好奇犯
例えば、白く繊細な綿毛のように。
例えば、葉にしがみつく朝露のように。
例えば、一度きりの人生のように。
人間は──
儚い。
しかし、それでいて
非常に醜い。
僕は、あの夜見てはならない何かを見た。
見てはならないものを見た──。
あの日、僕は独り歩いていた。
適当な洋楽を流して、少し腹を鳴らして
夕飯のことを考えながら歩いていた。
僕はいつも帰宅する時に、近くのスーパーに寄る。
特に何を買うでもなく、ただその雰囲気が好きだった。
割引を待つ集団が、片手間に他の商品を物色する様子。
子供が退屈そうに母親のあとをついて行く様子。
今にも死にそうな顔で惣菜を買うサラリーマン。
それぞれの人生が、スーパーという1ページにまとめられる。
僕は、その日半額になった唐揚げを手に取り戻した。
理由は思い出せない。でも、量が少なかったとかそんなことだろうと思う。
何も買わずにスーパーを後にする。
少し歩き、古びたアパートの前にたどり着く。
金属の音が軽快に響く階段をのぼり、
自室の前に立つ。
不快な音を立て扉が開く。
その時、後ろから大きな罵声が降りかかる。
聞き馴染みのある声で、すぐに察した。
振り返ると、やはりあの老人であった。
老人は、同じアパートに住んでいる。
最近、ボケがかなりひどくなっていて自室がわからなっているらしい。
何度も勘違いで、怒鳴られていた。
「あんた、ここはあたしん家だけど!!」
「いや・・・違いますけど。」
「あぁ?あたしん家だて!」
不毛なラリーを繰り返す。
「わかりました。もう大家さんのところ行きましょう。」
「ああ好きにせえ。なして、わからんかね」
腹立ちというよりは哀れみに近い気持ちだった。
「あ、ちょっと・・」
老人が、階段をゆっくりと降りている。
『ポン』
僕の右手は、老人を引き止めるために触れようとした。
鈍い音が、段の数だけ響き渡る。
老人は死んだ。
階段から、転げ落ちて死んだ。
ありがちな言い訳をすると、殺す気はなかった。
しかし、その気がないかと言われるとどうだろう。
少しだけ考えてしまうかもしれない。
翌日、老人の葬儀があったらしい。
親族は、いないらしくアパートの住人にも声がかかったが
僕は行かなかった。
死因は、「事故死」。
僕は、この時初めて人を殺した。
また、何気ない一日が始まる。
夕方になり、音楽を聴きながら
スーパーに入る。
切れ味の良さそうな包丁をカゴに入れて、
店内を少し観察する。
やはりスーパーは、いい。
いろんな人の物語をぐちゃぐちゃにして、一ページにまとめられている。
一人に目星をつけて、スーパーを後にする。
そのあとは、先ほどの包丁でその人を刺した。
紅く染まるその手には、とんでもない匂いがこびりつく。
刺している時は、なんともグロテスクで泣き出しそうになった。
しかし、殺したあとの余韻はなんとも言い難い。
僕は、あの夜見てはならない感情を見つけてしまった。
他人の物語を、本を勝手に閉じる。
この行為に、何にも変え難い感動を覚えてしまった。
人間は、儚い。
長く生きようとして、延命するその姿はなんとも醜い。
死に際にこそ、人間の本質がある。
僕は、次々に他人の物語を醜いものから美しい物語へ変えていった。
わかっていたが、世間はこれを理解しようとしなかった。
僕は、裁かれ絞首台に立つ。
しかし、これで僕は美しくなることができる。
スイッチが押され儚く、僕は散れるはずだ。
地面が割れ、宙釣りになる。
『う』
短いその一声。
その声は
大変醜かった。
短編になります。
「責任」と続き、またもや似つかわしくない作品を投稿してしまいました。
連載中のシリーズ「消都の灯火」は、もう少し砕けたものになってますのでよければぜひ。
面白いと思っていただけたら、高評価していただけると励みになります。
本文に続き、後書きまで読んでいただき感謝します。




