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公爵家の心臓  作者: 綾呑
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十二話 冬の訪れ

「長い間、お世話になりました」


 バーニー邸の前、列をなす馬車に次々と荷物が運ばれていく。領地から王都までもそれなりに時間がかかる。彼らの残る旅路が快適であるように支援が必要だった。


「どうかお気をつけて」

「令嬢も息災で」


 馬車の準備が整うまでサフィと軽い雑談を交わす。視界の端、見送りには人が多く、あちらこちらで別れを惜しむ一幕が垣間見られた。


「いずれ王都で開かれる戦勝パーティーに辺境伯と令嬢もぜひお越しください」

「ありがとうございます。招待状が届くのを楽しみに待っていますね」

「それと、無礼を承知でお聞きしたいことがあるのですが……」


 サフィは馬車の付近でてきぱきと指示を出すロデリックを一瞥し、声を潜めた。


「はい?」

「ロデリックさまのことをどう思われますか?」

「カルデロン公子のこと、ですか……?」


 リネアは目を瞬かせ、ロデリックに視線を向ける。真剣な横顔も美しく、包帯でぐるぐる巻きだったころの姿が懐かしく感じられた。


「……なにかあったか」

「あっ」


 じっと見すぎて視線が気になったのか、目が合った瞬間にロデリックはこちらにやってきた。


「邪魔をしてしまってすみません」

「構わない。問題が起きたか?」

「いえ、そういうわけではなく……」


 歯切れの悪いリネアにロデリックは腑に落ちない顔をした。


「こちらは問題ありませんので、ロデリックさまは出立の準備に専念してください。いつまでも門前に留まっては気を遣わせてしまいますから」

「お前の仕事でもあるんだが」

「指揮が分散しないようにしているんです」


 サフィはもっともらしいことを述べてロデリックをもとの場所へと戻らせた。


「公子は人の上に立つべくして立っておられる方なのでしょう」


 周りをよく見ているから些末なことにも気づいてくれる。努力を認め、肯定し、褒めてくれる。


「お二人は何度も私に感謝しているとおっしゃってくださいましたが、私も感謝しています。公子の言葉に、私は救われました」


 晩餐会でかばってくれたことをリネアは生涯忘れることはないだろう。


「寂しくなりますね」


 リネアは無意識のうちにつぶやいていた。短くない時間を過ごし、日常の一部となっていただけに心に穴があいてしまいそうだ。


「令嬢は……」

「それでは、出立する」


 なにかを言いかけたサフィの声はロデリックの号令によってかき消された。サフィがなにを言おうとしたのかも気になったが、リネアの足は自然とロデリックのもとへ動いていた。


「カルデロン公子」

「リネア」


 馬車があるのに馬にまたがったロデリックが視線を落とした。降りて目線を合わせようとするのを止め、リネアはわずかに口角を上げる。


「――」


 言葉が出てこなかった。謝罪も感謝も、伝えることはたくさんあるはずなのに。のどに引っかかったように、言葉になってくれない。


 ――なにか、言わないと。公子が困っているわ。


 はく、と息を飲んだときだった。


「次に会うときは」


 手綱から離れた手が、リネアの髪をそっとすくった。


「名前で呼んでくれ。あなたになら許そう」


 持ち上げられた毛束に優しく口づけをされる。


「っ!?」


 準備を手伝っていたメイドたちから黄色い歓声が上がる。


 ふ、と笑みをこぼしたロデリックは視線を上げ、リネアの背後にある屋敷へと流し目を向けた。


 ――アマリスたちに見せつけるために、したのよね、そうよね……?


 このことはメイドたちを通していずれアマリスやクラリッサの耳にも入るだろう。あれほど色目を使ったのに見向きもされなかったアマリスは屈辱に違いない。


「再びリネアに会える日を楽しみにしている」

「わ、私も……いつかまた、会いたいです」


 だんだんと声が小さくなるリネアの目線も落ちていく。だからリネアは気づかなかった。ロデリックの目が見張られたことを。


 ――でももうきっと、会うことはないでしょうね。


 浮足立った気持ちはすぐに沈んだ。


 辺境伯に代わり、リネアは領地運営に力を入れなくてはならない。屋敷を離れればあの二人がなにをしでかすかわからない。


 ――戦勝パーティーにも、行けないわ。


 リネアは上を向き、無理やりに笑顔を作る。いつものように淑女たる完璧な微笑みを。


「――」


 王都へ出立するカルデロンの一行を、リネアは最後尾の馬車が見えなくなるまで眺める。冷たい風に吹かれ、身震いしながら踵を返した。


 本格的な冬が訪れようとしていた。



 ◇◇◇



「――以上が、リネア・バーニーが置かれている状況になります」


 兵士たちがようやく家に帰れるころ、サフィにはまだ大きな仕事が残っていた。


「……間違いはないのだな」

「はい。複数の使用人から集めた証言ですので非常に残念ではありますが、令嬢は継母とその娘から……虐待を受けている可能性があります」


 額にしわを刻んだ本来の主人は瞑目し、深く息を吐いた。


 すっと開けられた赤い目は、息子よりかは柔らかい。しかし、報告の途中から鋭くなった目はしかと親子なのだと思い知らされ、心臓に悪いからやめてほしいとも思う。


「ロデリックとはどうだった」

「自然と会話されていましたが、それまでです。よき友人になれるといったところでしょうか」

「友にすらなっていないのか」


 別れ際、ロデリックはリネアに対して紳士然としながらも、それ以上の感情を持っているように見えた。


 ――自覚はないが、ないからこそ、あの様子だと時間の問題かと思いますがね。


 感情の起伏に乏しいロデリックだが、リネアにはずいぶんと心を寄せたほうだろう。


「残念だ」

「いかがなさいますか?」

「当初の……理想とは外れるが、計画を進める。急ぎバーニーへ書状を届けろ」

「御意」


 主は二通の書状をすでに用意しており、片方をサフィに、もう片方をぐしゃりとにぎりつぶした。


「ロデリックとも話がしたい」

「こちらへ来るよう伝えておきます。それと、こちらを」

「これは……レシピか?」


 仰々しく渡した紙の内容が単なるデザートのレシピで、訝しげな視線を向けられる。


「いつぞや、奥さまが食べたいとおっしゃっていた料理のレシピかもしれないと、ロデリックさまが令嬢から預かったそうです」

「そうか。では写しをとり、帝国にも送るように」


 あらかたの報告を終えたサフィは一礼し、部屋を出る。


 冬の兆しがあったバーニー領とは違い、カルデロン領はまだ日々の気温が不安定だ。今日は日差しと風が強く、窓の向こうで暴れる木々の枝が外へ出る意欲を失わせる。


 長旅の疲れがどっと押しよせたサフィは今すぐにでもふかふかの布団にくるまれたい一心だが、己に課せられた使命を一刻も早く果たさなければならなかった。


「令嬢のためにも、今は休んでなどいられない」


 サフィはぐっと背伸びをした。

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