【17】逸る気持ち(レオンハルトside)
「アンジェリーナ、忌々しいな……」
1学期の終わり。期末考査の順位が、学年ごとに掲示されている。
そして、その内の1年生の結果を見て、レオンハルトはそう独りごちた。
レオンハルト自身は、2年生の首席を問題なく取り、王太子としての実力を示している。
彼の記憶上の『逆行する前』の同じ時期のものよりも、幾分か成績が上がったぐらいだ。
(メルクは、今回も頑張っているな……)
レオンハルトは、メルクの今回の成績を確かめに1年生の成績の掲示を見に来たのだ。
そこで真っ先に目に映ったのがアンジェリーナの名だったことで、忌々しいと口にしてしまった。
レオンハルトの意識上、この時期の考査を『前回』受けたのは、五年前になる。
内容は重複しているはずだが、細かい記憶は曖昧になっていた。
個人ごとの点数もまた記憶は曖昧なのだが……。
(アンジェリーナが、この時期に首席を取るのは同じ結果だ。だが、満点? それはなかったはず)
アンジェリーナに対して思うところがあったにせよ。
流石に満点を取った結果を忘れる事はないだろう。
彼女が『学年首席』という結果は変わらないし、1年生の順位も前回と同じだった。
だが、そこには『点数』という小さな違いが生じている。
「……これも『差異』の一つ、か」
レオンハルトは時間をやり直している。彼にとって今は二度目の人生だ。
そして、時間を逆行した時。レオンハルトは、真っ先に『歴史を変えた』。
前回の人生ではアンジェリーナ・シュタイゼンと婚約していたところを彼は拒否したのだ。
──『だから』。
レオンハルトの、その『選択の影響』がこうして、様々なところに現れている。
まず、前回ではレオンハルトの側近に近い立場だった者たちの違いだ。
カルロス・シュタイゼン公爵令息。
アンジェリーナとの、つまりシュタイゼン家との婚約をレオンハルトが拒否した影響があったのか。
『前』と比較して、カルロスはレオンハルトとは距離を置くようになっていた。
そもそも逆行前の時間で、カルロスと本格的に親交を深め始めたのは、メルクが彼との間を取り持ってくれたからだった。
そのメルクとの関係がなくなった今、さらに彼の妹との婚約を拒否したのがレオンハルトである以上。レオンハルトとカルロスの間に、妙な溝が出来てしまうのは必然だった。
(この時期の、妹であるアンジェリーナに対して、カルロスは前の時間以上に嫌悪は抱いていないか。……なら、これは順当な反応なのだろうな)
レオンハルトがメルクの心を掴んだ後で、また前回のようにメルクに二人の間を取り持ってもらえば、多少は関係が改善するかもしれない。
アンジェリーナとは婚約を結ばない以上、カルロスと親交を深めて、シュタイゼン公爵家を抑えておきたいのが本音だ。
「そして、フリードとデニスも」
フリードには、レオンハルトの護衛騎士となることを拒まれた。
己の実力に納得がいっていないという理由で。
そんなことはないはずだ、とレオンハルトは考え、そう告げたのだが彼の答えは変わらなかった。
「前回のフリードとの違いはなんだ?」
自分とアンジェリーナが婚約しないことで一体、彼に何の影響を与えたというのか。
(フリードは明らかにメルクに心惹かれている様子だった。あいつは顔に出やすく、感情が分かりやすい。単純な男だ)
つまり、前回はメルクという、フリードにとって『守るべき者』がレオンハルトのそばに居たから。
護衛騎士、将来は近衛騎士となることを誓って、励んでいた?
或いは、メルクではなくとも、王太子に婚約者が居る、即ち将来の王となることは間違いない。
そう思っていて、ならばと受け入れた?
それが今回は、未だにレオンハルトに婚約者は居ない。
であれば、まだ護衛騎士など就かなくても良いだろう、と?
