青白い稲光とともに装飾過多な『聖剣』を顕現させる。だが、実戦経験のなさが仇となった。 ゴロツキの一人が瞬時にユウトの足を払い、バランスを崩した彼の体は、背後のテーブル――あの強面の男が座る席へと叩きつけられた。


ガシャン! 男が注文した今夜唯一の贅沢、黒エールとポークチョップが床にぶちまけられた。男の服を汚し、胸元に下げた銀のロケットにも、脂ぎった料理の破片が付着する。 男は動かなかった。ただ、汚れた衣服と床の染みを、蛇のような冷徹な目で見つめている。


「がっはっは! 運が悪かったな農夫! 恨むならこのドジなガキを恨むんだな」 赤鼻の男が、床に転がった聖剣を拾い上げ、我が物顔で肩に担いだ。 その時だった。 ハゲの男は、ロケットに付着した料理のクズを指で摘むと、ゆっくりと咀嚼し、赤鼻の男の顔面に真っ向から吐きかけた。


「……親父。ここは料理もイマイチだが、サービスも最低だな」


「……てめぇ、何しやがる!」


赤鼻が怒りで肩を震わせ、ハゲの男を指差した。 だが、次の瞬間には、赤鼻は自分の指が「あり得ない方向」に曲がっていることに気づき、一拍遅れて響いた激痛に床をのたうち回った。


「殺せ! そのハゲを殺せッ!!」


周囲の男たちがユウトを忘れ、一斉に男へ飛びかかる。 ハゲ男は椅子を蹴って立ち上がると、最短の動線で拳を振り抜いた。ハゲ男が放った一撃は、先頭の男の鼻柱を深々と陥没させた 。返り血を拭うことすらしない。


「殺せと言ったのはどいつだ?」


ハゲ男は低く呟き、襲いかかる剣の軌道を紙一重でかわす。抜かれた長剣が空を切る音さえ待たず、彼は敵の懐に潜り込んだ。相手の肘を逆手に取ると、乾いた音とともに骨を断つ。悲鳴が上がる前に、男の頭を木製のカウンターに叩きつけた。


周囲の男たちが一斉に斬りかかる。だが、ハゲ男に「1秒」の隙はなかった 。 彼は床に転がっていた椅子を足先で撥ね上げ、盾代わりに突き出された剣を弾く。その反動を利用し、最短の動線で次なる敵の喉仏に掌打を叩き込んだ。


「ステータスだのスキルだの、騒がしいんだよ」


流れるような動作で敵の剣の柄を奪い取り、それを振るうことすらなく、柄頭ポメルで隣の男の顎を砕く 。剣を「道具」としてではなく、単なる「重り」のついた打撃武器として冷徹に運用するその姿は、英雄譚にある勇者とは対照的な、戦場に最適化された殺戮マシーンそのものだった。


最後の一人が震える手で聖剣を構え直そうとしたが、ハゲ男は歩みを止めない。アイテムボックスから取り出す隙すら与えず、彼は敵の膝を無造作に踏み抜き、崩れ落ちた顔面に決定的な一撃を沈めた 。瞬きする間に、酒場にはごろつきたちの山ができあがった 。ハゲ男は荒い息一つ乱さず、返り血で汚れたロケットの表面を、慈しむように親指で拭った 。


「す、すみません…助けていただいて」


この惨状を作った火元にユウトは近づくと、ハゲ男の拳が火を噴き、ユウトの顔が波打った。




『異世界暴力ハゲ』

(暗転のちタイトルコールSE)




ユウトの鼻柱と前歯が、小気味のいい硬質な音を立てて砕けた。 吹き飛ばされたユウトの視界にチカチカと星が舞い、焼けるような激痛がワンテンポ遅れて脳を焼く。そこでようやく、彼は自分が「殴られた」のだと認識した。


