【16】努力と結果──1年生1学期、7月
「さて、と。頑張らないといけないわね」
剣技の鍛錬は続けているものの、それだけでは足りない。
私は将来、『辺境伯夫人』となるわけなのだが、そんな私が『やはり、辺境に嫁ぐだけあって暴力的で頭が悪いのね……』などと言われるのは業腹だ。
辺境=武力オンリーの蛮族、などと私のせいで思われては、あまりに申し訳ない。
であれば、何が必要か。そう。『知性』である。
アンジェリーナ・シュタイゼンという女には知性が備わっている、と周りに思わせるべきだ。
いえ、別にアッシュ様の知性がどうこうという話ではない。
彼は性格が実直なだけであって、決して知性が足りないわけではないので。
何が言いたいかというと『期末考査』は頑張りましょう、という話。
王立学園では、期末考査によって出された成績を上位30名まで張り出される事になっている。
もちろん1位が誰で、2位が誰、といった順位を明白にした形式での発表だ。
私が掲げる目標としては、やはり『この上位30名の内に入る』だろう。
もっと言えば、その上でさらに上位を目指す。トップ10以内に入るのが望ましい。
「アンジェリーナ様なら問題ありませんよ」
そう言ってくれるのはミーシャだ。私も、そうだといいと思う。
ちなみに私の交友関係は、派閥というよりはクラスメイトを中心としたものとなっている。
寄子の令嬢を引き連れてゾロゾロとは行動していない。
まだ皆、『辺境伯家に嫁ぐ公爵令嬢』について、その価値を見極めている最中なのだ。
『お近付きになりたいような、なりたくないような……?』と。
派閥を気に掛けている生徒たちも困惑しているのだろう。
とりあえず、別に遠巻きにされるとか無視されることはない。
少なくとも『敵対したくはない』は共通見解で、その先に果たして自家の利益に繋がるのかが未知数といったところ。
「まだ勝手が分からないもの。とりあえず自分の実力が、如何ほどかを知りたいわ」
1年生1学期の期末考査。つまりは、『初体験』のテストだから。
さぁ、対策はどう打ち出すべきなのか、と。
高位貴族まで含めて在籍する学園だ。
学園側も、忖度などで生徒の実力を改竄するワケにはいかないので、搦め手は無理である。
それを許してしまえば、歴代の王族や高位貴族のお歴々といった方たち、学園の卒業生たちの過去の成績にまでケチがつくことになってしまう。
『もしかしたら、あの高貴なお方も実は学園での成績は誤魔化していたのでは』なんて。
そんな事を言われるのは許されないだろう。
「だから、勉強は正攻法あるのみなのよね。頑張りましょう、ミーシャ」
「はい、アンジェリーナ様」
そういった一切の忖度なし、不正の許されない厳格な考査だからこそ。
そこで上位を取れるならば価値があるというもの。
無論、成績上位を目指しているのは私だけではない。
学園に通う貴族として、上位成績者には『箔』がつくのだ。
私のように自らの価値を高めるために頑張る者は少なくない。
そんな生徒たちを押しのけて上位に入るには、並の努力では通るまい。
うん、頑張ろう。将来のため、私自身のため、そしてバルツラインのためだ。
鍛錬と学業を両立させながら、かといって自己研鑽のみに浸るのではなく、生徒たちとの交流にも精を出す。王太子が生まれた前後の年齢の貴族子女は、数が多いため、それだけライバルも多ければ、友人となれそうな人も多い。
友人となる人物は選ばせて貰うが、大きく波風を立てるつもりは私にはない。
時々で、きっちりと自身の価値を示し、将来へと繋げていきたいところだ。
そんな学園生活で、噂話がまた耳に入る。友人となった者たちは、私がアッシュ様に望んで嫁ぐと知ってくれているので、皆に大人気のレオンハルト殿下の動向も遠慮なく入ってくるのだ。それで、だけど。
レオンハルト殿下、どうやら学園で出会った令嬢の一人を気に掛けているらしい。
まぁまぁ! それは良きこと。王国の未来が明るいことを私も願っているもの。
「殿下のご入学は、私たちより1年前ですもの。お相手の方は上級生かしら?」
「それが、どうも今年に入学された女子生徒みたいですよ」
「あら、1年生から?」
「ええ、そうらしいです」
