第1話:妹に彼女ができてたのを知った(01)
大学生になったら、きっと人生を謳歌できる──そう思ってた人は、きっと少なくないだろう。
まあ、間違いじゃない。ただし、それにはいくつか条件がある。
たとえば、成績が悪かったり単位が足りなかったりすれば、毎日が勉強漬けになって、自由な時間なんて消えてしまう。
学業とは別に、一人暮らしを選んだ場合はどうか。生活費を稼ぐためにバイトが必要になるし、社会経験やコミュ力は鍛えられるかもしれないけど、自由な時間は確実に減ってしまう。
……幸いなことに、俺にはそういう悩みはなかった。成績は安定してるし、実家もそこそこ裕福。親は仕事でほとんど家にいないから、家には俺と妹の二人きり。そのおかげで、生活はかなり自由だ。
だから、自分の好きなことに時間を使うことができる。
人間関係は……まあ、社交性があまりないせいか、大学に入ってからできた友達はほんのわずかだ。
交際範囲は狭いし、たまに誰かと飯を食いに行くくらいで、パーティーやイベントなんて基本的にノータッチだ。
でも、別に不満はない。リア充になったら無駄な付き合いが増えて、時間もお金も奪われる。そんなの、まっぴらごめんだ。
とはいえ、自分から動かなければ、チャンスなんてあっさり逃げていく。
まさにそれを実感させるように、俺の数少ない社交イベントが、あっさりと消滅した。
そんなことを考えながら、俺──羽倉信一は、目を細めて目の前の二人を見つめていた。
「ごめん、信一!急に用事が入っちゃってさ、また今度な!」
「シン、ごめんって……今回ばかりはマジで重要な用事なんだ。人生かかってるからさ!あの店はまた今度一緒に!」
両手を合わせて申し訳なさそうに謝ってきたのは、大学で数少ない俺の友人たちだ。
「俺は別にいいけど……お前ら、それで本当に大丈夫か?」
俺は小さくため息をついて、講義棟の脇に立っている数人の女子高生へと視線を向けた。
……なるほど。そういうことか。
俺の視線に気づいたのか、二人の表情がわずかに引きつった。
「だ、大丈夫だって!ちゃんと準備してきたし、高校生相手でもうまくやれるから!」
「わかるだろ?このチャンス逃したら、大学生活ずっと灰色になるかもしれないんだぞ?」
『だからお前も来いってことだよな?』って目で訴えてきたけど、俺は気づかないふりして手をひらひら振っておいた。
いや、女子高生とかマジで興味ないし。
「応援くらいはしてやるよ。ヘンなこと言わずに、自然体で行けよ?」
「そのやる気ゼロの励まし、むしろ心配なんだけど……」
「シン、お前も彼女いないくせに、なんでそんなに他人事なんだよ?」
……だって他人事だし。行くの俺じゃねーし。
俺が行かないと悟ったのか、二人はそれ以上何も言わず、女子高生たちの元へ軽い足取りで歩いて行った。
その背中を見送りながら、俺はまたひとつため息をつく。
「女に縁がないからって、ターゲット女子高生って……まあ気持ちはわかるけど、なんかズレてんだよな」
……まあ、さすがに怪しい宗教の勧誘とかじゃないだろ。夢見て突っ込んで、現実に叩き落される未来しか見えんけど。
……まあ、もういいか。
予定もなくなったし、やることも特にない……
「帰るか……」
十秒くらい考えて出した結論がこれだ。
今日も他に予定ない、無駄にぶらつくくらいなら、家に帰ってゲームのアプデでも確認したほうがマシだ。
『Primordial Continent』──俺がドハマりしてるMMO RPG。高三のとき以外は、ほとんどの休みをこれに捧げてる。
今思えば、それで現実の人付き合いなんてどうでもよくなったのかもしれない。
大学の最寄り駅から電車で15分ほど、俺は家に帰ってきた。
見慣れた二階建ての家が目に入り、自然と肩の力が抜けた。
そういえば、愛乃はもう帰ってるかな。メッセでも送ってみるか……今日はあいつが晩飯担当だし、ちゃんと買い物済ませてるか確認したほうがいいか。
今は妹の羽倉愛乃と二人暮らし。俺の二つ下で高校二年。両親が仕事で家を空けっぱなしだから、家には俺たち兄妹しかいない。
だから家事は交代制。ただ、来年はあいつが受験生になるから、いずれは全部俺がやることになるだろう。まあ、今はまだ気にする必要もないか。
「ん……?なんだこれ」
玄関に着いて鍵を差し込んだ瞬間──カチャリ、と音を立ててドアが自然に開いた。
……おいおい、愛乃のヤツ、鍵かけ忘れたのか?いや、あいつはそんなミスしないはずだ。
俺も愛乃も、親がいないぶん防犯意識は高いはずだ。特にあいつは、出入りのたびに鍵を何度も確認するくらい慎重だ。
「まさか……」
まさか、不審者でも入ったのか?そんな考えが一瞬、頭をよぎった。
スマホを手に取り、警察に通報するか迷った。でも、もし空振りだったら恥ずかしすぎる。
とりあえず、まずは様子を見てみよう。
そう思い、できるだけ音を立てないようにして、そっとドアを開けた。
無言で玄関を見渡す。異常は……なさそうだ。出かけたときと、ほとんど変わっていない。
靴箱を見ると、愛乃の靴がある。ってことは、もう帰ってきてるってことか。……ん?見覚えのない靴が、もう一足あるな。
サイズとデザインからして、女性用の靴っぽい。
友達でも連れてきたのか?……それなら、ドアが半開きでも不自然じゃない。
少しだけ警戒を解いて、「ただいま」って声をかけようとした──その時だった。
「んっ……や、だめぇ……」
リビングのほうから、妙に色っぽい声が聞こえてきた。
……!? な、なにごとだよ!?
俺は息を殺して、そろ〜っとリビングに近づいた。
リビングのドアはきっちり閉まっておらず、細い隙間から中が覗けた。そして、そこにあったのは──
──っ!?
思わず叫びそうになった声を、なんとか喉の奥で押し殺した。
ソファの上では、乱れた服のまま、ぴったりとくっついている二人の美少女がいた。
「んんっ……だ、だめだってば、愛乃ちゃん……そこ、恥ずかしいよぉ……」
「ふふっ、いいじゃん。どうせ誰にも見られてないし〜」
……え?何これ。俺、昼ドラの撮影現場にでも迷い込んだのか?
そこにいたのは──俺の愚妹、愛乃。そしてもう一人は、同級生の桜海縁。
桜海は愛乃の高校の友達で、何度かうちに遊びに来たことがあるから、顔くらいは知ってる。まさか、そんな関係になってたとは……。
愛乃は桜海の上着を脱がせ、そのまま彼女の豊かな胸に顔をうずめていた。
……俺、帰ってくるタイミング、完全に最悪だったよな……?