「……どの道、俺に対する信頼、評価が前回よりも弱い、低いのか」
それともレオンハルトとは直接、関係ないところで彼の人生に何かがあったのかもしれない。
記憶と違い、フリードが彼の兄を打ち倒した時期が早まっていた。
フリードにとって兄や父親の存在はコンプレックスのようなものだ。
剣しか取り柄がなかった彼は、それ以外も優れていて、次期騎士団長の座を担う兄と己との『差』について悩み、抱え込んでいたはず。
だからこそフリードにとって『正々堂々、兄へ勝利したこと』は重要であったはずだ。
その勝利の時期がレオンハルトの記憶よりも1年間、早まっている。
「……兄への勝利に、心が納得しなかったか?」
だからこそ、ああしてレオンハルトの護衛、側近となることを拒んだ。
そのことに思うところはある。いずれ、彼を近衛に取り立てるつもりでいる。
だが、まぁ、それならば、と。
「フリードの事は、今はまだ、これでいいか」
フリードは前回、メルクに惹かれていた。だから今回もそうなる可能性が高い。
前回は、レオンハルトが彼女の心を手に入れた後だったが、万が一の可能性もあるのだ。
ならば、フリードのことは、メルクとの関係が確立した後で処理するのがいいだろう。
そして、次はデニス・コールデンについてだ。
デニスもアンジェリーナと同じく、前回の記憶よりも成績を上げている。
満点でこそないが、ほぼ満点の成績を期末考査で叩き出していた。
「この成績を前の時間で出せていたなら前回、アンジェリーナに大きな顔をさせなかっただろうに」
今回のデニスは学業に専念したいからと、レオンハルトの側近に取り立てる話を断った。
おそらく、それがこの結果に繋がったのだろう。
だが、今回も彼はアンジェリーナに敵わなかったのだ。
「歴史が、結果が同じ事に繋がるようになるのか?」
いや、分からない。
2年生であるレオンハルトは、この時期の期末考査に大きな違和感を覚えなかったのだが、もしかしたら、1年生の考査は前回と比べて内容が違ったのかもしれない。そのぐらいの差異ならば、十分にありえる話だろう。
もし、運命というものがあるならば、むしろ望むところだった。
そうしたら、きっとメルクと自分は、再び真実の愛を勝ち取ることだろう。
「メルク」
レオンハルトは、今回の時間でも彼女と出会うことが出来た。やはり運命を感じる。
今回は、彼女との出会いを待ち切れず、前の時間でメルクと中庭と出会った時より、かなり早めにレオンハルトは姿を見せた。
前回のようにフラリと中庭に出向いたのではなく、メルクと出会うためにレオンハルトは中庭へ行ったのだ。もちろん彼は、そこで彼女が現れることを待つつもりだった。たとえ、何時間でもだ。
実際、本来ならば出会っていた時間は、もっと後の時間だったはずだ。
そうして早く行動したレオンハルトだったが、それでも、そこには既にメルク・シュリーゲンが居た。
まるで、レオンハルトと出会う運命を待っているかのように。
彼女の姿を中庭で見つけた時の喜び、感動をレオンハルトは忘れないだろう。
やはり自分たちの愛は『運命』なのだと、そう思った。
そして、レオンハルトたちは『二度目』の出会いを果たす。
まるで役者が何度も同じ舞台を演じ、同じ台詞を喋るように。
レオンハルト・ベルツーリとメルク・シュリーゲンもまた、前回と『まったく同じ』出会い方をし、同じ言葉を互いに口にした。
「ふ……」
だから、きっと運命で間違いないのだ。
どんなに時間が繰り返したとしても、自分たちは結ばれる。
これから1年の時間を掛け、2年生の夏には自分たちは結ばれるのが未来の出来事だ。
それよりも前に彼女とは、ずっと同じ時間を共有するようになっていくはず。
「メルクと、そうなる時期をもう少し早めてもいいかもしれないな」
今回のレオンハルトには忌々しい婚約者がいない。
だから、誰の目も憚ることなく、メルクと交際してもいい。
そう思って、レオンハルトは……動き始めることにした。手応えがある。確信がある。
メルクは、確かに自分に好意を抱いているはずだ、と。
だから、今度の時間ではレオンハルトの方から彼女へ歩み寄ることにした。