私との婚約は、おそらくレオンハルト殿下本人が拒否した。その理由が何かは知らない。
去年、入学してからの1年間では、殿下が望むような相手はいらっしゃらなかったのか。
王妃の懐妊に合わせて、王子の誕生に合わせて、各貴族家が子供を作ろうとするもの。
そういった貴族たちの思惑の関係上、どちらかと言えば王子より年下の令息・令嬢が多くなる。
どうしても、後から貴族たちが動き始めることになるからだ。
なので、殿下が選べる令嬢だって、年下の方が多い。その中で気に入られた方が居たのね。
「アンジェリーナ様は、」
「私ではないわよ、もちろん」
「ええ、そうですよね。ということは」
ええ、ということは? 今までの情報からすると、貴族令嬢としては、ある推測が立てられる。
それは、もう一人の公爵令嬢の存在だ。
サンディカ・ローディック公爵令嬢。彼女もまた私と同じ1年生なのだから。
「サンディカ様は違うのではないでしょうか?」
「あら、どうして?」
「だって、『公爵家だから』で選ぶのでしたら、そもそも……」
「ああ、確かに。そうよね」
公爵家の娘だから、でレオンハルト殿下が婚約者を見繕った場合。
それなら別に、アンジェリーナ・シュタイゼンでも良いのでは? となってしまう。
私としては別に、そうならなくて良かったぐらいの気持ちなのだけど。
ただし、家としてはそうはいかないのが実情。
シュタイゼン家とローディック家は、敵対派閥だからだ。
敵対しているからと、別に内戦を起こすような関係でもないが……。
ああ、もしかして、そういうことだろうか。
カルロスお兄様が、私に対して腹を立てていたのは。
『私が選ばれなかった』ことより、『おめおめと敵対派閥の令嬢を王妃に据えるのを許すとは』と?
確かにローディック家から王妃が出ると、お兄様の代のシュタイゼン家としては愉快ではない。
しかし、婚約の話が浮かび上がったと聞いた途端に、王家から取りやめの報せが来ている。
あの頃の私に何をどうしろと? ……うん。お兄様の件は、お父様任せでいいわ。
レオンハルト殿下のお相手が、はたしてサンディカ様かどうか、ね。
殿下の相手は、やはり皆が注目していることだ。
動きがあるならば、私の耳にもこうして入ってくることだろう。
「まだ、お相手と確定したワケじゃないらしいですよ。やっぱり令嬢同士、家同士での牽制が入りますから」
「そうよね」
どの家も『あわよくば』という気持ちがある。
なので、抜け駆けが許されるような状況ではないのだろう。
殿下から動き、囲い込むなら別だろうが。それとも家の力が強く、手出しが出来ないか。
サンディカ様も婚約者が出来たとは、まだ聞かないけれど、やっぱりレオンハルト殿下を?
「アンジェリーナ様は、何か動かれますか?」
「殿下に対しては、特に何も。私としては期末考査で上位に入れるか、の方が興味深いですわ」
別に私は、レオンハルト殿下にとっての何者でもないのだ。
仮にサンディカ様が動き始めていたとしても、牽制も何も出来はしない。
それよりも私は目の前のことに集中したいわ。
それが、積もり積もって将来のためになるのだし。
未来の王妃を勝ち取りにいかない時点で、寄子の貴族としては私に思うところがあるだろうが。
せっかく年齢も合い、一度はそういった話があったのに、と。
……なおのこと、無様な成績は取れないわね。
サンディカ様が上位に入り、皆の注目を浴びるとして。
そこに私の名前がないだけで、何かしら言われてしまいそうだ。
私は、その後も学業と鍛錬、交友関係に勤しんだ。周囲からの評判は上々だと思う。
殿下周りの人たちとは、噂が立つのが嫌で接触を避けているため、分からないが。
そうして、1年生の1学期、期末考査が始まった。
「きっちり、日頃からの実力を出せるようにー。ああ、不正だとか、そういうのは出来ないと思え。教員が、しっかりと監視しているからな。見つかって、その噂が広まった方が、悪い成績を取るより致命傷だ。そこは肝に銘じておけ。成績が悪い奴は悪い、で受け入れられる。だが、不正をするヤツはダメだ。分かるな」
1年生の考査の監督者の一人となったドラウト先生が、生徒たちに向けて厳しい声色で、そう告げている。
不正ね、考えたこともないわ。……考査で不正って何をするのだろう?
