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公爵家の心臓  作者: 綾呑
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二話 身のほど

「遅いじゃない。お父さまは忙しいんだから待たせるのはよくないわ」


 アルタスの執務室に入るなりアマリスはこれ見よがしに小言を口にした。


「でしたらいつものように、執事に言付けを頼めばよろしかったのではありませんか」


 そう言ったものの、壁際には執事長や侍女長など、筆頭使用人であるそうそうたる顔ぶれまでそろっていた。


「そういうわけにもいかない」


 ふいと藍色の目がそらされ、その態度にリネアの心がもやりと騒ぐ。


「とにかく座りなさい。重要な話だ」


 テーブルを囲み、アルタスとクラリッサが同じソファに腰かけ、空いている席はその向かいのアマリスの隣しかない。


 リネアは仕方なく、けれど気づかれない程度に距離を置いて座った。


「四日後、我が領にカルデロンの兵士たちが到着する予定だ」

「カルデロンって?」

「公爵家です。カルデロン公爵家は代々、戦争の英雄として国民から畏敬の念を抱かれています。貴族も、王室でさえも例外ではありません。ご存じありませんでしたか?」

「偉い人なのね!」


 現金に目を輝かせるアマリスに呆れてしまうが、リネアもその知らせに浮足立った。


「それでは、戦争は終わったのですか?」


 リネアの問いにアルタスは静かにうなずいた。


「カルデロンの猛攻により敵は主力を失い、退いたそうだ。大幅に戦力を削られたスーウェン帝国もしばらくは大人しくなるだろう」


 リネアの住むリーバニア王国はそれほど大きい国ではない。南は海、北は山々と自然にあふれているが、東西を大国に挟まれるようにして世界の一部に位置している。


 緑豊かな土地柄は、国が傾くような飢饉に陥ったことがないほど農林水産業が充実しており、そしてそれは国の利点でもあり狙われる理由でもあった。


「どれほどの人数が来られますか?」

「ざっと六十人ほどだ。戦いは熾烈を極め、長引いたせいでひどく疲弊しているだろう」

「けが人も多いでしょう。医者の手配をしなくてはなりません。それだけでなく、世話をする使用人も臨時で募集を……」


 リネアとアルタスで交わされる専門的な話に痺れを切らしたのか、アマリスがぱちんと手を合わせた。


「そんなすごい公爵が来るなら、おもてなしをしなくちゃ! 戦争に勝ったならパーティーを開いてあげたら喜ぶわ! お父さま、パーティーの準備は私に任せてちょうだい」

「いや……」

「辺境伯家である我が家が戦争の英雄である公爵家と縁を持てたら素晴らしいことだわ。ねえ、アルタスさま」


 一度は否定しようとしていたアルタスは渋い顔をして黙ってしまった。


 ――なにを迷うことがあるの!?


 リネアは膝の上で重ねた手をぐっと震わせる。


「正直に申し上げますが、パーティーをする余裕などありません。それにカルデロンのみなさまは休養のために立ちよられるだけです。かえって気を遣わせることになるでしょう」

「なんて冷たいの、リネア!」

「ただでさえ不必要な支出に頭を抱えているというのに、いったいどこからその費用と捻出するのですか?」

「なっ」


 不必要な支出がなにをさしているか察したアマリスは顔を赤くした。


 ――自分に招待状が来ないからって、私への招待状を使ってパーティーに出席しているのを知らないとでも思って?


 元平民、愛人の娘だったアマリスに集まりの招待状を送る令嬢は一人もいない。


 身のほど知らずな振る舞いをするから余計に腫れもの扱いされるのだ。せめて立場をわきまえて慎ましく過ごしていたなら、温情をかけてくれる人もいたかもしれないのに。


「っ……お父さま!」

「はあ。リネアの言うとおりだ」


 食い下がるアマリスにアルタスは首を横に振った。


「領民から徴収した税金は戦場へ向かうものたちへ、領民たちへ正しく使われるべきだ。アマリスもクラリッサも、これからは許可なく商人を呼ばないように」

「そんなぁ」


 もちろん、パーティーも開かれない。その決定が下されたことにリネアはひとまずほっとした。


「そして、ここからがお前たちを呼んだ理由だ」


 アルタスの視線はリネアとアマリスに向けられた。


「今回、軍を率いていたのは公爵ではなく彼の息子――ロデリック・カルデロンだ。歳も近く、クラリッサが言うように縁をつなげられたら我が家にとってこの上ない利になるだろう」


 カルデロンの子息は十八歳だったはずだ。アマリスが十八歳、リネアが十六歳、年齢を引き合いに出すということは、アルタスはそういうことを視野に入れているに違いない。


 ――誰がカルデロン公子の婚約者になるのか、こと結婚事情に関しては社交界で事欠かない話題だわ。


 まだ成人していないロデリックが打ち立てた武勲は、その注目をさらに加速させるだろう。


「六十人ともなると、兵舎を提供したほうがよさそうですね」

「まさかロデリックさままで兵舎に案内するつもりなの? あんな場所に!?」


 兵舎はシンプルな造りだが、それは実用性に富んでいるからにほかならない。貴族が住まう屋敷とは違うことをアマリスはまだわかっていないようだ。


「本邸と別邸にわけて通すにしても、格差を感じるものが出てくること考慮したら全員兵舎に宿泊してもらうほうが角は立たないと思いますが」

「だめよ! ロデリックさまは貴族でしょ? だったらロデリックさまだけでも本邸に泊まってもらうべきだわ」


 なにもロデリックだけが貴族なわけではない。カルデロンの騎士団ともなればそれなりの爵位家の令息がそろっているはずで、今回の戦争のために招集された兵士たちにも下位貴族は大勢いるだろう。


 否定するばかりのアマリスに嫌気がさして、リネアは助けを求めるようにアルタスに視線をやった。


 ――さすがにお父さまも呆れているわね。


 くさっても辺境伯家当主。愛人に傾倒せず判断力が残っていて本当によかった。筆頭使用人たちが固唾を飲んで見守るなか、リネアもアルタスの言葉を待つ。


「到着し次第、令息も含めて兵舎へ通す。四日後はあくまで予定、二日後までに受け入れの準備を整えろ。連絡事項は以上だ」

「承知しました」


 執事長や侍女長がさっそうと執務室を出ていく。このタイミングだとリネアも続こうとしたとき、背中に声がかかった。


「頼むぞ、リネア。丁重にもてなすように」

「わかっています」


 医者や使用人を集めているうちに時間はあっという間にすぎ、予定から少し遅れた六日後にカルデロンの一行はやってきた。


「ああ、とうとう来るのね!」


 二人でもてなすよう言いつけられたはずなのに、準備を手伝うそぶりも見せなかったアマリスはカルデロンが領地に入った報せを受けてからようやく重い腰を上げた。


 ――どうして恥ずかしげもなくこの場に立てるのかしら。


 これまで奔走していた使用人たちから白い目を向けられても厚かましくいられるのは、一種の才能だろう。


 ――もっとも、その才能が重用されることは絶対にないけれど。


 間もなくして馬の嘶きが遠くから響いてきた。


「お越しになったわ。彼らは国を守り抜いた英雄たち。粗相がないように」


 リネアが代表し、扉を開けた。

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