【20】逆行前メルクの攻略──逆行前
──逆行前の、時間。
メルクは、もちろん変わらない性格をしていた。
乙女ゲームの知識のある前世を持つ、転生者。それがメルク・シュリーゲンだ。
「皆、ゲーム通りだったなぁ……」
レオンハルトを『攻略』したいメルクだが、攻略対象たちの大半とゲーム通りに接触していた。
それらは、どのルートを通るにせよ発生する彼らの『登場イベント』だったからだ。
ゲーム上の彼らは同時に出て来るワケではない。物語が進行していく上で順番に登場する。
メルクは、レオンハルトルートに影響しないように、進行上で確定しているイベントだけは元からこなそうと考えていた。
それに彼らと接触することで、その様子を窺い、彼らが抱えている悩みがあるならば自分が解決するべきだと思っている。
だって、乙女ゲームとはそういうものだ。少なくとも『花咲く頃に明ける夜』では。
攻略対象の抱えた苦悩を、ヒロインが解決の糸口を与え、救ってあげる。
そうして彼らと結ばれる。それなのにヒロインである自分が彼らを見捨てては可哀想だろう。
何も彼らの心を救ったからとて、交際までする必要はないと思っていた。
メルクの知識には、レオンハルトたち攻略対象の6人の情報が詰まっている。
そして出会って話した限り、彼らはメルクの知っている通りの人物だった。
レオンハルトは、さわやか系の王子様。
カルロスは、クール系の氷の貴公子。
フリードは、強いけど不器用で単純な騎士。
デニスは、賢くて他人と距離を置くけど、ヒロインだけは認めて気を許す。
ニールは、ぶっきらぼうだけど優しい、ツンデレな教師。
「……うん。ゲーム通りだわ、皆」
それが、逆行前のメルクが一通り攻略対象たちと出会った感想だった。
ただ、魔法使い少年のシュルクとは、まだ出会っていない。
そして、アンジェリーナとも、まだ出会っていなかった、予定通りに。
出会っただけでは、彼らがメルクに惚れる事はない。
いや、好感度が一定値以上でなければ『ノーマルエンド』に流れてしまう。
そうならないようにレオンハルトとは何度も会わなければ。
「アンジェリーナも特に変わった事は、なさそう」
彼女の兄、カルロスとは生徒会で交流する機会を得ている。
カルロス経由でアンジェリーナの情報を、メルクは得ていた。
「アンジェリーナが出て来るのは2年生からだけど」
もちろん、アンジェリーナは今も学園に通っている。
でも、ゲーム上で彼女がメルクの前に出て来るのは2年生に上がってからだ。
「ヒーローたち、皆の性格とか態度も同じだったから、アンジェリーナもきっと同じだよね」
『悪役令嬢』アンジェリーナは、性悪な女性だ。
レオンハルトとの仲は冷え込んでいて、彼のことを見下している。
公爵令嬢であることを鼻にかけており、取り巻きに『寄子』の令嬢たちを侍らせ、下位貴族や平民出身の生徒に対しても酷い態度ばかり取るのだ。
だが、それを普段は隠している。
学園外での権力者たち相手では、その態度が拙いとは把握していて。
けれど、それでいて外面さえ整えていれば、国王夫妻であってもアンジェリーナに強く出られない家門の力があると自覚している。
表向きを取り繕っていれば、裏ではどうしていたって構わない。
自分ならば、それが許されると考えている、悪質な女性。
それが『ゲームにおける』アンジェリーナだった。
レオンハルトのことは諦めるつもりはない。本物の彼に出会えた以上、メルクは止まれなかった。
……だが、この先に待っているのは苛烈ないじめだ。
アンジェリーナ主導での、生徒たちによるメルク・シュリーゲンへの迫害が始まる。
「はぁ……、憂鬱」
ヒロインへのいじめが始まるのは、アンジェリーナの登場する2年生からとなる。
今だって、平民出の特待生として思うところのある生徒たちが居る。
そんな彼らがアンジェリーナの行動によって、自分も、と迫害に参加してくるようになっていき……。
メルクは、アンジェリーナが転生者である事は疑っているのだが。
いっそ、彼女が『善良な転生者』であれば、自身へのいじめだって発生しないかもしれないのに、と。
そんな風にメルクは思った。
「でも、今までゲーム通りだったんだから」
それは、つまり自身とレオンハルトの運命が結ばれる可能性は、やはりあるという事。
それを思えばメルクは頑張れた。
いじめと言っても学園の中で命の危険があるワケではない。凌辱等のえげつない事もない。
ヒーローたちが未然に防ぐ事を前提とした、そういう危険なエピソードもだ。
『花咲く頃に明ける夜』は健全な全年齢対象のゲームだった。
基本は努力して、ヒーローたちの苦悩を解決して、ヒロインが皆に認められてハッピーエンドを迎える。
失敗してもノーマルエンドになるだけのゲーム性。
「うん、だから頑張ろう」
アンジェリーナの事は、それなりの頻度でカルロスに確認していけばいい。
身内なら、彼女の様子が大きく変化すれば分かるだろう。
自分は、レオンハルトの好感度を上げつつ、魔法の鍛錬を続けるのみだ。
前世は魔法などない世界から来たメルクは、魔法を使う事自体が楽しく、苦ではなかった。
そして『聖花の魔力』が花咲くまで。夜が明ける日まで、メルクは努力し続ける。





