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【32】罪は、ならず──1年生2学期(カルロスside)

「──ローディック公爵令嬢。少し貴方に話がある」


 銀髪の女子生徒、サンディカに話し掛けたのは青い髪の男子生徒、カルロス・シュタイゼンだった。


「……シュタイゼン公子。貴方が、私に? 話ですか」


 学園の廊下、取り巻きの令嬢たちをそばに控えさせているサンディカの前にカルロスは立つ。


「ああ。出来れば少人数で話したい事だ。お連れの令嬢たちに同席して貰ってもいいが……。内々で話したい」

「貴方と二人きりになれと? お忘れかしら。ローディックとシュタイゼンは政敵でしてよ」

「二人きりではない。学園の教師にも同席願った」

「教師? どなたですか」

「ドラウト教諭だ」

「ドラウト先生が同席ですか。……まぁ、ドラウト先生が共にいらっしゃるなら間違いは起きませんわね」

「元より間違いを起こす気はない。したいのは話し合いだ。貴方にとっての利益もあるよう、考えている」

「……そ。ですが、部屋のドアは開けたまま、外には彼女たちに控えて頂きますわよ」

「好きにするといい」


 公爵家の二人の男女は、準備されていた部屋へと赴いた。

 テーブル越しに二つのソファが向かい合っている。

 その奥には執務用の机もあり、その前の椅子に学園教師ニール・ドラウトは座っていた。


「ドラウト先生。同席してくださるという話ですけれど?」

「ああ。シュタイゼン公子から話は聞いている。俺は二人の話に口を挟まない。口外もしない……が。ローディック公女の潔白も保証するし、暴力沙汰はご法度だ。必ず仲裁しよう。もちろん逆も然りだが」

「私から何かするはずないでしょう。どこかの『騎士もどきな公女』と一緒にしないでください。私は、か弱いのですよ」

「……まぁ、暴力は振るわせない。それ以外は黙っている」

「分かりましたわ」


 そして、カルロスとサンディカの話し合いは始まった。


「現在、王家へ奏上を考えている(・・・・・)案だ」


 カルロスから、まとめられた書類を受け取るサンディカ。

 それに目を通すと、眉間に皺を寄せた。


「……余計な真似を」

「そうでもない。ローディック公女。メルク・シュリーゲンと共に、この王妃教育に参加しろ」

「何ですって?」


 サンディカは睨むように視線を厳しくし、カルロスを見据えた。


「そうして私に何の利点があるのかしら」

「そうだな。……ローディック公女。貴方は、メルク・シュリーゲンが疎ましいか?」

「さぁ」


 白を切るように視線を逸らすサンディカ。


「もしも。貴方が、シュリーゲン嬢を疎ましく感じているのならば。尚の事、共に王妃教育を受けるといい」

「……意味が分かりませんわ」

「メルク・シュリーゲンは『学園の考査に長けた』令嬢だ。だが、それだけ(・・・・)だ」

「は……?」


 サンディカは訝し気にカルロスの表情を見た。

 無表情のまま。氷の貴公子の表情は動いておらず、本心が見えない。


「そういう人物ということだ。学園の考査については、慣れているのか。良成績を残す術を知っている」

「……彼女が不正を働いていると?」

「いいや。言葉通りの意味だ。ただ『学園の考査』というものに精通していて、そこでの点は取る事ができる。それに長けている。だが、それ以外の部分が、貴族令嬢としては十分ではない。それこそ貴方の足元にも及ばないだろう」

「…………」

「だから、シュリーゲン嬢を貴方と『同じ舞台』に立たせるといい。学園の成績以外の場所へ。そうすれば周囲にも、その差が分かる。当然、貴方の方が上だということがだ。だからこそ貴方には『器』で示していただきたい」

「器?」

「そうだ」


 カルロスは鷹揚に頷いた。


「今後の評価は、貴方の振る舞い次第ということだ。『学業成績が振るわないローディック公爵令嬢』なのか。『学業成績だけは(・・・)優秀なシュリーゲン男爵令嬢』となるのか。貴方が、高位貴族たる資質、器の大きさを示していれば、周囲の評価は自然と変わってくるだろう。下手にメルク・シュリーゲンを排斥するよりも、ずっといい」


 カルロスの言葉を、頭の中で噛み砕き、整理するサンディカ。

 その表情は高位貴族令嬢らしいものへと落ち着いていく。


「……言わんとしている事と、件の令嬢の質がどういうものかも理解しました。ですが、それでも。かの令嬢に王妃教育を課す利点とはなり得ませんわ。王家が素直にローディックを選べば、シュタイゼンの介入も、あの令嬢を取り立てる必要もありませんのよ。それをわざわざ『敵』の利得になるように動くなど」