答案は当日に配られるから、答えの書かれた紙なんて用意できない。
わざわざ、ドラウト先生がこうして厳しく告げるということは、過去に何かあったのか。
私には関係ないけれど。むしろ、そんな風に疑われる方が嫌だ。
考査中の態度も、きっちりとしていた方がいいわね、きっと。
『妙な動きをしたな!』とか言われたくないもの。
ああいう台詞の後で『名指し』されるのが、おそらく一番嫌なパターンかしら?
『特にアンジェリーナ、お前だ!』みたいに。そんな事を言う教師は、王立学園にいないか。
とにかく、私は期末考査に真摯に臨んだ。
うん。そんなに、いうほど難しくはない、かな? いえ、油断は出来ないけれど。
所詮は1年生の1学期の考査だ。学園側も甘い設問を用意してくれているのか。
最初からガツン! と叩きつけてくるのではなく、始めは優しくしてくれる、という。
もしかしたら、最初の期末考査は楽なものなのかもしれない。
各教科の考査が淡々と終わっていく。私は一応、見直しまできちんとしているわ。
少し、時間も余りがちだから。うん。うん……。
見落としや勘違いはない。初歩的なミス、思い違いなども。どの教科の手応えも十分だった。
解答した場所で、特に不安を覚える箇所がなく、逆にそれが不安になるぐらいだ。
私の出した答案に空欄はなく、そして、どの解答にも手応えと自信がある。
……あれ。私、これ、全教科を満点取れない?
自信と結果が繋がるとは限らない。ここは、やっぱりきちんと確認作業をしておこう。
こんなもの、こんなものかしら。
やっぱり、最初だから優しい設問を用意されているのね、きっと。
そうして、1学期の考査が終わった。
『はぁああ!』という生徒たちから大きく息を吐く声。皆さん、お疲れ様でした。
絶望の声が教室からチラホラと上がったりしているけど。
「アンジェリーナ様。終わりましたね」
「ええ、ミーシャ。お疲れ様」
「はい、アンジェリーナ様もお疲れ様です。……どうでしたか?」
「まぁ、問題ないかしら?」
「それは、よかったです。……帰りは、どこかへ立ち寄りますか? 王都で甘い物でも」
「それはいいわね。何人か誘って行きましょう」
「はい、アンジェリーナ様」
ミーシャを含めた学園の友人たちとお菓子を食べに行き、考査の疲れを癒した。
お上品な言葉使いだが、主に考査への愚痴大会が開催されていたけど。
初めての経験だもの。皆、言いたいことがあるわよね。
友人たちとの交流は、中々に楽しいものだった。
そして、とうとう期末考査の成績発表日。張り出された私の成績は。
「おめでとうございます、アンジェリーナ様!」
「ええ! ありがとう、ミーシャ!」
「それにしても素晴らしいです。アンジェリーナ様、学年の『首席』を取られたのですね。流石です」
「ふふ。素直に嬉しいわ。改めて、ありがとう、ミーシャ」
1位 アンジェリーナ・シュタイゼン (800)
2位 デニス・コールデン (795)
3位 メルク・シュリーゲン (780)
4位 サンディカ・ローディック (770)
・
・
・
私は、無事に1学期の期末考査で『学年首席』を取ることが出来た。
これは望ましい結果だ。とても嬉しい。ええ、本当にね。
期末考査を終え、王立学園は『夏季休暇』へと入る。
もちろん、夏季休暇の私の予定は、バルツライン領へ訪れることだ。
この嬉しい結果を持って、アッシュ様に会いに行きましょう。