プロローグ
「エレノア・アメリア・ブレンシュタイン、今日この時をもってお前との婚約破棄をここに宣言する」
皇太子アルベルトはそう声高々に宣言し、隣に立つ新たな婚約者に笑いかける。
すると婚約者であるメリー・クリスティーン・ブラントン子爵令嬢は嬉しそうな顔で皇太子を見つめ返す。
アルベルトに婚約破棄されたエレノアはその場に崩れ落ち、絶望した。
サファイアのように輝く青い瞳からは、宝石のような雫が溢れ、頬を伝い床に黒いシミを作る。
「エレノア、君は数多くの罪を犯してきた。俺の侍女……いや、今は婚約者のメリーをいじめ、時には暴力まで振るったそうじゃないか。それだけじゃない、違法薬物の流通、他国との武器の取り引き、人身売買と様々な犯罪に関与している。そして極めつけは──君の実母、前公爵夫人の殺害容疑までかかっている」
「……え?」
その言葉にエレノアは目を見開き驚いた。
実の母はエレノアが幼い頃、病で倒れて亡くなってしまったのだ。
「この事実が無ければ、我々はエレノア。君に甘い刑罰を言い渡し、国外追放で終わりだった。しかし、殺人は重罪だ。罪人、エレノア・アメリア・ブレンシュタインを死刑に処す。さっさと彼女を地下牢に連れて行け」
アルベルトは近くの騎士に命じると、彼らはすぐにエレノアを取り囲む。
「……ちがう」
「……何か言ったかい?」
エレノアの小さな呟き声にアルベルトは首を傾げる。
エレノアはもう一度口を開き、話そうとするが、彼女の声を遮るようにエレノアの横に立つ公爵がこう言った。
「殿下、こんな罪人は早く地下牢へ入れてしまいましょう!私も実の娘の犯した罪に加担はしてしまいましたが、それは娘を愛していたからです。しかし、先日最愛の妻を娘が殺したと知ってしまい、私は今までの罪を深く後悔し、この事実を公にしなければならないと覚悟を決めたのです。」
エレノアは父の発言を聞き、今まで我慢してきたことは全て無駄だったのだと悟った。
何故か家族に冷遇される自分が悪いのだと、そう思い家の為に尽くしてきた。
そうすれば、殴られる回数も減ったから。
しかし、結局自分は捨てられたのだ。
無実の罪で、実の父親に売られたのだ。
「どうか、最後の親心を理解してくださいませ、殿下。娘が何を言おうと、彼女は殺人犯なのです。彼女初見を償わ無ければ行けません!早く、彼女を地下牢へ!」
父の言葉を聞いた貴族たちは、公爵に心底同情し、エレノアを罵倒し始める。
「まあ、なんということなの!ブレンシュタイン嬢は悪魔の化身ではありませんか?」
「ブレンシュタイン嬢は実母を殺害したのか?!」
「なんと恐ろしい!公爵も一体どれだけの悲しみを抱えているのでしょう!」
「確か、公爵家には公子もいたはずです。噂では、異母兄弟の公子をいじめていたそうじゃありませんか!」
ホールに集まった貴族たちは口々にエレノアを罵倒し、軽蔑の眼差しを向ける。
そしてそれとは対照的に、父へは同情の籠った視線を向ける。
母は病死だった。
それを父が知らないはずがない。
なぜなら、母が病で倒れ、亡くなる寸前で父が医者を派遣しに別邸まで来たのだから。
別邸ではまともな食事すら与えられず、たまに来る祖母は母に酷い嫁いびりをして髪を引っ張ったり、顔を叩いたりした。
母は彼らのせいで食事中に体を崩し、免疫力が弱まり流行病にかかって死んでしまったのだから。
実質祖母と父が殺したようなものである。
父は存在しないはずの殺人罪をエレノアに被せ、自分の罪を軽くしようとしたのだろう。
結果、皇太子は同情して父の罪を減刑し、何とか爵位と領地を守ることに成功したらしい。
実の娘の命と引き換えに。
「……公爵、そなたは罪を犯した。しかし、愛する女性を娘に殺されたともなれば、あなたは被害者です。全てが貴殿の責任ではない」
「……」
エレノアは静かに涙を流した。
エレノアは確かに悪女と呼ばれるにふさわしい女性だった。しかし、それもこれも公爵家の人間が彼女にしてきた所業のせいだ。
そんな人間たちが許されて、無実の罪のせいでエレノアが処刑されるだなんて、神はどうしてこうも無慈悲なのだろうか。
「公爵、さあお立ち下さい。あなたの罪もいずれ裁かれるでしょう。しかし、それは今日ではない。騎士は彼を西宮に案内しろ」
アルベルトは公爵に手を差し伸べ、彼を許す道を選択した。
父は騎士に連れられて、丁重に西宮殿の客室へと案内された。
それとは正反対に、父親に無実の罪をでっちあげられた哀れなエレノアは、騎士に連れられて地下牢へと連れて行かれた。
「早く入れ!罪人!」
「いや、離して!」
「うるさい!」
エレノアは騎士に地下牢へと強く押し込まれ、床に倒れ込む。
ガシャンと音がして扉の方を見ると、鍵が掛けられてしまったようだ。
