【05】兄の出迎え──学園入学前
とうとう学園入学のギリギリまで、私はバルツライン領で過ごしてしまった。
とにかくバルツラインは居心地が良くて、私の性に合っていたのだ。
それに、おそらく中央に居るより、ずっと私は鍛え抜かれたんじゃないだろうか。
まぁ、身体が出来ているとは言い難い年齢なので『魔術鍛錬』寄りだったけど。
それでも屈強な戦士たちの実戦を見ながら、そのノウハウによって裏付けられた鍛錬は、私をより強くした。
もちろん、強さ一辺倒だけにかまけていたつもりはない。
今まで私が得意だったのは、むしろ学業の方だから、よく学んだ。
とはいえ、広く知られた領地経営学と、バルツライン領の状況では噛み合わない事も多いだろう。
学園に通っている間、私なりにバルツラインの力になるための努力をするつもりだ。
王立学園は、卒業生と合同で開かれている研究室などへの繋がりもある。
それを活用しない手はないだろう。
「なんだか久しぶりね」
王都にあるシュタイゼン公爵家の屋敷へと帰ってきた私。
学園入学のための最終準備を整えて、ここから学園へ三年間通うことになる。
私は半年ぶりの屋敷へ入る。
お父様は今、王宮へ出ているそうだから、自室にそのまま帰る予定だった。
「……戻ったようだな。アンジェリーナ」
「カルロスお兄様。まさか、私の出迎えですか?」
「……そんな事をするワケがないだろう」
わけがないこともないでしょうに。お兄様は、二年ほど前から、やたらと私を嫌っている。
何が、お兄様をそうさせるのかは知らない。半年ぶりに帰って来たが、相変わらずのようだ。
「……お前は、学園では大人しくしていろ。アンジェリーナ」
「はい?」
「お前の取るべき責任を理解し、そして家門に泥を塗らぬようにこそ、心掛けろ」
急に何でしょう。説教臭くなられたわね。
年上なのに若さを感じさせるアッシュ様とは真逆というか。
というか、本当に真逆ね。不健康そうだわ、お兄様。もっとアッシュ様を見習って欲しい。
そして私は、彼のことを思い浮かべる。
離れて、ほんの少しだけれど、またすぐ会いたいと思うなんて。私も年頃の女の子なのね……。
でも、私は今や正式なアッシュ様の婚約者だ。彼は人を裏切るような人柄ではない。
だから、バルツラインで私の卒業を待っていてくださるわ。
「カルロスお兄様。もう少し、食事を摂った方が良いと思いますわ」
「……は?」
「そのように瘦せ細って。男性は、やはり体格が良い方がよくてよ」
「……お前は一体、何を言っている」
啞然とした表情を浮かべるカルロスお兄様。ふふ。見た事がない表情ね。
「大人しく、の意味が分かりませんけれど。私にはやりたい事がありますから。縁談も決まりましたし。三年後、卒業してバルツラインに嫁ぐ時には、私なりの成果を持っていきたいと思っています。学園での時間は、そのために使いますわ」
私の言葉にお兄様は、表情を引き締め、私を睨みつける。
「……縁談を勝手に決めたそうだな」
「勝手に? いいえ。お父様に任され、責任を持って決めた縁談ですわ」
きちんと正式な手続きに則ったし、手紙でとはいえ、お父様の許可も改めていただいている。
お父様の方も王家とのやり取りに必要な情報でしょうし。
「……お前は、自身に求められている役割すら見抜けないのか?」
「私の役割、ですか?」
「そうだ。お前は……レオンハルト殿下の婚約者になるべきだった」
「……それ、前に否定されていませんでした?」
言うことを勝手にコロコロと変えないで欲しいのだけど。
「お前が変わる努力をすべきだったのだ。今度こそレオンハルト殿下に相応しくあるために」
今度こそ?
「そうすれば……」
「そうすれば?」
「……何でもない」
「意味が全く分かりませんね。お疲れなのですか? お兄様」
カルロスお兄様、私と殿下を結ばせたかったの? かなり酷く私を批判していたはずなのに。
でも、そんな事を言われても今更だ。もう遅い。
だって私の心は、既にバルツラインへ向けられているのだから。
「……ご自愛くださいませ、カルロス兄様」
きっと体調でも悪いのだろう。
私は気遣いの言葉だけ掛けて、さっさと部屋へ戻ることにした。