【29】ミランチェッタ領のお祝い──2年生1学期
王妃教育に加えたレオンハルト殿下の婚約者選定についての提案は、お父様とお兄様が連れ立って王宮へ向かい、陛下に奏上した。 現在は審議中・交渉中とのことだ。
ローディック公爵も黙ってはいないので、すんなりこちらの思惑通りにはならないだろう。
早い話、ローディックからすれば、レオンハルト殿下の婚約者にサンディカ様が選ばれればいいだけの話なので。
当然、邪魔というか反対する。
殿下の婚約者選定にシュタイゼンが一枚噛むために、カルロスお兄様が半ば『売り』に出される形。
『余りもの』令嬢にも公爵夫人になる目が生まれるのだ。
またレオンハルト殿下の想い人、シュリーゲン嬢もこの提案が通れば王妃教育を受けられる可能性が見えてくる。
彼女の後見人に付く家が出て来るかどうかは、この先次第だろう。
シュタイゼンからの提案なので、ローディックとその派閥以外からは『これが通ればウチにも可能性が……』となり、メリットのある話。
通らなくても別にシュタイゼンに大きなマイナスになるワケではない。
また、ここが重要な問題なのだけど。
そもそもローディック公爵家、サンディカ様を王家が選ぶつもりであれば、『とっくの昔に選んでいたのでは?』という話になる。
……そう。
現時点で、王家はローディック家を『選んでいない』のだ。
その点がローディック側の痛いところになる。
『文句があるようだが、ローディックが申し分ないのであれば既に殿下の婚約者として名が挙がっているのでは?』
と、いう事を言われる。
そうでなかったからこそ、こちらは今、このような提案をしているのだ、と。
ああ、嫌だ。その立場には私も立つはずだったから。
サンディカ様には同情する。
また、今回の件。
カルロスお兄様の思惑はいまいち分からないが、お父様としては『王家に対する不満』の表明として出されるおつもりだ。
王家というか、現状というか。
ここまで来れば、もうローディック家を選んでもいい。
とにかく『さっさと王太子の婚約者を決めろ』と言いたいのだ。シュタイゼンとしては。
以前は、私の婚約に圧力を掛けていた。
だから『まさかとは思うが、辺境伯に嫁ぐ予定のアンジェリーナをまだ振り回したりはしませんな?』と。
そうなれば、国内が荒れることは不可避。
王国一の武力を誇るバルツラインを敵に回すおつもりか、と。
……たぶん、王家と二大公爵家、他貴族家や大臣たちの話し合いはギッスギスの修羅場だろうと推測できる。
それもこれもレオンハルト殿下が、さっさと婚約者を決めないものだから。
いえ、彼自身は相手を心には決めているのだろう。
ただ、その相手の処遇が難しい。
彼女の後見を決めねばならず、その後見人の選定に手間が掛かる。
サンディカ様が居るため、ローディック家がシュリーゲン嬢の後見になるのはおかしいだろう。
そんな事ならばサンディカ様を選べということになる。
シュタイゼンが彼女の後見人となるのは……ないと思う。
私は望んでいなかったものの、『以前は王家からアンジェリーナとの婚約を取りやめたはずですが?』と言える。
直系の令嬢との婚約を拒んでおきながら、その家に殿下お気に入りの令嬢の後見人となれとは言えまい。
まぁ、王家がモタついている間にさっさとバルツラインと縁を結んだのは、こっちなのだけど。
消去法で、侯爵家のどこかにシュリーゲン嬢の後見を頼んでいると思われる。
怠惰でなければ、或いはシュリーゲン嬢に対して本気ならレオンハルト殿下が既に動いているはずだろう。
その家がどこの家かは定かではないけれど、そちらも今回の提案については面白くないかもしれない。
せっかくレオンハルト殿下お気に入りの令嬢を家に迎え入れる予定だったのに、と。
ただし、そちらの家には、今回の提案のメリットもある。
……それはシュリーゲン嬢の見定めを行える、という点だ。
どの道、彼女が最終的な勝利者であれば、後見は必須となる。
順序が前後するだけの話だ。
でも、今の段階だと学園の成績は悪くないが、シュリーゲン嬢の『それ以外』の部分が未知数だ。
それが今回の提案が通れば……きっちりと見定める事が出来る。
下手に彼女の後見人に付く前に。
特にお兄様が提案した教育・選定内容は、学業成績以外を重視する方針だ。
