第5話 手帳が囁く未来
夜の聖灰学院は、昼間とは違った静けさに包まれていた。
月光が高窓から差し込み、石造りの廊下に淡い影を落とす。
セリナは手帳を抱え、図書館の自分の席に座る。
ページには、まだ見ぬ文字が光を帯びて浮かび上がる。
――『最後の断片を取り戻せ』
文字は揺れ、微かな声のように響いた。
セリナは息を整え、ペンを握る。
代償の痛みは重い。しかし、迷いはなかった。
失われた声の断片を取り戻すためには、書き続けるしかないのだ。
「セリナ、私たちも行くよ」
結とリンがそっと席につく。
論理的な結と感情豊かなリン――二人の存在が、セリナに勇気を与える。
廊下を歩きながら、手帳が微かに光る。
黒い文字が浮かび上がるたび、世界が静かに揺れた。
それは、魔法の代償の印でもあり、奇跡の証でもある。
――『声を取り戻す覚悟はあるか』
セリナは深く息を吸い、文字を書き始めた。
ペン先が紙を走るたび、誰かの記憶が一頁分、そっと消える。
だが、セリナの心は揺らがない。守るべき人のためなら、代償を恐れない。
文字がページを埋め尽くした瞬間、手帳は静かに光を放ち、ページの隅から声が零れた。
――「……ありがとう」
セリナの胸に、かすかな感覚が戻る。
声――それは彼女自身の声ではなかった。しかし、失われた断片の手がかりは確かに掴んだ。
世界は少しだけ変わった。
そして、セリナの目の前に、次の道が広がる。
「これで……始められるね」
結とリンが微笑む。
蒼崎も遠くから静かに頷いた。
三人の絆、そして代償を知る勇気が、セリナを次の冒険へと導く。
手帳は静かに光を消し、白紙のページに戻った。
だが、文字の跡は消えず、確かに彼女の心に刻まれている。
――物語はここで一区切り。
だが、失われた声、代償、そして奇跡の行方は、まだ続く。
セリナは手帳を胸に抱き、夜空を見上げる。
星のように静かに輝く光に、未来を託すように。
お読みいただきありがとうございました。