【03】バルツライン辺境伯家──15歳、9月
十五歳の年、九月。夏も、そろそろ終わりへと向かう時期。
私は、馬車に乗って北のバルツライン辺境伯領へ向かっていた。
王都からバルツライン領までは、馬車で二週間の旅路だ。
この旅の目的は、私の婚約を決めるため、かの地について知ること。
お父様は、王家が私の婚約を保留している事を快くは思っていなかった。
そのため、私にバルツライン辺境伯との縁談を決める権利を託して、送り出してくれた。
「どんな方だろう……。バルツライン閣下」
私が手紙を送り、返事をしてくださった辺境伯、アッシュ・バルツライン閣下。五つ年上の男性。
もちろん、その姿を見た事はなく、話した事もなかった。
「我ながら、思い切ったわよね……」
なにせ、会った事もない相手に縁談を持ちかけたのだもの。
でも、あのまま王家の対応をただ待っていたら……きっと私は、幸せにはなれない。
そう思ったのだ。だから決断した。
「──レオンハルト殿下や、カルロスお兄様の事情なんて、私には関係ないわ」
彼らに一体、どんな思惑があるのだとしても、私は私で、自らの幸せを掴む。
そんな決意を胸にしながら、私はバルツラインへの旅を続けた。
……やがて、二週間の旅路が終わりに差し掛かり、遠くに栄えた街並が見えてきた。
「あれが、バルツラインの街! そして、その向こうが」
街のさらに向こう側には、大きな『壁』が見えた。
あの壁を越えた先には、魔獣が湧く北の大森林があるのだ。
思わず、ゴクリと唾を呑み込む。私は、魔獣を見たことはなかった。
一応、高位貴族として『魔法』は使えるように教わっている。
また、私の魔力量は、王国でもかなり多い方らしい。
戦力として役立つかは未知数だが、鍛えれば、役に立てるように……なる、はず。
「閣下は、私を受け入れてくれるかしら」
目下、それが一番の不安だろう。
いえ、会った事もない相手なので、相手がどのような方かも、不安なのだけどね。
王家との縁談を拗らせている状態を好ましく思わないかもしれない。
カルロスお兄様がああ言ったように、バルツライン閣下も、私との縁談を拒むかも。
魔法が使えると言っても、戦闘では役立たずだからと断れるかもしれないわ。
辺境伯閣下と、私の性格が合わないかもしれない。
単純に『見た目』が、好みではないとか。お互いに発生し得る事だ。
それと、辺境伯の家族と良好な関係を築けないかも……。
「たしか、辺境伯閣下には、妹さんが居たはずね」
両親を早くに亡くされ、兄妹で助け合ってきた関係だ。
彼の妹も、けして蔑ろに出来る相手ではない。
もしかしたら、大切な兄を政略で奪おうとする『悪女』だと思われてしまうかも。
「……いよいよ、だわ」
そんな様々な不安を抱えながら、私はバルツラインの地へと足を踏み入れたのだった。
◇◆◇
「ようこそ! バルツライン領へ! アンジェリーナお義姉様!」
「……お義姉様、ですか?」
私を出迎えてくれたのは、そう歳の変わらなそうな見た目をした貴族令嬢だった。
ウェーブがかった銀色の髪と、ルビーのような赤色の瞳。
その特徴からして、バルツライン辺境伯閣下の妹、アリア・バルツライン嬢だと思われる。
「はい! アンジェリーナお義姉様! 私、アリア・バルツラインと申します! よろしくお願いします!」
「ええと……はい。よろしくお願い致します」
私は、熱烈に歓迎してくれるアリアさんに困惑していた。
まだ婚約を結んでいないので、お義姉様は……とは、今言う言葉ではない。
「お義姉様。とても、綺麗で……それに可愛いですね! ピンクブロンドの髪に、スカイブルーの瞳! とても素敵です!」
「それは、どうも、ありがとう。アリアさん。貴方もとても綺麗ですよ」
「ありがとうございます!」
亡きお母様譲りのピンクブロンドの髪を褒められて、私も悪い気はしなかった。
それにしても。随分と、熱烈な歓迎を受けてしまったわ。
私を歓迎してくれたのは、アリアさんだけじゃなかった。
屋敷の前で並んだ屈強な騎士様たち、それから使用人たちも、私に向けてニコニコと微笑んでいる。
……辺境伯家を上げて、歓迎ムードといったところだ。
もしかして、あちら側からすると『嫁に来てくれた』扱いなのかしら……?
