【39】兄妹──3年生2学期
レオンハルト殿下について、あの茶会の後。
王家に抗議をさせて貰った。
お父様に事情を話し、サンディカ様とも協力しての抗議だ。
両公爵家と北の辺境伯、連名での抗議。
もちろん、抗議は抗議に過ぎないので、そのまま王太子という重要な立場がすぐに奪われることはない。
特に廃太子という事になれば、一部の侯爵家などは黙っていないだろう。
処分や対応については国王陛下次第である。
ただ。お父様とカルロスお兄様と共に王宮へ向かう前に少しあって。
「父上。抗議の後、自分は王宮にしばらく残らせていただきます」
「……なに?」
「陛下にもそのように。またすぐ後の謁見を申請してください」
「……お前個人のか?」
「いいえ。数人、連絡を取っていますので。正式な許可がなければ出入り出来ぬ者も居ます」
「カルロス。お前の行動も見ている。誰と交流しているのかも、だ。いくら王太子がああいった真似をしでかしたのだとしても、短絡的な事はするな」
「……勿論です。こちらをご覧ください」
そう言って、カルロスお兄様が取り出した物がある。
それは、とても綺麗な宝石の細工だった。
「まぁ、素敵」
宝石が装飾品として加工されているのだ。
それも『樹』をモチーフとしたソレは、ベルツーリ王家を示すもの。
「……それは何だ」
「『彼』が加工し、作ったものです。彼はもう魔力をここまでコントロール出来ています」
「……本当か?」
彼って誰かしら。お父様はどうやら把握しているらしい。
カルロスお兄様が誰と交流しているのか。
私のことも把握されているのかしら。まぁ、把握されて問題ある交際はしていないけれど。
「はい。彼は理性的です。保証します。国王陛下にはその理由も話す事が出来るでしょう」
「……そうか。私には話せないと?」
「父上と言えど、徒に広めるべき話とは思えません。レオンハルト殿下は問題を起こしましたが、国王陛下は信頼できる方だ。陛下の判断材料を増やすため、どうしても話を通さねばなりません」
「……分かった。好きにするといい」
と。そういうやり取りがあった。
実際、抗議のため、陛下と謁見する。陛下は頭を抱えていらっしゃったわ。
「……愚息がすまない。シュタイゼン公女」
ひとまず陛下からの謝罪は受け取った。
殿下の処分等については、陛下の判断に委ねることになるだろう。
私の用事はそれで済んだ。
カルロスお兄様は、その後、陛下の前に残らせていただいて……話す事があるようだ。
そして、王宮から離れる際にすれ違った人たちが居た。
一人は私も知っている方だ。
「あら。ドラウト先生」
「……シュタイゼン公女。それにシュタイゼン公爵」
先生は、お父様や私に礼をし、頭を下げた。
こういう時って不思議な気持ちになるわよね。
学園内で先生は、相手が公爵令嬢だろうが、下位貴族の子だろうが、平等に接する。
けれど、学園の外に出た際はきちんと身分に沿った対応をなさるの。
「構わないよ。教諭」
お父様の言葉で頭を上げるドラウト先生。
つい呼び止めてしまったけれど。どうして王宮へ来られたのかしら。
「先生と王宮で顔を合わせるとは思っていませんでした。それに、そちらの方は……?」
ドラウト先生のすぐ後ろには一人の少年が立っていた。
こちらに頭を下げ、話の邪魔にならないよう控えている。
理知的な少年のようだが、まだその顔付きは幼い。
「……彼は、シュルク。魔塔で生活していた魔法使いです」
「シュルクと申します。シュタイゼン公爵、シュタイゼン公爵令嬢。お二人に会う事が出来て光栄です」
「ほう」
「まぁ。では、貴方が噂の?」
「……どのような噂かは存じ上げませんが。魔法使いの末席に座らせていただいております、公女様」
シュルク。彼は、魔塔が保護しているという天才魔法使いだ。
魔力量が高く、今はコントロールが不安定であるため、魔塔で管理されていると聞いた。
数年前は、殿下の側近候補として名も挙がっており、王立学園へも特別に通う案があったそうだ。
その案は、取り下げられたらしいが……。
けれど、私が聞いた年齢によれば、彼は今年で15歳か16歳。
つまり私の卒業の後、王立学園に入ってもおかしくない年齢だ。
