表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/41

【27】公爵令息の奇行録──2年生1学期

 カルロス兄様は、いつの頃からか、よく分からない人になった。

 以前は私を睨みつけるような、値踏みするような厳しい視線を、ある日から向けてくるようになったのだけど。

 ある時、また私を壮絶な表情で見て来た。


「…………」


 悲壮感漂う、苦しそうな? 疑わしそうな?

 或いは、怒り? 悲しみ? 困惑?

 本当によく分からない、形容しがたい表情と視線で私を見て来るのだ。

 無言で。


 なに、なに、なに?

 一体何だと言うの、その表情は?

 言いたい事があるのであれば、本当にそう言って欲しい。

 気になって仕方ないのだけど。


「……カルロスお兄様? 何か御用かしら?」

「っ……!」


 あ、逃げた。

 そう。どう見ても逃げたのである。だから何?

 何か言ってから立ち去りなさいよ。


 そんな年々、奇行が止まらなくなるお兄様は、それでもシュタイゼン家の嫡男なのである。

 ……大丈夫なの?

 本当にお兄様には、しっかりとして欲しいものだ。

 私は家を出て嫁ぐとはいえ、実家が不安定であって欲しいワケではない。


 だが、その後もカルロスお兄様の予測のつかない行動は続いた。

 ちょうど私が、学園で2年生に上がった時だったか。

 これは、その頃の話だ。



「王妃教育を複数の令嬢に受けさせる、ですか?」

「そうだ。カルロスから提案があってな。アンジェリーナ。お前の意見も聞いておきたい」

「え、私の? 別に構いませんが……」


 カルロスお兄様は、陛下へ奏上するための『提案』をお父様に相談していたらしい。

 私も、それを確認させて貰った。


 いつもなら、お父様がご自分で判断される事だろうに、私の意見を求めるなんて珍しいこともあるものだ。

 そして、お兄様がこういった提案をお父様にされることも珍しい。

 その提案内容なのだが。


「王妃教育を、複数人の令嬢に課す。そして、その中から適した者を、レオンハルト殿下の婚約者に選定する」


 複数人の貴族令嬢への、王妃教育への参加。

 実質、レオンハルト殿下の婚約者候補の選定案だ。


 私が2年生に上がって間もなくのこの時期。

 レオンハルト殿下は、未だに婚約相手を決めておられない。

 とはいえ、学園で殿下のお相手だと噂が立っている令嬢は既に現れていた。

 それが『特待生』のメルク・シュリーゲン男爵令嬢だ。


 『男爵令嬢かぁ!』という、関係各所の皆さんの心の声が聞こえてくるようである。

 己の婚約者の選定を待たせに待たせておいて、殿下が選んだのは男爵令嬢だったのだ。

 家門の後ろ盾とか、そういう配慮はないらしい。


 本当に『好きな人と結婚したい!』と今までレオンハルト殿下は、駄々をこねていたということ?

