十一話 反撃
今日のアマリスの装いは普段の豪勢なものとは異なり、艶やかな仕上がりとなっている。
体のラインが強調され、胸元が大きく開いたドレスはクラリッサと同様のデザインだ。色も合わせているようで、濃い紫色がリネアと系統がかぶっていた。
――むしろ、かぶせてきたのね。
アマリスはクラリッサの肩にこてんと頭を乗せ、ロデリックへ熱い視線を送る。
――こうして見ると、顔とスタイルはいいのよね。
異国の血が入っているらしいアマリスの顔立ちはかわいらしく、手足もすらりとしている。
クラリッサに教えられたのか自ら身につけたのかはわからないが、アマリスは自分を魅せる表現を心得ているようだった。
「認められたいのなら、それ相応のふるまいを――」
ロデリックはあざけるような笑みを、ゆらりと傾けたグラスへ向ける。
「いえ、立場をわきまえるべきでは?」
まるで部屋の温度が下がったかのようにぞくりと体が震えた。
「ロデリックさま」
サフィがゆっくりと首を横に振っていた。
「……失礼。他家の事情に首をつっこむものでもありませんね。このような場は久しぶりですので、どうかご容赦ください。その代わりといってはなんですが、許可なく名前を呼んだことには目をつむりましょう」
それから、ロデリックは再び口を閉ざしてしまい、代弁をするサフィと気まずそうなアルタスの話し声だけが響いていた。
出鼻をくじかれたアマリスは完全に拗ねてしまったようで、不服そうな表情を隠そうともしない。しかしときおり、ちらちらとロデリックを見ているが、当の本人は知らぬ存ぜぬをつきとおしている。
――かばってくれた、のよね?
父に否定されたばかりの傷ついた心には深く染み入る。どく、どくと静かに、けれど普段よりも心音が大きく感じた。
息を整え、リネアはちらりとロデリックの横顔を見る。
「っ」
横顔を見るはずが、ばっちりと視線が交差した。それでいて微笑まれるのだから、心臓が暴れても仕方はない。
そらした顔が熱くなるのも、見たことに気づかれた恥ずかしさからで。
――平常心、平常心……!
いやに意識してしまう心臓の音は、デザートを出すために持ちこまれた喧騒によってごまかされた。
お腹も満たされ、比較的まったりとした時間が流れたとき、ふいにロデリックから名前を呼ばれる。
「リネア」
「はい、なんでしょうか」
返事が裏返りそうになる。ロデリックの声が聞こえたことで自然とサフィとアルタスの会話も止み、緊張感のある静寂が流れた。
「このデザートについて教えてもらえないか」
「バーニー領でとれる果物を使ったゼリーです。お口に合いませんでしたか?」
「いや、そうではない。層ごとに違う果物が使われているのが、珍しいと」
ロデリックの声音にはどこか戸惑いが含んでいた。
「ああ、それは――」
説明しようとし、言葉がのどにつっかえた。
「それは、お母さまが考案してシェフに作ってもらったデザートなのです」
「母君が」
「はい。恥ずかしながら幼いころ、一度にたくさんのお菓子を食べたいとわがままを言ったことがありまして……」
それなら、と母は数種類の果物を用意し、層を重ねたゼリーを作ってくれた。層によって味や果肉の食感が異なり、飽きることなく食べられるのだ。
「これは、どこかで売られているのか?」
「手間もかかりますし、売られていないと思います。似たようなものは、どこかで売られているかもしれませんが」
「ふむ。では、どこで……?」
「お気に召したのなら、おみやげに持ち帰られますか?」
ロデリックは沈黙し、視線を下げた。
「ありがたい。ぜひそうしてもらおう」
よほど気に入ってくれたのか、リネアも嬉しくなる。
「シェフに伝えておきますね。よければレシピもお渡ししましょうか?」
「いいのか?」
「隠すようなものでもありませんよ。言ってしまえば、ただの手間がかかるゼリーですから」
「つくづく、令嬢には礼を尽くさねばならないな」
ふ、と笑みをこぼしたロデリックに、リネアもくすりと笑う。
「そんな、大げさです」
それから、間もなくして晩餐会は終了した。ロデリックとサフィ、アルタスは話すことがあるということで、一足先に女性陣だけが食堂を出ることになった。
――私のゼリーだけ果肉が多かったように思えたけど、気のせいよね?
お腹周りに少しの苦しさを覚えながらリネアは一人、自室へと戻る。薄暗い廊下は肌寒い。
「ちょっと!」
アマリスは体にフィットするドレスに苦戦しながらも足早にリネアを追ってきていた。無視をしてもよかったが、これで最後だと思えばアマリスの話も聞いてもいいと思えた。
「なんでしょうか?」
体の向きを変え、アマリスと正面から向き合う。
「なんで教えてくれなかったの!?」
「なんのお話でしょう」
「とぼけないで。ロデリックさまがあんなに格好いいなんて、どうして黙ってたのよ!」
あ然とするリネアをよそに、アマリスはさらにまくしたてる。
「どうせ私にとられたくなかったんでしょ」
こうも話が通じないとなると、アルタスも洗脳されているのではとさえ勘ぐってしまう。
――そんな不思議な力があったら、とっくにこの家は終わっているでしょうけれど。
リネアは深くため息をつく。
「なぜあなたに公子のことを伝える必要が?」
「は?」
「そもそも、公子に醜いと吐き捨てて辺境伯の命を放棄したのはどなたですか? あなたが今、そうして着飾って温かい食事を食べられたのも、公子が寛大な心をお持ちだったからにほかなりません」
アマリスの顔が歪んだ。
「もし外でそのような態度を続けられるならば牢に入ってもおかしくありませんので、ご自身の発言には責任をお持ちください。私も、あなたみたいな浅ましい方がバーニー家の一員だと知られるのは、恥でしかありませんから」
にこりと完璧な顔を作って微笑んでやる。
「……ッ」
直後、頬に鋭い衝撃と、破裂音が響いた。激昂したアマリスにぶたれたのだ。リネアはそっと頬をさする。
耳をつんざくような声は、きっと聞くに堪えない罵声を浴びせてきているのだろう。しかし、彼女の声はどこか遠く、この優秀な耳は雑音としか認識しない。
――もう、いい。
これまで何度アマリスやクラリッサにぶたれたことか。しかも顔を、手加減なく。
――私はとっくに、限界だったのね。
父に反抗し、それを子どものわがままだと退けられたとき、否、きっともっと前から。
「――ぅッ」
リネアは彼女たちがしてきたように腕を上げ、振りぬいた。ばちん、と二度目の音が雑音をかき消す。
「立場をわきまえなさい。忠告されたばかりでしょう? ああ、もしかして……つい先ほど言われたことすら忘れてしまうほど頭が弱かったのでしょうか。だから優秀な家庭教師をつけても成長できなかったのですね。そもそもレベルが違うのですから」
リネアはじんじんとする手の痛みに耐えながら口を回す。
「次からは幼子向けの家庭教師を用意しますので、ご安心ください。それでは夜も更けてまいりましたので……おやすみなさいませ」
リネアはその場にへたりこんだアマリスを放置し、踵を返した。まさか反撃されるなど夢にも思っていなかったようで、アマリスは唇を震わせるだけである。
「……――驚いた」
人前で貶されたリネアを案じ、辺境伯との話をサフィに丸投げし、こっそりあとを追ったために一部始終を目撃したロデリックは目を瞬かせ、そう率直な感想をこぼすことしかできなかった。