【31】正しくない者(デニスside)
※皆、大好きデニスくん回。
※不快になられる内容の可能性がありますので、ご注意下さい。
「くそっ……!」
デニスは、苛立たし気に声を荒げた。
「何故また! あの女も記憶を持っているのか!?」
王立学園、1年生の1学期。その期末考査。
デニス・コールデンにとって最も忌々しい出来事が、繰り返されてしまった。
1年生の『学年首席』をアンジェリーナにまたしても奪われてしまったのだ。
時間を繰り返して、考査の内容すら把握していて、学んできたはずの自分。
今度こそ、己が学年首席を取り、あの女より上に立つ。
それが『正しい』、あるべき光景のはずだった。
だというのに、忌まわしい歴史は繰り返してしまったのだ。
(全部、覚えていた。考査の内容も! 同じ内容のはずだった!)
なのに1点。ただ一つの設問。それが『何故か』抜け落ちて、あの結果だった。
自室でひとしきり、この最悪の出来事に向き合うデニス。
「あの女も時間を? だから……満点など!」
デニスに落ち度があったとしても、アンジェリーナの成績が前回のままであれば、やはりデニスが勝っていたはずだ。
しかし、アンジェリーナはデニスの記憶にあるより上の成績を叩き出していた。
確かに1年の1学期、最初の期末考査など、それほど高度なものではない。
満点だって取れなくはなかった。だが、よりにもよって、あのアンジェリーナが。
あのタイミングで。
「くそっ!」
デニスは、レオンハルトの側近に2学期からなるつもりだった。
或いは、先に生徒会に入り込むのもいい。
メルクは、1年生の2学期から生徒会の仮役員になるはずだから。
そんな風に考えていたのだが。
「このまま終わる、など」
アンジェリーナの成績は記憶では、これ以降は落ちていく。
首席となるのはメルクやデニスだ。だが……ある不安が拭えなかった。
それは、アンジェリーナがこの時間では、レオンハルトの婚約者に据えられていない事だ。
そもそも前回、アンジェリーナがデニスにとって目の上の瘤であったのは。
『デニスがいくら首席をとっても、本当に賢いのはアンジェリーナ様。何故なら今の成績は、彼女が王妃教育を受けており、対策する時間が足りないせい』
……そういう噂が流れ、デニスの不名誉に繋がったせいだ。
つまり、そのまま今回の時間の状況に当て嵌まってしまう事になる。
では、まさか、次の期末考査でもデニスは、アンジェリーナに……負ける?
「くそっ! そんなはずない!」
時間の繰り返しによる知識もあって、栄光を取り返せる自信のあったデニスは、起きた結果に苛立ちと不安を隠せなかった。
「だいたい殿下だって、何を勝手な! 大人しくあの女と婚約を結べば良いだろうが!」
そうして、また婚約破棄を突き付けて令嬢として瑕疵を付けてやれば良かったのだ。
そう思って、また自室にある家具をデニスは蹴り付けた。
デニスの予定は、最初から大きく狂ってしまったのだった。
1年生の夏季休暇を終えた、2学期を迎える。そろそろ、メルクと『再会』する日だった。
顔合わせ自体は、既に済ませている。そして、それはデニスの『苦い記憶』となっていた。
メルクと今回の時間で出会った時。
既に知っていた出来事な面もあり、前回のような衝撃は受けなかった。
当たり前だ。デニスは既にメルクが可憐な少女である事を知っている。
溌剌とした笑顔は、デニスにとっての癒しだったが……。その時は、特に必要としていないものだ。
家族との関係や、思うところなどは既にデニスの中では解決している事。
まだ出会って間もない時期の彼女に無遠慮に蒸し返されても、煩わしいだけだった。
「えっと……」
「何?」
「あ、何でもないです……」
「は?」
(何だ、その怯えた表情は?)