「アンジェリーナ・シュタイゼン公爵令嬢」
そんな歓迎ムードの中、一人の青年が私の前に歩み出て頭を下げた。
「僕は、バルツライン家に仕えるセッダ子爵家の息子、エルク・セッダと申します。こちらのアリア様の従者であり、目付け役で、またアッシュ閣下の相談役でもあります」
「ご丁寧に、ありがとう。アンジェリーナ・シュタイゼンです」
「どうぞ、こちらへ。アッシュ閣下の下へご案内させていただきます」
「ええ、よろしくお願いするわ」
とうとう、お会いする事になるのね。私の、今後の人生が決まる瞬間が、もうすぐ。
バルツラインの屋敷の中へ通される私。内装は、立派に整えられている。
シュタイゼン家より無骨な印象を受けるのは、気のせいではないだろう。
屋敷の内装から、この家の雰囲気が伝わってくるようだ。
「アッシュお兄様! アンジェリーナお義姉様が来てくれたよ!」
「……アリア様」
元気に、家族らしい親しみやすさで扉の向こうへ話し掛けるアリアさん。
そして、それを窘めるセッダ子爵令息。どこか家族のような関係なのだと窺えた。
「ん、んん。あー……。入って貰え」
辺境伯閣下の声が扉越しに聞こえる。若さを感じる、青年の声だ。
「では、シュタイゼン公爵令嬢。どうぞ」
「ええ」
扉が開かれ、私は部屋の中へ入っていく。室内に入り、まずは挨拶をさせて貰った。
「はじめまして、バルツライン辺境伯閣下。私はアンジェリーナ・シュタイゼンと申します」
私は、カーテシーで敬意を払い、挨拶する。
「ああ。顔を上げてくれ。シュタイゼン公爵令嬢」
私は、そう言われてから頭を上げ、改めて彼の姿を目にする。
「はじめまして。よくバルツライン領まで、はるばる来てくれた。俺がアッシュ・バルツラインだ。辺境伯をしている」
アリアさんと同じ銀色の髪。それが短く切り揃えられている。
無骨ながらも好青年の印象を受けた。
瞳の色もアリアさんと同じ、ルビーのような赤色だ。
第一印象としては、背が高い、が来るだろう。
私も同年代の女性の中では身長が高い方なのだが、彼のことは見上げる必要がある。
背が高く感じるのは、彼の体格が、がっしりとしているからだ。
鍛え上げられた戦士の雰囲気を感じた。また、お顔立ちは整っている。
身なりも整えられており、不快な印象は感じない。
……総じて、好印象だった。その事に、私は内心でほっとする。
「辺境伯閣下。此の度は、私の手紙を受け取り、縁談を申し込んでくださって感謝しております」
「……ああ。それについては、こちらこそだ。本当に、よく来てくれた。話す事もあるかと思うが、長旅の後だ。疲れているだろう。ひとまず、屋敷に部屋を用意している。共に来た侍女が過ごせる部屋も、近くに用意した。まずは休んでくれ」
「ありがとうございます、閣下」
「護衛の騎士たちは、少し離れた部屋になるが、不足があるならば遠慮せずに言ってくれ。可能な限り、対処する」
「重ねて、ありがとうございます」
歓迎ムードなのは、辺境伯閣下も同じらしい。
「シュタイゼン嬢」
「はい、閣下」
「俺は、そして我々、バルツラインは貴方を歓迎している」
「……ありがとう、存じます、バルツライン閣下」
かなり手厚い歓迎ムードだった。でも、何と言えばいいのか。
周りから『絶対、彼女を逃さないようにしろよ!』と言われている朴念仁。……無骨な人、という雰囲気がある。
温度差とでも言えばいいのか。彼自身が私に熱意を向けている、というより、周囲からの圧の方が強い印象だ。
……これは、周りに流されずに彼個人と、きちんと話し合いをした方がいいわね。
どういう思惑で話を聞いてくれたのか、何か思うところがありそうだ。
そして、私は共に来た侍女や護衛と共に辺境伯家の屋敷に滞在させていただくことになった。
事前に私なりに領地の状況は調べ、また聞いている。
魔獣との戦いの地ではあるものの、現在は特に食料事情などで困っている様子ではない。
押しかけ気味に来た私のせいで、彼らが空腹に悩まされるといった事はないようだ。
縁談を結ぶかどうかの話に当たり、彼らが望む支援などがあれば聞いておきたい。
それよりもまず、この地の実情の正確な把握か。
聞きたい事は山程あるけど……。まずは、閣下自身と私が上手く交際していけるかね。
第一印象としては悪くなかった。如何にも好青年といった様子だ。
……ご両親が健在であれば、まだ『嫡男』だった人。貴族令息と言われた方が、しっくり来る若さがあった。
それだけに苦労が絶えないのだろうと推測できる。
それからアリアさんを始め、周囲の人間には慕われている様子だ。皆が彼を支えようとしている、と感じた。
「……うん。悪くない」
あとは、こちらの印象が良いものであればいい。そう思った。