「もしかして、来年から王立学園へ入学なさるの?」
「……はい。そのように聞いております。公女様」
私の聞いていたイメージとは違い、随分と礼儀正しい方だ。
これなら学園へ通っても問題ないだろう。
「ドラウト先生は、もしや彼の?」
「ええ、シュタイゼン公女。私がシュルクの後見、保護者をしています。彼が問題を起こせば、私が責任を取る事になるでしょう」
「まぁ。そうなんですか。ドラウト先生であれば、安心して任せられますね」
「……ありがたいお言葉。感謝致します、公女様」
「シュルクさん」
「はい。公女様」
「ドラウト先生は、とっても頼りになって信頼できる方よ。学園では、自由に学んで欲しいし、友人も作って欲しいけれど。
それでもドラウト先生に迷惑が掛からないように。それだけは配慮してくださいね」
「……肝に銘じます、シュタイゼン公女」
「ええ。では。呼び止めてしまってごめんなさい」
「いいえ。公女様と言葉を交わせたこと、本当に有難く思っております」
「それではね」
「はい」
そうして私とお父様は、カルロスお兄様を残して屋敷へ帰った。
お兄様が帰って来られたのは、日が暮れてからだ。
随分と長かったわね。
それから、また期間を置いてから。1ヶ月程、もう冬期休暇に入る頃。
今回の冬期休暇では、アッシュ様からのお言葉もあり、私はシュタイゼン家で過ごす予定だ。
もう、来年以降の私はバルツラインに居るだろうから。
私が3年生の冬期休暇を迎える前。
……レオンハルト殿下の立太子が取り下げられる事になった。
王族の籍は失っていない。けれど、王太子ではなくなったのだ。
私とサンディカ様、アッシュ様やお兄様が彼の言動を見聞きしていた。
あれでは確かに不安が残るだろう。あの後、カルロスお兄様が何を陛下に話されたのかは知らないけれど。
「アンジェリーナ。少しいいだろうか」
「カルロスお兄様」
屋敷に居る私の下に、お兄様がやって来た。
「どうされましたか」
「……報告だ」
「報告?」
「レオンハルト殿下は、王太子の身分を剥奪される」
「ええ、そのようですね。聞いております」
「だが、王族としては籍を残したままとなるだろう」
「ええ」
「……彼は、アンジェリーナに必要以上に近付かないよう、王に誓ってもらった」
「まぁ。それは」
何故、殿下が私にああも気持ちを向けていたのか。
それは知らない。知りたくもないと思った。
「その要求が、お兄様が陛下に話された事だったのですか?」
「……いいや。違う。メルク・シュリーゲンに纏わる話をさせて貰った」
「メルク様の?」
「ああ。アンジェリーナ」
「はい。カルロスお兄様」
「……メルク・シュリーゲンは、アルストロメリア王家の末裔だ」
「……!」
私は、驚き、目を見開く。
「……本当ですか?」
「ああ。それが先頃、証明された。彼女は『聖花の魔力』を発現させたんだ。陛下の前で」
「陛下の前で」
それは。そうなると。
大事件だろう。様々な話が変わってくる。
「もしかしてレオンハルト殿下が、メルク様に執心されていたのはそういう理由で?」
「……それもなくはないだろう。だが、恋情があったのも確かだと思う」
「そうですか。ですが、メルク様は……」
「レオンハルト殿下と婚約する事に決まったよ」
「え。……メルク様は、それでいいのでしょうか」
「ああ。当人の意思だそうだ」
「確かに血筋は、これ以上ないもののようですが……彼女の気持ちは」
「俺から言うべき事でもないかもしれないが。……彼女は、自身の血筋と向き合っていたよ。だからこその決断だ。
ただ、市井にその血を流せば、将来に不安が残る。であれば王家の庇護の下で過ごす、と」
たしかに。血筋が明らかとなったならば捨て置ける存在ではない。
あ、もしかしてサンディカ様はご存知だったのだろうか。
だからこそ、メルク様を庇護していた?
「……おそらくレオンハルト殿下は、公爵位を賜るだろう」
「公爵、ですか」
「ああ。彼自身というよりは、アルストロメリアの血を守るための爵位と言っていい。
将来的には……公爵家となった家門と王家で縁があるかもしれない」
「それは、つまり」
レオンハルト殿下は王太子でなくなった。
だが、それ以降。今後、再び返り咲く事はない……?