ハゲ男は地に這いつくばるユウトを見下ろし、低く、重い声を叩きつけた。


「若いの、いくつか教えてやる。転生したてのガキはこの世界じゃただのカモだ。いくら伝説の武器を握ったところで、それを振るう筋力も、血を浴びる覚悟もない」


ハゲ男は一歩踏み出し、逃げようとするユウトの視線を逃がさない。


「ステータスで人を判断するのもやめておけ。戦況は数や体調、精神状態でいくらでもひっくり返る。なにより、数値を値踏みするような真似は無礼だ。アイテムボックスとやらも、甘えの極みだな。取り出して実体化するのに一秒。その一秒があれば、俺ならお前を七回は刺し殺せる。そしてなにより――」


ハゲ男は感情の消えた瞳で、震えるユウトを見据えた。


「お前には、人を斬る覚悟も、痛みへの耐性もない。……平和ボケした国の出身だろ? 特典の身ぐるみを剥がされた後、人身売買のセリに並ぶのが関の山だ。死にたくないなら、堅実に日銭を稼いで真っ当に生きろ」


ハゲ男は床に転がっていた聖剣を、重さを感じさせない動作で肩に担ぎ上げた。 「こいつは勉強代として持っていく。ガキには危険すぎる。お前にはそのバターナイフみてぇなチンポがお似合いだ。帰ってマスターベーションでもして寝てろ」


ユウトは不細工な悲鳴を上げながら、転がるように店を飛び出していった。


静まり返った店内に、どこからか呆れたような溜息が響いた。 ハゲ男の肩口、ボロ布のようなマントの影から、煤けた羽を持つ小さな妖精が姿を現した。酒場の吸い殻を噛み潰しながら、不機嫌そうにハゲ男を仰ぎ見る。


「……またやっちまったな、メイソン。あのガキ、腰抜かして漏らしてたぜ」


「…………」


「『まっとうに生きろ』だぁ? どの口が言ってんだ。あんたこそ、その手に鍬じゃなくて剣を握った瞬間、隠しきれねぇ『死神の匂い』がプンプンしてやがる。せっかく農夫として村に馴染んでたってのに、これで台無しだ」


「だまれターキー。七面鳥に詰め込んで食っちまうぞ、生きる覚悟も殺す覚悟もない小僧が生きていけるほど生温かい世界じゃないぞ、ここは」


「ターキッシュだ!わざと言ってるだろ」


メイソンは答えず、無言で自分の頭皮を揉み上げた。 目を細め、天井の煤を眺めるその瞳は、もはや酒場を見てはいない。かつて砂塵の中で命を切り売りしていた、遠い日の焦燥を見つめていた。


「転生、か……。クソったれな映画シナリオだ」





-----

焼けるような砂塵が、メイソンの肺を焦がしていた。 中東の紛争地帯。昼は40度を超え、夜は氷点下まで叩き落とされる不毛な荒野。白く焼けた太陽は、敵味方の区別なく容赦のない熱を注いでいる。


かつての街並みは度重なる爆撃でその姿を失い、剥き出しの鉄筋が突き出すコンクリートの密林と化していた。生活の痕跡は消え失せ、ライフル弾の乾いた音が団らんに取って代わり無数にこだまする。現在はフリーランスの傭兵として戦場を渡り歩いてきたメイソンにとって、死の匂いは日常の風景であり、戦争は「解決すべき事件」ではなく「代わり映えのしないルーチン」の一部、そして命を商品とした「終わりなきビジネス」の断片に過ぎなかった。


メイソンが契約していたのは、反政府系武装勢力に兵站と戦術指導を提供するアドバイザーであった。政府軍が雇った民間軍事会社(PMC)に対し、ゲリラ戦と撤退を繰り返していた。彼らにとってこの戦いにイデオロギーも国家への忠義もなく、あるのは武器商人とロビイストが弾き出した「1発の弾丸に対する配当金」という冷徹な算盤勘定だけだった。


この日、メイソンは不審な指令を受けていた。 「特定の時間、特定のルートを通過する閣僚車両を急襲せよ」 任務内容は極めて杜撰ずさんで、戦術的な合理性に欠けていた。ターゲットの移動情報は内部リークというにはあまりに鮮明すぎ、用意された襲撃地点キルゾーンは、逆に自分たちが四方から射線を浴びる「死の袋小路」だった。