 既に数年前の話とはいえ、そんな殿下の我儘に付き合わされて、私の婚約に圧力が掛かっていたのかと思うと、私の中のレオンハルト殿下の評価が駄々下がりである。


 シュリーゲン嬢は、学園での成績が優秀な人だ。

 私は、彼女とはあまり関わりがなく、言葉を交わしたこともないのだけど。

 ただ、その名だけは知っている。


 1年生の間で期末考査の成績が掲示されたのは3回。

 そのいずれも私のすぐ下、2位や3位にシュリーゲン嬢は名を連ねていた。


 ちなみに私は1年生の間、常に『学年首席』だった。えっへん。

 アッシュ様にも褒めていただきました。



 レオンハルト殿下についての噂を聞くに、交際中のシュリーゲン嬢を妃に据えたい意志が確かにあるのだろう。

 ただし、彼女の身分は残念ながら男爵令嬢だ。

 正式に縁談をまとめるには、かなり厳しい立場となる。


 でも全くの不可能というワケではない。

 ただし、その場合は、彼女がどこかの高位貴族家の養子となり、後ろ盾を得てからが望ましいだろう。

 そうなると、どこの家が彼女を引き取るかが貴族社会としては注目だ。


 ローディック公爵家や筆頭侯爵家辺りの養子に取られてシュリーゲン嬢が王妃となると、シュタイゼン公爵家として面白くはない。

 もちろん、その辺りの有力家門が後ろ盾であるのなら王国としては正しいのだが。


「王妃教育は時間を掛けて行うものだ。殿下の卒業を待ってからでは遅い。本来ならば、もっと早くに婚約者を定め、令嬢に教育を始めるべきものだった」

「そうですね」

「だが、こうした現状となっている。臣下としては不安を感じざるをえない」

「まぁ、それはそうですね……」


 私は今更、殿下の婚約者になる気など毛頭ない。

 それは、お父様も理解してくださっているだろう。

 王家とて、もう私を望みはしないはずだ。

 アッシュ様との関係だって、王家が奪う形にして穏やかに話が済むはずもない。


 確かに私は自分の価値を示している。

 学年首席を1年間、取り続けるという形で。

 だが、それはバルツラインのためであり、私のためだ。


 もしも、あの時。

 私がレオンハルト殿下の婚約者に、その候補にでも据えられていて。

 既に王妃教育を受けていたと言うのであれば……。

 たとえ、その後に婚約が解消となったとしても、レオンハルト殿下に適任の令嬢が現れないなら、また私に声が掛かる可能性はあっただろう。

 今も私は、殿下との婚約に人生を縛られていたに違いない。


 だが、今更に王妃教育を始めるというのなら、それが私である必要はない。

 家門の力で言うならば、ローディック家のサンディカ様が婚約を決めずに、粘り強く待っている状態だ。

 もちろん敵対派閥であるため、シュタイゼン家としては、ローディック家の台頭は望ましくないのだが……。


 王国としては辺境伯家を愚弄してまで今更、私を取る意味がない。

 ローディック家と結び、サンディカ様を次代王妃に据えるのが現状の王国ではベターな判断となる。


 ……けれど。

 問題はレオンハルト殿下なのだろう。

 彼は、(くだん)のシュリーゲン嬢を妃に据えたがっていると思われる。

 国王陛下との間で、すり合わせが上手くいっているのかいないのか。

 或いは、今すでに彼女の後見人を探している最中か……。


 そういった状況に、だ。

 カルロスお兄様は『爆弾』をぶち込むおつもりらしい。

 煮え切らない王家の態度にお兄様も思うところがあったのか。


「レオンハルト殿下は現在、シュリーゲン男爵令嬢と懇意だと噂を聞いています。真偽は定かでないので恐縮ですが」

「ああ、聞いている。それは真実だ」


 お父様もご存知なのね。

 カルロスお兄様が確認されたのかしら?