「詳細までは分からない。将来のこともな。第二王子がふがいなければ。そして、その時、レオンハルト殿下が改心され、成長されているなら、分からないことだ。まだ王位継承権は失っていないのだから」
「そうですね……」
頑張っていれば。まったくの可能性が失われたワケではない。
メルク様と添い遂げると誓ったならば、精進して欲しいものだ。
「メルク様を守るための公爵家ですか。……王妃になるのが難しいなら、それも良いのかもしれませんね」
王領を分け与え、そこで二人が暮らす。
私は中央から離れるが、サンディカ様が助けとなってくれるだろう。
「レオンハルト殿下との婚約を受け入れたのは、メルク・シュリーゲンの意思だ。自分を守るため。
そして自分を律するためでもある。彼女は変わったようだ。……大人になる覚悟を決めた、と言うべきだろうか」
「そうなのですね。難しい話ですもの」
メルク様は『王妃』という座に拘っている様子ではなかった。
レオンハルト殿下に対しての思慕はあったようで……そういう事なのだろう。
公爵夫人になるのであれば、それでもまだまだ責任は重い。
「……『やり直して何の意味があるのか』」
「え?」
「彼女はレオンハルト殿下にそう告げた。メルク・シュリーゲンが受けた教育は無駄に出来ない。もしも、すべてを忘れてしまったら、愚かな自分に戻るだろう、と。彼女は、彼女なりに前を向いて生きていくと決めたようだ。
自分が受けた教育も、言葉も、経験も、糧にしていくと」
「そう……」
メルク様はどうなるかと思ったけれど。今は、強く覚悟を決めているらしい。
であれば、私からは言うことなどないだろう。
「アンジェリーナには謝っていたよ。また会った時には謝られるかもしれない」
「ええ? 別にメルク様に何かされた覚えはないのだけれど」
「……そう、だろうな」
むしろ、レオンハルト殿下を諫めてくださったはずだ。
将来の妻として、夫の不始末の謝罪かしら?
「アンジェリーナ」
カルロスお兄様は、真剣な目をして私を見据える。
そして、私に向かって……頭を下げた。
「え、お兄様?」
「……ようやく片を付ける事が出来た。アンジェリーナ。すまなかった。今まで」
「え、え。何が、でしょう?」
「……いろいろな事だ」
「いろいろ」
いえ、まぁ。思い当たる節は、それなりにあるけれど。
けれど、驚きだ。お兄様が私に頭を下げるなんて。
「だが、もう終わりに出来た。……誰も、お前の幸福を『なかった事』になど出来ない」
「私の?」
「……バルツライン閣下とお前が仲睦まじく過ごす姿を見て。思ったのだ。
俺たちは……お前に対する『罪』こそを悔いていた。だが……最も重要なことは。
お前が『得ていたはず』の……幸せを奪ってしまったことではないかと」
疑問に思ったが、私は黙ってカルロスお兄様の言葉を聞いていた。
お兄様の目が真剣だったから。
「お前とアッシュ・バルツライン辺境伯の、幸福な『未来』こそを……俺たちは守りたいと思っている」
「お兄様」
その言葉には気取ったものはなく。本心からだと、そう思った。
色々と思うところがあったけれど。お兄様が家族として私の幸福を願っていることは真実なのだろう。
私は、それだけでいいと思った。
「ありがとうございます。カルロスお兄様。とても嬉しいわ」
「……アンジェリーナ。幸せになれよ」
「ええ。それはもう。……ですが、そういった台詞は、別れ際にしてくださいません?
私、これから冬期休暇で、家にずっと居る予定なのですが」
気まずいでしょうに。家の中で何度も顔合わせするのに。
「……すまない」
「いえ、まぁ、良いのですけれど。カルロスお兄様」
「ああ」
「……少しは肩の荷が下りまして?」
私は、ずっと気になっていた事を尋ねる。
カルロスお兄様は私の見えないところで、ずっと何か苦悩している様子だったから。
残念ながら私が手助けできるような事はなかった。
お兄様自身が、私の手だけは借りられないと心に決めているようだったのだ。
それがもう数年。妹としては心配だった。
「…………いや。まだまだ、これからだろう。この先の人生も長いからな」
「そうですか。あまり一人で悩まず。頼りになる者も周りには居ます。サンディカ様も」
「ああ、そうだな」
サンディカ様とカルロスお兄様の婚約は、両公爵家で前向きに検討されている。
おそらく二人は結ばれるのだろう。
メルク様とレオンハルト殿下の縁が結ばれ。
サンディカ様とカルロスお兄様の縁が結ばれる。
ミーシャは、フリード様と。
そして私は、卒業と共に……。





