【14】アッシュとのデート──1年生1学期
私は、アッシュ様に王都を案内する。
そして、彼にミーシャと話した事を共有していた。
ミーシャの願いは、バルツラインへ私と共に来る事。
それには当然、アッシュ様の許可も要るだろう。
「……そんな事があったか」
「ええ、ミーシャとは古くからの友人でした。心配です」
「人の想いまでは、な。確かにそれは『縁がなかった』と、身を引くしか手はなさそうだ」
「そうですね。幸い、彼女は気持ちに区切りをつけているようなのですけど」
「そうか。簡単には忘れられないかもしれないが、アンジェリーナもよく見ていてやるといい」
「はい、そうするつもりです。ミーシャは将来、私と共にバルツラインへ来たいと言ってくれているのですが」
「もちろん構わないとも。ただ、覚悟はさせておいてほしいな。分かっていると思うが」
「ええ、アッシュ様。もちろん、言い聞かせますよ」
バルツラインは、魔獣と戦う土地だ。ミーシャは、私のように戦闘に向いているとは思えない。
だからこそ、何かしらの方策を考えねばならないだろう。
もちろん、非戦闘員だって蔑ろにするつもりはないから、出来る事もあるわ。
「それにしても、アッシュ様……」
「うん? どうした、アンジェリーナ」
こうして歩いているとアッシュ様は中々目立つわね。
体格の良さから、少し周囲には怖がられている? 気がした。
……体格のいい男性って、好意を抱いていればなんてことはないけど。
そうではなく、相手をよく知らなければ、ちょっと怖いと思ってしまうもの。
アッシュ様には、そういった事を気にして欲しくはない。そう思って私は、彼の顔を見上げた。
私の身長は、以前より少しは伸びたと思うが、もう少し欲しいところだ。
ほんの少し首を上へ傾けるだけで唇の位置が、ちょうどよく、なるぐらい。なんて。
「いえ、アッシュ様のお顔を拝見していただけです」
「そうか」
「はい」
アッシュ様は、私を大事にしてくれるが、手を出してくる素振りはない。
私たちの年齢差は、やはり気になるところなのだろう。
それは、とても健全なことだと思うし、紳士的だ。
私が成人した頃になれば、五歳差などあってないようなものとなる。
ただ、それまで彼を『我慢』など、させてしまうのだろうか。
そして自分は、アッシュ様にとって魅力的に成長できるのか。
将来にちょっとした不安は、やはり、ありはする。未来のことなんて誰にも分からないものだ。
それでも、そんな風に誰もが抱える不安も、アッシュ様となら乗り越えていけるのではないか。
そんな風に私は思えた。彼が隣に居ると安心感を覚えるのだ。
同じ年上でもカルロスお兄様とは大違いだろう。肉親と比べるようなことでもないのだけど。
「そう言えば、アッシュ様。辺境へ戻られる前に、お父様へ、挨拶されていかれるのですか?」
肉親と思い浮かべて、お兄様だけでなくお父様のことを連想し、そう尋ねる。
「公爵への挨拶の際は、正式に訪ねたいところなのだが。今回は何分、急ぎ目で慌ただしくやって来たからな。陛下へも当然、礼儀は尽くしたが、婚家の父君に挨拶となると、このような勢いで訪ねていいものか」
「ああ、アリアさんたちに追い出されるようにバルツラインを出てきたのでしたね」
「お、追い出されたワケではない! 俺は、きちんと、そうしたいと思って」
「ふふ。分かっていますよ、アッシュ様」
お父様に会うには準備が足りないとアッシュ様は思っているようだ。
それでも陛下へは目通りしてきたのだから、構わないと思うけど。
「お父様は問題ないと思いますよ、アッシュ様」
「そうか? ん? 父君『は』?」
「カルロスお兄様が少し。私との関係は数年前から冷え込んでおりまして」
「そうなのか。何か理由があるのか? いつ頃からなんだ?」
お兄様がやたらと冷たくなり始めたのは、たしか2年ほど前ぐらいからかしら。
ちょうどレオンハルト殿下と私との縁談が持ち上がった時期だ。
結局、その話はなかった事にはなったけれど。後々まで尾を引く問題だったのは間違いない。
「2、3年前からでしょうか。どうも私とレオンハルト殿下の縁談の進退について思うところがあったようです」
「そうなのか」
「はい。本当に。しみじみと感じますが、王太子の縁談というのは、様々なところへと影響するのですね」
「ふ……。公爵令嬢の縁談も大概だと思うがな」
「ふふ! その通りですね」
私の縁談は、おそらくミーシャに影響を与えた。
申し訳なく思う気持ちはあるものの、出来れば『こうで良かった』と思って貰えるよう力を尽くしたい。
「俺は、その縁談がなくなった事で王家に感謝しているぐらいだ。アンジェリーナ、キミが俺とこうして一緒に居てくれる結果に繋がったのだから」
「アッシュ様」
アッシュ様の好意を告げる言葉は、いつだってストレートだ。
そういう実直な人なのだろう。まっすぐに踏み込み、斬り込んでくる。
私は、いつもそれにタジタジで、簡単にやられてしまう。
ありえないと思うけど、浮気とかしても、すぐ私にバレそうだなぁ、なんて。
まぁ、本当に、そういうことをするタイプではないのは確かだと思っているけど。
中央貴族の腹黒さには向かないだろう。そうかと言って短気でもなく、挑発されたところで激昂はしなそうだ。
身内を害されれば烈火の如く怒るらしい、とは聞いているが、そんな出来事はないといい。
戦士としての腕も立つし、彼はまさに辺境の申し子と言えるわね。
私は、本当に……とても良い『縁』に恵まれた。
だから、ミーシャにも私と同じように良い縁があるといい。そう心から思う。
「アンジェリーナ」
「はい、アッシュ様」
「……その、なんだ。今も鍛えているのか?」
鍛えて?
