【08】レオンハルト・ベルツーリのやり直し(レオンハルトside)
ベルツーリ王国、第一王子。レオンハルト・ベルツーリは、五年前の時間に巻き戻っていた。
時間の逆行。彼は、人生をやり直すことになったのだ。
「なぜ、こんな事になったのだ……」
愛する者、メルク・シュリーゲンと結ばれた矢先のことだった。
時間が戻る前の正確なことは覚えていない。
一体、どの時点から自分の記憶が飛び、今の事態に陥ったのか。
レオンハルトが婚約を結んでいたアンジェリーナ・シュタイゼン公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたことは覚えている。
国王と公爵の承認は貰っており、正式なものだ。
婚約破棄を突きつけた時の、アンジェリーナの冷たい表情だって覚えていた。
泣き縋ることも、自暴自棄に暴れることもせず、ただ無言で受け入れて去っていくアンジェリーナ。
レオンハルトが学園を卒業する、卒業パーティーの1週間前の出来事だった。
逆行前の時間。愛しいメルクは、学園内で迫害されていた。
アンジェリーナ本人が命令した証拠は掴めていない。
だが、彼女の派閥の者や、信奉者・支持者たちがメルクを虐げていた証拠は確かなものだった。
少なくともアンジェリーナは、それらを見て見ぬふりをしていたのだ。
レオンハルトには許し難いことだった。
だから公の場の、卒業パーティーで彼女を断罪しようと考えていたのだが……。
心優しいメルクは、虐げていた犯人であるアンジェリーナを庇い、学園の執務室での静かな断罪劇となった。
「メルク……。君に会いたい」
どうあがいても、どう調べても、自分は五年前の時間に戻ってしまっている。
レオンハルトは、最愛の彼女と『まだ出会ってもいない』ことになってしまったのだ。
だから、今すぐに会いに行っても、もしかしたら不気味がられて嫌われてしまうかもしれない。
彼が出来ることは、せいぜいアンジェリーナと自分の婚約を防ぐことだけだった。
そこからのレオンハルトがすべき事は、とにかく国王夫妻との交渉だ。
シュタイゼン公爵家との縁談を結ぼうとするのを何とか阻止する。
本音を言えば、今すぐにメルクを婚約者として迎え入れたい。
だが、今の段階では、それは難しかった。現在のメルクは、ただの平民だからだ。
しかし、彼女は『前王家』の血筋を引いていると後に判明することになる。
ベルツーリ王国の前身、アルストロメリア王家。
民に慕われていた前王家は、その血族が病に倒れてしまい、当時は公爵家だったベルツーリ家に王位を譲ることになった。それから月日は流れて、王国の名はベルツーリに変わっている。
メルクは、そんなアルストロメリア前王家の『末裔』だった。その証拠は、彼女の特別な魔力にある。
『聖花の魔力』と呼ばれる、高等魔法を使った時に現れる、前王家の象徴の聖花。
それがメルクの魔法に見られたのだ。
彼女は尊い血筋の出だった。そして学園でも、彼女は努力していた。成績だって優秀だった。
それだけでなく、レオンハルトを心から慕ってくれていた。
そう、出自の問題はなかった。問題があるとするならば、それは。
「……また君に愛されることが出来るだろうか」
今の時点で、レオンハルトとメルクは知り合ってすらいない。
何の前提もなく、彼女に会いに行けば、好かれるどころか嫌われてしまうかもしれない。
だから、レオンハルトは、再び学園に入ってから彼女との出会いを『繰り返す』つもりだった。
前の時間と同じように。同じ思い出を共有できるように。
だからこそ自身の婚約を保留させ、身綺麗にだけしている。
アンジェリーナに自身の立場を勘違いさせないよう距離を置き、今度はメルクを傷付けさせないつもりだ。
「出来れば早く婚約を結び、共に学びたいものだが」
彼女が今、無事であることは掴んでいる。
自身の部下を動かし、遠巻きにメルクを保護し、支援するように指示も出していた。
きっと前の時間よりも、ずっと過ごしやすいはずだ。
アンジェリーナが魔の手を伸ばしてきたとしても、今度は必ず自分が守る。
ただ、少し。レオンハルトが気にしている事は。
自身の側近たちもまた、メルクに心惹かれていた事だった。
何かの運命が変わってしまえば、もしかしたら彼女は別の誰かの下へ行ってしまうかもしれない。
そう考えると胸が張り裂けそうだった。
「……誰にも渡しはしない」
自分には、前の時間で彼女に愛された実績がある。
だから、やり直すことになった、この二度目の人生でも、きっと。
前の時間の幻影を追いかけるように、レオンハルトは決意したのだった。