メルクは初対面でも笑顔を向けてくれた女だった。
その容姿が可愛らしいとデニスは心惹かれたのだが……。
今回の時間のメルクは、適当にあしらうような対応をしたデニスに、包み込むどころか『警戒』しているように怯えた。
その表情は、まるでこちらが彼女を傷付けた『悪役』のようだ。
そんなメルクの態度にデニスは苛立ちを隠せなかった。
「何だよ、その顔は?」
「えっ……いえ! 何でもありません! さようなら!」
「おい!?」
あっという間に立ち去っていくメルク。
「くそっ、何なんだ。メルクは……ただ笑っていればいいのに」
メルクは賢いが……馬鹿だ。学園での成績は、要領がいいのか上位の成績をキープしている。
知識だって、それなりにある方で時折、チグハグなところもあるのだが……。
とにかく、デニスにとってメルクは、自分と話が合う程度には賢くて、それでいてデニスより愚か者で。
顔が良くて、癒しになる。そういう女だった。
それが、あんな態度で……。デニスは溜息を吐くばかりだ。
「……はぁ」
1学期の、『今回の』その出会いを思い出し、億劫な気持ちになる。
生徒会に参加するのも……学業面で、アンジェリーナに劣るなど許されないため、無駄な時間を使いたくなかった。
「……まぁ、今回はいいか」
デニスは、メルクとの再会の場に赴くことを止めた。
彼には他に考えるべき事が多くあったのだ。
(……あの女だけじゃない。メルクも、殿下も、フリードの馬鹿も、カルロスも……ドラウト先生だって)
『前の時間』とは異なる行動ばかりしている。
王族・高位貴族の行動が違うものだから、前回との時間と同じ点を探す方が難しくなってくる。
その事もデニスにストレスを与えた。
当初、デニスは『前の時間』の記憶を活かして、今回の時間を立ち回るつもりだったのだ。
例えば、誰かが思い付き、成功させた『商売』や『取引』。
或いは『新魔法の開発』や、高評価だった政策の提案。
そういった『前回の成功例』を記憶を活かして、デニスの手柄とする。
そうすれば、将来の宰相として、デニスの経歴は、より華々しいものとなるだろう……。
そう考えていたのだ。
だが、蓋を開けてみれば、デニスの企みはどれもこれも『失敗』が続いた。
宰相である父に良かれと思ってした提案は、逆効果となり。
或いは、情報や前提条件が足りず、デニスの提案として意味を為さなかったり。
その癖、腹立たしいのは、手柄を奪おうとした相手は、別の形で手柄を立てていて……。
まるでデニスだけが空回っているかのようだ。
「くそっ……。なんでこうも上手くいかない……! 時間を繰り返しているんだぞ? もっと上手く出来るはずなのに!」
未来の知識を活かして、前回の時間での他者の功績を奪い取って、己の功績を華々しいものにする。
それは、誰にも咎められる事のない、素晴らしいアイデアのはずだった。
だって、それらは『前の時間』の出来事だ。
だから『今の時間』でデニスがそれを奪い取ったって誰にも気付かれない。責められない。
特に……アンジェリーナだ。
前回のあの女は、王太子の婚約者として王宮で意見を言う事だって出来た。
だから、多少の政策への口出しも可能で……。
忌々しいことにそれらは、宰相の父や国王からの評価が高かった。
しかし、今回のアンジェリーナは、その立場に居ない。
だからデニスは、アンジェリーナの功績を奪おうとした。
幸い、それらの提案は……誰が言っても問題ない。
ただ、アンジェリーナの声が真っ先に国王や宰相に届く場所に居ただけ。
だから、デニスからの提案であっても問題なく……デニスは時期を見計らって父に進言した。
「……良い提案ではあるが」
「そうでしょう? 父上。いえ、宰相閣下」
当然の反応だ。何故なら前回は、それがアンジェリーナの功績となっている。
「その件は既にローディック公爵令嬢より提案があった。既に陛下が可決している」
「…………は?」
「よく国政を学び、今の状況を見ているようだな。それは褒めてやろう。今回は一足、言うのが遅かったが、これからも精進するように」
そう告げて。宰相である父は、あっさりとデニスを置いて去っていった。
「…………」
そして、また1年生、2学期の期末考査。そこでデニスの恐れていた事が起こる。
学年首席と示された名は……アンジェリーナ・シュタイゼン。
2位は、メルク・シュリーゲン。
3位は、サンディカ・ローディック。
デニスは……4位だった。
「何故……」
考査の内容は、そこまで前回と違っただろうか?