「ええ! 剣も、魔法もきちんと鍛えております!」
「そうか。……無理をしなくてもいいのだぞ?」
「はい?」
「キミの事は、俺が……守る、からな」
まぁ、照れながらそんな事をおっしゃるなんて。
こちらの方が恥ずかしくなってしまうわ。でも、ね。
「ふふ、アッシュ様。私は強くなりますわ」
「アンジェリーナ?」
「剣の才能もあるし、魔法の才能もある。そうおっしゃったのはアッシュ様ですよ」
「そ、それは……! こうなる前、というか、だな」
こうなる前、それは私たちが婚約をする前の話だ。
バルツラインで過ごし始めた初期の頃、私はアッシュ様と鍛錬をこなしていた。
彼の妹のアリアさんを始めとして、多くの人たちが私たちをどうにか仲良くさせようと画策したのだ。
その結果が、二人での剣の鍛錬である。
アッシュ様は、魔法を主に身体能力の強化に使われる。
やはり、魔獣との戦いでは、即座の対応が求められるため、どうしてもそうなるのだ。
魔法による大技では、敵の攻撃に間に合わないから。
私は、アッシュ様直伝の身体強化の魔法を鍛え上げ、伸ばしている最中だ。
そうして、剣と魔法を鍛えられる中、彼は私に才能があると褒めてくれた。
ええ、私はとても嬉しかったわ。
だから絶対、将来は彼に比肩するぐらい強くなりたいと思ったの。
「もちろん、アッシュ様に、今はまだ及びません。どちらかと言えば、サポートに使える魔法を覚えていきたいと思っています。でも剣を鍛えるのは止めません。私は、あのバルツライン領で半年過ごした女ですよ?」
「……そうだったな」
「アッシュ様。私は、守られるだけよりも、貴方を守れるぐらい。……共に並び立つ者になりたいのです」
私は、彼の手を握りながら、そう真剣に訴えた。本心から、そう言ったつもりだ。
「アンジェリーナ。……そうか。キミの気持ちは、尊重しよう」
「ふふ。ありがとうございます、アッシュ様。そうです」
「どうした?」
「アッシュ様、これから剣の鍛錬など、どうでしょう?」
「剣の?」
「ええ。きっと、その方が私たちらしい。そう思いませんか? もちろん、王都をこのまま歩くのも好きですけどね」
私たちの関係は、ただ好きでいるだけのものではないだろう。
そこには、きっと剣と魔法と、魔獣との戦いがある。
私は、それでいいと思った。その人生でも構わない、と。
バルツラインへ嫁ぐ事は、きっと私の運命だったのだ。
「……そうだな。では、そうしよう」
「ええ、アッシュ様。では、シュタイゼン公爵邸へ向かいましょうか」
「ああ。……公爵への挨拶が、問題なのだが」
「それはそれ、これはこれ、です! 騎士たちの訓練場もありますから、そちらへ行きますよ」
「ああ、そこならいいな」
そうして、私たちは王都での逢瀬もそこそこに、屋敷へ戻った。
互いに武器を持ち、向き合う私たち。もちろん鍛錬用の木製の武器だ。
「さぁ、掛かって来るといい、アンジェリーナ。あれから一ヶ月だ、どれだけ強くなったか」
「ええ、行きますよ、アッシュ様!」
私は剣を振るい、アッシュ様は得意の槍を構えて、それをいなした。
カァン! という木製武器の小気味いい音が響く。
なんとも色気のない、初めての逢瀬の締めくくり。
でも、そんな事が、とても私たちらしい。私は、そう思うのだった。