【21】逆行前のメルクとカルロス──逆行前、2年生
「貴方は何様のつもりですか?」
出会い頭に強烈な言葉を吐かれて、メルクは言葉を失ってしまった。
そして一拍を置いてから『とうとう始まったのだ』と思う。
だが、メルクに絡んできた女子生徒は、アンジェリーナではなかった。
「聞いていますか?」
「えっと、はい……」
メルクの知らない女子生徒。つまり『モブ』とも言える令嬢だ。
アンジェリーナの『取り巻き』の可能性があるとメルクは思う。
「成績だけが良くたって、他を弁えてなければ意味がありませんわ」
「……そんな」
成績が理由。メルクへの迫害は、ゲーム上と現実のものを混同するワケにはいかない。
きちんと現実でされた事、言われた事の記録を取らなければいけないだろう。
いずれ、自分が責められる立場になんてないと証明されるはずだけれど。
学園へ入学してから、今までだって嫌がらせのような事は沢山あったのに。
これから、それが本格的になるかと思うと、メルクは気分が落ち込んだ。
メルクは、2年生に進級している。
1年の最初こそ、期末考査でアンジェリーナに首席を取られてしまったけれど。
その後の、2度の期末考査では、メルクとデニスが首席と次席を取っていた。
デニスとは、そういった関係で、よく会話を交わしており、メルクは例によってゲーム知識を用いて、デニスの心の問題を解決してあげようとしている。
彼は、その賢さとは裏腹に、抱えている問題はフリードと似たようなものだ。
コールデン侯爵家の三男であるデニス。
だが、己が兄弟で一番優秀だと自負している彼は、故にこそ自分の兄が、生まれた順番だけで爵位を継ぐことに不満を抱いていた。 侯爵になりたいのではなく、己が宰相たる父に認められていないことに腹を立てている。
デニスはヒーロー役だが、傲慢な男性だ。コールデン家の長男は侯爵に。
次男は既に騎士爵を手にして、王宮騎士団に入団している。
だから、侯爵にはなれないからと、宰相になろうと己の将来を決めていた。
そんな彼に必要なことは、その道を肯定してあげることだ。
簡単なようであるが、その実、彼に言葉が届けられるのは、今現在、ライバルのような立ち位置に居るメルクだけとなる。
デニスは、認めている人物以外とは、あまり良い関係を築けない人物だから。
傲慢であるが、ヒロインにだけは心を開く男。それがデニス・コールデンだった。
やがて、苦労をして成長した彼は、宰相になる夢を叶えるだろう。
また、2年生になって、レオンハルトが生徒会長に就任した。
レオンハルトは王太子としての教育があるため、彼が2年生の間は生徒会には居なかった。
去年までは、卒業していった当時の3年生やカルロスが中心となって生徒会を支えていたのだ。
そんなカルロスを差し置き、後から来たレオンハルトが生徒会長に就くのは、やはり王族としての箔付けの一環なのだろう。
レオンハルトとカルロスが3年生。
そしてメルクとデニス、フリードが2年生。
この5人が、今の王立学園の生徒会役員だ。
おそらく、その状況になった事が、より周囲の嫉妬を生んだのだとメルクは思う。
実際、そういった言葉を何度か掛けられていた。
メルクが、生徒会の彼らに気に入られている事に対する嫉妬のような言葉をだ。
「はぁ……」
「どうした? メルク」
「レオンハルト様……」
メルクとしては、彼らの心の問題さえ解決できたのなら、それ以上を踏み込むつもりはない。
生徒会に入ったのだって、レオンハルトルートのためだった。
だから他の4人との事についてまで、メルクがどうこうと言われるのは気が滅入る。
(私は『皆』を助けてあげているだけなのに……)
『モブ』に過ぎない令嬢たちも、最後には罰を受ける。
でも、それが『誰』かまでは、ゲームでは詳しく触れられないのだ。
関わった者の数が多く、重要と言えるキャラクターはアンジェリーナぐらいだから。
彼女の断罪によって一連の事件は解決となる。
いじめが起きても、現実でのきちんとした証拠集めにはゲーム知識は活かせないということ。
直接の危害であれば、メルクも顔を覚えられるが、間接的なものは対処が難しかった。
(それに、アンジェリーナが関わっている証拠も、きちんと掴まなくちゃ……)
