【40】卒業──そして彼女は幸せになる
私たちの年の卒業パーティーは、なんと王家主催で行われた。
そのため、爵位持ちの貴族たち、卒業生の親たちも多く参加しての大規模なパーティーとなる。
幸い、時期も合い、アッシュ様にエスコートされて私はパーティーに参加する事になった。
既に王立学園は卒業した身で、学園規模のパーティーというか、交流会は終えた後だった。
そちらの方のパーティーで既にメルク様とは改めて会っている。
『アンジェリーナ様。私は……なんと言えばいいのか。本当に申し訳ございませんでした』
『メルク様が謝るような事は何もなかったと思います。それに……ええと』
私は、彼女がアルストロメリアの末裔であるとお兄様から聞いていた。
とはいえ公表されていない事だ。彼女に対する扱いはとても困る。
『アンジェリーナ様。レオンハルト様がああいった行動を取ったのは……半分は、私の責任だったのです』
『半分、ですか』
『……もっと大きく私の責任かもしれません。だから謝りたいと思っていました』
『はぁ。それはどういった?』
『アンジェリーナ様に対する評価を、私の言動が下げていました。そのつもりはなかったのです。ですが……お会いした方に私の言動の問題点を指摘されて……。私の態度のせいで、レオンハルト様に誤解を与えていました。
償えない事です。申し訳ございません、アンジェリーナ様』
うーん。流行っているのかしら。
如何に貴族と言えど、分かり辛すぎる言い回しはあるもの。
とはいえ、実直そうなメルク様が、それも謝罪を口にしているのに、こう煙に巻くような言葉とは。
……まぁ、いいわ。
私が気にしている事はないし、それにどうやら反省もしているらしい。
『……そう。あまり思い詰めないように。貴方はこれからこそが大変なのですから。それは分かっていますね?』
『……はい。覚悟しています。それに』
『ええ』
メルク様は、私の目をまっすぐに見据えて、こう告げた。
『私がレオンハルト様を好きだったことは。その気持ちは……嘘なんかじゃないですから。
私は、ずっと彼が好きだったのです。現実で出会った彼は、確かに理想とは違ったかもしれないけれど。
それでも好きな気持ちは変わりありません。
……これから私は、現実にある多くの問題と向き合う事になるでしょう。
彼は、もしかしたら頼りにならないかもしれないけれど。
私は……今度は、間違えないように、生きていきたいと思っています。
どうしたって。もし、全てを覚えていたとしても。……私が、大人になるのは……初めての事だから。
怖いけれど、それでも前へ歩いていきたいと……思っています』
『……そう。それは良い心掛けね』
意外としっかりしていそうだと、そう思った。
これならあの殿下の事も任せられるだろうか。
まぁ、結局、私は二人の事をよく知らないままなのだけど。
『アンジェリーナ様』
『はい、メルク様』
『……卒業した後も、またお会い出来ますか?』
その言葉に私は少しだけ悩んでから。
『ええ、ぜひ』
そう答えた。メルク様は笑ってくださったわ。
そうして。
王家主催のパーティーが始まる。
私はアッシュ様にエスコートされて。
会場には、学園生活で関わった人たちも、もちろん居た。
カルロスお兄様はサンディカ様をパートナーに連れている。
お二人は正式に婚約する事になった。
ミーシャはフリード様と共に。彼らも私と一緒にバルツラインへ向かう予定だ。
以前、王宮ですれ違った魔塔の少年、シュルクはドラウト先生と共に居た。
彼も来年からは学園に入学するのだ。仲も良さそうで良かった。
アリアさんはエルクくんにエスコートされている。
そう、アリアさんたちももちろん学園に入学していたわ。
彼女の性格は変わらないが、少しは淑女らしくなったと思う。
あ、デニス様もいらっしゃるわね。
彼は、あの一件の後、しばらく学園を休学していた。
そうして、しばらくした後で復学されて、その頃になると憑き物が落ちたような様子だったと言う。
私もミーシャも積極的には関わっていないけれど。
彼の方も、私たちに接近しないよう宰相に言われていたらしい。
ドラウト先生が、デニス様のことも気にかけていらしたから……。
確か、文官の採用試験を受けて、きちんと通ったとか。
宰相の事だから、手回しなどはさせず、実力で受けさせたのだろう。
婚約者は……居ない様子だが、文官として仕事をこなしていれば、縁談もあるかもしれない。
そしてレオンハルト殿下は……何だろう。
メルク様にエスコートされている。
いえ、そんなはずはないのだけれど。
メルク様は、すっかり庇護される側の令嬢から、男性を引っ張っていく『女性』に変わられたように思う。
一足先に現実を見た、大人の世界を知った、という事だろうか。
卒業したのは殿下の方が先なのだけど。
何となくそちらに視線を向けていると、メルク様やレオンハルト殿下と目が合った。
私は、微笑みだけ浮かべて、軽い会釈で済ませる。
メルク様も分かっている様子で、私たちに近付いてこなかった。
相変わらず、レオンハルト殿下は……何とも言えない表情を浮かべていたが。
彼女と共に立派になって欲しいものだ。
たとえ、国王にならずとも、公爵だって随分な立場なのだから。
一応、与えられる予定の領地は控え目らしいけれどね。
そして。
国王陛下から、卒業生たちに祝いの言葉が授けられる。
私たちは粛々とその言葉を受け取った。
さらにその場で、レオンハルト殿下の王太子取り下げとメルク様の身分が明かされる。
メルク様は、多くの貴族が見守る中で、アルストロメリアの証明をする事になった。
「……では、皆様。ご覧ください。これより、高等魔法の結界を張らせて頂きます」
多くの注目が集まった、その中心で。
光の奔流が、メルク様を包み込んだ。
パァアアアアア!
「まぁ!」
「……おお」
それはとても綺麗な光景。パーティー会場に柔らかい光に包まれた花びらが舞い落ちる。
その色は……ピンク色。チェリーブロッサムの花びらのようだ。
「アンジェリーナの髪の色のようだな」
「ふふ。私もそう思いました。アッシュ様」
パーティー会場に花が咲く。聖花の魔力。アルストロメリア前王家の証明は成された。
メルク様は、ご自分の力で、己の存在を証明して見せたのだ。
「……『公爵』になるのは、彼女の方かもしれないな」
「たしかにそうですね」
メルク・アルストロメリア。
孤児だった彼女は、その血を証明され、公爵夫人となる。
王妃とはなれなかったが……きっと、それでも彼女は幸せになれるはずだ。
私は、そう信じていいと思った。
「皆様に……! 祝福を!」
聖なる花が咲く頃に……私たちは祝福を受け、それぞれの道へ巣立っていく。
長かった学生時代を卒業し、大人への道を踏み出していくのだ。
そして。
卒業から、半年後。
私たちはバルツライン領に居た。
既に招待客たちは集まっている。
お父様に手を引かれて、バージンロードを歩いていく。
そしてアッシュ様の隣に立って。
「アンジェ」
「アッシュ様」
私たちは誓い合う。永遠の愛を。生涯の愛を。
きっと、アッシュ様と共になら……私は幸せになれるだろう。
いいえ、なって見せるわ。
そしてアッシュ様を、バルツラインの皆を、幸せにする。
ひとまず、今は……この瞬間が、とても──
「アッシュ様。私、とても幸せです!」
~Fin~
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。