どこの侯爵家かは知らないが、それはぜひとも見極め、知っておきたい情報だろう。
「……総括すると、今回の提案は」
まず、シュタイゼン家の利点は、優秀な令嬢を嫡男の婚約者に迎えることが出来ること。
公に開示されるだろう優秀さは、公爵夫人となる女性の『箔付け』にもなる。
また、王家への『貸し』にもなるだろう。この事態を招いたのがレオンハルト殿下の我儘だから。
レオンハルト殿下、シュリーゲン嬢は彼女の王妃教育を早期に始められるのが利点だ。
この点について文句があるとは言わせない。
『では、どうするつもりなのだ』と、こちらとしては言うしかない。特に殿下に対しては。
もちろん、そこで後見人となった、どこかの侯爵が物申すかもしれないが。
けれど、その、どこかの侯爵家にも利点がある。
正式にシュリーゲン嬢の後見となる前に、彼女の資質を見極められること。
彼女がきちんと家門の利益となれるかどうかを知れるのだ。
自家の娘ではないため、シュリーゲン嬢の為人は、十全に把握しておきたいはず。
ただ、未来の国王たる殿下に請われたから……だけでは彼女の後見は受け入れ難いだろう。
そんなことを強引に迫る王太子であれば将来ごと不安になる。
王家に搾取されるために後見を引き受けるワケではないのだから。
ローディック家にも実は利点がある。
それは、まず『現時点でローディックは王家に選ばれていない』という状態を踏まえての利点だ。
この提案が飲まれれば、サンディカ様はレオンハルト殿下の婚約者候補の席に正式に座れる。
彼女は、ようやくスタート地点に立てる、という話だ。
そこからは彼女の実力次第である。
資質を見極められれば、レオンハルト殿下がいくらごねたとしても国王陛下のご意向で、殿下の婚約者に選ばれるかもしれない。
そしてサンディカ様としては業腹だろうが、仮にレオンハルト殿下に選ばれずとも、公爵夫人の座を狙う事も出来る。
今のようにただ待つよりも、ずっといいだろう。王妃教育だって進められる。
他の貴族家の利点は言わずもがな。
そして……こうして公な資質の見極めをする事で、貴族一同、及び大臣からも強く出られる。
『未来の王妃の資質ある令嬢が居るのであれば、彼女を王妃とするべきです!』と。
今までのような、無意味な停滞を避けることができるだろう。
……王家の利点は知らない。と、投げやりにしたくなる。
今現在の状況が、そもそも、どういうおつもりなのかが見えてこないためだ。
なぜ、シュタイゼンとの縁談を取り止めた?
なぜ、ローディックを選ばない?
なぜ、殿下が男爵令嬢を想うのを好きにさせている?
ベルツーリ王家には、そろそろ、これらの答えを聞かせて欲しいものだ。
「お嬢様。お手紙が来ております」
「手紙? ありがとう」
私は侍女から手紙を受け取った。
「あら、これは」
その手紙は、ミランチェッタ子爵からの招待状だった。
……私とアッシュ様。
シュタイゼン公爵家とバルツライン辺境伯家の縁談が決まったことで、公爵領から辺境を繋ぐための『街道整備』を進めていた。
立地的に言えば、王都からバルツラインへ向かう際にも通る場所である。
その領地を管理しているのがミランチェッタ子爵だ。
ざっくりと言えば、今まで『回り道』をして、王都とバルツラインを2週間で移動していた。
それがミランチェッタ領の街道整備をすることで『まっすぐ』に馬車が通ることができるようになる。
そうすれば、かの地へ辿り着く期間が大幅に短縮され、1週間程度の道程となるはずだ。
厳密に言えば、もっと複雑な道のりなのだが、まぁ簡単に言えばこうだ。
また街道を通りやすく整備するだけでなく、『宿場町』をミランチェッタ領に作らせている。
もちろん、シュタイゼン・バルツラインの共同出資の下でのプロジェクトだ。
機能すれば、別の地点で宿を取る必要がなくなり、より辺境への移動がスムーズとなるだろう。
そんなミランチェッタ領の、街道整備・宿場町の構築が、一応の完成を迎えた。
受け取った手紙は、それらの完成の報告と、そんな新しい町の完成を祝う『お祭り』への招待状だ。
アッシュ様との婚約が決まってから、早1年。
王家周りには問題があれど、アンジェリーナ・シュタイゼンという個人には良いことが続くのだった。
たぶん、あと8話ぐらいで完結です。
どうか、最後までお付き合いいただけますと幸いです。