焦って自分で罪の捏造をする気はない。だからメルクは『待ち』の戦いをするしかなかった。
それはつまり、長い戦いを、忍耐を意味している。
「少し……いえ。何でもないんです」
メルクはお茶を濁し、レオンハルトが実在し、そばに居ることを癒しに日々を過ごしていく。
残念ながら攻略対象たちの好感度を数値で視る術はない。
そのため、手探りでメルクは『攻略』を続けるしかなかった。
それが思ったよりも堪えることだと気付いたのは去年の冬頃。
現実における『物語の進行』は遅く、前に進んでいる実感が薄い。
また年々、難しくなっていく学業は、かなり負担だった。
レオンハルトを諦めるわけではないが、その上で虐めを受けるのかと思うと、本当に気が滅入ってしまう。
(現実だと、ゲームの攻略って辛いのね。本当に大変……。でも諦めないけど)
ゲームを無事にクリア出来れば、ハッピーエンドが約束されている。
レオンハルトと結ばれてのハッピーエンドだ。
そのためなら学生の内ぐらいは……きっと頑張れるだろう。
貴族令嬢たちの嫌味なお小言を聞くのだって、それでおしまいだ。
(そうよ。だから……それまでは)
たった、それだけの期間なのだから、と。メルクは改めて身を引き締めた。
「メルク」
「あ、カルロス。ごめんね、付き合わせて」
「……いや、別に構わない」
メルクは生徒会の書類運びにカルロスの手を借りていた。
軽い方であるがメルクも書類を持ち、運ぶ。
隣を歩くカルロスにメルクは、ちらと視線を向ける。
(カルロスは、あんまり変わらないな……。元から氷の貴公子『枠』だけど)
勿論、彼を攻略しているワケではないのだから、それでいいのかもしれない。
だが、彼が変わらないままな事はメルクには気掛かりだった。
ヒロインと結ばれていれば、彼だって笑顔を浮かべられるのに、と。
「……何かあるか?」
「ううん。その。ちょっとね」
それでもカルロスは、始めの頃からすれば、随分と打ち解けたと思う。
もしも彼の攻略を現実でやろうとしていたなら、今よりもっと苦労しただろう。
「……アンジェリーナさんは、最近どうされているの?」
これは、ここ半年以上、カルロスに何度も尋ねてきた質問だ。
メルクは常にアンジェリーナを気に掛けている。
「……変わりない。妹はよくやっている」
「そっか」
変わりない事は、メルクにとって幸いか。それとも。
「……最近、周りに辛く当たられているそうだな」
「え?」
「デニスたちに聞いた。理不尽なことを言われるようならば俺たちに相談しろ。お前は己の力で特待生となり、生徒会に入った。デニスと首席を争う成績を取っている。そこまで至らない連中に、お前がとやかく言われる筋合いはない」
「カルロス……」
優しい言葉だと思う。
(意外とカルロスの好感度、高いのかな? この表情だけじゃ分かんないよ……)
「直接的なものは、はっきりしているだろうが。間接的なものに心当たりはあるか、メルク?」
直接、私に嫌味な小言を言って来るのは嫌だけど、まだ可愛い方だ。
だけど最近は、持ち物を隠されたり、壊されたりするようになっている。
そちらの犯人は見つけられていない。
(証拠はないけど。でも、犯人……少なくとも『黒幕』はアンジェリーナだよね)
実行者かは怪しいけれど。
おそらく、メルクへの迫害の裏には『悪役令嬢』アンジェリーナが居るのだろう。
そういった事が積み重なっていき、卒業パーティーでの断罪劇に繋がるのだ。
「……心当たりが、あるんだな? メルク」
「あ、えっと」
「……誰だ?」
「いや、その」
ここでアンジェリーナの名前を出してはダメだと、メルクは思った。
まだ証拠が無いからだ。証拠が無い内に問い詰め、逃げられると、後の断罪に響いてくる。
そうなるとメルクに待っているのは『ざまぁ返し』かもしれない……。
「分からないよ。あはは……」
「……嘘のようだが。誤魔化しが下手だな、お前は」
「いや! 本当に! カルロスには言えないよ」
「……俺には?」
「うん! ごめん!」
下手な事をこの段階では言えないと、メルクは誤魔化し、逃げるように走り去る。
「…………」
その背中を見ながら、愕然とした表情をカルロスが浮かべていた事をメルクは気付かなかった。