「……罠か」


メイソンは手信号で部下たちを配置につかせる。部下たちは、泥沼の紛争で使い潰されてきた現地雇用兵や、訳ありの元兵士たちだ。彼らのような「非正規デンジャブル」な戦力に、質問する権利は与えられていない。ただ、誰かが描いたチェスの盤面の上で、駒として死ぬことが契約内容だった。


遠くから大型ディーゼルのエンジン音が響き――、不自然に途切れた。 空気が真空に変わったかのような、暴力的な静寂。 メイソンは反射的に空を仰いだ。雲ひとつない蒼白の空。そこには、軍用ドローン(UAV)が放った「ヘルファイア」精密誘導ミサイルの航跡が、死の宣告のように刻まれていた。


「伏せろ――ッ!!」


声は衝撃波にかき消された。 世界が裏返る。鼓膜を突き破る圧力と、内臓を焼き尽くすような熱波。 ミサイルは人質を救うためでも、建物を壊すためでもなく、この地点に集まった「生存者全員」を焼却するために放たれた。革命派、政府軍、そして事情を知りすぎた傭兵たち――。 敵味方を問わず、一括で「損切り」するための政治的クリーニング。


二発目、三発目。 瓦礫の雨が降り注ぎ、部下たちの悲鳴は爆風に溶けて消えた。 地面に叩きつけられたメイソンの視界が、真っ赤に染まっていく。 最初から、こうなる手はずだったのだ。和平交渉のテーブルの下で邪魔になった「不都合な戦力」を、一纏めにしてゴミ箱へ放り込む。それがこの任務の真の目的。


視界の端で、愛銃のM14が火を噴き、折れている。 焼ける肉の匂いと鉄の味が混ざり合い、呼吸が止まる。 メイソンは、自分を「消耗品」として切り捨てた冷酷な世界を呪うことすら忘れ、ただ白く焼けた空を見つめながら、意識を闇へと手放していった。





「やぁメイソンさん、お目覚めかい…?」


再び意識が回復すると、目の前には白いジャケットを着た胡散臭そうな男が目の前に立っていた。メイソンは詳しくなかったが、いかにもブランドものを着ているというより着られているという印象をメイソンは受けた。高級感の代わりに、かつてないほどクソ野郎の匂いが鼻をついた。



-----


「神様……? アホみてぇな顔からは、クソみてぇなたわごとしか垂れ流せねぇみてぇだな」


神から一通りの説明を受けた後、メイソンは溜息交じりにそう感想を漏らした。

猜疑心の宿った瞳は、目の前の“神”を名乗る存在――その濁った相貌を、絶えず捉え続けている。


「おいおい、おっさん。俺は神だぜ? もうちょい、まともな反応があってもいいんじゃないのか?」


「あいにくだが、俺は疑い深くてな。特に“神”なんて名乗る奴は、大概がクソだ」


(あー、こいつは数字が稼げなさそうだな……)


