第1話:妹に彼女ができてたのを知った(03)
俺は今、リビングのソファに座っている。その向かい側には二人の女子高生が並んで座っていた。
リビングの窓が大きく開けられており、爽やかな春風が室内に吹き込み、それまで漂っていた妙な匂いを綺麗に拭い去ってくれている。
艶やかな黒髪を持ち、均整の取れた体型だが起伏には欠ける少女——それが俺の愚妹、羽倉愛乃だ。
自分の計画を俺に邪魔されたせいで、彼女はあからさまに不機嫌そうな目で俺を睨んでいる。その視線は普段より数段鋭く、まるで刃物のようだ。
愛乃は俺に下着が見られることなど気にもせず、無造作に脚を組んでいる。
まったく……こいつ、顔は悪くないのに女性らしさがゼロだなんて、本当にもったいないよな。
そんな愛乃と鮮やかな対比をなしているのが、隣で端正な姿勢を保ったまま座っている桜海縁だ。
制服の乱れがまだ直っておらず、襟元が少し曲がっているのだが、その微妙な乱れがむしろ彼女をより一層魅力的に見せている。
何度も顔を合わせているはずなのに、こうして改めて向き合うと、なぜか俺は落ち着かない気持ちになってしまう。
というのも、彼女は同年代とは思えないほどの美貌の持ち主だ。艶やかな亜麻色のショートヘアと神秘的な紫紺色の瞳を持ち、どこか異国的な雰囲気すら漂わせている。
雑誌やテレビでアイドルのグラビア写真を何度も見たことがあるが、桜海ほど強烈なインパクトを与える人は一人もいなかった。
彼女に比べれば、有名なアイドルでさえ霞んでしまう。『絶世の美少女』と表現しても決して大げさじゃないだろう。
さらに問題なのは、愛乃より小柄な体格なのに、胸は圧倒的な存在感を誇っているということだ。この年齢の女子高生にはありえないほど、規格外の暴力的なボリュームだ。
愛乃が関東平野だとすれば、桜海は間違いなく富士山だろう。
いや、ちょっと待て。こんなことを考えてる場合じゃない。
実は俺はあまり桜海と向き合うのが得意ではない。単に彼女が美人だからというだけではなく、なんというか……彼女が家に遊びに来るたび、なぜかいつも謎の視線を感じてしまうのだ。しかし振り返っても、特に怪しい様子はなく、気のせいだろうと自分に言い聞かせることを繰り返してきた。
桜海ほどの美少女なら、学校で言い寄ってくる奴はいくらでもいるはずだし、彼女が俺に興味を持つ理由なんて全く見当たらない。だからやっぱり、俺の思い過ごしだろう。
ふと見ると、桜海が不安そうな視線で俺の顔を窺っていた。
「えっと……あたしの顔、何か変ですか?」
「ちょっと、バカにいさん!さっきから何じろじろ見てんの?まさか……!にいさん、縁ちゃんを狙ってるんじゃないでしょうね!?」
やばい、どうやら黙り込みすぎたようだな。というか愚妹よ、お前が桜海を好きなのは知ってるが、露骨すぎないか?そんなの、わざわざ『じっちゃんの名にかけて』推理するまでもないぞ。
愛乃は頬を膨らませながら桜海に抱きつき、俺に向けて威嚇するような視線を送ってきた。
お前は猫かよ?
「愛乃、お前の妄想力すごすぎだろ。俺はただ変な匂いがするのが気になっただけなんだけど、心当たりあるか?」
「えっ!?な、ないよ〜!にいさん何言ってるの!?ここにはわたしたち三人しかいないし、変な匂いなんてしないよっ!」
――お前、その早口はラップ向きだな。愚妹にこんな才能があったとは驚きだ。
愛乃は慌てながらも、桜海に助けを求めるような視線を送った。
「羽倉先輩、先輩が帰ってくる前に、あたしと愛乃ちゃんがちょっと運動してまして……。その、恥ずかしいんですけど、多分その匂いは――」
運動ね……ある意味では間違っていないが。
言いかけた桜海は唇を引き結び、白い頬を赤く染めながら俯いてしまった。その姿が小動物のようで妙に可愛く、俺の胸を刺激してしまう。
可愛い……
美少女にこんな反応されるのは反則すぎだろ。もしこれが演技なら、恐ろしすぎる。
「ねえ〜、にいさん、いつまでここにいるつもり?ゲームのアップデートが大事だから邪魔すんなって言ったの、にいさんでしょ?なのに何してんの?」
お前がまた桜海に変なことをするのが心配だから、戻れないんだよ。
「お前が俺の予定を気にするとはな……今夜は赤い雨でも降るのか?」
「ひっどー!せっかく人が気を遣ってるのに!」
ハハハ、それはいいジョークだ。お前は俺が邪魔なだけだろう?
