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公爵家の心臓  作者: 綾呑
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十話 冷える晩餐

「ぐるぐる巻きの包帯姿で、どうやって食べるっていうのよ。はあ……あんな醜い人と一緒だなんて、せっかくのご飯がまずくなっちゃう」


 執事長の呼びかけがあったにもかかわらず、アマリスはふてくされた声でつぶやいた。


「早くしないと料理が冷めちゃうわ。いつまで待たせるの?」

「でしたら先にお食べになったらいかがでしょうか?」

「え?」

「みなさまわかってくださりますわ。躾がなっていないことは周知の事実ですから、いまさら失望などされませんので安心して召し上がってください」

「な、な……なんですって!?」

「アマリスさまが我慢できないそうだから、彼女の分だけ運んでくださるかしら?」


 リネアが近くのメイドに声をかけたとき、アルタスがそれを止める。


「やめなさい、二人とも」


 憤慨するアマリスと言葉も出ないクラリッサに視線をやり、リネアはふっと口角を上げた。


「あら。躾ができていないのは夫人の責任ですのよ? 娘の教育を怠り、お客さまばかりに現を抜かして――」

「この、言わせておけば……っ」

「やめろと言っているではないか!」


 どん、とアルタスがテーブルを叩いたのと同時、がちゃりと扉の開く音がした。


 ――私って、こんなことも言えたのね。


 今まで反抗せずに堪えてきたことがばかばかしく思えるほど、二人を貶す言葉がすらすらと口からこぼれた。


 もう少し遠回しな言い方があったのではないかとか、どうせなら客人たちの前で取り乱すよう調整すればよかったとか、いらぬ反省をしてしまう。


「立ち寄りだけでなく、こうして晩餐をともにする機会をいただけたことを光栄に思います」

「バーニー辺境伯。戦団を代表し、ロデリック・カルデロンが感謝を申し上げます。後日にはなりますが、公爵からも改めて誠意が示されるでしょう」


 我に返ったときにはすでに、ロデリックとサフィはテーブルのすぐそばに立っていた。足音を聞き逃すほどに一人反省会に熱を入れてしまったようだ。


 急いで、けれど慌てずに顔を向ければ、ロデリックと目が合った。


 騎士服を身にまとい、紳士然と整えられたベージュの髪は目を奪われるほどの美貌に拍車をかけている。伏せがちに向けられる流し目が儚さを演出しており、食堂にいる誰もが息を呑んだ。


「さあさ、立っておられずお座りください。食べながら話しましょう」

「ええ、そうですわ。ぜひ娘の隣に――」

「では、お言葉に甘えましょう。サフィも俺が座るのを待たず、席につけ」

「失礼いたします」


 ロデリックは自然にリネアの隣へと足を運び、もちろんサフィもそのあとに続いた。


 無視された形となったクラリッサはぴくぴくと頬を引きつらせているが、リネアが気になったのはその横。恍惚とした表情でロデリックを視線で追いかけるアマリスだ。


 ――公子が見惚れるほど美しいのはわかるけれど。


 なんという変わり身の早さだろうか。口を半開きにし、心なしか頬も染めているように見える。


 ロデリックとサフィが着席すると、温かな料理が運ばれてきた。


「どうですか。口には合いますかな」

「ええ。特にこの鹿のローストは絶品ですね。ロデリックさまもたいそう気に入られております」

「そう、ですか。それはよかったです」


 晩餐会は和やかな雰囲気で進んでいるが、リネアはなんとも居心地の悪さを感じていた。


 ――最初の挨拶から、公子が一言も話していない……。


 アルタスやクラリッサがどれだけ問いかけようと、答えるのはすべてサフィである。和やかではありつつも今やにこやかなのはサフィだけで、どこかぎこちない空気が張りつめていた。


「そちらはカルデロンのみなさまが狩ってくださった鹿です。せっかくですので料理長に頼み、調理してもらいました」

「おや、そうだったのですか。どおりで肉厚だと思いました」

「ふふっ。今ごろ、兵士たちにもふるまわれているでしょう」

「部下にまで気を回してくださるとは。令嬢は本当にできたお方です。気立てもよく指揮官としても優秀で、辺境伯は鼻が高いのではありませんか?」


 黙々とナイフとフォークを動かすロデリックを挟んでの会話は、サフィによってアルタスへと戻された。


 アルタスは口元を布巾で軽く拭い、サフィに顔を向ける。


「まだまだ未熟な子です。屋敷の管理も甘く、王国の守護を担う後継者として――」

「辺境伯の目は節穴のようですね」


 色のない声はアルタスの口を強制的に閉ざすには十分すぎた。


 続けられた「だから人を見る目がないのだな」という長いため息は、おそらく隣に座るリネアとサフィの耳しか拾えていない。


「当主不在のなか、令嬢の立ち回りは目を見張るものがありました。というのも、カルデロンの名を背負うからには、それは高い矜持を持つものが何人もおりまして。なにせカルデロンだけでなく、彼らの家門の名誉もかかっていますのでね」


 ロデリックが凍らせた空気を意にも介さず、サフィはいつもの、否、いつもより少し明るい調子で話を進める。


「我々が快適に回復することを願い、誰一人区別することなく平等に接してくださった令嬢のおかげで、こちらもよく統率がとれました」

「令嬢の働きが辺境伯には正しく伝わっていなかったようですね」


 二人から手放しに褒められ、リネアはどきどきしてしまう。微妙な顔をする三人がいなければこの引きしめられる頬は綻んでいた。


 ――子爵はともかく、公子ってこんな方だったかしら!?


 令嬢たちの注目の的になる理由は、この美貌だけではないのだろう。


 戦場に立つものとしてのロデリックは氷のような冷たさと人を従えるための威圧感を持つ。言ってしまえば近寄りがたい雰囲気だ。だが、貴族令息としてのロデリックは別人と見紛うほど優雅である。


 ――日のさす窓辺で本を読んでいても絵になるわ。


 指先にいたる所作まで完璧で、リネアも見習いたいくらいだ。


「ロデリックさまは優しいんですね」


 アマリスが頬に手を添え、上目づかいでこちらを見ていた。正確に言うならば、ロデリックを。


「お世辞でもリネアのことを褒めてくれてありがとうございます。本当なら私もみなさんに寄り添うはずだったんですけど、リネアがはりきってしまって手伝わせてくれなくて」


 アマリスは頬に手を添え、わざとらしく眉を下げた。


 ――気にくわなくて、どうしてもケチをつけたいのね。


 手伝わせなかったのではなく、アマリスが手伝わなかっただけだ。リネアはうんざりしながら水が注がれたグラスを持つ。


「リネアからはまだ、バーニー家の一員として認めてもらえていないから仕方ないことなんですけれど……」


 うるうると翡翠の目を潤ませたアマリスはそっと視線を落とした。


「まあ、アマリス。リネアが認めなくても大丈夫と言ったじゃない。あなたはもうれっきとしたバーニー家の一員なのだから胸を張って」


 クラリッサに抱きよせられたアマリスはぽろぽろと涙をこぼし、上目づかいでロデリックを見ていた。


 ――あれ、もしかしてこれ……私を貶しながらロデリックさまを誘惑している!?


 リネアは吹き出しそうになる水を、なんとかごくりと飲みこんだ。

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