「では、シュリーゲン嬢にも王妃教育を受けさせると?」

「ああ。そして、そのための予算を……我がシュタイゼン家が出す」


 王妃教育は、当然だがお金が掛かる。

 教育係の人件費を始めとして、様々な事にそれなりの金額が。

 そのお金は国の予算から出されたり、教育を受ける側の家から出されたりする。

 資金を出す側はケースバイケースなワケだが……。


 男爵令嬢に教育を受けさせるのに、王家側の予算が下りるかは甚だ疑問である。

 であれば令嬢の家から出して、か。望んでいるのならレオンハルト殿下用の予算を切り崩しての話になるが……どちらも現実的とは言い難いだろうな。


 そんな資金をシュタイゼン家から出す。

 自家の令嬢が嫁ぐのでもないのに。

 だが、シュタイゼン家が資金を負担すれば、シュリーゲン嬢は、正式に王妃教育を受ける事が出来るだろう。


 ただし、ただ王家に、いや、レオンハルト殿下とシュリーゲン嬢に。

 シュタイゼン家が『貢ぐ』という提案ではなかった。


「シュタイゼン家が出資し、複数人の令嬢に王妃教育を課す。

 その過程で、レオンハルト殿下の婚約者の選定を進めていく。

 そして、優秀な評価を受けながらも、残念ながらレオンハルト殿下の婚約者としては選ばれなかった『優秀だが残った令嬢』。

 そんな女性を……カルロスお兄様の婚約者として、シュタイゼン家に迎え入れる。

 それが王妃教育への出資の、シュタイゼン家としての『見返り』。

 当然、我が家に嫁ぐ者候補でもあるため、教育内容、及び選定内容についての意見をさせていただく、と」


 令嬢側からしてみれば、1位は次代の王妃。

 2位は、未来の公爵夫人。

 という実質、競い合いのようなものとなる。

 それも婚約者を未だ定めていない有力な令嬢たちを掻き集めての競い合いだ。


「……現状を招いた王家への発破ですね」

「そうだな」


 一体、どうするつもりなのか、と。

 誰を選ぶのでもいいが、少なくともそろそろ王妃教育を受けさせるべきではないか? という……王家への訴えであり、提案。


 レオンハルト殿下の本命がシュリーゲン嬢であるらしい事を踏まえれば、この提案も悪くはないのでは?

 これが通れば彼女に王妃教育を受けさせる事が出来る。

 またシュタイゼン家からの、教育及び選定内容の意見も常識的なものだ。


 それは、王妃となる者のマナーを始めとした、貴族令嬢・貴族夫人・王妃にならんとする者の、資質の見定め。


 社交、対話、交渉。マナー。

 女性側の立場に立った、女性たちの人心掌握。

 王妃や高位貴族夫人たる者、女性陣の支持や、把握が出来てこそ国王の支えに繋がる。

 そして、実際の問題に即した実務、討論……などなど。


 『学園での成績では測れない』部分を重視した、現実的な王妃・高位貴族夫人に必要なものを見極めて欲しい、候補となる令嬢に学ばせて欲しい、という内容になっている。


「概ね悪くはない提案ではないかと。レオンハルト殿下の現状なのですから、公爵家からのこの提案であれば、特に不敬とは取られないと思います。

 気になる点があるとすれば……」


 私は、お父様の執務室に無言で控えているカルロスお兄様に視線を向けた。


「カルロスお兄様が、ご自分の婚約者を選べない事があるかと」


 優秀だが、王家に選ばれなかった『余りもの』をお兄様が拾う形だ。

 しかも、高確率で予測できる結果なのだけど。


「おそらくローディック家のサンディカ様か、或いはレオンハルト殿下の想い人であるシュリーゲン嬢が、お兄様のお相手となりますよ。

 もちろん、他の令嬢になる可能性も否めませんが」


 どっちも問題と言えば問題だ。

 シュリーゲン嬢であれば、未来の国王の恋人を奪う形になる。

 サンディカ様の場合……どうなるのか未知数過ぎる。納得されるかも怪しい。

 いや、その状況ならばサンディカ様としては悪くないのかしら?

 敵対派閥に嫁ぐとはいえ、少なくとも公爵夫人になれるのだ。


 別にこちらの家の中で冷遇などは……しないと信じたいけど。

 ローディック家のスパイになる可能性もあるのか。うーん。


「……問題ない。これは俺からの提案だぞ」

「それは……そうですね」


 仏頂面のカルロスお兄様は、それでも以前よりは私への態度が軟化した気がする。

 何だったのだろう、あの頃のお兄様は?


 思春期……かしら? たしかに、そういう『お年頃』だったのかもしれないわね。

 まぁ、腹が立つ事もあったけれど私に『実害』はなかった。

 兄妹なのだ。あの程度の諍いなど、むしろ笑い話となって将来、語り合えるだろう。

 アッシュ様とアリアさんのことを思い浮かべて、私は自然とそう考えた。


 ああ、それでも。

 やっぱり最近のカルロスお兄様が何を考えていらっしゃるのか、私には分からない。

 お兄様のその『奇行癖』は、いつかは治るのだろうか。

 彼の妹としては心配な限りである。


 さて。カルロスお兄様の、この提案が通れば……これから一体、どうなるのかしら?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想欄のお陰で厨二病概念お兄様が、少し好きになれましたね。 嫁競争も面白いw でもリアルでやるな。 氷の貴公子(笑)
[良い点] えっへん、かわいいです(^◇^)
[良い点] フリードとの対比での、お兄様の駄目駄目描写。 [気になる点] これはニール先生に諭された後なのか、ひょっとして前なのか。 後だとしたら、妹にごめんなさいが言えないのがなぁ…。アンジェリー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