「ふふっ」
俺と愛乃が口喧嘩をしている様子を見て、桜海が笑い出した。
「どうしたの、縁ちゃん?」
「ううん、なんでもないよ。ただ、兄妹が仲良くて羨ましいなって思って。あたし一人っ子だから、お兄ちゃんが欲しかったなあ」
「ええ〜っ?うちのバカにいさんなんてダメだよ!冷たいし、口うるさいし、モテないし!」
おい、最後の一言余計だろ。愚妹よ、覚悟しろ。明日は激辛カレーを作ってやる。
「ひぃっ!?」
俺の視線を察知した愛乃は身震いしながら俺を見つめた。
なるほど、そんなに楽しみか。明日はハバネロを買ってきてやろう。
「ゲームのアップデート……先輩、オンラインゲームやってるんですか?」
「あ、ああ。『Primordial Continent』っていうMMO RPGなんだけど、桜海は知ってる?」
「はい、学校でもやってる男子が多いって聞いてます。でも、あたし、そういうゲーム苦手なのでやったことはないんですよね」
ゲームとはいえ、『Primordial Continent』はプレイヤーの運動神経をかなり要求する。最新の技術を使って意識をネットに直接接続し、脳でキャラクターを動かすVRゲームだからだ。
運動神経の悪い人間にはあまり魅力を感じられないのだろう。
そんなことを考えているうちに、俺の視線は自然と桜海の胸元に移動してしまった。
すると、次の瞬間、不機嫌そうな顔をした愛乃が俺と桜海の間に割り込んできて、俺の視線を強引に遮った。
「ちょっと〜、バ・カ・にい・さん〜?今、どこ見てたのかな〜?」
「俺はただ、この世界の理不尽さを噛み締めていただけだ。人生は生まれつき不公平だってことを再確認していただけだよ」
「ぬぬぬっ!!」
俺の挑発じみた言葉を聞き、愛乃は頬をますます膨らませた。
これ、つついたら爆発するんじゃないか?
好奇心に負け、俺は許可なく指で愛乃の頬をつついてしまった。愛乃は涙目で俺を睨み、いつ飛びかかってきてもおかしくない雰囲気だ。
すると、愛乃に抱きしめられていた桜海もそれを見て笑いながら、俺を真似て愛乃の頬を軽くつつき始めた。
「ちょ、縁ちゃん〜!くすぐったいよ〜!」
好きな相手に触れられた途端、愛乃の表情はすぐに柔らかくなった。
ほんと、分かりやすい女だな。
「ところで、愛乃。晩飯の材料は買ってあるのか?」
「あ……忘れてた」
「ちょうどよかった」
「?」
愛乃は頬をさすりながら、不思議そうな顔で俺を見つめた。
晩飯まではまだ時間があるから、今からなら店も混んでないだろう。
「最近近くに新しくできた焼肉屋が評判いいらしいけど、試しに行ってみないか?」
「焼肉!?やったー!行く行く〜!」
愛乃はソファから飛び跳ねて喜んだ。
おいおい、子供じゃないんだから恥ずかしい真似はやめろっての。
「桜海も一緒にどうだ?」
「え?あたしもご一緒していいんですか?」
「一人増えた方がにぎやかでいいし。嫌じゃなければ付き合ってくれないか?俺一人だと、この愚妹を抑える自信がないからな」
俺は嬉しそうに盛り上がっている愛乃に目配せをすると、桜海は苦笑を浮かべて頷いた。
「そうだよ〜!縁ちゃんも一緒に行こうよ〜!今日はにいさんのおごりだから好きなだけ食べていいよ!」
おい愚妹、『遠慮』って言葉知ってるか?
「ふふっ、じゃあ、お邪魔じゃなければぜひご一緒させてください」
「じゃあ、二人とも準備してくれ。10分後くらいに出発しよう」
俺は二人に出発時間を伝えると、先にリビングを離れ、自分の部屋へ着替えに戻った。
「はぁぁ……」
部屋のドアを閉めた後、俺は胸の中に溜まったプレッシャーを吐き出すように大きくため息をついた。
これが二人にとって最後の食事にならないことを願うばかりだ――。