そうは思えない。記憶にあるものと同じなはず。
……この頃になると、デニスは苛立ちよりも焦燥感に駆られ、憔悴し始めていた。
ずっと、何もかも思う通りにいかないのだ。それが、もう何ヶ月と続いている。
逆行してから思い描いていた未来予想図は、何一つ叶わないまま。
むしろ、デニスの評価を下げ続けている。
「ドラウト先生」
「……どうした? デニス」
2学期の期末考査の結果を見て、デニスは学園教師ニールの下を訪れていた。
「……試験に不正は、なかったのですか?」
「あるワケないだろ。何の不正だ?」
「……あの女が」
「…………」
「アンジェリーナが首席なのは、おかしい。正しくない……!」
何故。時間を繰り返している自分が上手くいかないのに。
アンジェリーナは、むしろ成績を前回よりも上げているのか。
「不正はない。公女たちだけでなく、シュリーゲン嬢も、そして、お前もだ。デニス」
「……は?」
「考査を厳しく見ていて欲しかったんだろ? だから、教師陣を焚き付けて、監視を厳しくしてある。なんで当然、お前もだ、デニス・コールデン。お前は不正なんてせずに、学年で上位4位に実力で入ったんだ。それは誇っていいぞ。よく頑張ったな」
「なっ」
デニスは一瞬、言葉を失った。
「……まぁ、お陰様でカンニングをしでかす馬鹿まで見つけたんで、それはお前があの時、俺に進言した分の功績だな。未然に防げたんで、きちんと成績は生徒たちの実力だ。お前も、シュタイゼン公女も」
「僕が不正なんてするはずないだろう……!」
遅れて、そう反論するデニス。顔を赤くし、怒りを露わにする。
「……するはずがない、は生徒の皆に言える事だな。お前もそうだが、シュタイゼン公女も同じだ。まぁ、他の一部を除いてだが。だから、教師陣できちんと監視した。成績の改ざんなんかも誰であろうが、させてないから安心しろ。たとえ、王子だろうが公爵令嬢だろうが、宰相の息子だろうが全員同じ条件だ」
「ぐっ……!」
「デニス。ただの実力だ。お前は上の方に居る。それは誇っていい。同時に上には上が居る事もある。……俺から、お前に言える事は『決して誰にも不正なんか許してない』。それだけだ。少なくとも上位30名に名を乗せられた生徒たちは、きちんと実力であの成績を取っている」
「もういいです……!」
デニスは苛立ちと羞恥、怒りを隠せず、立ち去ろうとした。
アンジェリーナの不正を正そうと思っていても、まさか自分の不正が疑われるとは思っていなかった。
冷や水を浴びせるような、その事実に形容し難い感情が湧き立つ。
「デニス。道を誤るな。落ち着いて……今を見てみろ。シュタイゼン公女だけを疑ってどうする? お前はシュリーゲン嬢を1位にしたかったのか? それとも、お前が首席になりたかったのか。俺に不正の疑いを問いかけた時点で、お前は何を望んでた? ……自分の言動に疑問を覚えなかったか。今回の成績順。仮に公女がトップじゃなかったとしても、お前は一番じゃないんだぞ」
「それは……!」
その通りだった。アンジェリーナに疑いを掛けた理由は……何も上手くいかない自分の、八つ当たりのようなもので。
「……失礼します!」
デニスは、その場から逃げるように立ち去った。
(くそっ、くそっ、くそっ……!)
そのまま時間は、どんどん過ぎていく。
3学期の期末考査もまた、アンジェリーナが学年首席を取って。
『前の時間』と違い、1年生の間で一度も首席にならなかったデニスを、アンジェリーナと比較する声は上がらなかった。
……生徒たちの嫉妬の対象にすら、デニスはならなかったのだ。
アンジェリーナが輝き続けているから。
「…………」
2年生に上がって、しばらくすると『前の時間』とは明らかに異なる出来事が始まった。
アンジェリーナではない、数人の令嬢たちが王妃教育を受けることになる。
その中には、メルク・シュリーゲンの名もあって。
彼女の優秀さなら将来は、レオンハルトの婚約者か。
或いはカルロスの婚約者に……? そこにデニスの名はなかった。
「……メルク」
結局、今回の時間では彼女と、ほとんど交流を取っていない。
互いが避けるように出会いもせず。今回も、デニスはメルクと結ばれることはないのだろう。
「…………」
フラフラと学園の中をどことも言わずに歩いていくデニス。
そんな彼は……修練場にて『あの女』の姿を見つけた。
「あ」
そして『彼女』の表情を見た。その視線を見た。その『情熱』を、見てしまった。
「なんで、こんな事に……?」
許せなかった。残っていた、なけなしのプライドを傷つけられた気がした。
渦巻くドロドロとした感情を抱えて。だけど、何も出来ずに、ただ。
「あの女が……ミランチェッタ領に? 祭り……」
その話を耳に入れた。学園では警備が厳重で、修練場には騎士が居て。
だが、混雑している祭りの中、でならば。デニスは、そう考えた。
「……僕は」
取り戻したいと願った。時間を繰り返すように。
あるべきものを、あるべきところへ。だって、それが。
「正しく、あるべきだ」
そう、デニスは独りごちた。
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