「そうだな。それが普通の考えではある。今の段階では」

「……今の段階では? 他に何かあると?」

「ああ、ある」


 カルロスは頷くと、サンディカの目をまっすぐに見返す。


「レオンハルト殿下は、シュリーゲン嬢に対して『ある可能性』を疑っている」

「ある可能性?」

「アルストロメリア王家の、末裔である可能性だ」

「は……? まさか、そんなはずが」

「少なくともレオンハルト殿下は、そのように考え、動いている。その根拠までは知らない。だが、だからこそ殿下は今まで、両公爵家との縁談を結ばなかった。公爵家と結ばれるよりも、アルストロメリアの血と結ばれた方が良い、とお考えのようだ」

「……ですが。そんな……根拠は……」

「根拠は我々にはない。レオンハルト殿下か、王家が握っている。シュタイゼンが掴んだのはそこまでだ」


 サンディカは、カルロスのその言葉を素直には受け入れられない。

 だが、目の前の男の表情は読めず、真意も分からず、反応に困った。


「……よって、我々は件の令嬢が『そう』だと見做して動くことに決めた。だからこそ。この提案をし、そして貴方に話をしに来ている。道を誤れば、将来の貴方は、今よりもっと屈辱的な立場に追いやられるぞ」

「屈辱的な?」

「貴方が『側妃』に据えられる。言ったように、シュリーゲン嬢は学業成績以外が振るわない女だ。それは、王妃教育を受けさせれば確かだと掴めるだろう。であれば、王家の今後の決断は、どのように帰結するか。……既に妹のアンジェリーナは、バルツライン辺境伯と結ばれている。妹のその庇護を、王家は覆せないだろう。であれば、当然の事として」


 メルクとアンジェリーナの現状、そして未来の『皺寄せ』はすべてサンディカに回ってくる、と。


「…………」


 サンディカは無言のまま、だが顔色を青くする。


「もしもメルク・シュリーゲンが王妃教育を受けて。そこで『花開く』ならば、確かに貴方にとっては業腹だろう。実力の伴う王太子妃。そうなるかは、今後のシュリーゲン嬢の努力次第だ。だが、そうならなかった場合。その尻拭いは貴方がする事になる。その前に手を打つといい」

「……手を?」

「メルク・シュリーゲンと共に王妃教育を受け。そして己の将来に何が待つかという『現実』をかの令嬢に教えてやれ。排斥するのではなく、優しく諭し、懐柔する方向で。『忌々しい男爵令嬢』ではなく、『世間知らずの王族』と思えば、懐柔策にもやる気が出るだろう?」

「…………」

「そして、何もかもが叶わぬならば。貴方の『骨』は、私が(・・)拾おう」

「なんですって?」


 青くなっていた顔を上げて、サンディカはカルロスを見る。


「シュタイゼンもローディックも、今の段階でシュリーゲン嬢の後見にはならない。この先、彼女の後見に付くとするならば侯爵家のどこかとなるだろう。台頭しては困る家が、ちらほらとある。その時に備えるならば」

「……ローディックと、シュタイゼンが結ばれるのも、手の一つである、と」

「そうだ。そして、愚か……となるかは未知数だが。王太子と新たな王太子妃を、結びつけた公爵家の夫人として立てばいい。それこそ全ては今後の彼ら、そして我々次第ではあるが。夢を見がちな王太子殿下が腹に据えかねるとしても。こちら(・・・)に立てれば、見返す目もあるはずだ」

「それは」


 サンディカは、そこで呆れたようにカルロスを見た。


「……随分、素敵なプロポーズですこと」


 そうして、サンディカはメルク・シュリーゲンの庇護を始めた。

 それはカルロスやニールらが知る『前の時間』とは異なる事態。


 メルクが誰かに虐げられ始める時期になっても、彼女の身には何も起こることはなかった。


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― 新着の感想 ―
おかしいな、氷の奇行子が貴公子に見える。
[一言] おいおあおあおあおあおいおあおいおいおあおうおい! 兄貴が覚醒したやん、いきなりイケメンになられると読者ついていけへんやろ! アホは頭でっかちとお花畑のカップルだけか。
[良い点] 先生が「信頼」されていること 「……随分、素敵なプロポーズですこと」の台詞がとてもすきです
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