彼女は冷たい地下牢で涙を流し、声を上げて泣き叫んだ。
「うわああああ!」
幼い頃からエレノアには家族なんていなかった。
母が病で倒れてから、エレノアは本邸に連れて行かれたが、そこで待っていたのは父と祖母、そして父の内縁の妻──不倫相手のエミリーとその息子だった。
エレノアはいつも実父と義母、祖母に虐められ、異母弟からも罵倒を浴びせられる日々を過ごし続けた。
母が亡くなってからは更にあたりは強くなり、彼女に手を差し伸べてくれる人間は誰もいなかった。
家庭教師も使用人も、誰も彼もが彼女を苦しめた。
そんな中で受けたストレスを発散するように、社交界では自分がされてきたことと同じことを、自分より下の身分の貴族たちにしただけなのだ。
だってそれしか、エレノアは知らなかったから。
エレノアの周りの大人が教えたことは、他者を見下し虐める方法だけだったから。
哀れなエレノアは、神殿で洗礼を受けてミドルネームを手にした日を思い出した。
神官は「神はいつもあなたを見守っている」と言い、新たな名を口にした。
アメリアという新たな名が自身を守ってくれると、そう言った。
しかし、実際は守ってくれるどころかエレノアを地獄へと突き落としたのだ。
「……あはは、神様なんて、いなかったんだ。この世界にいたのは、醜い顔を隠した悪魔だけだったのね」
それから一週間後、エレノアは王都の中心にある広場の処刑台の上に上がった。
ギロチン台に手と頭を通すと、目の前には鬼のような形相の国民たちの姿があった。
その中には、罪が減刑された父と自分を散々虐めてきた義母と異母弟の姿もあった。
彼らと目が合うと、父と義母、異母弟はニヤリと口角を上げ下品な笑みを浮かべた。
「これより、罪人エレノア・アメリア・ブレンシュタインの死刑を執行する」
死ぬことへの恐怖はなかったが、エレノアは彼らに対する恨みと憎しみの炎を燃やした。
「早く殺せ!」
「母親を殺した悪魔!」
「お前のせいで!俺の娘は死んだんだ!」
多くの民衆はそう叫び、エレノアに石やゴミを投げつける。
石やゴミが顔にあたり、あまりの痛みに顔を顰める。
「……どうして、どうして私ばかりこんな目に遭うの?」
鈍い痛みに歪む視界の中、エレノアは小さく呟いた。
「……呪ってやる、絶対に許さない」
エレノアが真っ直ぐ父を見つめそう言った瞬間、ギロチンの刃が降りたその瞬間、エレノアは闇の魔力を手に覚醒し、邪悪な力で処刑台を破壊する。
「きゃあああっ!」
「ま、魔法使い?……いや、違う!これは!」
「魔女だ!絶滅した闇の魔女が復活したぞ!」
エレノアは魔女として覚醒し、自身を傷つけた全てを破壊しようと力を振るう。
そして近くにいる処刑人に向かって邪悪な力を放ち、彼を殺そうとした。
「死ねぇぇえええ!」
「うわあっ!」
処刑人の悲痛な叫び声が広場に響き渡る。
「させない!」
そんなエレノアの前に神聖力を持つ、皇太子の婚約者メリーが現れる。
彼女は処刑人を守るように、祈りを捧げ彼を助ける。
そして神聖力でエレノアの力に対抗する。
「許さない……許さない、許さない、許さない!」
「……くっ!」
エレノアの力に押されるメリーだが必死に、国を守るため祈り続ける。
そして彼女もまた、何十年も前に消えた聖女へと覚醒し、全ての力を注いでエレノアを聖なる力で囲う。
「くっ……どうして、どうして私ばかり!」
エレノアが驚き、涙を流す。
その表情には深い絶望と悲しみの色が滲んでいた。
その時、エレノアの邪悪な力は弱まり、隙ができた。
皇太子、アルベルトはその隙を逃さぬように剣を構え、エレノアへ振りかざす。
「エレノア」
「……殿、下?」
数秒後、真っ赤な血が流れ、ゴロンと彼女の首が地面に転がった。
意識が消える瞬間に聞こえた大きな歓声を最後に、エレノアは死んだ。
彼女は初恋の元婚約者、アルベルトの手によって。
彼女の死後、皇太子アルベルトはメリーと結ばれ、いつまでも幸せに暮らした。
ブレンシュタイン公爵は、大金を支払うことで、名誉である爵位と領地、そして大切な愛する家族を守った。
異母弟は悲劇の少年と呼ばれ多くの同情を受けながらも、隣国の王女を娶り公爵位を継承した。
エレノアの呪いの言葉はこの国になんの不幸ももたらさず、彼女の憎悪は誰に知られることもなく消えてしまった。
皆様、初めまして。
作者のメロンクリームソーダです。
こちらのサイトでは初投稿になります。
この物語は悲劇の悪女……の母親に転生した女性が、自分の前世と娘の人生を重ね、今度こそ娘と自分の運命を変え、幸せになろうとする異世界転生ロマンスファンタジー作品になります。
次話から本格的に動き出していきますので、ご興味がありましたらぜひ読んでみてください。
拙い文ではありますが、この物語が誰かの心に残っていただければ嬉しいです。