神は内心で舌打ちし、額に青筋を立てた。つまらなさそうな感情が、その表情にありありと浮かぶ。 それを悟られまいと、神は一度視線を落とし、深く息を吸った。


「……ちっ、まあいい」


舌打ちとともに顔を上げ、神は再びメイソンと向き直る。


「とにかく、おっさんはこれから別の世界に生まれ変わるんだ。 東洋思想で言うところの、輪廻転生ってやつだな」


「そんなものに興味はない。もう一度生きるなんてごめんだ。他を当たれ」


メイソンは不遜な態度を崩さぬまま、目の前の横柄な存在に言い放った。

その悪態に、神は鼻を鳴らすが、主導権を渡すまいと胸を張り、強気を装う。


「これは決定事項だ。 まあ、第二の人生をどう生きようが、あんたの好きにすればいい。 それと――異世界に行く特典として、望む道具や能力を与えてやる」


「特典もいらん。むしろ罰がほしい。 ……そうだな、もう一度生きることそのものが、俺への最も重い罰だろう」


メイソンはふと視線を落とし、首から下げた銀のアクセサリーに手を伸ばした。

くすんだ銀色のロケットが、鈍く光を反射する。 遠い日々を思い返すように、彼はしばらくそれを見つめていた。


「……俺は、このロケットがあればそれでいい。後は好きにしろ」


「あんた、馬鹿か? せっかく何でもくれてやるって言ってるのに」


神は嘲笑混じりに手を叩く。


「そんな貧乏くさいロケット、どうだって――げぼっ!」


言葉を言い切る前に、メイソンの太い腕が神の喉仏を鷲掴みにした。殺意を宿した視線が、神を真っ直ぐ射抜く。


「俺に舐めた態度を取るのは構わん。 だが、妻との思い出を馬鹿にするのは許さん」


圧迫され、神の顔色はみるみる赤く変わり、やがて青白くなる。じたばたと腕を振りほどこうとするが、無駄に酸素を消費するだけだった。限界寸前で、メイソンはようやく手を離した。


「げほっ……ごほっ……!」


神は床に膝をつき、必死に呼吸を整える。


「……もういい!てめぇなんざ、どこへでも行って野垂れ死ね!」


言葉と言葉の合間に罵りを挟みながら、神は呪詛を吐き捨てた。


メイソンは無言で中指を立て、そのまま次元の歪みに身を投じる。

最後まで残ったその指先が、神に向けて唾を吐きかけていた。




----------


視界が暗転すると、


水面に映った自身の姿を見てメイソンは次第に渋い顔になっていった。

麻でできたみすぼらしいだぼだぼな布切れを身に纏い、鍬を持たされた彼の姿は農家に相違なかった。


「なんだこの阿保みてぇな恰好は。まるで退屈なクソファンタジー映画の主役だぜ、あんにゃろう」


眉間に皺を寄せながら、メイソンは吐き捨てた言葉と同時に鍬を投げだした。



それからのメイソンは、死んだも同然の余生を送っていた。 現世において、愛する妻が病に蝕まれ息を引き取るその時、自分は砂塵舞う異国で血を流していた。その悔恨は、異世界という名の第二の人生を授かってもなお、癒えることのない「残響」として彼の魂を突き刺している。


元いた世界でも、彼は捨て鉢な生き方を自らに課していた。硝煙の匂いにまみれ、いつ果てるとも知れぬ戦場。明日死んでも構わない――そう思っていた。

だが、自ら命を絶つことだけはしなかった。 地を這ってでも生き抜くこと。それこそが、最期まで生にすがり、自分に未来を託して逝った妻への、唯一の愛の証明だと信じていたからだ。


結局、メイソンは神から与えられた「勇者の使命」など鼻で笑い、転生した辺境の地に根を下ろした。かつて無数の命を奪い去ったその手で、今度は土を穿ち、命を育む。その皮肉な因縁に苦い自嘲を浮かべながらも、毎年秋にこうべを垂れる黄金の稲穂に、彼はかつての戦場では得られなかった「確かな手応え」を感じていた。


当初、その鋼のような肉体と殺気を孕んだ風貌から、村人たちは「人間に化けたキングオークではないか」と怯え、彼を遠巻きに眺めていた。だが、メイソンの手のひらから銃火器のタコが消え、代わりにくわを握り続けた厚い肉刺まめができ始める頃には、彼は一人の「無口で偏屈な農夫」として、静かに村へ受け入れられていた。


血に汚れた過去を土の下に埋め、彼はただ、静寂の中で妻との約束を果たし続けていたのだ。その日は、月に一度の楽しみである酒場でたまの外食にしゃれこんでいる最中であった。店内の客が若者に取り囲み騒ぎ始めたが、メイソンは気にも介さず食事をつづけた。


ところが、男たちはメイソンの食卓を壊し、あろうことか彼が大事にしている妻のロケットを汚してしまった。彼や彼の服、食事を台無しにしたのであれば、メイソンは何も言わなかった。だが、ロケットを汚してしまったのが、彼らの運のつきであった。


あとは知っての通り、暴れたメイソンによって店内は破壊の限りを尽くされていた。


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