表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

最終話 無保険の代償

離婚から半年。

二人の生活は、天と地ほどに分かれました。


10万円を惜しんで1600万円の借金を背負った男と。

10万円を守り抜いて、新しい人生の切符を手に入れた女。


これが、無保険の代償です。


 季節は冬を迎えようとしていた。


 北風が吹きすさぶ建設現場で、一人の男が泥にまみれて土砂を運んでいる。


「おい達也! 手が止まってんぞ! さっさと運べ!」


「は、はい……すいません……」


 現場監督の怒号に、達也は力なく返事をした。


 かつての威勢の良さはどこにもない。

 作業着は薄汚れ、腰痛と疲労で体は悲鳴を上げている。だが、休むことは許されない。


 あの事故から半年。達也の人生は一変した。

 

 ベンツの修理費、信号機の賠償、レッカー代、そして諸々の経費。総額は1600万円を超えた。


 もちろん一括で払えるはずもなく、親戚中に頭を下げて金を借りようとしたが、「DVと借金まみれの男」に金を貸す者などいなかった。


 結局、高金利のローンを組み、給料のほとんどを返済に充てる生活が始まった。


 愛車だった改造車はスクラップになった。

 ローンだけが残り、車はない。


 家賃の安いボロアパートに引っ越し、夜は警備員、昼は現場仕事の掛け持ち。

 食事は半額シールの貼られたコンビニ弁当のみ。


 休憩中、達也は道路を走るスポーツカーを目で追った。

 かつて自分が乗っていたのと似た車だ。


「……なんでだよ」


 乾いた唇から、独り言が漏れる。


「たった10万だぞ……。あの時、保険さえ更新してれば……」


 もしあの時、美咲を蹴り飛ばさずに10万円を払っていれば。

 保険が下りて、賠償金はゼロだったはずだ。

 家も、車も、家族も失わずに済んだはずだ。


 『俺の運転なら事故らない』

 『保険なんて無駄金だ』


 過去の自分の言葉が、呪いのように頭の中で反響する。


 その「無駄金」をケチった代償が、この1600万円の借金と、孤独な生涯だ。


「おい達也! 休憩終わりだ!」


「……はい」


 達也は重い体を引きずって立ち上がった。

 彼の地獄は、完済するまで――おそらく数十年先まで終わらない。


 ◇


 一方その頃。

 私は、新しいアパートの日当たりの良いリビングにいた。


「ママ、見て! テスト100点だったよ!」


「すごいじゃない、結衣! 今日はハンバーグにしようか」


「やったー!」


 学校から帰ってきた結衣が、満面の笑みで抱きついてくる。

 その笑顔には、かつて父親の顔色を伺っていた時の陰りはない。


 離婚は無事に成立した。


 公正証書も作成し、給与差し押さえの手続きも完了しているため、達也からの養育費は今のところ(雀の涙ほどだが)振り込まれている。

 もちろん、それが途絶えたとしても生きていけるよう、私は資格の勉強をして正社員の事務職に就くことができた。


 私はキッチンでコーヒーを淹れながら、ふと通帳を開いた。


 そこには、あの時のへそくり「10万円」を元手に、少しずつ増えていく数字が記されている。


 あの日、達也が奪った10万円は、彼を破滅させる毒薬になった。

 けれど、私が守り抜いた10万円へそくりは、私と娘の新生活を始めるための「種」になった。


 お金は、使い方次第だ。


 そして「保険」とは、単なるお金の契約ではない。

 大切な人を守ろうとする「心」そのものなのだ。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴る。ネットで注文していた新しい靴が届いたようだ。


 達也がいた頃は、自分の靴一足買うのにも許可が必要だった。

 でも今は違う。


「はーい、今出ます」


 私は軽やかな足取りで玄関へ向かう。

 窓の外には、突き抜けるような青空が広がっていた。


 もう、雨は降らない。


 私の人生のハンドルを握るのは、私自身だ。

 安全運転で、どこまでも遠くへ行こう。


 無保険の代償を払い続ける彼を、バックミラーの彼方に置き去りにして。


(完)




最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


「無保険の代償」はこれにて完結となります。

因果応報、自業自得。

当たり前のことを当たり前にしなかった夫の末路を楽しんでいただけたなら幸いです。


もし「スカッとした!」「面白かった!」と思っていただけましたら、

下にある【☆☆☆☆☆】の評価欄から、星を入れていただけると執筆の励みになります!

ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします。


また、本作のような「因果応報・ざまぁ」や「ヒューマンドラマ」がお好きな方に、特におすすめの作品をご紹介します。

お時間がありましたら、ぜひ覗いてみてください。


【著者の別作品のご案内】


▼本作と同じ「モラハラ夫への制裁・離婚」を楽しみたい方はこちら

「お前は役立たずのクズだ」とモラハラ夫に罵られていた私、決意の離婚。~私がいなければ、あなたはプレゼン資料も作れない無能でしたね?~

[https://ncode.syosetu.com/n1678lj/](https://ncode.syosetu.com/n1678lj/)


『(長男)が専業主夫になりました。~「稼ぎも家事も妻以下」とウチの最強実母に論破された男の末路~』

[https://ncode.syosetu.com/n3568lj/](https://ncode.syosetu.com/n3568lj/)


▼理不尽な相手が「正論」や「現実」で完全論破されるカタルシスを味わいたい方はこちら

『「アレルギーなんて甘えだ」と娘にパンを強要した新担任。アナフィラキシーで搬送された病院で、医師に「それは殺人未遂です」と完全論破され、破滅するまで』

[https://ncode.syosetu.com/n9684lj/](https://ncode.syosetu.com/n9684lj/)


「『たかが忌引きだろ』と父の死を侮辱したパワハラ上司が、半年後に自らの行いで家族を失い再起不能になった件」

[https://ncode.syosetu.com/n6079lj/](https://ncode.syosetu.com/n6079lj/)


「高卒のくせに」と私を見下したエリート兄が、遺産を食いつぶしてゴミ屋敷の住人に転落した結果

[https://ncode.syosetu.com/n9784lk/](https://ncode.syosetu.com/n9784lk/)


▼少し重めのテーマや、社会派ドラマがお好きな方はこちら

優しい妹の飼育箱 ~毒親の檻から逃げ出した私は、より快適な牢獄で暮らす~

[https://ncode.syosetu.com/n9056lj/](https://ncode.syosetu.com/n9056lj/)


『D&I要件で不適格となった天才脚本家は、白人男性の汚名を着ながら、影で$500万ドルの傑作を書き上げる。』

[https://ncode.syosetu.com/n4258lj/](https://ncode.syosetu.com/n4258lj/)

「打算結婚の誤算。~俺は『親の財産目当て』という嘘を、死ぬまで突き通すことにした~」

https://ncode.syosetu.com/n3315ll/

『「ガラクタ」と笑われた820万円 ~アンティークドールを破壊した従姉妹が、全てを失うまで~』

https://ncode.syosetu.com/n9994lk/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ふと思ったが、違法改造および違法隠蔽までした車で保険入れるのだろうか。 工場が確認シール偽造してるから、保険金詐欺で無効になると思う。つまり違法車転がしてる時点で詰み。そして罪。 特に事実上の共犯だし…
保険料を払っていたとしても、違法改造された車の事故に満額は出ないだろうなぁ。 保険屋は支払う金は極限まで削るから、そんな美味しい欠点を見逃す筈がない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