第1話:妹に彼女ができてたのを知った(02)
衝撃的な光景に、俺はその場で固まったまま、どう反応すればいいのか分からなくなった。
俺の記憶では、桜海縁は明るくて誰とでも仲良くできる美少女だ。礼儀正しく、話題も豊富で、時々おとなしい一面も見せることがある。まあ、一言で言えば、広い意味での優等生というやつだ。
そんな優等生が、俺の愚妹と百合劇を繰り広げているとは……。
俺は夢でも見ているのかと思い、自分の頬を強くつねってみる。
いてぇ——
どうやら夢ではないらしい。
そういえば今朝、愛乃には「今日は帰りが遅くなる」と伝えていた。その時、あいつは妙に嬉しそうにしていたが、そういうことだったのか……。
俺がどうすればいいか悩んでいる間にも、ソファーの二人は自分たちの世界に入り浸っていた。強気な性格の愛乃が完全に主導権を握り、桜海をソファーに押し倒し、まるで獲物を捕えた獣のようになっている。
愛乃は頬を桜海の首筋に擦りつけながら、左手で彼女の細い腰を撫で、右手でその豊かな膨らみに触れ、優しく揉み始めた。
細い指先が桜海の体をなぞるたびに、その白磁のような肌は徐々に赤みを帯び、水気を含んだ唇からは熱っぽい吐息が漏れている。
桜海から漂う同年代離れした色気に、俺はつい視線を奪われてしまった。
股間から妙な痛みが伝わってきてようやく、俺はハッと我に返った。
いやいや、こんなに見入ってる場合じゃないだろ……。
実の妹が同性を好きになり、それだけでなく、こっそり相手を家に連れ込んで「行為」に及ぶなんて……。
あまりにも衝撃的な事実に、頭が追いつかない。
だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。何か手を打たないと。
同性同士の恋愛は世間一般の恋愛観とは違う。そもそも、俺の両親が愛乃と女性が付き合うことを絶対に許すはずがない。
うちの両親はかなり保守的で、西洋の「寛容」文化を毛嫌いしている。当然、俺自身も同じ考え方だ。
最悪の場合、愛乃は家から追い出されるかもしれない。それはあいつにとってあまりにも重すぎる。
俺は推測する。今の愛乃の恋はただの一時の衝動かもしれない。しかし、愛乃の性格を考えると、別れろと説得したところで、絶対に聞くはずがない。むしろ、この年頃のやつらは、反対されればされるほど意地になるものだ。
恋が人を盲目にする。だからこそ「Fall in Love」なんて言葉もあるわけで。
俺と愛乃はただの普通の兄妹だ。昔は仲が良かったが、いつからか距離ができてしまった。だが、それでもあいつは俺の妹だ。俺はあいつのために何かしてやらないと。
愛乃を不幸にさせるわけにはいかない、自分の選択を後悔させたくない、両親との関係を壊すわけにもいかない……。俺は、絶対に……!
俺は、愛乃のために動こうとしているのか……?
笑わせるなよ……兄貴ぶっておきながら、ラブラブなカップルを無理やり引き裂き、妹の幸せを勝手に決めようとしているなんて。
もちろん、自分が傲慢で最低なことをしているのは分かっている。それでも、俺は決めた。心配している未来を防げるなら、最低な奴になっても構わない。
愛乃を説得できる方法なんて思いつかない。どうやったって傷つけることになる。それならば、桜海の方から攻略するしかないだろう。
どうすれば桜海に愛乃を諦めさせられるか……あ!
その時、俺の視線は自分の左手に握られている、汗ばんだスマホへと移った。
邪悪な計画が俺の心の中で形になっていく。
「ゴクリ……」
俺は唾を飲み込み、次第に息が荒くなる。
——本当にこれでいいのか?
いや、こうするしかない……。
少し躊躇した後、俺はスマホのカメラをソファ上の二人に向け、こっそり録画機能を起動した。
一秒、二秒、三秒……
画面上のタイマーが静かに時を刻んでいる。
おかしいな。まだ三十秒しか経ってないのに、まるで時間が引き延ばされたような錯覚に陥ってしまう。
これは一体どうしたんだ?
もしかして、俺がおかしくなったのか?
こんなことをやろうとしている時点で、俺は多分……いや、間違いなくおかしくなってるんだろうな。
その時だった。ソファに座っている桜海と、一瞬画面越しに目が合った。
本当にほんの一瞬だけだったから、自分の行動がバレたなんて考える余裕すらなかった。
気のせいか......?
はあ、多分緊張のせいで、幻覚でも見たんだろうな。
また二分が過ぎたが、俺にとっては二時間にも感じるほど耐え難く長い時間だった。
——もういいだろ?
これだけ録画すれば十分だろ……?
「愛乃ちゃん!?そ、それは……!」
そろそろ録画を止めようかと俺が考えていると、桜海の悲鳴が思考を遮った。
俺はすぐさまスマホ越しに様子を確認した。そして、愛乃がどこからか非常に凶悪な形状の道具を取り出したことに気づいた。その道具はシリコン製らしく、表面には不規則な凸凹が無数にあり、サイズはバナナより二回りは大きかった。
「えっ……」
予想外の道具の登場に驚き、俺は自分が潜伏中だということも忘れ、思わず声を漏らしてしまった。
「大丈夫だって!わたしたち、ふたりとも初めてだし、初めてはこれを使った方が気持ちいいって聞いたよ〜」
愛乃の元気な声が完全に俺のつぶやきをかき消してくれた。そのおかげで、二人は俺が扉の後ろに隠れていることには気づいていないようだ。
びっくりした……ばれなくてよかった。いや、ちょっと待て、二人とも初めてだって?これから本当にやるつもりかよ!?
これはさすがにマズいだろ!
俺はこれ以上の展開を阻止するため、静かに、そして素早く玄関へ戻った。
そこで呼吸を整え、深く息を吸い込んだあと――
「ただいまー! 愛乃、いるかー?」
「うわぁぁ!? に、にいさん——!? も、もう帰ってきたの!?」
俺が声をかけた途端、愛乃が慌てふためいて返事をした。そのせいで声が少し裏返っている。
「なんだ、いるのか……。玄関のドアがちゃんと閉まってなかったぞ。泥棒でも入ったかと思ったじゃねえか」
俺はわざと声を大きくして、少し責めるような口調で言った。
「ええ!? そんなはずないよ、ちゃんと閉めて確認までしたのに……」
「何言ってんだお前……もしかして鍵が壊れたのか? ちょっと確認してくるけど、もし壊れてなかったら覚悟しろよ、あとで俺のお仕置きが待ってるからな」
「ぜっっったいイヤ! 誰がバカ兄貴なんかにお仕置されるもんか!」
相変わらず口の悪い言い方だったが、愛乃の声はさっきよりもだいぶ落ち着いてきていた。
今ごろ急いで服を着替えてるんだろうな……安心しろよ、愚妹。ここは賢兄として慈悲深く、少しだけ待ってやるからな。
はぁ……これから俺がやろうとしていることを考えると、なんだか妙に気が重くなってきた。