中編(2/3)
小説投稿サイトに登録されたユーザー「陽炎 光」の書く小説は、とても濃い内容であった。空はフォローはせずに時々見ているが、まず言葉遣いが難しい。
しかし、やはり中身がしっかりまとまっているようでいくつかアップされた5000字程度の短編はいずれも読者に好評であった。
内容は大人の恋愛や人間ドラマ、家族愛の物語もある。たった5000字で先の読めない展開を作り、オチまでつけるところには空も驚いた。
「うわ‥‥評価の数、僕よりも多いのもある‥‥さすが陽子さん」
最近になってやっとサイト内で認知されてきた空であったが、陽子は投稿して1週間ほどで空を上回る評価のマークをもらっている。表現力といい丁寧な描写といい‥‥完璧な人。ますます尊敬してしまう。
翌月のランチの時に陽子が話す。
「あのサイト、面白いよね。試しに書いてみたんだけどさ、評価マークが入るとモチベーションが上がっちゃう。空くん、読んでくれた?」
「はい、さすが『陽炎 光』さんです」
「5000字でも投稿できるのはいいわね、隙間時間に適当に書けるし」
適当に書いてあのクォリティって‥‥頭の中身がどうなっているのか知りたいところである。
「空くんは書いてないの?」
「はい、僕は読み専と言われるものでして‥‥」
「じゃあ私のところに評価入れてくれた?」
「僕が入れなくてもたくさんあるじゃないですか‥‥それにアカウントで自分が読んだものが分かってしまうので、陽子さんには秘密です。僕は陽子さんのように難しい小説は読めないし‥‥」
「そう、まぁ読んでくれているなら嬉しいけど」
小説を投稿し始めたからといって、陽子さんは仕事が疎かになるわけではない。相変わらず他人に厳しくて自分にも厳しい。そういうところも含めて器用な人で尊敬できるなと、空は思うのであった。
「僕も陽子さんのようになれたらいいのに‥‥」
今日の分のエピソードをアップしながら空が呟いた。
※※※
「陽炎 光」となって小説を投稿して2か月が経とうとしていた。相変わらず5000字の短編は人気であり、空もちょくちょく見に行っていた。しかしある日、1つだけ評価マークがほとんどついていない小説を見つけた。
「これだけ何故か評価が少ない‥‥」
内容は‥‥働く女性の日常を描いたものであった。朝なかなか起きれない中どうにか起きて、仕事に行けば上司に怒られる自分。部下からも何故か避けられているが、これが私、こんな私でも自分が好きという内容。
「ハハ‥‥これ陽子さんじゃん」空は笑った。
さらに読み進めていくと、唯一、自分の話を聞いてくれる男性部下が出てくる。彼は仕事がよくできる上にランチに誘っても嫌な顔せず付き合ってくれる。話が合って彼の前なら本当の自分でいられる‥‥
「この彼って僕‥‥?」
そしてその彼は、小説投稿サイトに自分の好きな物語を投稿している。週一回更新される異世界ヒーローの小説をこっそり見るのが楽しみだ、とのこと。
「ん?」
空は落ち着いて‥‥もう一度その文章を読む。
「彼が週一回更新する異世界ヒーローの小説をこっそり見てるって‥‥僕が投稿しているの、陽子さんは知ってるのか? 何で?」
心臓がバクバクしてくる‥‥あの異世界ヒーローやらダンジョンの話を見られた‥‥?
どうしよう‥‥僕の趣味が丸見えじゃないか‥‥それにしてもどうしてわかったんだ? こんなに大勢いるユーザーの中からどうして‥‥
いや、これは‥‥陽子さんの想像かもしれない。実際に見られているかはわからない。
空はサイトを確認するが「陽炎 光」の応援マークや評価マークはない。けれどPVは‥‥誰のPVかまではわからない‥‥
もしバレていたら‥‥せっかく作り上げた自分だけの居場所を会社の人に知られたら‥‥何て言われるだろう。
また昔みたいに「頼りにならない男でつまらない」と言われるのだろうか。さらに「頼りにならない男が殻にこもって現実逃避して夢を見ている」なんて言われるのだろうか‥‥
それは勘弁してよ‥‥
そう、空は入社してから周りがゴルフや旅行を趣味としているのについていけず、ちょっと気になっていた同僚にも冗談であったが「頼りにならないつまらない男」と言われていた。さらにお酒の席でも場を盛り上げることができないため、打ち上げ以外は飲み会に誘われない。そんな中で見つけた小説投稿サイト。これなら自分は楽しめる‥‥幼い頃に漫画やテレビが好きだった自分を思い出して投稿を始めたのであった。
そのため、このことは周りに知られたくない。陽子さんがもし本当に自分の小説アカウントを知っているのであれば‥‥口止めしなければ。